エホバの証人の下半身事情

厳格な性道徳を実践すると主張するエホバの証人。ほんとはどうなの?全部暴露しちゃいます。うらみつらみも全部ね。

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コンビニ店員Kくん

2008-01-21 10:33:04 | 愚痴系
前の続きです。
最近は、朝にコンビニに寄るコトが少なくなったので、エホバの証人信者のコンビニ店員Kくんの無駄な微笑みを拝む機会が少なくなってしまいました。

kくんがエホバの証人信者であるコトが明らかになったということで、町内にある系列のコンビニの半数以上で、朝にエホ信者が勤務していることになります。

「○○○ーマート」←(北海道ブランド)は、ボクの住んでいる町に7件あるんですね、そのうち3店舗に現役エホ信者2世開拓者が勤務しています。1店舗に、元エホ信者が勤務しています。



だからどうしたの???




・・・


別に、どうってこと無いんですが、


ボクが気になるのが、kくんがエホ信者であるというコトがどうしてボクにわかったのか???ということです。

たぶんkくんはボクが脱会したあとに、会衆の必要で移転してきた人でしょう。車も県外ナンバーですし。

最初の印象は、「爽やかな」人だな~というものでした。

でも

・・・

この「爽やかさ」・・・


どこかで・・・


見たような・・・


もしかして・・・


・・・


・・・


もしかして・・・


・・・


昔、こんな人をよく見ていたような・・・


しかも、


「爽やか」だけじゃない!


そう!


仕事が・・・






とろい






しかも・・・



笑ってる




まあ、エホバの証人信者の若者が爽やかな雰囲気を醸し出していることは、多くの人が認めるコトだと思います。開拓奉仕などをしており、戸外で伝道活動をしている若者であればそのように評価されるコトが多いと思います。

そして、その爽やかさが健全な若者というイメージと結びついていることも、ある程度妥当なことだと思います。

でも、その爽やかさとか、健全さ、というイメージが、軽薄さとか、純粋さ(悪い意味で)と非常に近い次元で評価されているような気がするんですよね。

聖書の言葉で「蛇のように用心深く、ハトのように純真であれ・・・」というのがあったと思うのですが、エホの若者はまさしく「ハトのように○○・・・」と言う感じで、いろんな意味でハトっぽい感じがしなくも無い

具体的に言いますと、kくんの勤務している時間帯は、時給¥654~¥800の間なんですね。

その時給で、笑っていられるとしたら、それはそれですごいことだと思うんですね。

kくん以外の人は、コンビニ店員としての責任をわきまえつつ、今まで背負ってきた人生のようなものが見え隠れしているんですね。

それが表情にも表れているんですね~~~。

顔は笑っているんだけれども、万引きを見つけたとたん、リンチしてやるぞ!!!・・・

みたいな感じ・・・


一方kクンは万引きを見つけたとしてもしても、相変わらず笑っている感じ・・・


この違いはナニでしょうかね~~~???


爽やかな若者=ナニも考えていない若者


というような図式が出来上がるような気がしてなりません。


表情と、行動が一致していないコトが見ている人にどのような影響を与えるのかを実験した人がいるみたいですね。

その実験は、何人かの俳優に悲劇的な話を語らせて、それを聞くボランティア被験者の脳内を画像処理する、と言う方法で行なわれました。話を語る際の俳優の表情しだいで、活発化する神経領域に大きな差異が見られたとのことです。
俳優が話の内容にふさわしい悲しげな表情を浮かべている場合には、被験者の脳内で扁桃体をはじめとする悲しい感情にかかわる回路が活発化したそうです。
一方、悲しい話を語る俳優が顔に笑みを浮かべている場合には、被験者の脳内では社会的脅威や矛盾する情報に対して警戒する特定の部位が活性化した。このケースでは、被験者は語り手に対してあからさまな嫌悪を示したとのことです。

脳の扁桃体は、出会ったすべての相手に対して、自動的、強制的にその人物が信頼できるかをチェックするそうです。「この人物に近づいても安全だろうか?危険だろうか?あてにして大丈夫だろうか?」といった具合にです。

扁桃体主導の品定めは本人の意識の外で絶えずおこなわれており、それによって自分の安全を守っているそうです。

このように、正常な人間には「うさんくささ」を見破るためのレーダーとも言うべきものが、無意識に働いている訳です。


ということで、


無駄に微笑んでいる人や、失敗してもとりあえず笑っておけば何とかなるだろうと思っている人、笑顔を見せてさえいれば自分の評価は一定以上になるだろうと思っている人などは、自分のそうした思いとは裏腹に、その笑顔ゆえに著しく評価を下げているみたいですね。

今思えば、世界が滅びるといわれるはげまる丼の話を笑顔で語ったり、子供にどれだけ残虐なムチをしたかを嬉しそうに話したり、輸血を拒否して犬死にした人の話を喜んで語ったり・・・。正常な人が聞けばゾッとするコトが多かったような気がします。

そもそも、人に訴えかける価値のあるものを持ち合わせていないからこそ、その足りない分を笑顔で取り繕う必要があるわけで、エホがニタニタしている理由は、詐欺師が紳士を装う理由と同じですね。

と言うわけで、エホ信者がどうも胡散臭く見えるわけは、人には胡散臭さを見分けるレーダーとも言うべき脳の働きが備わっているからで、冷静に物事を観察できる人にとって、エホバの証人は見るからに怪しいと映ることでしょう。その怪しいと言う評価を払拭する為に、必死に笑ってみせるのですが、それが逆効果でより一層怪しさを増幅させていると言うことはエホ信者は知る由もありませんが、残念です。

そういうボクも未だに無駄に微笑む癖が治ってないんで・・・。

気をつけます。



コメント (16)

年末年始

2007-12-30 17:11:21 | 愚痴系
今年一年ご愛顧ありがとうございました。

今年は、初めてオフ会を開催?するなど、このブログを通して、色々な人と知り合うことが出来、楽しい一年でした。

ブログの更新自体はあまり頻繁ではありませんが、書きたいことは山ほどあり、いずれ公開していけたらと思います。

ボクの親や親族、姻族が現役信者である以上、エホバの証人問題は、決して「過去」の問題ではなく、「今」の問題です。

脱会してからもう20分の1世紀が過ぎていますが、未だにエホバの証人信者に苦々しい思いをさせられることもしばしばです。

ですから、このブログもしばらくは終わりません。

エホバの証人が子供の人権を踏みにじる例として「ムチ」があげられますが、それよりも深刻なエホバの証人の教義ゆえの子供の人権侵害の実例を入手していますので、来年の早いうちには書いていきたいと思っています。

毎日毎日、都市部の会衆の記念式出席者数くらいの人たちが訪問してくださっています。ありがとうございます。

どうぞ来年もよろしくお願いします。

良いお年を。



追記
12月31日から1月2日まで、コメントを承認制にします。ご了承下さい。

コメント (8)

血はあなたの命を救いますよ

2007-06-29 23:00:59 | 愚痴系
エホバの証人の「輸血拒否」という教義によって、救える命が救えなくなったり(医学的な意味で、)その結果に伴って家族を失う悲しみを受け入れなければならない人々がいたり、それを傍観する人たちに胸糞の悪い思いをさせたり・・・

「輸血拒否」によって得られるものはナニ???


清い良心???


楽園への切符???


殉教者としての名誉???


それらはすべてpriceless.お金で買えない価値がある・・・買えるものは○○○○カードで・・・




とまあ、凡人には理解不能な高尚な精神的な価値があるのかもしれませんね。




「命を賭してまで守るべき信仰の重さを知れ!


ある憲法学者の判例解説には、2000年の輸血拒否裁判の解説に上記の副題がつけられていました。

その判決は、「自己決定権」というものに関するものだったと思うんですが、その「自己決定権」とは、個人が一定の個人的事柄につき、公権力から干渉されることなく、自ら決定するコトが出来る権利をいうわけです。その中には輸血拒否の他に、自殺、家族の形成、避妊や堕胎、服装、髪型、喫煙、趣味・・・等が含まれています。

63歳のおばあさんが、どのような死に方を選ぶのか。
30年以上の「エホバの証人」としての歩みを全うするのか、それとも死に際に信仰を曲げて命根性の汚い卑怯者となるのか。

公判で、その63歳のおばあさんはこう言ったそうです。「無断で輸血されることは、レイプされるのと同じことです!!!」まあ、入れられたくないものを入れられるという意味においては同じかもしれませんね。その豊かな発想に「エホバの証人の下半身事情」的に感心します

確かに、「救命」(この件では延命)という大義の下に個人の信仰に基づく決定をゴミのように扱われ、「それだけはヤメテ!」という行為をされた末期がんの患者様は、かなりの精神的苦痛を味わったと思いますよ。しかも、別の病院で「無輸血手術」は出来ないと言われて転院した先での話しですからね。

このような事情の下では概ね判決には好意的な反応が出るでしょうね。

このおばあさんの判決に関しては、エホバの証人を忌み嫌っているelevenとしても妥当かなとオモイマス


さて


ここまでの話で、多くの読者は気付かれたかと思うのですが・・・

この判決は、エホバの証人としてというより、このおばあさんの個人的事情に依るところが大きいのではないか???という疑問がでてくると思います。

実際に前の記事の「輸血拒否による妊婦死亡」といった場合には、このおばあさんと同じ理屈が通用するとは限らないわけで、

子供を産める年齢の人が、「人はいずれ死すべきものであり、その死に至るまでの生き様は自ら決定できると言わざるを得ない」と言われても、死に様より大切な子育てという人としての義務が控えているだろ!!!と言うツッコミがいくらでも入ると思うんですよね。

さらに、手術しても治る保証のないガン摘出手術と、出産に伴う処置とでは、比較にならないのではないでしょうか。

そのようなわけで、ボクは2000年の判決を錦の御旗のようにして「輸血拒否」は法的に確立された権利なんだと主張する人々に強烈な違和感を感じるわけです。


確かに「輸血拒否」は法的に確立した権利ですよ。しかしそれは、前述のように自殺や避妊や堕胎、喫煙、趣味、服装、髪型といったものと同列のものなんですね。

つまり、人それぞれで、ある人には強烈な嫌悪感を抱かせて、決して人に勧められないもの。と言う感じでしょうか。

やりたいなら勝手にやれば・・・というものに過ぎると思います。


まあ勝手にやるのは構わないのですがね、あえておせっかいを焼くとすれば、「あなたは、本当にすべてを考慮したうえでそのような決定をしているのですか?」と訊いてみたいですね。


「命を賭してまで守るべき信仰の重さ」?????ハァ?????オマエハドコミテモノヲイッテイルンダ???

輸血拒否カード???医療上の免責証書???の記入風景を見ると、さすがの憲法学者も失笑を禁じえないと思いますよ

その記入はボクの知る限りでは、1,2月の書籍研究でやっていたと思うんですが、集会中に死んだ魚のような目をしている主婦とか、昼間はイッパイエッチしてきた女子高生の信者とか(集会中はもちろん爆睡)根性のひねくれた幹部とか、そんなのが集会終わったとたんに入り乱れて、「証人」になってね、とかいってハンコもらって歩くんですからね。ちなみにボクは、ひねくれた幹部に「証人」を拒否されましたよ(今となっては有難いですけど)

さらに継続的委任状(正式名称は失念)???となればさらに滑稽です。いろいろな項目に{うけいれる}{うけいれない}とサインする様式だったと思うのですが、ある女性信者は「eleven兄弟、どっちにサインしたら良いのでしょうか?」と尋ねてきました。「あなたの良心に基づいて決定すべきですよ」と言うと「わからないから聞いているんです!」だとさ・・・
また、初期の様式には「臓器提供」の欄があったと記憶しているんですが、ボクの母は「臓器提供?気持ち悪いからしない」と言ってサインしていました。

ほとんどの場合において、命がけで信仰を守るという気概が全く感じられない風景だと思います。

そんなのが、イザとなったら「輸血できません」とか、未成年の子供にでさえ「死んでも輸血はしないで!」なんて言うんですからね

トホホ・・・

ボクの知る限りでは「命がけで信仰を守る」という生き方を貫いている人は皆無ですね。知っている人いたら紹介してください。

2000年の裁判のおばあさんはよほど特殊な人だったのでしょうか???

とまあ、そんな特殊な人のマネをしてもせいぜい恥をかくのですから、素直にお医者様の言うことを聞きましょう。

生兵法はケガの元ですよ。

たぶん続く











コメント (2)

今ある命がすべてですか?

2007-04-02 22:40:17 | 愚痴系
今ある命がすべてですか?と訊かれたらあなたはなんと答えますか???




と、公開講演風の書き出しをしてしまったんですが、その公開講演の筋書きは脱会と同時にとっとと庭で燃やしてしまったので、ネタに出来たのにちょっと惜しいことをしたな、と後悔がちょびっと

人生を設計する上で、寿命があと何年あるかを予想するのはとっても大事ですよね。今を犠牲にして将来すごいことをしてやる、今はその下積みなんだ~。と思えるか、将来はどうでもいいし、今考えたってしょうがないから今は好きなことをやるんだ!と考えるかは、自由だ~~~♪♪♪(犬井ヒロシ風)

それで、その例の公開講演のつかみでは「一度しかない人生だから精一杯楽しもう」と言う考えは危険だと書いてあったと思います。「食べたり飲んだりしよう、明日は死ぬのだから」という享楽的で刹那的な生き方はふさわしくない???らしいです

まあボクがそんな宗教家ぶって説教していたのはまだ22,3のいろんな意味でギラギラというかムラムラしているときだったんで、全く説得力が無く、今聞いたとしたら殴りたくなるほど無責任で、座布団でも投げつけたくなるような話だったでしょう
でも、講演後に例えがすばらしかったとか、感動したとか、いろいろ褒めちぎられた記憶があるんですが、今思えばお世辞か、社交辞令か、話を全く聞いていなかったかのどちらかでしょう

「楽園」に行けばやりたいこと何でも出来るからいいや、とか、ナニか不都合が生じても「それは楽園待ちね~」とか、なんとか・・・。「楽園」と言う言葉を用いれば問題を先送りできると思っている人がエホバの証人信者に非常に多いとオモイマセン???
しかも、それに意義を唱えようものなら「信仰が足りない」と断罪されるんですね

それで、エホバの証人の信者に共通する行動の仕方の特徴は、今しか出来ないことをしないということのように感じられます。理由は、通常の日本人が持っているであろう時間の感覚がズレている、もしくは欠損している、からではないかとオモイマス

例えば子作り

男性であれば、子作りはいつでも出来るんですが、女性であれば自然な形での子作りには年齢の壁がありますよね。某女子プロレスラーみたいに46歳で初分娩できる例は結構珍しいですよね。実際に30代中盤で「高齢出産」と言われますしね。

エホバの証人信者はこの点、イタズラに婚期を遅く設定したり、結婚していても子作りをたしなめたりすることで、気がつくと出産適齢期を過ぎており、かなりリスクの高い出産に挑まなければならなくなったり、出産を諦めざるを得なかったり、という悔しい思いをする例が少なくないとオモイマス。

まあ、結婚しない、とか、結婚できないと言うのは個人差が大きい話なので、こんなアホブロガーごときにとやかく言われたくないと思いますが、ボクが気になるのは、結婚していても子供を作らない人たちなんですね、特にその理由が宗教的な理由のときです。「夫婦で開拓奉仕をするため」とか「この終わりの日に子育てに時間を取られるのは賢明ではない」とか「邪悪な世の中で子供を神の奉仕者として育てるのは苦労が多い」とか、まあ色々な理由をつけますよね

そんな中で、一番気の毒だと思った例があるんですね。

ある行政団体の偉い人がいたんですがその人には一人娘がいたんですね。不運なことに妻とその娘はエホで、しかもエホ2世の婚約者も作ってしまったんですね。2世君も悪いやつではないんですが、やっぱりエホ2世独特の非常識さを持ち合わせていたため、肝心なところで信用ならなかったんですね。例えば結婚式にはその行政団体側の人を一人も呼ばないとかね、父にしてみれば一人娘の結婚を職場みんなに祝福して欲しいだろうし、しかも偉い人ですから付き合いも広いはずなんですけど、結果としてはだれも娘の結婚のことは知らなかったみたいです。

そして、

当然結婚して一年もすると、「孫の顔が見たいな~~~」とかその親が言って来る訳です。

一人娘の一人っ子で,しかも遅くにできた娘ですからね、当然親は孫の期待をするでしょう。

その娘自体は子作りにはまんざらでもなかったみたいでしてね、親の期待を当然のものとして受け入れていた節があるんですが、非常に残念なことに相手のオトコが典型的なエホバの証人2世君だったんですね

「この体制で、子供を育てるのは苦労が多すぎる」だそうです

まあ、夫婦で開拓奉仕をしていて、それでいて旦那の稼ぎだけで暮らしていたわけですし、その稼業というのが新聞配達ですからね。

そりゃ苦労が多いわな・・・(納得)

そんなわけで、その夫婦は子作りを諦めたんですが、親が孫の顔を見るのを諦めたかまでは確認していません。

そうこう言っているうちに、結婚10年くらい経って、その2世君はある病に倒れたんですね、今はリハビリの毎日だそうです。今は宗教的な理由関係無しに文字通りに「子供を育てるのは苦労が多く」なってしまいました

今しか出来ないことをしない結果として、取り返しのつかないことになってしまった典型例だと勝手に思っています

この事例に関する解説と、エホバの証人信者の持つ時間感覚のズレがどのような深刻な問題を引き起こしているのかについては追々語りたいと思います




コメント (8)

ちょっと一息

2006-07-19 23:29:54 | 愚痴系
うちのウサギです
なまえは「うーたん」うちのチビが発音しやすいようにとつけたなまえで、深い意味はないです

たまにはこんな記事もいいかな?え?良くない?

らしくないですね失礼しました
コメント (5)