予想以上に長引いたTS火力発電所の現場も、ついにゴールが見えてきた。
「さあ、今日で全部やっつけるぞ!」
小磯がいつになく元気な独り言を言う。
相変わらず朝は寒いが、仕事の目処が付くと、何となく気分も軽くなる。
「木田さん、今日でジェットは終わりだからね、しっかりとゴミ取りをしてね」
タバコを目一杯肺に吸い込み、ハルが楽しそうに言った。
「大丈夫ですよ、加納さんがバリバリとやりますから」
私の冗談に、加納はちょび髭を引きつらせると、苦笑した。
「いやぁ、今日までホント、きつかったわ」
「加納さん、本当にありがとうございました。こんなに大変な仕事を一生懸命やってくれて感謝してますよ」
「いやいやいや、まあ仕事だからね。それに明日もあるんでしょ」
加納は少し照れると、にっこりと笑った。
「さ、みんな事故だけは気をつけてな」
坂本が我々と、ミストエリミネータのライニングにやって来た塗装業者に声を掛けた。この塗装業者、R社がC電力H火力発電所でサンドブラストと塗装工事を依頼したSS工業だった。世の中は、そして塗装業界は狭いものだ。
「加納さん、ちょっと休憩して下さい」
私は加納に声を掛けた。さすがに単調できつい仕事なので、十時と三時には必ず三十分の休憩を入れさせていた。
「すんません、じゃあ、ちょっとお願いします」
加納は一人で休憩所に向かって行った。
小磯とハルは、それぞれ好きなタイミングで、適当に休憩を取っているので、まだ煙道内ではガンの音がしていた。
直径150ミリのサニーホースからは、ドボドボと、FRPの剥離片が混じった汚水が流れ出ている。最初はこの現場のために作ってきた、ステンレスメッシュの深いザルで汚水を受けていたのだが、設定した「目」では細かすぎたらしく、すぐに詰まってしまった。結果、このザルは用済みとなり、ステンレス大型桶の排出口手前で、単なる簡易スクリーン(固液分離装置)として使われていた。
「あんまり剥離片が溜まってないなぁ」
加納の真面目な仕事振りが良く分かる。ステンレス桶には、ほとんどゴミは入っていなかった。
「木田くん、頼むよ!」
声のする方を見ると、小磯がガンを持って煙道から出て来ていた。ガンに何かトラブルがあったらしい。
「はい、今行きます!」
私はゴミすくい用の丈夫なチリトリを放り投げると、整備用コンテナにダッシュした。
「どうしました?」
「ノズルが回転しないよ。多分ベルトだな」
私は小磯からガンを受け取ると、すぐにノズルを外し、ガン本体を作業台の万力に固定した。
グリスニップル(グリス注入用の金具)を外し、高圧配管を保持するブッシングを抜き取り、ガンのケーシングを外しに掛かる。ケーシングの固定ネジは、以前はマイナスネジだったのだが、S社を見習って六角穴付ボルトに変更していた。もちろんこれもインチネジだ。
ケーシングを外してみると、小磯の予想通り、エアモータのギアプーリー(滑車型歯車)と高圧配管のギアプーリーを繋ぐギアベルトが完全に破断していた。
「すぐに交換しますね」
私は切れたギアベルトを外し、エアダスターで歯車を軽く清掃すると、新品のギアベルトをギアプーリーの上から押し込んだ。本来ギアプーリーはその名の通り、両面に金属プレートが付いていて、滑車のような形状をしているが、これもS社を見習って片側の板を剥ぎ取り、すぐにベルトをはめられる様にして、メンテナンススピードの向上を図っていた。
その他の部品を元に戻すと、グリスニップルからモリブデン配合の高回転型グリスを注入し、エアモータにもシリコンスプレーを注入する。コンテナに引いてあるエアホースにガンを繋ぎ、トリガーを引くと、
「ブウィイイイイン」
と小気味良い音を出してノズルが回転した。
「オッケーです!」
「サンキュ!」
ガンを受け取った小磯は煙道の中に戻って行った。
この間、十五分経過…。私の知らないところで、ある時限爆弾が作動していた。