現場にも残業がある。
煙道のFRPライニングの剥離に入ってから、仕事のペースがガクンと落ちていた。
「今日もやるの、残業?」
小磯が朝から休憩所の椅子にふんぞり返っている。
「やります。お願いします」
「何時まで?」
「今日も七時までお願いします」
「はい、分かりましたぁ!」
わざとらしく小磯は丁寧に答える。当初は一週間でかたをつけるつもりだったが、すでに今日で十一日目だ。
「木田君、誰かもう一人撃ち手は居ないの?」
「ええ、次回は探しますが、今回はこれで行くしかないですね」
「二人はキツイんだよ」
「ええ…」
一週間の作業なら、小磯とハルの二人で十分だと思っていた。
通常、ガン作業は三人一組のローテーションで行なう。二時間撃って、一時間休憩、このリズムで回して行くのだ。だがR社には、三人目の撃ち手が居なかった。仕事が長引くほど、二人の疲労は蓄積し、ストレスも溜まって行く。
「木田君、そろそろ上は終わりそうだから、昼からは一気に足場板を剥がすよ」
「分かりました」
我々だけでなく、加納も疲労が蓄積していた。毎日毎日腰を屈めて、ステンレスの桶からゴミをすくい続け、それを土嚢袋に詰めているのだ。腰が痛くなって当然だった。
「加納さん、腰、大丈夫ですか?」
「いやぁ、大丈夫、大丈夫。あの二人に較べたら、大したこと無いって」
加納は力なく笑い、缶コーヒーを口に運んだ。
「それにしても今日は寒いですね」
私は話題を変えるために、無難なネタを加納に振った。
「ここ最近じゃ一番寒かったからね。ポンプは大丈夫?」
「大丈夫、きっちりと不凍液を回したから」
私の代わりに小磯が答える。
「さ、やりますか!」
私はみんなに声を掛けた。八時になるので仕事開始だ。
みんなでぞろぞろと、作業用コンテナに向かう。私がコンテナのシャッターを開けると、小磯とハルが冷え切ったカッパを外に出した。
「ブォオオオン!」
余熱を終えたコンプレッサーのエンジンを掛ける。小磯とハルが、カッパをコンプレッサーのラジエターの上で温め始める。
次はハスキーだ。まずは吸い込みポンプの電源を入れ、供給水のバルブを開こうとした。
「うお!?」
私はステンレスの分岐用タンクを見て驚いた。分岐用ステンレスタンクには計六個のバルブが付いていて、ハスキーへの供給用ホースが一本、汚れたカッパを洗うためのホースが一本、そして手洗い用の水道の蛇口が一箇所設けてある。
この手洗い用の蛇口は、毎日帰る時に少しだけ開いて、水が常に流れるようにしていた。凍結防止の為だ。だが、私の目の前の蛇口は、まるで蝋で出来たサンプル食品の様に、水が出た状態で蛇口ごと凍りついていた。
「凍ってる!」
「はぁ?不凍液を入れたんじゃ無かったの?」
小磯が私の声を聞きつけて側にやって来た。
「1,000リットルポリタンクにまでは、入れないですよ」
小磯はステンレスタンクの蛇口を覗き込んだ。
「おお、そのままの形で凍ってるよ!」
「なになに、ハスキーちゃんが凍っちゃった?」
ハルも楽しそうにやって来る。
「うわぁ、凄いね、このままの形で凍るんだね。でもこれ、どうするの?木田さん、今日は仕事は休みかな?」
供給水がハスキーに流れなければ、仕事にならない。
「休むわけには行きませんね。炙って融かしますよ」
私はコンテナから、ホームセンターで買ったガストーチを持ち出した。ツマミを回して、電子着火ボタンを押す。
「ゴォオオオオ!」
ガストーチは青色のナイスな炎を噴き出した。熱量は十分なはずだ。
「あんたらのコンテナは、何でも入っとるねぇ」
加納が腕組みをして感心したように頷いている。
「ゴォオオオオ!」
私はステンレスタンクを、青白い炎で炙り始めた。
「木田君、どのくらいかかるの?」
「ステンレスタンクのカラメリゼのことですか?」
「はぁ?何それ?」
「別にイイです…。融けるまで休憩所に居て下さい」
「いや、今のうちに段取りが換えの準備をしておくよ。ハル、ちょっと来い!」
「はいよー」
何だかんだ言っても、小磯にもプロとしてのプライドがある様だった。
ステンレスタンクの解凍には、一時間を要した。