どんぴ帳

チョモランマな内容

変な人奇談(その2)

2010-06-30 12:02:30 | 長七郎観察日記

 モーリーが力強い勧誘を受けてから一週間後、今度は私にお誘いの連絡が入った。

「ま、そういうことで行ってくるからな」
 私は出掛ける前にモーリーに電話を掛けた。
「報告を楽しみにしてるぞ!」
 長年の付き合いだ。モーリーが電話の向こうでニヤニヤとしているのが良く分かる。
「お前ももう一回行くか?」
「絶対に行かない」
 あっさりと断られたので、やはり一人で行くことにした。

 当日、私は朝倉とその友人数十人の盛大な歓迎を期待していたのだが、意外にも朝倉は一人で私を迎えに来た。
「久しぶり、元気だった?よく来てくれたね、嬉しいよ!」
 朝倉は爽やかな笑顔で私を迎えてくれた。基本的には悪い奴じゃないし、好感の持てる男だ。
「まずは俺の友達のところに行こうよ」
 さっそく『平和を守る踊り』のビデオを見させられるのか、それともニ十数人での膝詰め談判かと期待したのだが、私を待っていたのはたった四人の朝倉の学友だった。
「こんにちは!」
「やあ、ようこそ!」
「さ、ここに座って下さい」
「飲み物は何がイイですか?」
 彼らは口々に私に声を掛けると、温かい笑顔で迎えれ入れてくれた。
「どうも話が違うなぁ…」
 私が招き入れられたのは学生寮の一室である六畳間、布団の無いコタツ机にはお菓子や飲み物が用意されており、実にアットホームな雰囲気だ。
 年齢が近いこともあり、たちまち我々は雑談で盛り上がった。時折、朝倉の同級生や先輩が一人、二人とやって来るのだが、誰かと入れ替わるような形になり、部屋の中の人数は常に六、七人で安定していた。
「なんかモーリーから聞いていたのと随分雰囲気が違うなぁ、全然普通の学生じゃん…」
 唯一異なる点があるとすれば、それは部屋の中に仏壇が有り、部屋を出入する人間は必ずその仏壇にお経を唱えることくらいだった。
「ま、信じるのは個人の自由だからね」
 私にとっては大した問題では無かった。

 二時間ほどすると、朝倉に美術館へ誘われた。
 美術館は大学の敷地に隣接しており、歩いて行ける距離だった。
「どう、何か好きな絵はあった?」
 美術館のお土産コーナーで、私は気に入った絵のコピーを朝倉に買ってもらった。
「いや、悪いからいいよ」
「そんなこと言うなよ、今日の記念だと思って遠慮するなよ」
 朝倉は高校時代と変わらず、優しい男だった。
 再び学生寮に戻ると、今度は朝倉が手料理をご馳走してくれた。
 ご飯と味噌汁に玉子焼き、さんまの蒲焼の缶詰等、いかにも学生が食べそうなメニューだったが、朝倉の心遣いが嬉しかった。
「また遊びに来いよな!」
「ああ、今日はありがとう」
 本当は泊まって行くように強く勧められたのだが、そこまでのつもりでは無かったので、私は丁重に断って帰ることにしたのだった。

 仙台駅から地下鉄に乗って繁華街の国分町に移動した我々は、カプセルホテルに宿を取り、外に飲みに出かけていた。
「でさぁ、なんで俺だけが『平和のビデオ』を何時間も見させられたり、二十人以上の奴らから『君も仲間になろう!』とか言われなきゃならないんだよ」 
 モーリーはビールジョッキを片手に憤慨する。
「俺にはやさしかったけどなぁ、あいつ」
「納得いかないね。木田、お前さぁ、もう一回行けよ」
「いいよ、もう…。あ、そう言えば朝倉がお前のことを言ってたぞ」
「何だって?」
「えーっとね、確か、『モーリーとさらに仲良くなろうと思ったんだけど、失敗しちゃってさ…』って」
「うひゃひゃひゃひゃ、その『失敗』っていう単語はやめろ!」
 モーリーはバカウケして涙を流す。
 
 程よく酔っ払ってカプセルホテルに戻った我々は、大浴場で謎のオヤジに出会うことになるのだった。

 


変な人奇談(その1)

2010-06-28 23:05:04 | 長七郎観察日記

 私は変な人が好きだ。

 旅に出ると色んな人に出会う。
 良い人もいれば、無愛想な人もいる。幸い悪人には出会ったことが無い。
 たまに出会うのが、いわゆる『変な人』だ。

 旅先で出会う変な人たちは、決して悪意は持ち合わせていない。
 ただちょっとだけ、
「我が道とは、我が踏み締めた土なり。我が前に道は無し、後をたどる者も無し」
 という精神の持ち主が多いだけだ。

 今から二十年ほど前、私は幼馴染のモーリーとちょくちょく旅に出ていた。
 もちろん車など持ち合わせていなかったので、青春18きっぷを使用しての各駅停車の旅だ。
 大学の夏休みの後半、早朝からの出発を予定していたのだが、モーリーが寝坊、出発が大幅に遅れ、我々は仙台に到着するのがやっとだった。
「お前が寝坊するから青森まで行けなかっただろう」
 小学生の頃からの友人なので、私も遠慮が無い。
「いや、俺は悪くないよ」
 モーリーは平然と答える。
「ほほう、じゃあ誰が悪いのかな?」
「あれはねぇ、朝倉だね」
「ほぉおーーー、朝倉ね…」
 ちなみに朝倉とは、両親と本人が某宗教団体に入信していた我々の高校時代の友人で、高校受験でバリバリの仏教高校とバリバリのカトリック高校にしか合格できず、某宗教団体に忠誠を誓いつつ、仏教とカトリックを量りにかけ、悩んだ末にカトリックをチョイスするという、国際的レベルの宗教問題を一人で解決した偉大なる男だ。
「朝倉が俺の部屋に侵入してさ、勝手に目覚まし時計を止めたんだよ」
「ほほぉおおお、朝倉が何の目的で?」
「きっとあれだよ、俺が入信しなかったからだよ」
「じゃあそれは俺も関係してるのかな?」
「そうだよ、お前も入信しなかっただろう?」
「そーだね、うん」
「だからお前は上野駅で二時間も待たされたんだよ、朝倉に」
「はー、なるほどねぇ、俺が早朝から上野駅で二時間も待たされたのは、お前のせいじゃなくて、朝倉の策謀だと言いたいんだな」
「お、理解が早いね!」
 私はモーリーの尻に蹴りを入れる。
「待て待て、だってお前はさ、朝倉にアパートを知られてないだろ?」
「それはそうだよ」
「俺はアパートまで付いて来られたんだからな」
「うははは、そうだったな」
 私とモーリーと朝倉は、それぞれ大学は違ったものの、全員が東京周辺の大学に進学していた。
 高校時代はカトリック的環境に甘んじていた朝倉だったが、大学は晴れて某宗教色の強い大学に進学し、活き活きとした学生生活を送っていた。
 そのまま活き活きと生活していてもらえば良かったのだが、私とモーリーは、それぞれ朝倉に呼び出されたのだった。

 最初に呼び出されたのはモーリーだった。
 まずは朝倉とその学友たちと一緒に、『平和を守る踊り』のビデオを楽しく(笑)数時間鑑賞、続いてその数を増大させた朝倉の学友たちとの楽しい(笑)談話…。
「お前さ、二十人以上の人間が自分の周りに車座になって、『キミも僕たちの仲間にならないか!』って詰め寄られてみろよ、しかもそれが二時間だぞ…、最後は無理やり帰って来たんだからな…」
 だがそれだけでは終わらなかった。その車座の中の数人の勇士(なぜか朝倉は含まず)は、駅まで逃亡して電車に乗って逃げるモーリーを尚も追跡した。
「きっと楽しいよ、僕たちの仲間になってくれよ」
 勇士たちは電車内でも『談話(笑)』を続け、最後はモーリーのアパートの前まで付いて来たらしい。
「いい加減に帰れ!二度と俺に近づくんじゃねぇ!」
 モーリーが完全に怒り出し、殴りかからんばかりの剣幕になると、ようやく勇士たちは撤収して行った。

 その次に朝倉に呼び出されたのが、私だった。
 モーリーから全ての情報を得ていた私は、内心ドキドキしながら、
「お、俺にはどんなアプローチが?」
 と思いつつ、某宗教団体の生々しい実態を確認するために、単身で朝倉のホームタウンに足を踏み入れたのだった。

 


雑食王(その29)

2010-06-26 23:34:12 | 何でも食べちゃう

 今回はこいつを試してみたいと思います。


ハーゲンダッツのバニラ
 冷たい視線を感じます…。

 実はこっちが本当のターゲットです。


商品名『アイスクリームにかける醤油
 SA(サービスエリア)で見かけたので購入したものです。


ラベル
 『たまりやがつくった』というサブタイトル


『のあな』の格上醤油『西心』使用
 との記載があります。
「のあな?西心?」
 さっぱり意味が分かりません。

 調べてみると『のあな』とは、山川醸造株式会社が製品に使用している『ライフフィールドウォーター』の名前らしい。
「ら、らいふふぃーるどうぉーたー?何それ?」
 ホームページには浄水器らしき商品の画像が掲載されていますが、説明を読んでも詳細が分かりません。
「で、その『のあな』を使って作ったのが『西心』って言う醤油なのか…」
 意味はわからずとも、とりあえず納得するしかありません。


賞味期限
 過ぎています(笑)
 購入してからずっと忘れていたので、気付けばこんな状況。
「ま、原料は醤油、腐りはしないだろう」
 ということで、あまり気にしないことにする。


やけに『ぎふ(岐阜)』を強調


いよいよ試食


まずはバニラその物を…

「うん、美味いな」
 いつもの安定したハーゲンダッツの美味しさです。 


醤油投入

「なんかダイレクトに醤油の香りだな…」
 アイス専用品とは言え、やっぱり香りは醤油です。


醤油には少しだけトロミがある
 パクリと行ってみます。
「うーん…、まあ食べられないことは無いなぁ。九州の甘い醤油を、さらに強烈に甘くした感じかなぁ」
 しかしそうは言ってもやはり醤油。
「鼻に抜ける香りはやっぱり醤油だしなぁ…」
 正直、評価に困る味わいです。
「まあ『プリンのカラメルっぽい味わい』とか言えなくもないけど、そこまで相性が良くも無いし…」
 なんとも中途半端です。

 そこで思い切ってバニラアイスと醤油を完全に一体化させてみることにしました。
「これでどうだ!?」
 攪拌すれば確実に味は一体化するはずです。


一体化!
 やや溶けかけていますが、ムラなく醤油が溶け込んでいます。
「どれどれ…」
 スプーンで口に運びます。
「ん?」
 舌の上に何かの記憶が引き出されます。
「んー…」
 脳内を検索します。
「おお!」
 判明しました。
「思い出した!ずっと前にどこかの観光地で食べた、『醤油ソフト』の味じゃん!」

 結論: どこかの観光地で醤油ソフトを食べましょう!

 いや、え?
 『ストロベリー』とか『抹茶』とか『クッキー&クリーム』とか、『ガリガリくん』や『あずきバー』にも、この醤油をかけろって?
 …しばらく考えさせて下さい(笑)


疾病王(その9)

2010-06-25 06:01:29 | 長七郎治療日記

 『チラーヂンS錠50』を一日2錠飲み始めて一ヶ月、私の症状は劇的に回復していった。

 以前感じていた症状がどうなったかを検証してみる。

1.全身の硬直した筋肉と、それに伴う筋肉痛
 日常生活ではかなり改善され、普通に歩行出来るようになった。ただし、強度の負荷にはまだ耐えられない。
 両腕の上腕には若干の筋疲労が残っている感覚がある。

2.左足親指の痛み
 ほぼ無くなった。

3.右足の甲に走る、電流のような痛み
 徐々に軽くなってはいるが、まだ正座などで体重を掛けることが出来ない。

4.腫れ上がっている両足首と足の甲
 一旦収まったが、また腫れるようになった。ほんの少しずつだが、腫れが引いて来ている感じがする。

5.顎関節症のような顎の痛み
 ほとんど気にならなくなった。

6.ろれつが回らない上に、頻繁に舌を噛む
 『横山やすし』程度には口が回るようになった。

7.頭がボーっとする
 元々そうだったが、他人に気づかれない程度には回復した(笑)
 脳内が徐々にクリアになって来ている感じ。

8.顔が常に眠そうな表情をしている
 かなり改善されて来ているが、元々の表情を忘れたので良く分からない(笑)

9.無気力で動作が緩慢
 緩慢だったらしいが、最近は以前のように戻ったらしい。本人の自覚なし。
 無気力だったが劇的に回復、無責任になった(笑)

10.両手親指付け根の腫れ
 完全に収まり、驚くほど手の平が薄くなった。と言うか、元に戻った。
  
11.食欲の減退、にも拘らず体重の増加
 食欲は正常に戻った。  
 一ヶ月で2kg、何の運動をしなくとも痩せたので、『チラーヂン・ダイエット法』という怪しいダイエット本を書こうと思った(笑)

12.声がかすれる
 『銭形警部』の真似が下手になった(笑)

 他には強烈な鼾を掻いていたが、いつのまにか以前と同じ程度に収まっているらしい。寝ているので詳細は分からない。

 カサカサになっていた皮膚も、以前と同じ脂ぎった中年の肌に戻った(笑)

 後から気づくとかなり抜け毛が多かったみたいだが、抜けなくなったので、『チラーヂン発毛法』という怪しい発毛本を書こうと思った(笑)

 一見イイこと尽くめのようだが、体内のホルモンバランスが短期的に激変しているからなのか、なんとなく情緒が不安定な気がする。まるで細い平均台の上をフラフラと歩いているような感覚だ。
「人間の精神って、こんなにも肉体のコンディションに引っ張られるんだ…」
 今までの人生で、外的要因で精神的に不安定になったことはあったが、自分の身体の状態に引っ張られ、これだけ精神が不安定になったことは初めてだ。
「女性の更年期障害ってこんな感じなのかなぁ…」
 と考えてみたが、私は女性ではないので考えるのを止めた。

 徐々に体調と精神が安定し始めた頃、マッチョから電話が入った。
「おう、大丈夫なのか?」
「何が?身体のこと?」
「そりゃそうだろ」
「へぇ、心配してくれたんだ」
「一応な」
 マッチョはヘラヘラと笑う。
「原因は解ったのかよ?」
「ああ、橋本病だよ」
「は?何だよそのナントカ病って」
「甲状腺の機能が低下する病気だよ」
「ふーん…」

 たぶんマッチョは解ってないとは思うが、心配して電話を掛けて来ただけでヨシとした。


疾病王(その8)

2010-06-24 03:20:10 | 長七郎治療日記

 私が毎日飲むように指示されたのは、『チラーヂンS錠50』という甲状腺ホルモン剤だった。

 毎朝の食事前に白い錠剤を一つ飲むだけなので、別段大したことではない。全身の酷い症状に比べれば、治療法は至って簡単なものだ。

 チラーヂンS錠を飲み始めて十日後、再び診察の日がやって来た。
 採血を事前に行い、一時間後に診察室に入る。
「いかがですか?体調に何か変化はありましたか?」
 医師は、私が椅子に腰掛けると同時に切り出した。
「ええ、全身の筋肉痛が和らいで来ました。駐車場から病院までもなんとか普通に歩いて来れました」
「そうですか、それは良かった!」
 医師は心からの笑顔を浮かべる。
「上半身の筋肉はどうですか?」
「ええ、何となく筋肉の張りが引いて来ている感じですね」
「ちょっと失礼しますね」
 医師はそう言うと、私の腕や肩の筋肉を丁寧に触った。
「確かに前回よりも軟らかくなっていますね」
「そうですよね」
「顔の浮腫みも少し引いて来ていますよね」
「ええ、自分でもそう思います」
「イイですねぇ」
 医師は満足そうに頷く。
「先日受けて頂いた甲状腺の『エコー検査』ですけど、現状ではほとんど腫れも無く、特に大きな問題点はありませんね」
 カルテのエコー画像を見せられるが、私にはさっぱり判らない。それでも内心では、私はかなりホッとしていた。
「薬を飲んで何か異常を感じた点はありますか?」
「あ…、大丈夫です」
 本当は薬を飲んだ初日に透明な粘膜状の便が出たのだが、その一回だけだったので黙殺することにする。
「血液検査の結果ですけど、『フリーT4(遊離サイロキシン)』の数値は0.263ng/dlに上昇していますね、それから『TSH(甲状腺刺激ホルモン)』の数値は121.5μU/dlに減少しています。薬が効いている証拠ですね。肝機能の数値も若干改善して来ていますし、問題の『CPK』も727IU/lで、初回の検査の約半分の数値になっていますよ」
 どうやら私の全身の筋肉が崩壊する心配は、ほぼ無くなったらしい。
 医師はパソコンの数値を眺めながら少しだけ考えると、私に切り出した。
「そうですね、薬の量を増やしますかね…」
 私は黙って頷く。
「今日までは毎朝食前に1錠でしたけど、明日からは2錠にしますか」
「倍ですか?」
「ええ、この感じなら大丈夫だと思いますよ。それで今度は一ヵ月後に来て頂いて、もう一度血液検査をしましょう」
 順調に行けば一ヵ月後には、さらに症状や検査数値が改善されているはずだ。

 診察が終わると病院の近所の処方箋薬局で薬を受け取り、駐車場まで歩く。
 まだ100%の状態には程遠いが、とりあえずはゆっくりとなら苦痛を感じることなく歩行出来るようになった。
「クシャミをするだけで脇腹が攣っちまう心配が無くなったのは大きいよな…。しかしまあ、俺はコイツを生涯飲み続けるのかねぇ…」
 薬の入った小さなビニール袋を、右手でブラブラと揺すってみる。
 今まで自分は多少太っていても健康な人間だと思い込んでいた分、薬が手放せない健康状態には、若干の抵抗感があるのは否めなかった。
「ま、しゃーないか…」

 私の今後の人生には、『チラーヂンS・パワー』の補給が不可欠であるらしい(笑) 
 


疾病王(その7)

2010-06-23 00:31:05 | 長七郎治療日記

 内科の若い医師が私に告げた病名は、『橋本病』だった。

「それで実際にはどんな状態なんですか?」
 私の質問に、医師はパソコンに表示されている血液検査の結果を指差す。
「この項目なんですけど、『フリーT4(遊離サイロキシン)』とありますね、この数値を見て下さい」
「えーとぉ、0.077?」
「そうです、ちなみに正常値は0.9~1.8ng/dlです」
「正常値の1/10以下じゃないですか…」
「ええ、これは『甲状腺ホルモン』がほとんど出ていないと言うことです。そしてその下の『TSH(甲状腺刺激ホルモン)』の数値ですが、正常値は0.35~4.0μU/dlです」
「私は132.8μU/dl、ってまた凄い数字ですね」
「これは甲状腺に『ホルモンが足りないからもっと甲状腺ホルモンを作れ!』という指令を出すホルモンの数値だと思って下さい。つまりどんどん甲状腺ホルモンを造る指令は出ているのに、甲状腺の機能が低下していて、ほとんどホルモンが造られていない状態なんです」
「えーとぉ、ホルモンが造られない原因は何ですか?」
 医師は少し難しい顔をして答える。
「自己の免疫機能が甲状腺を誤って攻撃していることが原因です。ただ、なぜそれが起きるのかはまだ明確になっていないんですよ」
「ふーん、なるほど…」
 どうやらちょっと困った病気らしい。
「それで、私の全身に現れている症状なんですけど、これはその甲状腺ホルモンの減少が原因なんですか?」
「ええ、全身の筋肉痛、浮腫み、眠そうな表情、無気力、倦怠感、体重の増加、肝機能の異常、コレステロール値の上昇、ろれつが回らない、声のかすれ、皮膚のかさつきなんかもそうですよ」
「あ…」
 ほぼ全てが当てはまっている。
「それから『うつ病』の原因にもなる場合が多いんですけど、その様な兆候はありませんか?」
 医師はじっと私の顔を見る。
「ええ、特に…」
 私が答える。
「ご自分でそういう症状を感じませんか?」
「そうですね、別段あまり変化はないですね」
「そうですか…」
 医師はまだ私の顔をじっとみている。
「こんな数値で、しかも全身に症状が現れているのに、よく『うつ病』にならないでいられますね…」
 とでも言いたげな表情だ。
 確かにここ最近の症状の酷さはかなりの物で、少し無理のある体勢を取ると身体のあちこちが攣りまくっていた。
 車のシートベルトを引き出そうとして右腕と背中が攣り、床に落ちた物を取ろうとすれば脚と腰が攣り、果ては背伸びをするだけで脇腹が攣ると言う、前代未聞の『筋肉痙攣祭り』状態だったのだ。

「それで、一体どんな治療になるんですか?」
 医師に核心の部分を質問する。実際、ソレが一番の問題だ。
「甲状腺機能低下症の場合はですね、甲状腺ホルモンが足りないのが全身の症状の原因です。従って薬で甲状腺ホルモンを補充することになります」
「薬ですか」
「ええ、甲状腺ホルモンの錠剤を毎朝飲んで頂くことになります」
「他には?」
「それだけです」
「それだけなんですか?」
「ええ、ただ定期的に血液検査を受けて頂いて、ホルモン量をチェックする必要性はありますけどね」
 もっともな話だ。
「あの、この病気は治るんですか?それとも一生その薬を飲み続けなければいけないんですか?」
「うーん、そうですねぇ、一部にはホルモンの分泌が正常値に戻って薬を必要としなくなる方もいらっしゃいますけど、基本的には一生飲み続ける場合が多いですね」
「…なるほど」
 どうやら甲状腺ホルモンの薬とは、生涯のお付き合いになる可能性が高いようだ。
「とりあえず最初の十日間は一日一錠にしましょうか、それから再度血液検査をして、薬の量を決めましょう」
「はい」
「それから、甲状腺の『エコー検査』も受けて頂きたいのですが、この日はいかがですか?」
「ええ、大丈夫です」
 医師はパソコンで検査の予約を入れると、改めて私に向かい合った。
「実は私、『橋本病』の治療は初めてなんです。ですが、私の後ろには『内分泌科』の医師がおりまして、きちんとその医師と相談して治療を進めて行きますので、どうかよろしくお願いします」
 そう言うと若い医師は私に丁寧に頭を下げた。
 例え経験の少ない若い医師であっても、患者ときちんと向き合う覚悟と、そのバックにきちんとした治療経験を持つ先輩医師が居るのであれば、私は信頼しても良いと思っている。むしろ高慢で思い込みの激しいベテラン医師に診てもらうよりは、遥かにマシだとさえ思うのだ。
「こちらこそ、これからお願い致します」
 私も頭を下げる。
「甲状腺ホルモンの薬は副作用が非常に少ない薬ですが、もし何か異常感じたら、すぐに診察を受けに来て下さいね」
 私は医師に頭を下げると診察室を出た。

 ちなみに若い医師が言った、
「もし何か異常感じたら、すぐに診察を受けに来て下さいね」
 という言葉は、あくまでも、
「診察時間内に!」
 という意味です。
 世の中には、ほんの少しの異常(なんとなく甲状腺が腫れている気がする)を感じただけで、
「心配で眠れないので、今から診て貰えませんか!?」
 と深夜二時半に診察を希望する人が居ます。

 一晩くらい寝なくてもイイから、翌朝病院に行きましょうね(笑)…いや、本当に。



疾病王(その6)

2010-06-22 03:32:06 | 長七郎治療日記

 一週間後、今度は内科の医師の診察を受ける。

 内科の若い男性医師は私の話を一通り聴くと、瞼の裏側を見たり、喉を覗き込んだり、首を触診したりした。
「それで、二月から症状が出ているんですよね」
「そうですね、だんだん酷くなって、今じゃ駐車場からここまで歩いてくるのもかなりの苦痛を感じますね」
「ちょっと足を触らせて下さい」
 私は靴下を脱ぐと、パンパンに張っているふくらはぎを見せた。
「あ、これは凄いですねぇ…、筋肉は硬いし、特に足の甲はかなり浮腫んでいますね。腕とかはどうですか?」
「同じですね、ちょっと上げるだけで筋肉痛みたいな痛みが走ります」
 医師は腕も触って頷く。
「それから手の親指の付け根も腫れてるんですよ、昔はすぐに収まったんですけど、全然腫れが引かないんですよ」
「確かに腫れていますね。ここは昔からよく腫れますか?」
「ええ、手は高校生の頃からですね」
「ふーん…」
 医師は考え込む。
「ちょっとイイですか?」
 医師は私の体のあちこちを指でやや力強く押し始めた。
「これは痛いですか?」
「いえ」
「これはどうですか?」
「いいえ」
「ここは?」
「痛くないです」
「そうですか…」
 医師はまた少し考える。
 沈黙の時間を埋めるために、私は独りで話し始める。
「最初は身体がだるいのは弛んでるだけだと思って、喝を入れるために中国で現場仕事をやったんですけど、酷い目に遭いましたよ」
 私は笑いながら言った。
「ちょっと失礼してもイイですか?」
 医師はそう言うとPHSを手に取り、誰かと通話を始めた。
「ええ、ええ、そうなんです。それでご自分では弛んでいると思われたらしく、喝を入れるために中国で激しい肉体労働をしたら大変な目に遭われたそうです」
 どうやら私のことらしい。
「そこまで忠実に伝えなくてもイイのに…」
 と思い、私は苦笑いをした。
 PHSを切ると、医師はパソコンに何かを入力し、私に向き合った。
「今日も血液検査をしたいんですけどよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
「それから胸部レントゲンも撮影します」
「分かりました」
 診察室を出て採血室に向かい血を抜かれ、次に放射線科に行って軽く放射線を浴びる。
「飯でも食うか…」
 採血の結果が出るには最低一時間は必要だ。幸い大きな病院なので、中に喫茶室があり、食事メニューも充実している。うどんを食べてボーっとし、退屈な時間をやり過ごした。

 一時間半後、私は再び医師の前に座っていた。
「木田さん、検査結果が出ました」
「はい…」
 何だか微妙に緊張する。
「まず、胸部レントゲンは何の異常もありませんでした」
「はい」
「それで、この前の診察では『膠原病』の疑いがあると言われていましたよね」
「ええ」
「今日の検査結果で判ったのですが、木田さん症状は『慢性甲状腺炎』だと思われます」
「んーとぉ、慢性的に甲状腺が炎症を起こしているって意味ですか?」
「そうですね、それで木田さんの場合は甲状腺の機能が低下している状態なんです」
「機能低下ですか」
「正確には『甲状腺機能低下症』という症状で、通称は『橋本病』と呼ばれています」
「橋本病?確か日本人医師が発見して名前が付いた病気じゃなかったか?」
 そう思ったのと同時に、なぜか夜九時からの二時間ドラマに頻繁に登場する男優の顔が、頭の中に浮かんで来た。
「違う、それは『橋爪功』だ…」

 昔から私は深刻な話の時ほど、なぜか脳内に意味不明なイメージが湧いてくるのが大きな問題だった(笑) 


疾病王(その5)

2010-06-21 01:23:33 | 長七郎治療日記

 脳神経外科の医師は、真剣な表情で『CPK』について説明を始めた。

「この『CPK』の数値はですね、骨格筋や心筋が壊れると上昇する数値です。一般に健康な人の場合、100IU/l前後の数値が正常値です」
「えーと、私の数値は…」
「1337IU/lですので、まあ通常の10倍以上の値ですね」
「…えー、これは私の全身の筋肉が崩壊して来ているという意味ですか?」
 正直、それがもっとも私が恐れていた状況だ。
「いえ、そういう断定は出来ないですね。健康な人でも激しい運動をすれば、一時的に大きく上昇する事もありますので」
「そうですか…」
 医師はさらに続ける。
「おそらくこの『CPK』の上昇が原因かと思われますけど、腎機能も若干ですけど悪い数値が出ていますね。この『クレアチニン』という数値です」
 またボールペンで丸を付ける。
「一日に食事以外で、どの程度の水分を摂取されていますか?」
「えー、そうですね、2リットルは飲んでいますね」
「2リットルですか?何を飲まれていますか?」
「私は水とお茶しか飲みませんけど」
「ほぉ、結構飲まれていますね」
「ええ、そうですね。ダメですか?」
「いや、むしろ腎臓にはその方が良いと思いますよ」
 医師はカルテに、私の水分過剰摂取状況を記載をする。
「木田さん、まだ断定は出来ませんけど、恐らく『膠原病』の疑いがあると思います」
「『膠原病』ですか?えーと、どんな病気でしたっけ?」
 医師は膠原病について簡単に説明をしてくれた。

「それでですね木田さん、こういう言い方も何ですけど、脳神経外科として出来るのはここまでなんですよ」
 医師は申し訳無さそうな顔をしている。
「いえ、誤解をしないで下さいね、ここから先は内科の医師に診てもらった方がイイと思うんですよ」
「はい」
「先ほど検査結果を伝えて内科の医師とも話をしました。内科には膠原病について治療経験のある医師もおりますので、ここから先は内科で治療を受けられてはいかがですか?」
「ええ、お願いします」
 私は頭を下げた。医師は笑顔を見せると、次の診察日を提示してきた。
「来週の同じ時間帯はいかがですか?担当の医師もその日なら診察日ですので」
「はい、大丈夫です」
 医師はパソコンで予約を入れる。
「きちんと内科にも今回の診察内容を伝えておきますので、安心して下さい」
「はい、どうもありがとうございました」
 私は診察室を出ると、少しだけスッキリとした気持ちになった。
「まあ病名は断定された訳じゃないけど、とりあえず痛風と脳内の異常は消えたっぽいからな」
 脳神経外科から内科に変わるのも、予想通りと言えば予想通りだ。私の様に複数の科にまたがる症状の場合、大きな病院ならばスムーズに診療科の移行が可能になるし、各種検査データも共用される。何度も同じ検査をすることも無くなるので、初診時特定療養費(ベッド数200床以上の病院へ紹介状無しで行くと支払う費用、病院によって金額が異なる)として支払う二千円も十分に元は取れる計算だ。

 窓口でなかなかワイルドなお値段(二科受診、CT、レントゲン、血液検査が原因)の会計を済ませると、すでに夕方になっていた。
「随分と長い時間病院にいたなぁ…」
 来た時間が遅かったのもあるが、六時間近く病院にいたことになる。
「ふう、それにしても駐車場まで歩くのがキツイな」
 数十メートルを歩くのが大変なのは、相変わらずの状態だった。
「それにしても俺、あのCPKとかいう数値が1300以上もあったのに、よくもまあ中国で現場仕事をやったり、マッチョと旅行に行ったりしたもんだな…」

 時に人間は、無知な方が危機的状況や困難な状況を乗り越えてしまうことがある(笑)


疾病王(その4)

2010-06-20 00:07:08 | 長七郎治療日記

 マッチョと行った『ホタルイカの旅』から帰った翌日、私は再び整形外科を受診した。
 
「先生、症状はほとんど変わりません。検査の結果はいかがでしたか?」
 医師は検査結果の表を見て答える。
尿酸が高いね、まあ痛風だね。治療を開始しないとダメだね」
「・・・(痛風なら消炎鎮痛剤で収まるって言ってなかったか?)」
「じゃ、薬を出しておくからね」
 処方箋を受け取り、車の中でもう一度検査結果を確認する。
リウマチの検査はやってないのかよ…、それに尿酸も上限の7.0mg/dlをちょっと超えているだけだし、筋肉痛についてはほとんど黙殺だしなぁ…」
 どうやら大きな病院に行かないと埒が開かない様だ。
「仕方ないな、K病院に行くか…」
 本来は紹介状をもらって行く方が望ましいのだが、今受診している医師が紹介状を書いてくれるとは思えない。
「おいおい、自分が働いている病院には行かないのか?」
 と思う人も居るかもしれないが、内部事情を熟知しているだけに、その選択肢はあり得なかった。

 翌日、私は大勢の患者がワラワラしているK病院に初診患者として訪れた。
「紹介状はお持ちですか?」
 受付の職員に訊かれる。
「いえ、持っていません」
 紹介状が無い場合は二千円ほど余分に支払わなければならないが、この際そんなことは問題外だった。
 まずは整形外科を受診しようとすると、身体のどの部位が悪いのかを記すように言われたので、ガシガシと大量に書き込んだ。
「と言うか、全身だよな…」
 書類には人間の身体の絵が書いてあったが、面倒なので最後に巨大な丸を付けておいた。
「木田様、ちょっとよろしいでしょうか」
 すぐに女性職員が私の所にやって来る。
「この顎が痛いと言うのは整形外科では診られないんですけど…」
「あ…」
 思わずあらゆる症状を書き込んだのだが、考えてみれば顎の関節は耳鼻科の範疇だった。
「耳鼻科の受付はされていますか?」
「いえ」
「ではこちらで受付をしておきますね」
 女性職員はそう言うとニッコリと笑ってくれた。
 待合には大勢の患者が待っているので、私もボーっと椅子に座っていると、さっきの女性職員がやって来た。
「木田様、耳鼻科ではなく脳神経外科の受付をしておきました。耳鼻科と相談したところ、脳神経外科のほうが良いだろうということになりましたので」
「ああ、そうですか、それで結構です」
 恐らく『ろれつが回らない』という症状がネックになったのだろう。最終的には脳神経外科にも行くべきかと思っていたので、私としてはむしろ歓迎すべき状況だ。

 整形外科の待ち時間が長引く中、先に脳神経外科が診察可能になったみたいなので、脳神経外科を受診する。
「ええ、ええ、そうですか、ちょっと失礼しますね」
 担当医師は若い医師だったが、こちらの話を親身になって聴き、私の身体をあちこち触り始めた。聴診器を丹念に当て、脚気の検査も行い、握力の測定や、腕や脚の力の入り具合まで調べ始めた。
「この若い脳外の医師の方が、よっぽど整形外科の医師っぽいよなぁ…」
 私は思わず心の中で呟いた。
「まずは『頭部CT』の撮影をしますね、それから血液検査、ちょっとたくさんの項目を行いますけどよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
 私は素直に頭を下げた。

 CTの撮影と血液検査を行うと、今度は整形外科の診察だ。
「うーん、全身の筋肉ってのはねぇ、整形外科の範囲じゃないのよねぇ…」
 私の話を聞いていた女性医師は、苦笑いをしながら答えた。
「でも、まあ足のレントゲンは撮らせて下さい。少なくとも痛風かどうかの判断はできますので」
 今度は足のレントゲン撮影を行う。
「足の骨は綺麗ですね、何の異常もありませんねぇ。血液検査の結果も一部上がって来てます。確かに尿酸値(痛風の判定基準となる検査値)はやや高いですけど、ここに通院するほどの数値ではないと思いますよ」
 どうやら私は痛風ではないらしい。

 続いて脳神経外科で検査結果を聞く。
「木田さん、まずはですね、脳は綺麗です、何の問題もありません」
 医師は液晶モニターに表示されている脳の断面写真をスクロールしながら見せてくれる。見てもさっぱり解らないが、とりあえずは大丈夫らしい。
「次は血液検査です」
 医師は検査結果がずらりと印刷されている紙を一枚机の上に置いた。
「まず、糖尿病の心配は無さそうですね」
 医師は『血糖値』を指差し、『HbA1C』の数値にボールペンでアンダーラインを引く。
「炎症はあまりないと思います」
 『白血球数』を指差す。
「リウマチも大丈夫そうですね」
 『CRP定量』にボールペンで丸を付ける。『血沈』の値もほぼ正常値だ。
「それから肝臓の数値ですが、これは全般的に高いですねぇ…」
「ええ、それは昔からですね」
「恐らく脂肪肝の可能性がありますね」
「そうですね、以前も指摘されてます」
 医師は『GOT(AST)』と『GPT(ALT)』、『LDH』と『γ-GTP』に小さな丸を付け、「脂肪肝の疑い」と書く。
「コレステロールも高いですね」
 『総コレステロール』と『中性脂肪』にも印が付けられる。
「問題はですね…」
 医師は『CPK』と記されている項目を、ボールペンで四角に強調して囲った。
「えー、通常の10倍以上の数値です」
「じゅ、10倍ですか?」

 『シャア専用ザク』でさえ通常の3倍のスピードなのに、どうやら私は凄い病的能力を手に入れてしまった様だ(笑)


疾病王(その3)

2010-06-19 03:08:05 | 長七郎治療日記

 勝手な自己診断で痛風だと思い込んでいた私だったが、すぐに別の症状に襲われることになった。

「うぉ…、右足の甲が痛いぞ、いや、なんか足が腫れてないか?」
 気づけば両方の足首や甲が腫れているような気がする。特に右足は酷い状況で、布団から起き上がるときに足の甲に体重を掛けると、悶絶するような痛みが走り、布団の上で数十秒のたうつことになっていた。
「さ、さすがに病院に行くか…」
 完全に限界点を超えていた。

「さて、一体何科に行ったらイイんだ?」
 仕事で病院に行っている私だったが、恥ずかしながら自分が何科に行ったらイイのかが分からない。
 ここで私の身体に起きている異変を整理してみる。

1.全身の硬直した筋肉と、それに伴う筋肉痛
2.左足親指の痛み
3.右足の甲に走る、電流のような痛み
4.腫れ上がっている両足首と足の甲
5.顎関節症のような顎の痛み
6.ろれつが回らない上に、頻繁に舌を噛む
7.頭がボーっとする
8.顔が常に眠そうな表情をしている
9.無気力で動作が緩慢
10.両手親指付け根の腫れ
11.食欲の減退、にも拘らず体重の増加
12.声がかすれる

 きっと満身創痍とはこんな状態なのだろう。
「うーん、これ、本当に何科に行けばイイんだ?」
 私は本気で悩んでしまった。
「とりあえず足の痛みは『痛風』か『リウマチ』っぽいよなぁ、それなら整形外科かなぁ、でも全身の筋肉痛って一体何科なんだ?」
 こうなったら気になる症状から治療して行くしかなかった。

 私が最初に向かったのは、地元の個人開業医が経営する整形外科だった。
「はぁ、そう、ちょっと脚を見せてくれる?」
 私は靴下を脱いで脚を見せた。
「ああ、腫れてるねぇ…」
「腫れてますか?」
「腫れてるよねぇ、じゃあレントゲンを撮ろうか」
「はい」
 すぐさま足の親指や足首のレントゲン写真を撮影する。
「うーん、今のところは綺麗だね、骨は」
「はあ、そうですか」
「尿酸値(痛風の判断基準となる値で、血液検査で測定する)は?」
「分かりません、健康診断の項目に入ってませんから」
「分からないの?じゃあ肝臓は?」
「この前の健康診断では悪かったです」
「じゃあそれかもなぁ」
「と、おっしゃいますと?」
「ん?肝臓の数値が悪い人は、痛風の可能性が高いからね。あとはリュウマチの可能性もあるけどね」
「はあ…」
「ま、とりあえず薬を出しとくから、痛風なら薬を一週間も飲めば痛みは治まるからね。収まらなきゃリウマチかな」
「はあ…」
 なぜ血液検査をしないのか大いに疑問だったが、とりあえずは処方された消炎鎮痛剤を飲み、処方された湿布を貼ることにした。

 十日後、私は再びこの整形外科を訪れた。
「先生、痛みはほとんど引きません」
「そう、脚は腫れてる?」
「ええ、腫れてます」
「やっぱり包帯をしないとダメかな?」
「…?」
 いきなり足首に湿布を貼られ、なぜか包帯でグルグルに巻かれた。
「あ、血液検査もやる?」
「え、ええ、自分の尿酸値が知りたいので」
「じゃ、採血しようか」
「はい(ようやく血液検査かよ…)、それと相変わらず全身の筋肉痛が酷いんですけど」
「あ、そう、じゃあビタミンを出しとくから」
「・・・」
 採血の結果がいつ出るのかも言われぬまま診察は終了し、再び調剤薬局で消炎鎮痛剤と胃薬、ビタミン剤と湿布を受け取る。
「うーん、いいのかなぁ…、この包帯の意味もさっぱり解らないし…」
 徐々に疑念が湧いてくるが、とりあえず医師を信用することにした。

 この日から一週間後、無謀にも私はマッチョと『ホタルイカの旅』に行き、そして撃沈した(笑)