C電力H火力発電所、私と佐野の仕事場だ。
わずか数日で撤収したウォータージェット工法に代わり、今回佐野が紹介してくれたのは、サンドブラスト工法と塗装が本業のSS工業だ。今はその職人たちが現場に入っている。
建屋の屋上に設置されている開放型タンクの歩廊で、私は佐野と雑談をしていた。
「なんか、サンドブラストって凄いですね」
私は白い防炎シートの中を少しだけ覗き込んで言った。中はもうもうとした砂煙が充満している。
「これが本来のブラストだよ。まだまだ日本中でこいつをやっているんだから」
佐野は、
「これが本来の塗装屋の仕事だよ!」
という顔で笑っている。
サンドブラストとは、圧縮空気に研掃材(硬い粒子)を載せ、それが衝突することによって、鉄板表面の塗装や錆を除去する工法だ。
「しかし、何にもやることがありませんね」
「それが監督ってものだよ」
佐野の話によると、T電力の現場では、監督が作業をしていると怒られるそうだ。T電力において『監督』とは、その名の通り作業員を監督し、常に危険に対して注意を払い、事故を未然に防ぐのと、仕事の品質を維持するのが職務らしい。つまり監督が作業をしていては周囲への注意が散漫になるので、監督は作業をしていてはいけないのだ。
「でもそれって眠くなりません?ただ一日立っているだけですよね」
「なるね、春なんか眠いよぉ。塗装が始まってウトウトしていると、誰も居ない場所を『監視』している間抜けな事態になるからね」
「はははは、それイイですね」
「特にサンドブラストは中に入っても何も見えないからね。入ると危険な場合もあるし。でも別に入ってもいいんだよ」
「いえ、遠慮します」
こんな粉塵浮遊率100パーセントの環境には、可能な限り入りたくない。健康にも悪そうだ。
その時、中から職人が出てきた。たしか斉藤という、五十代の人だ。
「なんかよう、手元スイッチの調子が悪くてな、ちょっと砂を補充するように言ってくれねぇか?」
斉藤は全身埃まみれだ。エアラインマスクを装着し、興研の大型防塵マスクも装着しているが、汗で濡れた顔には、べっとりと埃が付着している。
「分かりました、釜まで行って来ます」
私はタンクの歩廊から階段を下り、続いて普通のビル五階分の階段を下りた。
単管パイプと防炎シートで組まれた、『釜場』と呼ばれている小屋で、『釜番』の中西が、研掃材の『銅ガラミ』の空袋を整理していた。
「斉藤さんが砂が出ないって言ってますよ」
「お?ベルは鳴らなかったけどな」
釜番の山野が斉藤の釜を確認する。
「あ、空だわ」
「ええ、手元スイッチの調子が悪いって言っていましたよ」
「はいよ、すぐに入れるよ」
中西は斉藤の釜の圧縮空気のバルブを閉じると、釜の蓋を開けて、袋入りの銅ガラミをぶちまけ始めた。
最近は減って来たが、サンドブラストでは『珪砂(花崗岩が砂状になった物)』が使われる事が多く、研掃材の事を『砂』と呼ぶことが多い。今回は剥離対象物の状況を考慮して、佐野が『銅ガラミ』を選択した。『銅ガラミ』とは、『銅スラグ』の事であり、銅を精製するときに出来る産業副産物のことである。比重が大きいのが特徴で、今回の様に孔食して錆が酷いタンクには向いているらしい。
「はぁ、はぁ、行って、来ましたよ」
釜場と屋上を一往復するだけで、息が切れる。言うなれば運動不足だ。
「いい運動になるべ」
佐野は私を見て、楽しそうに笑った。
かなり癖のある職人たちだが、佐野が居る間は大丈夫そうだった。
わずか数日で撤収したウォータージェット工法に代わり、今回佐野が紹介してくれたのは、サンドブラスト工法と塗装が本業のSS工業だ。今はその職人たちが現場に入っている。
建屋の屋上に設置されている開放型タンクの歩廊で、私は佐野と雑談をしていた。
「なんか、サンドブラストって凄いですね」
私は白い防炎シートの中を少しだけ覗き込んで言った。中はもうもうとした砂煙が充満している。
「これが本来のブラストだよ。まだまだ日本中でこいつをやっているんだから」
佐野は、
「これが本来の塗装屋の仕事だよ!」
という顔で笑っている。
サンドブラストとは、圧縮空気に研掃材(硬い粒子)を載せ、それが衝突することによって、鉄板表面の塗装や錆を除去する工法だ。
「しかし、何にもやることがありませんね」
「それが監督ってものだよ」
佐野の話によると、T電力の現場では、監督が作業をしていると怒られるそうだ。T電力において『監督』とは、その名の通り作業員を監督し、常に危険に対して注意を払い、事故を未然に防ぐのと、仕事の品質を維持するのが職務らしい。つまり監督が作業をしていては周囲への注意が散漫になるので、監督は作業をしていてはいけないのだ。
「でもそれって眠くなりません?ただ一日立っているだけですよね」
「なるね、春なんか眠いよぉ。塗装が始まってウトウトしていると、誰も居ない場所を『監視』している間抜けな事態になるからね」
「はははは、それイイですね」
「特にサンドブラストは中に入っても何も見えないからね。入ると危険な場合もあるし。でも別に入ってもいいんだよ」
「いえ、遠慮します」
こんな粉塵浮遊率100パーセントの環境には、可能な限り入りたくない。健康にも悪そうだ。
その時、中から職人が出てきた。たしか斉藤という、五十代の人だ。
「なんかよう、手元スイッチの調子が悪くてな、ちょっと砂を補充するように言ってくれねぇか?」
斉藤は全身埃まみれだ。エアラインマスクを装着し、興研の大型防塵マスクも装着しているが、汗で濡れた顔には、べっとりと埃が付着している。
「分かりました、釜まで行って来ます」
私はタンクの歩廊から階段を下り、続いて普通のビル五階分の階段を下りた。
単管パイプと防炎シートで組まれた、『釜場』と呼ばれている小屋で、『釜番』の中西が、研掃材の『銅ガラミ』の空袋を整理していた。
「斉藤さんが砂が出ないって言ってますよ」
「お?ベルは鳴らなかったけどな」
釜番の山野が斉藤の釜を確認する。
「あ、空だわ」
「ええ、手元スイッチの調子が悪いって言っていましたよ」
「はいよ、すぐに入れるよ」
中西は斉藤の釜の圧縮空気のバルブを閉じると、釜の蓋を開けて、袋入りの銅ガラミをぶちまけ始めた。
最近は減って来たが、サンドブラストでは『珪砂(花崗岩が砂状になった物)』が使われる事が多く、研掃材の事を『砂』と呼ぶことが多い。今回は剥離対象物の状況を考慮して、佐野が『銅ガラミ』を選択した。『銅ガラミ』とは、『銅スラグ』の事であり、銅を精製するときに出来る産業副産物のことである。比重が大きいのが特徴で、今回の様に孔食して錆が酷いタンクには向いているらしい。
「はぁ、はぁ、行って、来ましたよ」
釜場と屋上を一往復するだけで、息が切れる。言うなれば運動不足だ。
「いい運動になるべ」
佐野は私を見て、楽しそうに笑った。
かなり癖のある職人たちだが、佐野が居る間は大丈夫そうだった。