どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ342

2008-11-30 23:35:15 | 剥離人
 大澤が持って来た新型ノズルカバーを装着した、18番の2ジェットを導入しようとしたその時、SSプラント工事の川久保が、作業用コンテナにやって来た。

「木田さん、ちょっといいかな…」
 川久保が神妙な面持ちで、話しかけて来る。
「…何ですか?なんとなく嫌な予感がするなぁ。どちらかと言うと、聞かない方がイイ気がする」
 川久保は、人の良さそうなクマのプーさん顔で苦笑いし始める。
「何で分かるの?」
「思いっ切り顔に出てるじゃないですか」
「わははは…」
 川久保は笑って誤魔化すと、私について来るように言った。
「どーせフェノールフタレイン反応(コンクリートの健全性を確認する検査反応)が出ないとか、そんな所でしょ?」
 躯体への階段を上がりながら、私は川久保にボヤく。
「あれ、分かっちゃった?」
「分かりますよ、そりゃあ。そもそも右手にフェノールフタレイン溶液が入ったスプレーを持ってるじゃないですか」
 川久保は笑いながら槽内への階段を下りると、須藤と正樹がハツった壁面の前に立った。
「見ててね」
 川久保はそう言うと、フェノールフタレイン溶液をハツリ面に噴きかけた。
「…あれ?」
「ね、変わらないでしょ」
「ちょっと貸して下さいよ」
 私は川久保からスプレーを受け取ると、自分でハツリ面に溶液を噴きかけた。
「うわっ、これ本当に変色しないよ…」

 1パーセントのフェノールフタレイン溶液を噴きかけて、ハツリ面が赤紫色に変色しないと言うことは、コンクリートの中性化した部分の除去が、完全に完了していない事を意味する。
 健全なコンクリートは基本的に『アルカリ性』であり、酸などに長期間侵されると、コンクリートは徐々に『中性化』して行く。中性化したコンクリートは、内部の鉄筋が非常に腐食しやすい状態になり、やがて腐食した鉄筋は錆で膨張し、内部からコンクリートを突き崩すことになる。
 下水処理場においてそれを促進させるのは、汚水から発生する硫化水素であり、今回の我々の仕事は、その中性化したコンクリートを、ウォータージェット工法によって除去する事だった。

 試薬の反応が出ないからと言って、決して須藤と正木のハツリ深さが浅い訳では無く、仕事が雑な訳でも無かった。むしろ、試験ハツリの時より、彼らは深めにハツっていた。
「どうしてだと思う?」
 川久保は腕組みをして考えている。
「とりあえず試験ハツリの時は、きっちりと反応しましたよね」
「そうだね」
「ハツってすぐの壁面をやってみませんか?」
 私は川久保に提案をすると、正木がガンを撃っている場所に近づこうとした。
「プシュッ、プシュッ、プシュッ!」
 エアラインマスクのウレタンホースを手で握り込み、エアーを遮断して合図を送る。
「キュぅううううん、プシッ!」
 私の足元にあったタンブルボックス(ガンのオンオフを制御する装置)が、高圧エアーを吐き出し、超高圧水を遮断する。

 肩にガンを担いでいた正木が動きを止め、我々の居る方を振り返った。

はくりんちゅ341

2008-11-29 23:01:53 | 剥離人
 二日後、下水処理場の躯体(コンクリート構造物)の脇に置かれた作業用コンテナに、怪しい口髭の男がやって来た。

「木田さん、出来ましたよ!」
「おお!大澤さん、待ってたよぉ!それにしてもまた髭が伸びたねぇ」
 最近大澤は、口髭を伸ばし始め、怪しいアジア系武器商人の様な風貌になっていた。
「これこれ、超特急で加工してもらいましたよ」
 大澤は手に持っていた段ボール箱を開ける。
「おおー、これかぁ」
 段ボール箱の中には、アルミ製の金属リングが六本と、黄色っぽい半透明の筒状の部品が三つ、黒い筒状の部品が三つ入っていた。
 私は金属リングを手に取り、用意しておいた4ジェットノズルに通してみた。
「側面の六角穴付ボルトを締めて下さい」
 大澤が、武器商人が顧客に武器の取扱を説明するような口調で、アルミ製金属リングを指差す。リングの側面には六角穴付ボルトが埋め込まれており、リング本体を締め付けられるようになっている。
「ミリだよね」
「M4(呼び経4mm)です」
 六角レンチで軽くボルトを締めてみると、リングは筒状のノズルにピッタリと密着して固定された。
「イイんじゃない?」
「そのリングの位置は、こいつに合わせて下さい」
 大澤は、黄色い半透明の部品を取り出した。
「これは、ウレタン?」
「ええ、キャット(四輪ロボット)のタイヤと同じウレタン素材です」
「なるほどね、じゃあこっちの黒いのはゴム?」
「そうですね、こっちはゴム製です。ウレタンより硬度は低いんですけど、弾性はこっちの方がありますね」
「で、二種類を試験的に使い分けるってことだね」
 私はウレタン製のノズルカバーを4ジェットノズルに突っ込んでみた。
「かなりキツイね」
「目一杯押し込んで下さい」
 大澤の言う通り、ノズルをウレタン樹脂に押し込んでみる。ノズル先端のホーネット(孔空きサファイヤを内蔵した部品)が、カバーに当たったのが分かる。
「ねぇ、これさ、ノズルの穴が空いて無いんだけど…」
 私はのっぺらなカバーの先端面を大澤に見せる。
「木田さん、そのままジェットを一発撃ってもらえば、一瞬でウレタン樹脂なんか貫通するじゃないですか」
「ああ、それもそうだね…」
 私は一瞬、自分の判断能力の無さを恥じた。照れ笑いをしながら、緩めたアルミのリングを押し上げ、ウレタン樹脂に加工されたネジ穴と、アルミ製リングのネジ穴を合わせる。
「ここのボルトは?」
「これです。同じくM4です」
 大澤は、ステンレス製の六角穴付ボルトを三本、チャック付のビニール袋から取り出す。
 コンクリート専用ノズルのカバーは、ノズル側面に六角穴付ボルトで固定する構造だったが、コンクリート片の跳ね返りや、コンクリートへの接触により、ボルトの頭の変形が始まり、頻繁にボルトを交換する必要が発生していた。
「いいね、この位置ならほとんどコンクリート片の影響は受けないね」
 今回のノズルカバーは、樹脂製のカバーをアルミのリングで固定する方式だが、そのためのボルトは、アルミリングの裏側に設けていた。これにより、コンクリート片の跳ね返りが、ボルトにはほとんど当たらなくなる筈だった。
 全てのボルトを締めて、カバーをノズルに固定し、予備のガンに装着してトリガーを引いてみる。
「ギュウぅううううううううん!」
 エアモーターが甲高い音で回転し、ノズルが綺麗に回転する。
「どうですか?」
 大澤が口髭を歪め、怪しい武器商人の様な表情で、私の顔を覗き込む。
「うん、イイねぇ。コンパクトで回転軸もぶれ難いし、取り回しも楽そうだね」
 差し詰め私は、密輸された武器を手にして、試し撃ちをして満足している犯罪者だ。

 この日、怪しい二人組の間で、無事に超高圧兵器の取引が完了した。

はくりんちゅ340

2008-11-28 23:45:23 | 剥離人
 F社の大澤にノズルカバーの設計を依頼している間も、工事は進んで行く。

 本来はもっともコンクリートに有効な、18番の2ジェットを使用すれば良いのだが、簡単には使用できない理由があった。
 それはハツったコンクリートの跳ね返りだ。
 水に超高圧(2,800kgf/cm2)を掛け、直径0.3mm~0.5mmのサアファイヤの孔から発射することにより、塗装を剥離するウォータージェット工法だが、必ずノズルには剥離対象物が吹き飛んで来る。通常の塗料や樹脂ライニングは、ノズルの素材であるステンレスよりも硬度が低いので、さほど問題は無いのだが、コンクリートのハツリ片だけは全く話が異なってくる。
 音速を超えるジェット水流によって砕かれたコンクリート片は、他の剥離対象物と同じく、ノズルに衝突するのだが、この時、コンクリート片はサンドブラスト工法(圧縮空気に桂砂や銅ガラミ等の研掃材を乗せ、剥離対象物に衝突させて塗料を剥離する工法)の研掃材と同じ働きをする。僅かずつではあるが、ステンレスのノズルを削って行くのだ。僅かと言っても、ノズルの先端は作業をしている間中、常にコンクリート片により削り取られて行くので、ちりも積もればなんとやらだ。
 最初は、ノズルに装着されている、サファイヤを内蔵した『ホーネット』と呼ばれる部品が削れて行く。3/8インチのレンチが掛かるように、先端が六角ナット形状になっているのだが、その角が完全に削れてしまい、レンチが掛からなくなってしまうのだ。レンチが掛からないと、ホーネットの交換が出来なくなってしまうので、これは大きな問題だ。
 そしてもっとも問題なのは、ウォータージェット作業において命とも言える、ノズル本体が削れて行くことだ。以前、S社の伊沢が、O県の下水処理場で作業をしているのを見学したが、ステンレスの塊を削り出したノズルが、まるで歯槽膿漏に侵された歯茎の様に削れて行き、ホーネットのねじ山が露出しているのを私は見ている。丁寧に使用すれば十年以上は楽に使える、一つ20万円の高価なノズルを、この現場で使い切ってしまう訳には行かない。しかしながら、作業性を犠牲にする訳にも行かない。

 そこで私は、ノズルの犠牲を承知で、18番の2ジェットノズルを使うことを、ハルに勧めてみた。
「いいよぉ、だってノズルが駄目になっちゃうでしょ!?」
 O県でS社が行った下水処理場の現場に参加していたハルは、実際にノズルがどの程度のダメージを受けるのかを把握していたので、すぐに反対した。
「ノズルがあんな風になっちゃったら、次の現場で仕事にならないでしょう」
 ハルの言うとおりだった。
「ノズルのカバーはいつ頃出来るの?」
「うーん、今日中に最終の図面が送られて来るんで、すぐにGOサインを出せば、アルミと樹脂の削り出しパーツの加工は一日で行けますね。ま、あと二日の予定ですかね」
「そのくらいなら、コンクリートノズルで十分でしょ」
「すみませんね、そう言ってもらえると助かります」
 私はハルが納得してくれたので、かなり気持ちが楽になった。ハルは、小礒が居た頃と比べると、工事全体を見て物事を判断し、意見を言うようになっていた。あるいは、彼には元々そういう素養があったのかもしれない。
 どちらにしろ、ハルが私の側でもなく、職人としてのみの考え方でもなく、その中間点で物事を考えてくれる事は、私にとって大きな力となり始めていた。

 この日から二日後、待望のノズルカバーが、大澤の手によって我々の元に届けられた。

はくりんちゅ339

2008-11-27 21:25:32 | 剥離人
 わざわざ今回の工事の為に製作した『コンクリート専用ノズル』、これが使えないのは大きな問題だった。

「大澤さん、あのコンクリートノズル、駄目だわ」
「ええー?せっかく作ったのにぃ!?」
 電話の向こうで、大澤が大声を出している。
「全く駄目って訳じゃないけどさ、穿孔能力が低すぎたよ。一度に広い面積を効率的にハツろうと思って、ノズル自体を大きく作りすぎたかもね。工場でテストピースに使った時は、結構上手く行ったんだけどね」
 ハルが休んでいる間、私は一人で、工場にあった重量約500kgの護岸工事用のコンクリートブロックをハツる試験を行っていた。
「コンクリートの強度が違うんですか?」
「それもあるけど、やっぱり実際に構造物として打設されたコンクリートは、骨材(コンクリートに含まれる砕石)がしっかりと入ってるね」
「そうですか、うーん…」
 大澤はまだ納得できない様子だったが、私が詳細について説明をすると、ようやく納得をしてくれた。
「で、どうするの木田さん?」
「これから色々と試してみるけど、4ジェットノズルを使おうと思ってるんだ」
「普通に14番(サファイヤに空けられた14/1000インチの孔径)を四個使うの?」
「テストハツリでそれは使ったけど、18番(17/1000インチ)の2ジェットも試してみようと思うんだ」
「18番の2ジェット?Fレート(F社規定の流量係数)は大丈夫?」
「うん、18番ならギリギリで、ハスキーの24.6リットル(ハスキーが作り出す超高圧水の上限流量)を下回るからね。今から試してみるけど、大至急4ジェットノズル用のカバーを設計してくれない?」
「分かりました!」

 大澤との電話を切ると、私は4ジェットノズルを取り出し、四つの孔のうち、二つにプラグ(ジェット水流を射出しない、孔を塞ぐパーツ)を入れ、もう二つに17番のホーネット(内部に孔空きのサファイヤを埋め込んだ部品)を入れ、2ジェットノズルを用意した。
「これで駄目ならかなり厳しいかもなぁ…」
 私は若干の不安を感じながらも、そのノズルを手に持ち、ハルが入っている槽内に下りて行った。
「ハルさん、こいつを試して下さいよ」
 私はハルに2ジェットノズルを見せた。
「木田さん、まさかあの物凄いノズルじゃ無いよね?」
 ハルは目を丸くしている。
「物凄いノズルって、もしかして24/1000の2ジェットのこと?」
 ハルはうんうんと頷く。
「あの小磯さんにやってもらった、S電力の送電鉄塔の基礎部分をハツった時のこと?」
 ハルはさらにブンブンと頷く。24/1000とは、一本のガンの、しかもたった二本の水流に、ハスキーの全流量を乗せるという、狂気のノズルだ。単純計算でも、ガンの反力は40kgf/cm2になる。普通の人間が軽い気持ちでトリガーを引いたら、間違いなく吹き飛んで大怪我をすることになる。
「そんな危ないノズルを、こんな現場で使ったりしませんよ。今思うと、良くもまあ、あんなノズルを使ったなぁ、って言うのが正直な感想ですからね」
「本当によぉ?」
 ハルはまだ疑っている。
「あははは、そんなに心配しないで下さいよ。このノズルは18/1000インチの2ジェットで、トータルの流量は今までの5ジェットや4ジェットと何ら変わりませんから。もしかすると、4ジェットよりも取り回しは楽になるかもしれませんよ?」
「あ、そうなの?」
 ハルがようやく納得してくれたので、ノズルを付け替えてみる。
「まずは僕がトリガーを引きますからね」
 ハルを安心させるために、私がまずは空中に向けてトリガーを引く。
「キュぅううううん、バシュぅううううう!」
 二本のジェット水流が、ノズルの先端から飛び出す。
「ふーん、やっぱりコヒレント(ジェットの力が有効な部分)が長いなぁ…」
 私は独り言を言い、そのまま軽くコンクリートにジェットを当ててみる。
「バコっ、バンっ、バンっ!ゴッ、ゴッ、ゴバっ!」
 コンクリートが面白いように飛び散り、周囲に飛散する。視界の端で、ハルが腕で顔を覆いながら、逃げて行くのが見える。
「キュぅううううん、パシュっ!」
 ガンを止めると、ハツった面を確認する。
「おおっ、結構行けるかも!」
 新造のコンクリート専用ノズルと比較すると、明らかにハツリの深さが違う。
「結構イイ感じだねぇ」
 離れていたハルも、ハツリ面の確認に来た。
「こいつが最有力候補かも知れませんね。もう一つ、普通に5ジェットも試してみますか?」
 ハルが頷く。

 この日我々は、18番、つまりサファイヤの孔の直径が18/1000インチ(約0.457mm)の2ジェットが、コンクリートのハツリには最も有効だと言う結論に達した。

はくりんちゅ338

2008-11-26 23:49:36 | 剥離人
 本格的なコンクリートのハツリ作業が始まった。

「木田さん、このノズル、使うの?」
 ハルが新品のノズルを手に持っている。
「使いますよぉ、今回の為に作ったんですから。名づけて『コンクリート専用ノズル』!」
 今回の工事の為に私は、以前から考えていたノズルを、F社と共同で製作していた。
「本当に使えるのこれ?すごく重くない?」
 ハルは、通常の5ジェットの1.5倍近い重量のノズルを手に持ち、繁々と眺めている。
「その重さがまた、コンクリートにはイイんですよ」
 私は満面の笑みでハルを納得させる。
「本当によぉ?」
 ハルは半信半疑だ。
 『コンクリート専用ノズル』は、垂直方向に四本のジェットを射出するノズルで、二本のジェットが直径40mmの同心円上から、もう二本のジェットが直径50mmの同心円上から射出さされる構造になっている。
 もちろんF社の純正品ではない為に、ノズルの加工は国内の業者に頼んだのだが、結果的に、かなり重量のあるノズルに仕上がってしまっていた。
「こんなに重いと、ノズルの回転速度が落ちるんじゃないの?」
「ええ、その回転速度の低下が、コンクリートのハツリには有効だと思うんですよ」
 高速で回転するノズルよりも、ゆっくりと回転するノズルの方が、コンクリートに対する単位時間当たりの接触時間が長いと私は思っていた。
「このカバーは?」
「今回はノズルカバーもステンレスで作りましたからね。これでノズル自体の損耗もほとんど無くなるはずですから」
「ふーん、なるほどね」
 ハルは納得すると、須藤にも同じノズルを手渡し、槽内に入って行く。
 すぐに私もハスキーに超高圧を掛けると、ハルを追いかけた。

「きゅうううううん、バシュぅううううう!」
 ハルがトリガーを引き、コンクリートのハツリを始める。
「ピシっ、ぱんっ、ぱんっ!パシッ!」
 ハルがハツったコンクリート片が、私の顔を覆っている、アクリル製のフェイスガードに衝突する。至近距離で観察をしているので仕方無いのだが、とてもじゃ無いが、フェイスガード無しでは居られない状態だ。それでも時折、首や手に当たる破片で、痛みが走ったりする。
 しばらく観察をしていると、一頻り目の前の壁をハツったハルが、ガンを止めた。
「どうですか?新しいノズルは」
 私は背後から近寄ると、ハルの肩をポンポンと叩いた。
「うーん…」
 ハルが言葉を濁す。
「ちょっと撃ってみる?」
 言葉で伝えるよりも、実際に撃った方が早いと思ったのだろう。
「ちょっとやりますか」
 ガンを撃つつもりは無かったのでカッパは着ていないが、私は迷わずハルからガンを受け取る。
「おお…」
 いつものイメージでガンを持つと、思っていたよりも新型ノズルの重量を感じる。
「結構重く感じるね」
 私は独り言を言うと、とりあえず虚空に向けてガンを発射した。
「きゅうぅうううううん、バシュぅうううううう!」
 ノズルから四本のジェット水流が発射されると同時に、20kgf/cm2の反力が発生し、ガンが私の右肩に喰い込む。
「シュバぁあああああ、バロバロバロバロ…」
 コンクリート専用ノズルは、5ジェットに比べると、かなりゆっくりとした速度で回転し、ジェットを発射している。
 一度ジェットを止めると、私はコンクリートの壁面に向かい、ガンを再び発射した。
「キュバぁあああああ!ガロガロガロガロ、ブバッブバッ!ギュバぁああああ!」
 コンクリートの表面が、大きめの円を描きながら削れて行く。作業着に生暖かいミストを感じ、コンクリート片が体に当たる痛みを時折感じるが、細かい事は気にしない。
「ん、大体想像していた感じだなぁ…」
 ノズルの重量が重いので、回転速度が低下した分、きっちりとコンクリートが削れている感じがする。
「キュウぅううううん…」
 私はガンを停止させ、フェイスガードを跳ね上げるとハツリ面を確認した。
「うーん…」
 私は形成されたハツリ面を見て、微妙な声を上げた。
「ネ!俺の言いたい事が分かるでしょ」
「そう、ですね…」
 新開発のコンクリート専用ノズルは、思っているよりも良くは無く、そして思っていたほど悪くも無かった。
「そうですねぇ、ハツリが全面5mmのみ!という仕様なら、まあ使い勝手はイイですよね」
 ハルはウンウンと頷く。
「でも、15mmのハツリ厚の場所に、このノズルは使えない気がしますね」
「俺もそう思うね」
 ハルは私と意見が一致したので安心したのか、笑顔で答える。不適格なノズルで作業を強制されるウォータージェット作業ほど、苦痛な物は無いからだ。
「表面を薄くハツリ取るには最適なノズルだけど、とにかく穿孔能力が無いですね…」
「木田さんもそう思う?俺も何度か試してはみたけど、このノズルじゃ、コンクリートを深くはハツれないね」
「…ですね」
 私はガックリとして同意する。
「でもさ、とりあえず5mmのハツリ厚の場所にはこれで十分だからさ、しばらくはこれを使おうよ」
 ハルは、落ち込む私を見て気を使ったのか、このノズルで仕事をすると言い出した。
「ただ、このままじゃやっぱり厳しいですよね。大至急、使えるノズルを用意しますよ」
「間に合うの?」
「間に合わせます」

 私はハルにガンを返しながら断言すると、足場の昇降階段を駆け上がり、携帯電話でF社の大澤に緊急連絡を入れた。



はくりんちゅ337

2008-11-25 23:43:20 | 剥離人
 葛西の指示に従い、ハルがさらにコンクリートの壁面をハツると、それが何の基準なのかはさっぱり分からないが、とにかく葛西は納得した。

「川久保さん、例の、ホラ、あの試薬!」
 葛西は急かすように、SSプラントの川久保に右手を突き出す。川久保は、槽内の足場に備え付けられている昇降階段を上がると、茶色のガラス瓶を葛西にかざした。
「このフェノールフタレインの1%エタノール溶液をこの中に入れてありますんで!」
 川久保は霧吹きの容器を右手でかざすと、階段を下りて、葛西に手渡した。
「よし、ちょっと噴き掛けてみるからな」
 葛西はそう言うと、ハツった部分に霧吹きの液体を噴き掛けた。
「おお、反応するね!」
 葛西が声を上げる。霧吹きの液体を掛けられた部分は、綺麗な赤紫色に発色をしている。
「木田さん、あれは何なの?」
 ハルがエアラインマスクを脱いで、私に質問をしてくる。
「あれはフェノールフタレインの溶液なんですけど、あれを噴き掛けて赤紫色になる部分は、コンクリートとして健全な状態なんですよ」
「ふーん、そうじゃない部分は?」
「色が付かないんですよ」
「なるほど。じゃあ、あの液体をスプレーして、赤紫色が出るまでハツるってこと?」
「そういうことになりますね」
 私は自分でハルに答えながら、ハルの次の質問を恐れた。
「じゃあさ、あの色が出なきゃ、どこまでもハツるってこと?」
「・・・」
 ハルの言う通りだった。私がウォータージェットによるコンクリートのハツリ工事を避けたかった理由が、まさにそこだった。
「出来ればそれは避けたいんですけどね…」
 しかも渡は、私の忠告を完全に無視して、このN下水処理場の1,500m2という大きな物件を取ってしまっている。
「もしもハツり深さが5mmでも深くなったら…」
 考えるだけでも恐ろしい話だった。O組と契約した見積書では、運転時の水面下をハツリ深さ5mm、下水から発生する硫化水素に曝されている水面上を15mmのハツリ深さで計算している。これがそれぞれ5mmずつ深くなるだけで、我々の費やす作業日数が倍増する可能性すらあるのだ。

 コンクリートの恐ろしい所は、ハツろうと思えば、どれだけでも深くハツれてしまうことだ。5mmハツって、駄目ならもう5mm、それでも駄目ならもう5mm、さらにもう5mm、合計20mmのハツリ作業となっても、下水処理場のコンクリート構造壁は、300mm近い厚みを確保している。まだまだハツれてしまうのだ。
 これに対して、鉄板等に塗布されている塗料は、所詮は厚みが決まっているし、どんなに頑張っても鉄板を削り取る様なことにはならない。仮に恐ろしく丁寧に塗料の剥離作業を行っても、作業日数が一割も増えることすらありえないのだ。

「お、出るね、出るね!」
 葛西は嬉々としてフェノールフタレイン溶液を噴き掛けて、ハツリ面が赤紫色に変色するのを確かめている。
「うひゃひゃ、なんかあの人、子供みたいだね」
 ハルが苦笑いをしながら、葛西を見つめている。確かにその様子は、色が変わるスプレーを手にして、喜んでいる小学生みたいだ。
「さ、木田さん、他の場所もやるよ!」
 葛西は霧吹きを手に、さっさと次のテストポイントに移動し始めた。

 この日、私の危惧は徒労に終わり、当初の計画通りのハツリ深さで作業を行うことになった。

北海道消波ブロック図鑑(その6)

2008-11-24 15:12:32 | 北海道消波ブロック図鑑

 他にもまだまだ個性的な奴らがいます。

機雷型

このでっぱりに触れると、いかにも爆発しそうです
 見える人にはガンダムハンマーに見えるかもしれません。

ボール型

かなり珍しい?球形の消波ブロック
 この消波ブロックが設置されていると、港が非常にマイルドな雰囲気になります。

七輪型

上に金網を載せると、スルメが焼けそうです

寛永通宝型

さすがに文字は刻印されていません(笑)

全自動麻雀卓型

真ん中の穴に、麻雀牌をガシャガシャと入れましょう
 うっかりと点棒を放り込むと、ヒンシュクを買います。

サイコロX型

丁半博打に使用すると、中々の迫力です
 残念ながら、型枠しか撮影出来ませんでした。

 以上、しっかりと熟成させた北海道消波ブロック図鑑でした。
 今後も、珍しい消波ブロックを見つけたら、随時追加して行きたいと思います。

 尚、
「ネーミングのセンスが悪い!」
 とか、
「我が社の消波ブロックはそんな名称じゃない!」
 とか、
「うちの近所に珍しい消波ブロックがあるから撮影に来い!」
 とか、
「そんなに好きなら、消波ブロックの製造現場で、時給350円で雇ってやる!」
 という様なご意見(主に苦情)は、テレパシーを通じて受け付けております。どしどしとテレパシーを送って頂ければ幸いです。

注)私には、そういう物を受信する特殊能力はありませんので、一方的に送りつけて下さい。


北海道消波ブロック図鑑(その5)

2008-11-23 23:25:49 | 北海道消波ブロック図鑑

 シンプルな柱型もいます。

柱1型

非常にすっきりとした形状です


積んだ状態も、整然として、若干つまらない…


荒波と戦っています

 柱型の亜種も登場。
捻り柱1型

非常にシンプルに捻っています


手前が持ち帰り用の小サイズ、奥が配送用の大サイズ
 購入はホームセンターで!

捻り柱2型

うーん、一番地味な消波ブロックかも… 

 次は、ペットが喜ぶシリーズです。

骨っこ1型

もう、犬のおやつにしか見えません(笑)


大型犬用、骨っこ2型


骨っこ2型調理中
 
 猫用も開発中!(してません)


北海道消波ブロック図鑑(その4)

2008-11-22 23:05:11 | 北海道消波ブロック図鑑
 更に新種登場。

キューブ型

その名の通り、立方体が組み合わさった形状です


この消波ブロックも、結構使われています


新品のキューブ型
 実に美しい形状です。じっと見ていると、何故かルービックキューブやテトリスをやりたくなります(笑)


たまに公園でこんな使われ方もします
 でも、使われているればまだマシな方で、


何故か海岸線から程遠い場所に放置されている物もあります。
 この場所は小高い丘の上で、道路脇に一つだけぽつんと落ちていました。実に孤独な消波ブロックです。

 次も何となくテトリスがやりたくなる新種です。

水晶型

水晶柱が三本組み合わさったような形状です


大量に積まれています


水晶型の鋼製型枠
 ミサイルポッドに見えてきます。


ロールアウトした新品の水晶型

 まだまだマニアックな新種が登場します。

北海道消波ブロック図鑑(その3)

2008-11-21 23:40:59 | 北海道消波ブロック図鑑

 いよいよ新種が登場です。

捻りカルティエ型

捻ってるけどね


小型捻りカルティエ


この消波ブロック、北海道では、かなり使われています

 ここまでは単なる消波ブロックにしか見えませんが、こうなると話は別です。


青い海と白い『捻りカルティエ』


延々と続く、『捻りカルティエ』の長城
 単なる消波ブロックですが、アートに見えてきます。

 続いて、更なる新種です。
イデオン型(イデ1型)

私の独断と偏見でイデオン型です
 『異論!反論!OBJECTION』という声が聞こえてきそうですが、聞き入れません(笑)。
 合体直前の伝説巨神イデオンの頭部及び腕部パーツに似ていると、私が勝手に思っているので、イデオン型です。


イデ1型製造工場を発見


配備されたばかりのイデ1型
 胴部と脚部はどこで作られているのか、疑問です。


イデ2型
 左右にでっぱりが付いています。
 関係ありませんが、右側の看板には、「やめよ密漁!」と書かれています。


イデ3型を発見
 イデ2型の変種と見受けられます。


イデ4型
 イデ3型の変種。でも、イデオンの面影は1mmもありません(笑)


イデぱわー
 イデ2型が結集しています。

 懲りずに続きます。