塗装工事に付き物のアイテムが『マスク』だ。
マスクと言っても、ドラッグストアで売っているようなマスクでは無い。サンドブラストを行う時に使われる工事用の『防塵(ぼうじん)マスク』だ。
防塵マスクは高性能なエアフィルターを吸引部に装着したマスクで、ほとんどの製品が『集塵効率99.○○%以上』の性能を謳っている。『興研』や『重松製作所』というメーカー(戦時中は防毒マスク等を作っていた歴史ある会社)の製品が使われる場合が多い。
特徴としては、顔に接する部分はシリコーンゴムや塩化ビニルなどの樹脂素材で出来ており、完全に顔に密着する様になっている。フィルターは樹脂製のケースに入っており、毎日交換して使用する。たまに『エコ精神』を発揮して、パタパタとフィルターを叩いて再利用する職人も居るが、メーカーはそのような使い方を全く推奨していない。
この防塵マスク、どのくらい優秀かと言うと、花粉症の人が試しに装着してみればすぐにその違いが分かる。重度の花粉症の人でもこの防塵マスクを装着すると10分以内に鼻水が止まり、実に快適に鼻が通ることになる。『集塵効率99.○○%以上』は伊達ではないのだ。
だが、この優秀なマスクにも唯一の欠点がある。それは見た目だ。マスク装着時の異様な風体は、街中で装着していれば間違いなく警官に呼び止められ職務質問を受けるだろう。
あるゼネコンの幹部は、このマスクに眼を保護するゴーグルが一体になった『完全面体』を装着して出社している、という噂を聞いたことがある(さすがに車通勤らしい)。
「外見なんか気にしないぜ!俺は花粉をシャットアウト出来るのなら、どんな格好でもするぜ!」
とか、
「私はお洒落な人間だけど、花粉を防ぐためなら職務質問を受けることも厭わないわ!」
という方には、全力でお勧め出来るアイテムだ。
この優秀な防塵マスクも、使用方法によっては無意味なアイテムに変身してしまうことがある。
マスクの性能を低下させる要素の一つが、メリヤス生地の接顔カバーだ。これはマスクのシリコーンゴム製接顔部が嫌いだという職人たちが愛用している。シリコーンゴムがぴったりと顔に密着するのが嫌だという職人は意外にも多い。メーカーとしてはマスクの性能が低下することが判っていても、このアイテムをカタログから外せないのは、それが理由だ。
SS工業の職人たちは、ほぼ全員が当然のようにメリヤスカバーを装着しており、カバーを付けていないのは、私と佐野くらいだった。
サンドブラストを終えた職人たちは、建屋から降りてくるとエアコンプレッサーのバルブを開き、短いホースから高圧エアを出して、体に付いた粉塵を吹き飛ばす。
「バシュー!ブホォ、ブボォー」
高圧エアを浴びて粉塵を落とすと、ようやく彼らは防塵マスクを外す。
「ふはぁー」
斉藤という職人がタオルで汗を拭う。そこへ『俊ちゃん』と呼ばれている職人が階段を下りて来た。
「俊ちゃん、早く昼飯にしようよ」
「おう!」
俊ちゃんはニッコリと笑うと、答えた。
「ん?」
斉藤は何かが気になったようで、俊ちゃんの顔を覗き込んだ。
「どうした?」
俊ちゃんはマスクをしたまま答える。
「俊ちゃん!マスクのフィルターが入って無いんじゃない!?」
「おお?」
俊ちゃんは自分のマスクの口元を触った。俊ちゃんのマスクは、樹脂製の台にフィルターをセットして差し込むタイプだ。
「ああっ!本当だぁ!」
俊ちゃんのマスクのフィルターが、差し込み式の台ごと無くなっている。俊ちゃんは慌ててマスクを外すと、再度フィルターを確認した。
「無いよぉ…、あれ?いつから無いんだぁ?」
斉藤が腹を抱えてしゃがみ込んでいる。他の職人も次々と、俊ちゃんのフィルターの無いマスクを見て笑い出した。
「あの、ブラストをしていて気がつかなかったんですか?」
私は訊いてみた。
「全然、気がつかなかったよぉ」
俊ちゃんは目を丸くして、ひたすら驚いている。
どんなに優秀で『集塵効率99.○○%以上』の性能を誇る防塵マスクでも、俊ちゃんのような職人さんの前では、その効力は無力化されてしまうのだった。
マスクと言っても、ドラッグストアで売っているようなマスクでは無い。サンドブラストを行う時に使われる工事用の『防塵(ぼうじん)マスク』だ。
防塵マスクは高性能なエアフィルターを吸引部に装着したマスクで、ほとんどの製品が『集塵効率99.○○%以上』の性能を謳っている。『興研』や『重松製作所』というメーカー(戦時中は防毒マスク等を作っていた歴史ある会社)の製品が使われる場合が多い。
特徴としては、顔に接する部分はシリコーンゴムや塩化ビニルなどの樹脂素材で出来ており、完全に顔に密着する様になっている。フィルターは樹脂製のケースに入っており、毎日交換して使用する。たまに『エコ精神』を発揮して、パタパタとフィルターを叩いて再利用する職人も居るが、メーカーはそのような使い方を全く推奨していない。
この防塵マスク、どのくらい優秀かと言うと、花粉症の人が試しに装着してみればすぐにその違いが分かる。重度の花粉症の人でもこの防塵マスクを装着すると10分以内に鼻水が止まり、実に快適に鼻が通ることになる。『集塵効率99.○○%以上』は伊達ではないのだ。
だが、この優秀なマスクにも唯一の欠点がある。それは見た目だ。マスク装着時の異様な風体は、街中で装着していれば間違いなく警官に呼び止められ職務質問を受けるだろう。
あるゼネコンの幹部は、このマスクに眼を保護するゴーグルが一体になった『完全面体』を装着して出社している、という噂を聞いたことがある(さすがに車通勤らしい)。
「外見なんか気にしないぜ!俺は花粉をシャットアウト出来るのなら、どんな格好でもするぜ!」
とか、
「私はお洒落な人間だけど、花粉を防ぐためなら職務質問を受けることも厭わないわ!」
という方には、全力でお勧め出来るアイテムだ。
この優秀な防塵マスクも、使用方法によっては無意味なアイテムに変身してしまうことがある。
マスクの性能を低下させる要素の一つが、メリヤス生地の接顔カバーだ。これはマスクのシリコーンゴム製接顔部が嫌いだという職人たちが愛用している。シリコーンゴムがぴったりと顔に密着するのが嫌だという職人は意外にも多い。メーカーとしてはマスクの性能が低下することが判っていても、このアイテムをカタログから外せないのは、それが理由だ。
SS工業の職人たちは、ほぼ全員が当然のようにメリヤスカバーを装着しており、カバーを付けていないのは、私と佐野くらいだった。
サンドブラストを終えた職人たちは、建屋から降りてくるとエアコンプレッサーのバルブを開き、短いホースから高圧エアを出して、体に付いた粉塵を吹き飛ばす。
「バシュー!ブホォ、ブボォー」
高圧エアを浴びて粉塵を落とすと、ようやく彼らは防塵マスクを外す。
「ふはぁー」
斉藤という職人がタオルで汗を拭う。そこへ『俊ちゃん』と呼ばれている職人が階段を下りて来た。
「俊ちゃん、早く昼飯にしようよ」
「おう!」
俊ちゃんはニッコリと笑うと、答えた。
「ん?」
斉藤は何かが気になったようで、俊ちゃんの顔を覗き込んだ。
「どうした?」
俊ちゃんはマスクをしたまま答える。
「俊ちゃん!マスクのフィルターが入って無いんじゃない!?」
「おお?」
俊ちゃんは自分のマスクの口元を触った。俊ちゃんのマスクは、樹脂製の台にフィルターをセットして差し込むタイプだ。
「ああっ!本当だぁ!」
俊ちゃんのマスクのフィルターが、差し込み式の台ごと無くなっている。俊ちゃんは慌ててマスクを外すと、再度フィルターを確認した。
「無いよぉ…、あれ?いつから無いんだぁ?」
斉藤が腹を抱えてしゃがみ込んでいる。他の職人も次々と、俊ちゃんのフィルターの無いマスクを見て笑い出した。
「あの、ブラストをしていて気がつかなかったんですか?」
私は訊いてみた。
「全然、気がつかなかったよぉ」
俊ちゃんは目を丸くして、ひたすら驚いている。
どんなに優秀で『集塵効率99.○○%以上』の性能を誇る防塵マスクでも、俊ちゃんのような職人さんの前では、その効力は無力化されてしまうのだった。