どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ117

2008-02-29 23:57:35 | 剥離人
 私が善意の『破壊工作員』に襲われた翌日、小磯とハルは朝から爆笑していた。

「いやぁ、見たかったなぁ、その光景」
 小磯は牛のように昨夜からこのネタについて反芻している。
「まさか木田さんがそんなことになっているとは思わなかったよ」
 ハルもたまらなく嬉しそうだ。きっと笑えるネタに飢えていたのだろう。
「実は俺、途中で気が付いてたんだよね。だってホッパーに凄い量の水が溜まってるじゃんね」
 ハルはケタケタと笑いながら、タバコの煙を吐き出した。
「がはははは、そうだったんだ。で、どうしたんだよお前、そのまま知らん振りして放っておいたのか?酷い奴だなぁ」
 小磯が缶コーヒーを手に持ったまま、ハルを責める。
「ちゃあ、何言ってんのよ小磯さん!俺はちゃんと水の中にジェットを突っ込んで、何度も撃ったんだよ。でも何よ、全然水が抜けなかったのよ」
 それはそうだ。サニーホースにはみっちりとFRPの剥離片が詰まっていたのだから、どれだけガンで撃っても、汚水が抜けるわけが無い。
「木田さん、あの時は凄い顔をしていましたよ」
 加納も喜んで参加してくる。
「人間って予想外の事が起きると、ああいう顔になるんだなぁって思いましたよ」
 加納もちょび髭をゆがめて笑う。
「いやぁ、だって凄かったもんね。サニーホースって大蛇のように暴れるんだよ」
 私の言葉に、坂本やSS工業の職人たちまで大笑いする。
「砂利敷きの地面だって、三十センチ位掘れていたしね」
 また皆が爆笑する。今は私が何を言ってもウケるらしい。
「実は俺、見てたんだよね、上から」
 ハルがまた嬉しそうに言った。
「なんか渦を巻いて水が一度に出て行ったから、下はどうなっちゃったんだろうと思ってたら、木田さんがあんなことになっていたからね」
 ハルはうひゃうひゃと笑い、パイプ椅子でうしろにそっくり返ると、そのまま倒れそうになり、慌てて前にバランスを戻した。
「がははは、木田君は本当においしいねぇ」
「おいしいって、別に僕は芸人じゃないんですから」
「がはははは、これからも頼むよ!」
 小磯は実に楽しそうに笑うと、ヘルメットを頭に載せた。

 昨日のうちに剥離作業は完了しているので、今日はガンやホースを撤収し、足場上のゴミを掃除し、完全に片付ける予定だ。
 四人でテキパキと仕事を進め、次々とコンテナの中に道具を収納し、煙道の足場上を工業用水で洗浄する。
「ウッキゃあああ!」
「だー、てめえ!」
「ヒャッホーーー!」
「ぬぉらぁあああ!」
 私と加納が最後のゴミ取りをしていると、煙道の中から奇声が聞こえる。
「木田さん、小磯さんとハルさんは何をやっとるの?」
 加納がサニーホースをから聞こえてくる動物園の様な雄叫びに、驚いた顔をしている。
「たぶんハルさんじゃないですかね、彼に『水ホース』を持たせると、大体ああなるみたいですよ」
「二人とも楽しそうだねぇ」
 加納はどことなくうらやましそうに煙道を見上げた。
 その時、私と加納の背後から、誰かが近寄って来ていた。
「ちょっと、監督さん」
「はい?」
 振り返るとそこには、H電力の担当者、山上が居た。
「ちょっと来てもらえるかな」
「はい」
 山上について歩いて行くと、発電所の汚水ピットの前に着いた。ピットといっても、ちょっとしたコンクリート製の池みたいな物で、我々がFRPを剥離したときに出た汚水も、全部ここに排水していた。
「そこを見なさい」
「?」
「そこ」
「?」
「わからんかね」
「はあ」
「水面だよ」
「水面ですか?」
「白いのがたくさん浮いているだろう!」
「はあ、浮いていますねぇ」
「あれをなんとかしたまえ」
「は?」
「あの水面の白い物をきちんと除去しなさいと言っているんだ」
「白いの、ですか…」
「いいね!帰るまでにね!頼むよ!」
「・・・」
 確かに水面にはFRPの剥離片の非常に微細な粒子が浮いていた。しかし、そもそもこの汚水ピットに、汚水を排出しても良いと言う条件で、この仕事は契約をしたはずである。もちろん大きなゴミはきちんと除去してある。微細な粒子まで完全に除去しろと言うのなら、これはもう正式な『水処理』だ。そこまでは見積りには含まれていない。
「こんなもん、どうしろって言うんだ?」

 私は汚水ピットの前で首を傾けて固まってしまった。