どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ105

2008-02-17 23:36:31 | 剥離人
 T県TS火力発電所、二月の寒さは半端では無かった。
 だが寒かったのはT県の気候だけでは無かった。

「き、木田くん、こ、これは何の足場なの?」
 ミストエリミネータに続いて、煙道の中に入ったとき、小磯がかなり芝居がかって叫んだ。
「…えー、犬用?」
「い、犬用?」
「ちゃあ…」
 小磯は目を丸くして大袈裟に驚き、ハルは渋い顔で舌打ちをした。
 我々の目の前には、T県の気候に負けないくらい『寒い』足場が構築されていたのだ。

「あの、施工範囲は全面ですよね!?」
 私は遅れてマンホールから入って来たTG工業の現場担当者、坂本に言った。
「もちろん全面やけど、何か問題でもあります?」
「思いっ切り有ります」
「ええ?思いっ切り?ホンマかいな」
 坂本は思わず笑い出した。
「いやいや、笑い事じゃないですよ。ここは床面も剥離ですよね」
「そうやけど」
「なぜ最初の足場板が、床上80センチの位置なんですか?」
「ええっと…」
 坂本は返事に窮する。
「こんなの『犬』しか入れませんよね。彼は身長が180センチなので、まず無理です」
 私はハルを指差す。
「がははは、木田君、俺も無理だって!」
 そばで話を聞いていた小磯が爆笑し、坂本はヘラヘラと笑い出した。
「坂本さんなら大丈夫かもしれませんが、僕でも無理です」
「いやいやいやいや、木田さんもキツイなぁ。そんなもんワシも無理やわ」
「はぁー」
 私はため息を付いた。
「ハハハハ!小磯さん!この足場、一番向こうまで真っ直ぐに走れるよ!」
 ハルが笑いながら足場の上をガンガンと走ってきた。
「木田君、この小学校の渡り廊下のような足場は何なの?」
 小磯が腕組みをして立ち尽くしている。
「あれほど足場の一段目は1800(ミリ)でお願いしたのに」
 私は坂本を恨めしそうに見た。
「いやぁ、すまんなぁ木田さん。でも、足場はH電力が直接地元に出しとるもんやさかい」
 坂本にそう言われると、私はそれ以上何も言えなくなった。
「で、木田くん、これ、どうすんの?」
 小磯が自分の足の下の足場板をガンガンと蹴った。
「えー、四つんばいになって、背中にガンをくくりつけて…」
「がははは、ふざけんな!」
 小磯は笑いながらも、うんざりとした顔をした。床面を剥離するには、足場板を全て外さなければならないからだ。
「坂本さん、足場板は全部外しますからね!」
「ええよ、ええよ、頼みますわ」
 坂本は苦笑いをしながら、バツが悪そうに煙道から出て行った。

「とりあえず、エリミネータからやりましょう」
 私は小磯とハルをなだめすかし、ミストエリミネータのガラスフレークライニングの剥離を開始することにした。