どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ99

2008-02-11 23:53:26 | 剥離人

 今日もタンクの歩廊で佐野の話を聞く。

 佐野は話し好きであり、私は人の話を聞くのが好きである。特に佐野の現場で起きたトラブルの話は、それが現実とは思えないほど笑える話が多かった。
 その日は佐野が、特殊な塗料についての話をしてくれていた。
「木田君、感熱塗料っていうのがあるんだよ」
「感熱塗料ですか?」
「そう、その塗料が塗ってある対象物が規定の温度に達すると、色を変えて危険を知らせるんだよ」
「例えば、『高温になったので爆発の危険があります!』とか、そういう塗料ですか?」
「そうそう、そういう塗料があるんだよ」
「へえ」
「俺が入ったあるプラントなんだけど、タンクの塗り直しに感熱塗料を使う仕様になってたんだよ」
「ええ」
「俺は仕様書を見て気付いたんだけど、どう見ても通常運転時の温度が、その塗料が感熱変化する設定温度を超えていたんだよ」
「それは仕様書自体に問題がありますよね。どうしたんですか?」
「そりゃあ、もちろん言ったよ。『このまま塗ったら再運転時に変色しますよ!』って」
「もちろん仕様変更をしたんですよね」
「いんにゃ、結局仕様変更しなかったよ」
「ええ?本当ですか?」
「だって責任者に何度言っても、『ウチのタンクが通常運転時にそんな温度になる訳が無いだろう!』って怒鳴られたからね」
「あははは、『たかが塗装屋にウチのプラントの何が分かるってんだ!』って感じですか?」
「うんうん、全くその通りの表現だったよ」
「でも、本当にそのまま塗ったんですか?その塗料」
「塗ったよぉ」
「それ、本当の話ですか?」
「ははは、本当だって、俺が居たSY社じゃ有名な話なんだから」
「あははは」
「で、俺はその塗料を塗る前にも確認したんだよ。『いいんですか?本当に塗りますよ?』って」
「責任者は?」
「気持ち良く答えたよ、『さっさと塗れ!』って」
「塗ったんですよね」
「塗ったよ、きっちりと仕事はやるからね。で、完工して、試運転の日になってね」
「見たんですか?」
「もちろん。凄かったよぉ、試運転が始まったら、みるみるうちに緑色のタンクが、鮮やかなレモンイエローに変色して行くんだから」
「ぶははは、マジですか?」
「そりゃ凄かったよ。周りはきちんと統一した緑色のタンクが並んでいるのに、一個だけ鮮やかなレモンみたいなタンクが現れたんだから」
「はははは、腹が痛いですよ。いやぁ、それは見たかったなぁ」
「タンクがレモンイエローに変色して行くのと同時に、責任者の顔色は真っ青になって行ったからね」
「そりゃあ、なりますよね、真っ青に。で、その後、そのタンクはどうなったんですか?」
「もちろん塗り直しだよ」
「うわぁ、責任者の人はどうなったんですか?」
「とりあえずその現場は降ろされたけど、その後はどうなっちゃったんだろうね。たっぷりとお金と工期を掛けたタンクの塗装が、わずか二十分くらいでダメになっちゃったからね。その責任は大きいだろうね」
「いやぁ、『人の話は聞け』って事ですね」
「そういうこと」

 佐野の話は笑えるが、結構人生訓に近い話が多かった。