遙かなる透明という幻影の言語を尋ねて彷徨う。

現代詩および短詩系文学(短歌・俳句)を尋ねて。〔言葉〕まかせの〔脚〕まかせ!非日常の風に吹かれる旅の果てまで。

中原中也ノート15

2019-08-19 | 近・現代詩人論

  ゆきてかへらぬ
     ー京都ー

   僕は此の世の果てにゐた、日は温暖に降り酒ぎ、風は花々揺つて
ゐた。

 木橋の、誇りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々と、風車を
附けた乳母車、いつも街上に停つてゐた。

 住む人達は子供等は、街上に見えず、僕に一人の縁者なく、
風信機の上の空の色、時々見るのが仕事であつた。

 さりとて退屈してもゐず、空気の中には蜜があり、物体では
  ないその蜜は、常常食すに適してゐた。

   たばこくらゐは喫つてもみたが、それとて匂ひを好んだばかり。
おまけにぼくとしたことが、戸外でしかふかさなかつた。

   さてわが親しき所有物は、タオル一本。枕は持つてゐたとは
いへ、布団ときたらば影だになく、歯刷子くらゐは持つてもゐ

  たが、たつた一冊ある本は、中に何にも書いてはなく、時々手
にとりその目方、たのしむだけのものだつた。

女たちは、げに慕わしいのではあつたが、一度とて、会ひに
行かうと思わなかつた。夢見るだけで沢山だつた。

 名状しがたい何物かが、絶えず僕をば促進し、目的もない僕
ながら、希望は胸に高鳴つてゐた。
* *

林の中には、世にも不思議な公園があつて、無気味な程にも
にこやかな、女や子供、男達散歩してゐて、僕に分らぬ言語を
話し、僕に分からぬ感情を、表情してゐた。
さてその空には銀色に、蜘蛛の巣が光り輝いてゐた。
                      (『在りし日の歌』所収)

 一ページを作品の引用に資したようだが、唯一の散文詩と言うことでゆるしていただきたい。
それにしても今号は中也が大学に行くまでの作品の紹介におわりそうだが、むろん大方の批評は書かれおり目あたらしいものなどなにもないのだから、こうして京都で過ごした短い間の思い出を書いた作品を読み返す。新しい場所での学生生活が不安と希望に満ちていたことがよく分かる詩である。
大正十二年九月一日、関東一円をマグ二チュウード七・九の激震が襲った関東大震災の日である。首都としての東京は横浜とともに壊滅的な打撃を受けた。首都東京が完全に回復するのは帝都復興祭(昭和五年)まで待たなくてはならない。