深キ眠リニ現ヲミル

放浪の凡人、中庸の雑記です。
SSなど綴る事アリ。

旅①

2006年07月12日 | 小説/SS
 俺が旅に出ようと考え出したのは文化祭の前のある休日だった。
 その日、俺は幾人かの仲間たちと飲んでいた。楽しい時間だった。だが、俺には違っていた。物足りない?そうだな。それに近い感覚だった。騒げば騒ぐほど、何故か心が空虚になってきて、たまらず俺は一服やりに外に出た。ゆっくりと副流煙がたちのぼる。
 俺はそれを見ながら、ふっとどこか遠い場所を思い浮かべていた。


 そして、文化祭が終わった翌日俺は旅に出た。
 それはいつ終わるか自分でも分からなかった。
 俺はただ、愛用の黒いレスポール型のギターをソフトケーにいれ担いで、財布やら最低限必要なものを上着の大きなポケットにぶち込んでから、豪快に玄関を開け放った。
 旅は道連れ世は情け。
 去り行く東京の田舎町を眺めながら、俺は楽しげにそう考えた。
 俺がボックス席の窓側を進行方向に座り、足を対面の座席に投げ出していると、子ども連れの老年の男が、ちょっといいかな、と声を掛けてきたので、俺は脚を下ろして上機嫌な声色丸出しで、快く承諾した。
 老年の男はベージュ色のその年相応と思われるジャケットを羽織り、昔は厳然としていたと思われる強面を、柔和にしてしわくちゃな顔を笑顔にしていた。
 子どもの方は、しきりにじいさんに訳のわからないヒーローの必殺技を食らわせて、じいさんの迫真の演技にきゃっきゃと喚いていた。
 なんちゃらバスターと子どもが言っているにも関わらず、
「覚えていゃがれぃ」
 とじいさんは時代劇の三下のような声色で応える。ちぐはぐが面白い。
 隣で俺が、思わずその光景を眺めていると、子どもは俺に興味を向けたようで、俺を怪人に見立ててまた違う必殺技を放った。
 じいさんはちょっと苦笑いしながら見守った。
 俺は大袈裟にリアクションをとるのは苦手だったので、ほぼ棒読みに、
「強いな小僧……」
 と言って、車窓に頭をぶつけた。おそらく演技としては10点にも満たなかっただろうけれども、俺が思わず頭をぶつけて痛がった様が子どもの笑いを誘った。
 
 電車にはだいぶ長く乗った。子どもが疲れて、グーすか寝ると、今度はじいさんの話が俺に向けられた。
 じいさんによると最近の若いやつにしては、俺は気骨のある方だとか。その辺までは大いに楽しかったが、じいさんの大学時代の武勇伝辺りになってくると、流石に欠伸を押さえつけるのが大変だった。
 じいさんの話は、彼らの下車駅についてやっと終わった。俺の方は中央線の終点まで言ってやろうと言う気持ちで、俺はギターを抱えて、寝に入った。

 肩を揺らされて俺は目覚めた。終点だった。この日は甲府でなんとかしようと思った。俺は取りあえず寝床を確保しなければならなかった。その日は安い民宿に泊まることにした。暫くはここにいてみよう。俺は狭いぼろぼろの畳敷きの六畳程の部屋でギターをかき鳴らした。
 普段は爆音を上げるギターも、アンプさえなけりゃ音も殆ど出ない。
 俺はいつも弾く一曲を、丁寧に弾いた。今日はリードもリズム系もなしだ。
 なんとなく、しょぼいな。
 奏でるメロディは弦が弾かれると次の音を待たずに、すぐに空気に溶けていってしまった。そのせいで、音と音の間に静寂があるような気すらしてきた。
 ……でも、ひとつの音を弾いてもまだ消えてないと言う事に気づいたのは、俺にしては珍しい事だ。いつもはこんな些細なことなんて考えた事滅多にない。
 
 民宿の女将が夕飯に呼びに来た。俺は階段を辿って下の食卓についた。
 客はほとんどいないようで、どうやらこの家の一家と一緒に食事をするみたいだった。
 気まずくなるんじゃないかと思ったが、流石は民宿をやっているだけあって、話好きというか、好奇心旺盛というかで、矢継ぎ早に質問を投げかけてきたり、オススメの場所なんかを大いに俺に語った。別に観光に来たつもりでもないけれども、別に急ぐ事もないし、明日いってみようかと思う。

 腹を膨らして床につく。やけに眠い。
 どうしてだろう。夜はこんなに気持ちのいいものだったか。
 辺りはしんと静まり返り、だからと言って寂しくなることはなかった。
 久しぶりにいい眠りにつけそうだ。
 

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