どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ97

2008-02-09 23:54:20 | 剥離人

 今日も開放型タンクの歩廊で、退屈な時間を過ごす。

 そもそも火力発電所なんて物は、ほとんどが海の近くの、周りに一切何もない場所に建っていることが多い。
 このC電力H火力発電所も類に漏れず、周囲に見えるのは味気ない工業地帯か、さもなくば時折コンテナ船が行き交う色気の無い海だ。
「しっかし退屈ですね」
「こんなものだよ、現場なんて」
 佐野は笑いながら屋上から海を眺めている。
「佐野さん、会社は大丈夫なんですか?」
 佐野の勤めている会社は、W運輸機工株式会社という重量屋(工場の設備や機器の移設を行なう)だ。
「ははは、大丈夫、大丈夫。会社には『ちょっと二週間ほどアルバイトをして来る』って言ってあるから」
「普通の会社じゃ許されないですよね」
「ウチの会社は普通じゃないんだよ」
 佐野は笑っている。
「社長は前日まで仕事が入っていることを黙っている様な人だし、中田さん(佐野の高校時代からの先輩)は風呂にも入らねぇからな」
「え?その中田さんって人、現場で仕事して風呂に入らないんですか?」
「入らないよぉ、三日でも四日でも。出張中はずっと入らないね」
「でも佐野さんたちの仕事って、汗や油でベタベタになりますよね」
「中田さんは風呂だけじゃ無く、手も洗わないからね。だからトラックのハンドルはいつも油でベトベト。俺たちが運転する時には、まずウェスでハンドルとシフトレバーを拭く事から始まるからね」
「凄い人ですね」
「しかも出張に行っても、飯も食いに行かないから」
「飯抜きですか?」
「いや、円筒形の樹脂容器に、みっちりとパンの耳を詰めて来るんだよ」
「パンの耳?」
「そう。パン屋でもらって来るらしいけど、バームクーヘンみたいにキッチリと円形に詰めてあるんだよね。冬だとそれだけで三日くらい凌いでるよ」
「おかしくないですか?その人」
「そう、おかしいんだよ。だから『中田光太』って名前なんだけど、俺たちは『中田変太』、略して『ヘンタ』って呼んでいるから」
「ヘンタですか」
「そう、ウチじゃおかしな奴の呼称だね。ちなみにウチの社長もヘンタなんだけどね」
「どうしてですか?」
「二年前だったかな、輸入機械の木箱の開梱作業をしていたら、木箱の上から飛び降りやがって」
「どうしてですか?」
「フォークリフトが来るのを待っているのが面倒になったらしいよ」
「何メートルあったんですか?」
「低床トレーラーに積んだまま開梱してたから、やっぱり4メートル弱(道路交通法で、3.8mと決まっている)あった筈だね」
「社長はどうなったんですか?」
「そりゃあ、もうすぐ六十のおっさんが4メートルの高さから飛び降りれば、結果は想像がつくでしょう」
「骨折?」
「両足の踵を骨折してたな」
「それ、本当の話ですか?」
「ははは、本当だよ。今度ウチの人間に会ったら聞いてごらん」
「凄い会社ですね」
「しかも今月は三日しか仕事が無いらしいからな」
「三日ですか?」
「そう、まあ俺一人居なくても、何の問題もないからね」
「それでここに来られるってことですか?」
「そういうこと」

 世の中には色々な会社がある。