どんぴ帳

チョモランマな内容

くみたてんちゅ(その16)

2009-06-29 01:56:06 | 組立人

 中国には様々な不思議な光景があります。

 もちろん中国人にとっては当たり前かもしれませんが、日本人からすると『謎の光景』です。

 まず車から気付くのがこれ。

白く塗られた街路樹の根元
 なぜ白く塗るんだ?
 必ず全ての木に塗られている訳ではありませんが、郊外のほとんどの街路樹に塗られています。


およそ1mほどの高さで統一
 
 当然私は中国人に質問します。
「金さん、どうして街路樹の下を白く塗るの?」
「ああ、良くは知りませんけど、あれは車のスピードを落とす為ですよ」
「そ、そうなの?」
「たぶん、たぶんね」
「・・・」
 それが本当だとしたら、なぜ車道から十数メートルも入った林の中まで白く塗られているのか、大きな疑問が残ります。
「ああ、あいつはいい加減だからなぁ」
 佐野はあまり金の話を信用していない様子だ。

「ヘイ、ダン!」
 私は続いて、B社中国人スタッフのダンにこの疑問をぶつける。
 ちなみに『ダン』とか『マイケル』という名前は、彼らの本名ではない。きちんとした中国名があるのだが、外資系の会社内ではそういうビジネスネームで通っているらしい。
「どうして木の下の部分を白く塗るんだ?」
 私は適当な英語で質問する。
「ああ、それは格好が良いからだ」
「は?」
 ダンは変に自信を持って答える。
「見てみろ、同じ高さで白く塗ると、道路が格好良く見えるだろう」
 ダンは右手を街路樹に向かって差し出し、自分の答えに納得している。
「まあ、確かにそう言えなくもないけど…」
 だがそれでも、なぜ車道から十数メートルも入った林の中まで白く塗られているのか、という大きな疑問が残ってしまう。

 最後の手段はA社日本人社員の杉野に訊くことだ。
「どうして街路樹の下を白く塗ってあるんですか?」
 杉野は一瞬返答に詰まる。
「うーん、僕も詳しくは知らないんですけど、恐らくは防虫効果を期待しているんだと思いますよ」
「やっぱりそうなんですか?」
「いやいや、確証は無いんですけどね、それが最も妥当な答えかと…」
「ですよねぇ、金さんの『車のスピードを落とす為』って言う答えはどう思います?」
「それは無いんじゃないですかね」
 杉野は苦笑いをしている。

 結局明確な答えを得る事は出来なかったが、私は防虫剤という判断を勝手に行った。

 次はこの服装です。

人民服?
 この人民服のようなデザインの服を着ている人には、この人以外は遇いませんでした。
 北京近郊では、もはや完全に洋服が当たり前です。むしろこのおじいさんは、非常に珍しい存在だったのかもしれません。
 かろうじてバスの車窓から撮影出来ました。


荷物モリモリな自転車
 特に三輪タイプやリヤカーを連結した自転車は、そろいも揃って全員こんな状態です。
 日本でもたまにホームレスのおじさんが、こんな感じでアルミ缶を運んでいる光景を目にしますが、中国ではこれがスタンダードです。
 もちろん車道をこいつで爆走し、どんなに大きな交差点でもこいつで車と一緒に進入して右左折をして走り去ります。

 そして道路の外側は、土の地面です。

見慣れてしまうと当たり前
 都心部はともかく、ちょっとでも郊外に出ると道路の脇は土の地面です。
 道路も計画性が無いのか、測量がいい加減なのか、交差する道路で路面の高さが異なり、車がバウンドしながら進入することも良くあります。

 オート三輪もまだまだ現役です。が、

オープン三輪?
 A社工場のタイル補修工事に来ていた左官屋の仕事車。


元からオープン?
 な訳じゃ無く、どう見ても屋根をぶった切ってます。


全部むき出し…、フロントガラスもありゃしない…。
 もう日本じゃ考えられない乗り物になってます。
 これを見ているとエアバックとかABSなんて、遥か遠い未来の話かと思えますが、実は北京市内はかなりの台数の高級車が走っています。
 特にアウディ、BMW、ベンツ、ポルシェは頻繁に見かけますし、フェラーリなどもホテルの駐車場には停まっています。

 平均的日本人を上回るお金持ちと、月収が数千円の貧困層が入り混じる国、それが人口十数億の巨大な中国です。


くみたてんちゅ(その15)

2009-06-27 04:26:57 | 組立人
 重量100t、巨大な機械本体の設置は、順調に進行していた。

 本体を吊ったままの門型(鋼材で組み上げた装置)は、ウインチのワイヤーに引かれながら『ころ』の上をゆっくりと進み、ライザープレート(機械設置時のレベルを出してある台座)のほぼ真上に来ていた。
 ライザープレートの上にはオイルパン(垂れてくる機械油受け)が置かれており、後は本体をきっちりと置くだけの状況だ。
「タイミングを合わせろよ!」
 青龍(中国の重量屋)の親方は気合が入っている。
「降ろせ!」
 親方の合図でウインチが巻き下げられ、本体がオイルパンの上数センチまで下げられる。
 何度かの四点の微調整を行いながら、ついに100tの機械本体は孔径誤差5mm以内の範囲でライザープレートの上に設置された。

「佐野さん、なんか気になるんですけど…」
「何が?」
 私はふと疑問に思ったことを佐野に伝える。
「やけに青龍が達成感に溢れている気がするんですけど…」
「…そうだね」
「もしかして彼らは、これで終了だと思ってません?なんか作業の勢いがそうとしか見えないんですけど…」
「ま、確かにな、まさか一度ライザーに降ろしてボルトを入れてみて確認して、再度持ち上げてオイルパンと本体にシリコンを塗布してまた載せるなんて、夢にも思ってない感じだな」
「ええ、あれはどう見ても『これで終わりだ!』モードですよね」
 国も違い、言葉も違い、おまけに普段の仕事の内容までが異なるのだが、なんとなく青龍の親方を見ていると私でも分かってしまうのだ。
「新垣さん、ちゃんと説明しておかなくて大丈夫なの?」
 佐野が責任者の新垣に声を掛ける。
「あいつら、これで本体をセットしたら仕事は終了だと思ってるから、今のうちにきちんと言っておいた方がいいと思うよ」
「え?分かってませんかね?」
「分かってないと思うけどなぁ」
「…ちょっと行って来ます」
 新垣はA社の通訳担当の金を連れて、青色の作業着シャツと赤色のヘルメットを着用している親方の下に近寄って行った。
「何だって?そんな話は聞いてないぞ!」
 案の定、青龍の親方は作業手順を理解していないみたいだった。
 私には中国語は理解できないが、青龍の親方が言っている内容は、十二分に理解出来る。
「大体、この位置にきちんと降ろすのがどれだけ大変か分かっているのか?」
「分かりますけど、ボルトがきちんと入るか確認したいんですよ」
「入るに決まってるだろう!その為のライザープレートじゃないのか!?」
「それはそうですけど、確認が必要なんです!」
「…どうしてもやるのか?」
「ええ、申し訳ありません」

 親方はゲンナリとした顔をすると、部下たちに指示を出し始めたのだった。

くみたてんちゅ(その14)

2009-06-25 02:05:47 | 組立人
 ジェイクとデュークは、事もあろうに物凄い事を言い放った。

「下部の接合面にあるシリコンを除去してもらいたい」
「…は?どこのシリコンだって?」
「最下部だ」
「…最下部ってさあ、このスキッド(運搬用の木材で組んだ台座)から浮き上がってる底面のことだよね」
 私はウンザリとした顔で巨大な機械を見る。
 そもそも、それ自体が5tはあろうかという巨大なスキッドの上に、宙吊りの機械本体があり、アメリカ人はその隙間に顔を突っ込んで清掃をしろと言っているのだ。
 私は佐野の顔を見て、反応を伺う。
「大丈夫だよ、落ちっこないから」
 仕方が無い。私の現在の雇い主はW社の佐野である。
 だが私は内心、
「マジですか?」
 と思ったが、口には出せない。
「はぁ…」
 小さなため息を吐きながら、カッターの刃を持ち、スキッドの側にしゃがみ込む。スキッドと本体は約30cmほど離れているだけだ。
「これじゃあ、半分頭を突っ込みながらじゃないとシリコンが削れないし…」
 ブツブツと言いながら、カッターの刃でシリコンをコリコリと削り始める。
「落ちてきたら絶対に死ぬよな、100tだし…」
 もちろんワイヤーには十分な強度があり、現状でもかなり余裕があることは分かっているのだが、やはりどことなく不安感がある。
「こんなの、本国でバラした時にきちんとやってから搬入しろよなぁ…」
 思わず愚痴がこぼれる。
 気付けば我々だけでなく、かなりの人数であちこちのシリコンをコリコリと剥がし始めている。本体が大きいので、大勢でやったほうが早いのだ。
「どうですか、終わりましたか?」
 客先A社の社員、小野が苦笑いを浮かべて聴いてくる。
「ええ、これで終わりです」
 私は工場の床から立ち上がると、頷きながら答える。
「しかしこれは危険ですね」
「ええ、やらないと設置が出来ないんで仕方がないですけどね」
「やっぱり、『吊荷の下には…』」
「『入らない!』が基本ですよね」
 私と意見が合い、小野は再び苦笑いをする。

 シリコン除去が終わると、今度は青龍(中国の重量屋)の職人たちが機械本体の前に集まり、何かを始めようとしている。
 どうやら100tの機械を吊り上げたままの門型(鋼材で組んだ吊上げ用の装置)を、微調整したいらしい。
 門型の下には十数本の金属の棒(パイプでは無い)が入っていて、門型に取り付けたワイヤーをウインチで引く事により、機械本体を移動させるのだ。
「しかし、ここもそうだし、自分たちの仕事もそうなんだけど、ピラミッドを造ってた何千年前も、この現代もやってることは同じなんだよなぁ」
 佐野が感慨深げに、門型の下の『ころ』を見て呟く。
「そうですね、ピラミッドの石を運んでいたやり方と何も変わりませんよね」
 私も同意する。
「さっきなんか、本体を吊り上げる前に青龍の奴らがロープで門型を調整してたべ」
「ええ、大勢でやってましたね」
「しかもあの掛け声には笑ったなぁ」
「あはは、あの『イー、アー、サンっ!』ですか?」
「おお、あれは世界共通だな」
「そうですよね、俺たちなら『いち、にぃ、さんっ!』ですし、中国人は『イー、アー、サンっ!』ですもんね」

 私はきっと古代エジプト人たちも、やはり『1、2、3っ!』とアラビア語で言っていたに違いないと思った。


 

くみたてんちゅ(その13)

2009-06-24 07:44:08 | 組立人
 響く親方の声、大きな操作音、巻き上がるワイヤー、ついに100tの機械本体が吊り上げられる。

「止めろぉ!」
 青龍(中国の重量屋)の親方が中国語で叫び、四基のウインチがほぼ同時に停止する。
 まだ機械本体は、運搬用のスキッド(木材で組まれた運搬用の台座)から、完全に地切り(地面から完全に離れた状態に)されていない。
 親方は慎重に吊り位置を確認する。
「巻け!」
「ガゴン!」
 再び親方が大声と両腕で合図をすると、四基のウインチが大きな音を立ててワイヤーを巻き上げ、ついに巨大な機械がスキッドから地切りされた。

「おお、上がったねぇ」
「ま、ほぼ問題ないね」
 佐野と清水は冷静に分析しながら、じっと青龍を観察している。
「しかしあのハンドル型スイッチのウインチ、あれはあんまり見かけないよね」
 清水が四基のウインチをじっと見つめる。このウインチのオン・オフスイッチは珍しいハンドル型で、どちらかに回すとワイヤーを巻き上げ、その反対に回すとワイヤーを送り出す構造になっている。
「ま、あれも港で使ってるんだろうな…」
「港ですか?」
 佐野の独り言に、私が反応する。
「重量屋なんて、もともとは港で派生したような仕事だからね」
「へぇ…」
「仕事で使うコローラー(マシンローラー)なんて、元々は船が傷つかないように岸壁に設置していた物なんだよ。そいつを引っ繰り返して使っているのが、今のコローラーだね」
「そうなんですか?」
「って、ウチの古い社員が言ってたよ。なんでもコローラーを重量物の運搬用に日本で最初に使い始めたのは、ウチだって」
「本当ですか?」 
「さあな、でもウチの歴史を考えるとあながち的外れな話でも無いけどね」
 佐野はニヤリと笑った。

 青龍の親方が再度指示を出し、ウインチでワイヤーが巻き上げられると、機械本体とスキッドには完全な隙間が出来上がっていた。

 その時、ジェイクとデュークが我々に向かって、あり得ないことを言い出した。

くみたてんちゅ(その12)

2009-06-21 04:54:26 | 組立人

 午後一、いよいよ重量100tの本体の吊り上げが始まる。

「おお、いよいよですね」
「木田さん、あの門型上部の滑車のワイヤーだけど、何巻き巻いてあります?ちょっと私には見えなくてさ」
 清水が目を細めながら訊いて来る。
「えっと、七巻きですかね」
「そっかぁ、それの四点吊りだもんなぁ、あれなら上がるよね」
「まあ、間違いなく上がるだろうね」
 私には今一つ解らないが、佐野と清水はワイヤーの太さと何巻き巻いてあるかで、吊り上げ荷重が解るらしい。
「親方、かなり気合が入ってますね」
 十数人の『青龍(中国の重量屋)』の作業員の中で一番目立つ親方が忙しなく動き回り、部下にどんどん指示を出している。
「それにしても『青龍』の親方の衣装(作業着)、なんか強烈ですね…」
 私はじっと青龍の親方を観察する。カーキイエローのパンツに、コバルトブルー色の丈の長いシャツっぽい作業着、そして極めつけはワインレッド色のヘルメットだ。
「凄いよなぁ、あの青色の上着に赤色のヘルメット、物凄い存在感だね」
 佐野も変に感心したように言う。
「なんかさぁ、大村メンテナンス(佐野たちの客先の一つ)の社長に似てない?」
 清水が笑いながら佐野に言う。
「あははは、確かに似てるな、どこがって言うんじゃなくて、全身から滲み出す雰囲気がなぁ」
「中国の大村社長だね」
 その中国の大村社長はさらにペースアップして動き回り、部下にガンガンと指示を出している。
「お、いよいよ始まるか?」
 青龍の親方が大声で怒鳴りながら、誰かれ構わず作業エリアから追い出そうとしている。もうちろん非常に危険だからだ。

 青龍の作業員十数人、客先A社の社員十数人、機械メーカーB社の日本人スタッフの新垣、B社のアメリカ人スタッフであるジェイクとデューク、同じくB社の中国人スタッフであるダンとマイケル、そしてW社の佐野と清水、そして私が見守る中、機械本体の吊り上げ作業が始まった。

 門型(重量物を吊り上げる為に組まれた鋼材)の中心に機械本体が置かれ、本体の特注Iボルト(アイボルト:通常は円環にボルトが付いた様な吊り具)にはワイヤーがセットされ、そのワイヤーは門型の上部に取り付けられた四つの滑車に巻かれ、さらに四方向の巨大なウインチに繋がっている。
 四つのウインチはそれぞれに操作を担当する人間が付き、それをサポートする人間も付いている。
 青いシャツと赤いヘルメットの親方は機械本体からやや離れ、両端のウインチのほぼ中央の位置に立ち、じっと四人のウインチ操作担当者を見ている。
「・・・」
 軽い沈黙が流れる。
 親方は手の平を上に向けると、無言のまま両手を伸ばし始め、体の真横ほぼ水平な位置で腕を止めた。
「巻け!」
 親方は中国語で叫ぶと同時に、素早く両手を肘の位置で立てる。
「ガヂョン!」

 鈍い重なり合った操作音と同時に、四台のウインチがワイヤーを巻き上げ始めた。


くみたてんちゅ(その11)

2009-06-19 01:55:41 | 組立人
 工場の中では、すでに『青龍』の人間たちが作業に取り掛かっている。

 いよいよ100tある本体を門型(重量物を吊り上げる為に鋼材で組んだ装置)で吊り上げ、佐野がレベル(水平)を出したライザープレート(本体を水平に設置するための台座)に設置をするのだ。
「今日中にはあの本体を設置するんですかね?」
「ああ、なんか今日中に終わらせて、奴らは帰るって言ってたぞ」
 佐野が笑いながらバールを手に持つ。
「ジェイクさんよ、今日はどの箱を開けてもいいんだ?」
 佐野はジェイクに話し掛ける。昨日はその箱は開けるな、この箱もまだ開けるな、という指示が多かったので、開梱作業はあまり進んでいなかった。
「とりあえず、昨日開梱したパーツの清掃をしてくれないか?」
 ジェイクは答える。
「了解!」
 佐野と清水と私は、さっそく部品の清掃作業に入る。
 パーツと言っても、一つ数トンはあるような部品で、大きさもかなり大きい。
「この接合面のシリコンを除去してもらいたい」
 デュークが具体的な指示を出す。
「あのさ佐野君、今回の機械は全然『防錆剤(主に海上輸送時に機械が錆びないように吹き付ける溶剤)』が付いてないんだね」
 清水が機械のあちこちを触りながら、表面を撫でた指を見て言う。
「そうだなんだよ、俺も昨日から気になってたんだけど、ほとんどそれらしき物が付着して無いんだよなぁ」
 佐野もあちこちを触りながら答える。
「あの、僕はその防錆剤の清掃の為に来た様な物ですよね」
「まあ、そうなんだけどさ、付いてないんだよなぁ」
「こんな事は初めてだよね」
 佐野も清水も予想外の事態に笑みを浮かべている。
「そんなに大変なんですか、防錆剤の除去って」
「そりゃあ大変だよ!」
「大変、大変!」
 私の質問に、二人が声をそろえる。
「今は大分マシになったけど、昔の防錆剤なんてガチガチに固まっちゃう様な代物でさ、ギヤの歯一枚一枚まで、きっちりと掃除しなきゃいけなかったんだから」
「今の防錆剤は昔ほど固まらなくなったけど、それでもあらゆる場所にベトベトに塗ってくる会社もまだまだあるよね」
「それに比べると今回のこの機械、ほぼ塗ってないに等しいよなぁ」
「って言うか、これ全然塗ってないよねぇ」
 どうやら今回の仕事は想像以上に楽をさせてもらえるらしい。
「ま、とりあえずシリコンを剥がすか」
 我々はカッターナイフの歯を手に持つと、部品の接合面に残っているシリコンコーキング(この場合、機械油が接合面から漏出するのを防ぐ役目をしている)をコリコリと剥がし始めた。

「ところで、どうしてこんな場所にシリコンが?」
「本国で仮組みして試運転してるから、その時の奴だろう」
「なるほど…」
 佐野や清水と会話をしながら、シリコンコーキングを剥がして洗浄剤で接合面を拭きあげる。
「このギヤの部分は洗浄剤で拭かなくてもイイんですかね?」
「どうなんだろうねぇ…」
 清水も首を捻る。
「聞いてみましょう。ヘイ、デューク!」
 私に呼ばれたデュークが振り返る。
「このギヤはクリーンアップするのか?」
 私の怪しい英語が炸裂する。
「ノォー」
 デュークが首を振る。
「じゃ、ここは?」
「ノォー」
 さらに首を振る。
「じゃ、ここもノークリーンアップ?」
「イェース!」
「ここはクリーンアップでしょ」
「イェース!!」
 その後デュークは私に向かって細かい説明を英語で始めるが、厳密には理解できない。が、なんとなく言っている内容は理解できる。
「とりあえず、接合面以外は一切触るなってことみたいですね」
「いいけどさ、なんか全然仕事がなくなっちゃうね」
 清水が少し複雑な顔をする。
「うはははは、いいんじゃないですか?楽できるし」
「ま、それは確かにそうなんだけどねぇ」
 清水も私につられて笑う。  
「ん?ここはやるのか?」
 佐野が隣の大きなパーツの陰で、カムシャフトみたいな部品の中を覗き込んで呟く。
「やらないと思いますよ」
「本当にやらないのかぁ?」
「ヘイ、デューク!」
 私はまたしてもデュークを呼ぶ。
「何だよ…」
 デュークはそんな顔をして近寄って来る。
「ここはクリーンアップか?」
「ノォーぉおおおお」
 デュークは予想通り首を横に振る。
「ね、本当にやらなくてもイイみたいですよ」
「本当にやんねぇのか、なんか全然楽な仕事だな…、と言うか、防錆剤が付いてないんだな」
 佐野も納得する。

 そうこうしている内に、中国の重量屋『青龍』の方は、着々と100tの機械を吊る準備を終えようとしていた。

くみたてんちゅ(その10)

2009-06-17 03:04:22 | 組立人

 白衣の女性はマスクの下で、我々に向かってくぐもった声で何かを言った。

「请告诉体温」
「何?」
 当然ながら中国語は理解出来ない。
「体温を報告してもらえますか?」
 A社の杉森が通訳をして、我々に伝える。
「さーてぃしぃっくす、ぽいんと、ふぉー」
「さーてぃしぃっくす、ぽいんと、しぃっくす」
 佐野と清水が体温を読み上げる。
「はいよ!」
 私は面倒なので体温計を女性に突き出す。女性は体温計を受け取ると、その数値を紙に記入している。
「確かに記入はしているけど、誰の体温とか、そういうのはイイわけ?」
 彼女は名前の確認も無しに、体温を紙に記入しているのだ。だが杉森は苦笑して黙っている。
「あの、この人ってA社の人なんですよね」
「いえいえ、保健局の人ですよ」
 私の質問に対して、杉森は慌てて首を左右に振る。
「保健局?」
「ええ、ウチの会社の人間じゃありませんよ」
「保健局の人間が、こんな場所まで我々を追跡してきたってことですか?」
「ええ、そうとしか考えられませんけど…」
「やっぱり日本で流行ってる新型インフルエンザの件なんですかね?」
「そうだとは思いますけど、我々にも詳しい事は伝えられていないんで…」
 詳しい事情も伝えずに、役所の人間がいきなり企業の工場内にまで体温測定にやってくるというのは、中々凄いことだ。
「佐野さん、つまり我々日本人四人とアメリカ人二人は、新型インフルエンザを持っているかも知れないって疑われてるんですよね」
「そうみたいだね」
「で、我々と一緒に行動しているダンとマイケルは?」
 すると杉森は、申し訳無さそうに間を置いて答えた。
「あの二人は必要ないそうです」
「え?一緒のホテルに泊まって、一緒に行動してるのに?」
「ええ、中国人は『無問題(もうまんたい)』だそうです」
 さすがに我々は失笑を浮かべる。
「そう、ですか…」
「ま、この国はそんな感じだよ」
 佐野が当然という顔で口を開く。
「昔さ、中国から木箱で梱包されてきた荷物を、そのまま未開梱で中国に送り返すことになったんだけど、税関で止められたことがあったからな。『この木箱は燻煙処理が(くんえんしょり:荷物に害虫などが混入しないように、霧状の薬剤で燻すこと)されていないので、国内に入れることは出来ない』って言われてさ。自分達が荷物を出す時は燻煙処理をしないで出しておいて、そのまま戻したら受け入れられないって言うんだからなぁ」
「あははは、なるほどねぇ」
 私は妙に佐野の話に納得してしまう。
「ま、とりあえず作業開始だな!」
 佐野が椅子から立ち上がり、清水もヘルメットを頭に載せる。
「ジェイク、レッツワーク!」
 私は六十過ぎのアメリカ人に笑顔で声を掛ける。
「オーケェーイ、レッツゴー!」
 ニヤリとしたアメリカ人も、わざとテンションを上げて答える。

 今日の労働がようやく始まった。


くみたてんちゅ(その9)

2009-06-15 02:53:02 | 組立人

 手配したはずのバスが来ないというナイスな事情で遅刻した我々を、A社の日本人スタッフ、杉森が待ち構えていた。

「あのぉ、申し訳ないんですけど、皆さんの体温を測ってもらえますか?」
「は?体温ですか?」
「ええ、もうすぐ担当者がやって来ますので…」
「はあ…」
 そう言いながら、杉森は我々に体温計を差し出す。
「水銀タイプ?電子体温計は?」
「ありません」
「これって新品?」
「いえ、違います」
「じゃあ、だれかと共用?」
「すみません…」
「何分ですか?」
「五分です」
「測る理由は?」
「ハッキリとは…」
 どうにも噛み合わない会話が展開される。
 体温計を手渡されたジェイクは、不思議そうな顔で体温計を見つめている。
「どうするんだ?」
「体温を測って下さい」
「なぜだ?」
「お客さんの指示です」
「・・・」
 新垣がアメリカ人二人にも体温測定を促す。
「ガダン!」
 いきなり立て付けが悪い休憩所の扉が開くと、白衣を着た五十代の女性が入って来た。
「お?」
「担当者?」
 彼女はマスクと手袋を着用している。
「プシュう!プシュっ、プシュっ、プシュっ!プシュっ、プシュっ、プシュっ!」
 突然その女性は、室内に霧吹きで何かを散布し始める。
「うわっ、臭っ!」
「何これ?」
「消毒用のアルコールか?」
「プシュっ、プシュっ、プシュっ!プシュっ、プシュっ、プシュっ!」
 彼女はお構いなく、あちこちに霧吹きで薬剤の散布を続ける。
「おいおい、俺のバッグに…」
「臭いが付いちゃうだろう…」
 彼女は特に、我々の所持品には入念に薬剤を散布している。
「あー、たまらんわ」
 部屋中にアルコールのような臭気が充満するが、彼女はそれを一向に気にするでもなく、椅子に腰掛けて書類を取り出した。
 彼女の着ている派手な赤色のシャツが、白衣との嫌なコントラストを強調している。
「あーあ、昨日もホテルでやったのに、今朝もかぁ…」
 いきなり清水が意味不明なことを言い出した。
「昨日もってどういう意味ですか?」
 清水に問い質す。
「あれぇ?木田君の部屋にはホテルの副支配人が『テンプレーチャーチェック』に来なかったの?」
「はぁ?来てませんよぉ、ねぇ、佐野さん」
「来てないよ、俺も。新垣さんは?」
「いや、僕も知りませんよ」
 新垣も驚いた顔をする。
「ええー、そうなの?だって俺の部屋に副支配人が来て、英語で『体温を測らせてくれ!』って言うから、とりあえず部屋に入れって言ったんだよ。でも奴は絶対に部屋に入らなくてさ、仕方がないから部屋の入口に立って体温を測ったんだよ」
「うはははは、もしかしてこの水銀タイプですか?」
「そうだよぉ、だから五分間、陰気な顔した副支配人と向かい合って、ずっと立ってたよ」
「あははは、本当なの清水さん?」
「いや、本当だって」
 日本人は全員で爆笑する。
「じゃあさ、ジェイクとデュークはどうだったのかな?」
 新垣がすぐに英語で二人に話し掛ける。
「デュークの部屋には来たらしいよ、副支配人が」
「ぐははははは!」
「あはははは!」
「HAHAHAHAHAHA!」
 この辺はお互いに通じるので、全員で爆笑する。

 その時、白衣の女性が我々に何かを話しかけた。



Mさん帰国!

2009-06-13 01:30:57 | 北海道一周(その後)

 Mさんが帰国致しました!
 昨年の11月末日に香港へ旅立って行ったMさんですが、途中(って言っても2月末)、タイから連絡がありました。

 その後、ベトナムで私からのメールを受け取ったMさんは、カンボジアからメールを送って来ました。
「アンコールワットはとても良かったです」
 うーん、本当にあちこちに移動してます(笑)
 
 さて、私が中国に到着して数日後、突然携帯電話のメールセンターにMさんからのメールが届いていました。
「おお?画像が添付されてるぞ…、ダウンロードはちょっとしんどいなぁ…」
 中国ではパケット通信は『パケホーダイ』ではありませんので、大きな画像データを受信するのはややためらってしまいます。
「そーだ、Gmailに送ってもらおう!」
 早速ホテルのパソコンから、Mさんの携帯電話にGmailを送ります。
 するとすぐに返事が、

ま、マーライオン?
 シンガポールです。
 Mさんからは、

 帰国を約1ヶ月延ばして、先ほど関空に着きました。192日間の旅で、香港~シンガポールの走行距離は7,194.3kmでした。

 というシンプルな文章が。
 192日間、約7,200kmかぁ、すごいなぁ…。

 帰国後、報告のメールを送ると、

え、エベレスト?
 どこまで行ったんですか?Mさん…。そして本文には、

 2/19にバンコクに着いてから自転車を荷物預かり所に預け、2ヶ月程バスでラオスやタイ北部を、飛行機でネパールやスリランカに旅行して、4/30にバンコクから自転車旅を再開し、6/1にシンガポールにゴールしたので自転車旅の期間は4ヶ月程でした。
 写メはネパールで16日間のエベレスト・トレッキングに行った時のエベレスト(標高8,848m、真ん中の1番奥)です。
 写メを撮った場所はカラ・パタール(標高5,545m)と言う所で、富士山(標高3,776m)を越えていて、軽い高山病(頭痛)になりました。

 という記載が。
 エベレスト・トレッキングですか、さすがMさん。私が勝手に名付けた『The行動する男』の称号にふさわしい旅です!

 半年以上もの香港~シンガポールの旅、本当にお疲れ様でした!

 そして、とにかく無事に戻って来るのが何よりですな、うん。
 


くみたてんちゅ(その8)

2009-06-11 02:42:01 | 組立人

 朝、ホテルの前でバスを待つ。

 だが来ない、肝心のバスが来ないのだ。
 昨日は乗客が9人しか居ないのに、49人乗りのバスが来た。しかし今日に至ってはバスが来ないのだ…。
「ええ、ええ、いや、確かに頼みましたよね…」
 新垣が携帯電話でどこかと英語で話をしている。
「うははは、昨日はベンツの観光バスで、今日は来ないってか」
「ま、中国はこんなもんだよ」
 佐野は大して慌てもせず、のんびりと構えている。アメリカ人技術者のジェイクとデュークは、苦笑いをして首を横に振っている。
 新垣は何度も電話を入れ、バスの緊急要請を行っている。

 しばらくするとホテルの前の通りに、中型のバス二台とワゴン車が一台停止した。
「おおっ!何だか分からんけど三台も停まってるぞ!」
「くはははは、電話をする度にバスが手配されてたりして」
「来ないと思ったら、今度は三台かぁ?」

なぜか通りに連なるバス二台とワゴン車…

 中国人技術者のダンとマイケルが、中国人の運転手と中国語で会話を始める。
「え?違う?三台とも?」
 ダンから英語で説明を受けた新垣は、ゲンナリとした表情を浮かべる。

「ええ、ええ、ですから、どうも今日は来ないらしいんですよ」
 新垣は客先のA社日本人スタッフと携帯電話で話す。
「え?そうですか?お願いできますか?はい、はい、お願いします!」
 ようやく目処が付いたのか、新垣はホッとした表情を浮かべている。
「どうなったんですか?」
「A社の社員用のバスを一台、こっちに廻してくれるそうです」

 バスが来るまでにまだ三十分はかかるみたいなので、私と佐野と清水はホテルのラウンジでお茶を飲むことにした。
「俺はコーヒーね。清水さんは?」
「私もコーヒーを」
「んじゃ僕は、この『白茶』ってやつを」
「しかしイイ値段だな」
 佐野がメニューをじっと眺める。
「コーヒーが35元(約525円)、その白茶が38元(約570円)か、市場の晩飯なら三日は喰えるな」
「そうですね、一番高いメニューの石焼ビビンバでも15元だもんなぁ」
 日本円にするとホテルのコーヒー代は妥当な価格だが、だんだん我々の心理物価は、中国の庶民に近づいているみたいだ。

これが38元の白茶
 別に色は白くありません。


中国茶の飲み方
 飲むときはこうやって蓋をずらして飲みます。上手く飲まないと、茶葉が口の中に入って来ます。

「なんか下がベチョベチョになっちゃうんですけど…」
 蓋をずらして飲むと、湯飲みの縁からお茶がこぼれ、紙のコースターが濡れてベチョベチョになります。
「仕方ないよ、中国人も飲む時はもっとベチョベチョにして飲んでたぞ」
 佐野の言葉を聞いた私は、安心してベチョベチョとお茶を飲み始めます。
「?」
 気付くとラウンジの女性店員が、注ぎ口が長めのポットを持って立っています。彼女は私の湯飲みの蓋を取ると、湯飲みの中にお湯を注ぎ込みました。
「追加してくれるんだ」
「中国茶はみんなそうだよ」
 何から何まで、日本とは異なるお茶の飲み方です。

 お茶を飲めばトイレが近くなるので、ホテルの一階のトイレに向かいます。
 さすがに三ッ星ホテルだけあって、トイレも清潔です。
「おお、ここも『TOTO』か」
 日本のセンサー式自動洗浄トイレは、中国でも広く受け入れられているらしい。
「ん?んん?おおっ!す、凄いねこの施工は…」
 私は思わず、あまりに斬新な施工方法に、小便をしながら驚嘆した。


一見、何の問題も無し
 TOTOの自動洗浄センサーです。しかし良く見ると…。


お、おおお?
 給水ザガネと呼ばれる部品ですが、なんと上部が切断して取り付けてあります。
 きっと便器取り付け時に、
「お?あれ?センサーに当たるぞ、この給水ザガネ」
「だけど今さら配管の位置もセンサーの位置も動かせないしなぁ…」
「だれだよ、この位置を指定したのは」
「趙(チョウ)、お前だろう!?」
「そう言えばそうだったな…、じゃあ切っちまうか?」
「いいのか?そんなんで」
「構やぁしないよ。上手く切れるかな?」
「それっぽくなら出来るんじゃないか?」
「そうだな、どうせ分かりゃしないしな」
 って感じで施工されたに違いありません。

 日本ではまず間違いなく竣工検査で、いや、事前に発見した現場主任に怒鳴られ、壁の補修費用まで負担してやり直しです。おまけに最悪の場合はそのゼネコンから出入禁止をくらう可能性もあります。
 これでホテル側も納得したのか、あるいは気付いていないのか、非常に謎ですが、中国が非常に寛大な国である事だけは間違いありません。

 A社の迎えのバスが来たので、我々は無事に?一時間以上遅れて現場に到着しました。