どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ114

2008-02-26 23:42:09 | 剥離人

 私は一応、「現場監督」という役職らしかったが、実務内容はどう見ても「雑用係」だった。

「木田君、ホーネット(ノズルに付いているチップの通称)が開いてるよ」
 小磯がコンテナの作業台の上に、
「ゴン!」
 と4ジェットノズルを乱暴に置いた。
「俺は疲れているんだぞ!」
 という意思表示の様だ。
「オリフィス(ジェットが通るサファイアヤ製部品)が開いちゃいましたか」
 いちいち職人のイライラを正面から受け止めていては、こちらが参ってしまうので、さらりと作り笑いで受け流す。
「それから、ガンの回転が止まるよ」
「作動油に不凍液は?」
「入れてるよ」

 あまりにガンが凍って動かなくなるので、私は対応策として二つのことを行っていた。
 一つは、ガンのエアモータの排気フィルターを外すことだ。ガングリップの底部には、エアモータの回転羽根を回した後の、圧縮空気を放出する排気口がある。この部分には、ナイロンたわしの様な樹脂製フィルターが入っているのだが、ここに付着した水分が凍り、排気口を塞いでしまうのだ。これによりエアモータが回転しなくなることを防ぐために、私はこのフィルターを除去した。氷の付着量は減ったのだが、代わりに圧縮空気の排気音が大きくなった。しかしジェットの発射音が物凄い音量なのと、どれだけ騒音を出しても苦情が来る心配の無い発電所の中なので、あまり気にしないことにした。
 二つ目の対応策は、作動油に不凍液を混ぜることだった。エアコンプレッサーで作られる圧縮空気は、作られた直後はかなり温度が高い。だがこの圧縮空気も、七十メートルもの長さのエアホースを通り、低い外気温にさらされると完全に温度が下がり、いわゆる「結露」した状態になる。この水分がエアモータを凍らせるのだ。
 タンブルボックスにはルブリケーターという装置が付いていて、ガンのエアモータや、タンブルボックスのオン・オフスイッチを快適に動作させる為に、圧縮空気から水分を取り除き、作動油を微量ずつ注入する機能がある。そこで作動油に不凍液を入れることで、さらに凍結を防ごうと考えたのだった。それなりの効果はあり、エアモータは凍結しにくくはなったが、それでも万全という訳ではない。

「不凍液を入れてもダメですか?」
 私は万力に固定したノズルから、3/8インチのレンチを使って、ホーネットを取り外す。
「ダメだね」
 小磯はまるで全て私が悪いような口ぶりだ。手を止めずに、新品の14/1000のホーネットをノズルに入れる。しっかりと締め付けないと、ウィープホール(漏れを確認する穴)から超高圧水が漏れ、ノズルがダメになってしまう。
「とりあえず、現状ではこれ以上打てる手はありません。申し訳ないですけど、我慢してやって下さい」
「木田君もやってみれば分かるよ、大変さが」
 小磯はブツブツと言うと、私が万力から外したノズルを持って、煙道に戻って行った。

 小磯が居なくなって少しホッとしていると、TG工業の坂本がコンテナに顔を突っ込んで来た。
「どうやろ、木田さん」
「まあ、細かいトラブルはありますけど、そこそこ順調です」
「剥離は明日で終われそうかな?」
「ええ、その予定です」
「あ、そうそう、あのFRPが硬いって件なんやけど」
「はあ」
「なんかカイノールっていうのが入ってるみたい」
「カイノール?」
「うん、表面が茶色っぽいやろ、あれやわ」
「カイノールってFRPよりも硬いんですか?」
「そらぁ、硬いわ」
「じゃあ剥離スピードが上がらないのも…」
「わははは、そらぁしゃあないわ、うん。あんまり気にせん方がええよ、木田さん」
「・・・」
 坂本の能天気な言葉に、私はがっくりとした。

「お前一人が疲れている訳じゃないんだ!」
「きちんと作業箇所を下調べしないから、こんなにみんなが疲れ切っているんだ!」
 そう言えたら、現場監督としては実に楽な話なのだ。でも私は何も言わなかった。