思い返してもどうしても納得出来ないのが、フェリー乗船時のこと。
スーツケースをゴロゴロさせて、ホテルからフェリー乗り場へと向かう。
徒歩10分くらい。ホテルの場所の良さがものを言う。
これから乗り込むフェリー。でかい。
A ferry to Athens.
フェリーは楽しみだった。
だってエーゲ海ですよ!ホメロスの歌った「葡萄酒色の海」を船で渡る。
ああ、なんとロマンティックではないですか。とは言っても実際は夜に真っ暗な海を行くだけだけど。
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フェリー発着所の建物を出ると正面に巨大なフェリー。これに乗るのだ。……で、入口はどこ?
どう考えてもここが入口だろう、と思うようなところはある。
上の写真で言えば(見えにくいけど)フェリー右端の二つの開口部。
左側は車用、右側は人間が通るサイズの出入口。
でも、そこにはかなり目立つ「NO VISITORS」の看板が……
VISITORSは「客」の意味だから……ここは入口じゃないんだね?
だが右舷を見たり左舷を見たりしてうろうろしても、入口っぽい場所はない。
わたしのイメージだと、船にはタラップを上って入るような気がしていたんだけど、
(実際隣のフェリーではそういう形で出入りしていたようだ)それもなく。
スーツケースを引きずった人が首を傾げながらうろうろしていれば、
入口前でたむろしている係の人は声をかけてくれそうなもんじゃないですか。
少なくとも何らかの注意を払うのが職務的に当然だと思う。が、彼らは無反応。
十分にうろうろした後、やっぱりわからないので、係の人たちに「入口はどこ?」と遠くから訊く。
彼らの一人が間髪を入れず、右舷側を指さす。
そうか。わたしは見落としたけれども、やはりどこかに横から入る入口があるのか。
……ほっとして再び右舷側に移動しても、入口らしきところは見当たらない。
は? へ? ほ?
狐に化かされているようだ。
その時、狐が……もとい、さっき間髪を入れず右舷側を指さしてくれた人が、
見かねてようやく近づいて来てくれる。小さいおじいさん。狐というよりチワワ的。
他の人とは違って制服も着ていないので、今一つどういう立場の人かわからないのだが。
ついて来いという雰囲気なのでついていくと、彼はフェリーのそばに停まったトラックの方へ歩いた。
なんでトラック?
おじいさんはわたしのスーツケースを指さす。預けろということらしい。
ははー。わざわざここで一旦荷物を預けて、フェリー内部で受け取るのか。面倒なことするな。
でもサービスって言えばサービスか。
……おじいさんはトラックの人に何事か説明してくれる。トラックの人はわたしのスーツケースを
トラックに積んで、引き換え券をくれる。
その後おじいさんが連れて行ってくれたのは、「NO VISITORS」のあの入口。
なんだ、やっぱりここから入るのか。
入ってみれば、チケットを見せるチェックデスクはあるし、エスカレーターはあるし、
悩んだことがおかしいくらいの普通の出入り口。なんでNO VISITORSなんだろう。
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エスカレーターで昇った所は、小さなホール。フェリーの場合はクルーと呼べばいいのか、
接客担当のスタッフがここでも数人たむろしている。
……が、彼らはわたしに全く反応しない。まるで透明人間になったのではないかと思うほど。
普通「いらっしゃいませ」だろう。が、彼らはこちらに視線を向けることすらせずにお喋りを続けている。
結果としては実はここがレセプションでした。乗船手続きというか、部屋の鍵を受け取る所。
が、スタッフの態度で、この人たちはわたしに用はないのだと判断する。
ではわたしはどこへ行けばいい?どこで手続きをする?
フェリーの外でうろうろしたのと同じように、今度は船内でうろうろすることになる。
客室エリアへ行ったり、レストランに行ったり。でもそんな奥まったところに受付があるはずないし……。
館内図を見ても、FRONTやRECEPTIONなどの文字はない。
もう、何なんだよ、一体。
5分か10分うろうろした後、入って来た時とは別な方向からホールに入って、
わたしはようやく気付きました。……FRONTってプレートがある!ここなんじゃん!
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多少むかっ腹を立てつつチェックイン。
ちゃんと入口から見える、目立つ位置にプレートを出しとけ!
部屋まではホテルのようにスタッフが同行してくれ、
鍵の開け方とベッドの場所を職業的に教えてくれる。
ああ、そうだ。さっき預けたスーツケース。早速取りに行かなければ。
「荷物はどこで受け取ればいいの?」
「へ?」
「さっき外でトラックにスーツケースを預けたんだけど」
「それは明日の朝、ピレウス港に着いてからピックアップすることになる」
「……へ?」
何でだ。
「……船内で必要なんだけど」
彼は肩をすくめて、
「出港前に取って来ないと、明日の朝まで戻って来ないよ」
しょーがないので、またフェリーの外に出てトラックまで戻りました。
さっきは他に誰もいなかったけど、今は荷物の積み込みを頼む人たちが4,5人。
彼らの頼む荷物を見ていると、段ボール箱とか、バッグにしても超巨大なものとか、
まさに「荷」といったもの。スーツケースとか旅行鞄を預けている人なんていない。
「わたしのスーツケース、返してくれる?」
せっかく重い思いをして持ち上げてくれたものを、すぐ返してもらうのは心苦しかったのだが、
戻してもらった。救いはトラックの人が嫌な顔をしなかったことだ。
荷物を預ける他の人がチップを渡していたのを見たが、とっさにはお金を取り出せず、
何も渡してないのが今でも多少気になる。
スーツケースを転がして先ほどのおじいさんの前を通る。
さすがに、笑いかける気にはなれなかった。
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腹立たしいのは、
1.なぜ「NO VISITORS」なのか。
2.なぜおじいさんは私の意志を確認することもなくトラックに荷物を預けさせたのか。
3.なぜフロントはいらっしゃいませも言わないのか。
そしてわたしはNO VISITORSについて考える。
A.「NO VISITORS」は見間違いだった可能性もある。
B.あるいは……VISITORSは見送り客という意味?見送り客、乗船お断りってこと?
(だったら「PASSENGERS ONLY」とか書いておいて欲しいぞ!)
C.または……以前はタラップで出入りし、あの出入口は本当にNO VISITORSだったけど、
タラップでの出入りを止めた後でも、看板だけは外してないとか……
色々考えられるが、いずれにせよ、そこさえクリア出来れば実はストーリーは成立するのだ。
つまり、小さいおじいさんの立場に立ってみれば。
彼はまさかわたしが入口がわからなくてウロウロしているとは夢にも考えない。
だって彼にとって、フェリーの入口がどこかというのは迷うことすら考えられない自明のことだから。
ということは、この東洋人は何か他のことがしたいのだろう、
フェリーの周りですることと言ったら「荷」を積み込むことしか考えられない。
――という“推察”によって、迷わず右舷を指さし、更にトラックに案内した。
わたしがホールに入って行った時、フロントのスタッフは声もかけなかった。
が、フロントにしてみれば、手持ちのバッグしか持っておらず、近寄っても来ないコイツは、
すでにチェックインを済ませているのだろうと“推察”したのかもしれない。
見るからに旅行者だし、そうであれば旅行カバンなりスーツケースなりを持っているのが普通。
わたしにしてみれば、NO VISITORSとある以上それは入口ではなく、
入口がわかりにくければ、当然先方から何らかの声がけがあるだろう、という“推察”がある。
フロントの人なら、客が入って行った時には「いらっしゃいませ」くらい言うだろうという
“推察”(というより日本的常識)がある。
……まあ、今となっては何が正解なのかはわからないけど。
推察が重なりあっての不幸だったのかもしれないなあ。
最初にわたしが、フェリーの周りをうろうろせず、まっすぐに入口付近にたむろしている
係員の人に「入口はどこ?」と訊いたら、彼らは(変なことを訊く奴だ)と思いながらも、
「そこ」とすぐ後ろの入口を指さしてくれたかもしれない。
そうなっていれば、別に苦労せずに乗船出来た可能性もあるんだよね。
あくまで想像ですが。
で、この想像が正しいとしたら、その推察の働かせ方に、日本人とギリシャ人の
多少似たメンタリティを感じてしまったりする。
言外の部分を読むというか。どうだろうね?
とにかく、大変難儀なフェリー乗船でした。