ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

真庭市によるJR西日本株式の取得

2024年02月15日 07時00分00秒 | 社会・経済

 2024年に入っても、全国各地における地域公共交通の話題は止まりません。芸備線、函館本線の通称山線の区間、久留里線の久留里駅から上総亀山駅までの区間など、今後の行方が気になる鉄道路線・区間が少なくないのです。

 そうなると、沿線市町村の動きも気になります。勿論、最終的には沿線住民の利用の有無が問われることにはなるでしょうが、市町村の意向も重要です。

 おそらく、こういう自治体がいくつか登場するだろうとは予想していましたが、朝日新聞社のサイトに2024年2月14日18時40分付で掲載された「岡山・真庭市が1億円分のJR株取得へ ローカル線廃止の懸念のなか」(https://digital.asahi.com/articles/ASS2G5TVRS2GPPZB008.html)という記事を読んで「やはり」と思いました。

  真庭市にはJR西日本の鉄道路線、姫新線が通っています。兵庫県姫路市の姫路駅から岡山県新見市の新見駅までを結ぶこの鉄道路線のうち、津山駅から新見駅までの区間内にある美作追分駅、美作落合駅、古見駅、久世駅、中国勝山駅、月田駅および富原駅が真庭市にあります。

 上記朝日新聞社記事を読めばわかるように、あくまでも真庭市長の意向であり、同市の予算(案)の話です。これから市議会で審査・審議されるのですから、最終的にどうなるかはまだわかりません。しかし、市長が2024年度の真庭市予算にJR西日本の株式の取得費用を盛り込んだと発表したのですから、真庭市の執行機関の意向が示されたこととなります。そして、これは真庭市が姫新線に対して危機感を抱いていることを意味しています。

 JR西日本は、2023年9月29日付で「2022年度区間別平均通過人員(輸送密度)について」を公表しています。これを読むと、真庭市がJR西日本の株式を取得して株主に名を連ねようとする理由がわかってきます。

 姫新線は、芸備線ほどではないとしても区間によって平均通過人員(人/日)に極端な格差が見られる路線です。全線、つまり姫路駅から新見駅までの158.1キロメートル(営業キロ)の平均通過人員は、2021年度で1258、2022年度で1351となっているのですが、JR西日本によれば、区間毎の平均通過人員は次の通りとなります。

 ・姫路駅〜播磨新宮駅(22.1キロメートル):2021年度で6109、2022年度で6686。

 ・播磨新宮駅〜上月駅(28.8キロメートル):2021年度で774、2022年度で822。

 ・上月駅〜津山駅(35.4キロメートル):2021年度で358、2022年度で386。

 ・津山駅〜中国勝山駅(37.5キロメートル):2021年度で649、2022年度で640。

 ・中国勝山駅〜新見駅(34.3キロメートル):2021年度で136、2022年度で132。

 見比べていただければおわかりのように、真庭市内の各駅は津山駅〜中国勝山駅〜新見駅の区間にあります。新見駅は伯備線の駅であるとともに芸備線列車の始発駅でもあることを付け加えておきましょう(芸備線の起点は伯備線の備中神代駅ですが、列車は新見駅まで乗り入れます)。

 姫新線は、姫路市およびたつの市においては通勤通学路線としてそれなりの存在意義を示しているのですが、播磨新宮駅〜新見駅は典型的なローカル線であり、通学はともあれ、通勤路線としての需要があまりないことを、平均通過人員の数値が示しています。この現れ方が芸備線とよく似ているのです。

 また、2021年度はCOVID-19の影響がかなり大きかった時であり、2022年度はその影響が多少とも和らいだ時です。姫路駅〜播磨新宮駅〜上月駅〜津山駅の区間では2022年度の数値のほうが大きくなっていることからもわかると言えます。しかし、津山駅〜中国勝山駅〜新見駅の区間では逆に2022年度の数値のほうが小さくなっています。しかも、前述のように、再構築協議会の設置が決定された芸備線の起点は備中神代駅であるものの、列車は新見駅を始発駅としています。真庭市が危機感を募らせたことは想像に難くありません。中国勝山駅〜新見駅の132(2022年度)という数字は、芸備線の備中神代駅〜東城駅(2022年度で89)、東城駅〜備後落合駅(2022年度で20)および備後落合駅〜備後庄原駅(2022年度で75)の各区間ほどではないものの、相当に低いと言わざるをえないのです。

 真庭市長は、JR西日本の株式を市が取得して資本参加をすることにより、JR西日本に意見を述べると語っています。上記朝日新聞社記事にも「『もの言う株主宣言』をした市長」という中身出しが付けられています。実は、市長が株式取得の意思を表明したのは今回が初めてではなく、2023年11月に行っていたことでした。他の市町村がどのように反応したのかは不明ですが、まずは真庭市が動こうということなのでしょう。

 同市の2024年度予算に取得費として盛り込んだのは1億円で、2023年度決算の剰余金から充てるとのことです。また、取得時期などについては今後「証券会社などの意見を聞いて検討するとし、議会との調整次第では増額もあり得るとの見解を示した」とも書かれています。

 上記朝日新聞社記事には「なるほど、たしかに」と思うことも書かれていました。これは真庭市長の発言を捉えたものなのですが、「真庭市内の駅などではJR西の交通系ICカード『ICOCA(イコカ)』は利用できず、太田氏は予算案発表の会見で『赤字路線であっても基本的サービスは同じにするのが会社の責務』と訴えた。姫新線について『こんなに揺れる鉄道に乗っていると(都市部と)差別されているように感じる』とも述べた」とあります。読んだ瞬間に阪急電鉄の小林一三のエピソードを思い出したのは私だけでしょうか。また、私のようにPASMOを使いまくっている者からすれば、ICカード(さらに言えばスマートフォンアプリ)を利用することができる区間とそうでない区間とに分かれるのは大変に不便ですし、利用できないというのはサービスとしてあまり良くないことは否定できません。私は真庭市に行ったことがないのでよくわかりませんが、例えば同市内にあるコンビニエンスストアでICOCAやSUICAなどを使用できるとするならば、JR西日本の路線である姫新線で利用できないというのはおかしな話であるとも言えます(ちなみに、姫新線でICOCAを利用できるのは姫路駅〜播磨新宮駅の区間です。また、伯備線は、一部の駅で利用できないものの、全線が利用可能エリアに含まれています)。

 ただ、乗客数と旅客収入、設備投資のための費用などを考えると、JR西日本の全線・全駅でICOCAを利用することができるようにすることは非常に困難でしょう(他のJR各社についても同様です)。自動改札機や簡易改札機を設置する(場合によってはバスと同じように電車や気動車の中に読み取り機を設置する)ことは勿論、維持するにも費用がかかります。JR西日本に限らず、多くの鉄道会社は将来の人口減少に伴う乗客の減少を見込んでいるはずですから、設備投資にも慎重にならざるをえないでしょう。そうであるならば、ICOCAの利用エリアの拡大についても気前よく行うことはできないはずです。

 また、真庭市がJR西日本の株式を取得するとして、どの程度の発言権を確保できるかという問題もあります。株主総会における議決権は所持する株式の数に応じるものであるからです。

 我々国民・住民が選挙権を行使する場合には一人一票ですが、株主総会での議決権行使は一人一票ではなく、一株一票です(正確には単元株式数で考えるべきですが、ここでは単純化のために一株一票と記しておきます。また、議決権制限株式などを考えないこととします。まさか、真庭市が議決権制限株式を取得するはずはないでしょう)。発言権は保有株式数に左右されると考えてよいのです。もとより、例えば真庭市が株主として議案を提出することはできますが、株主総会の議題にかかる際には取締役会の意見が付されるはずです。株主提案に対して取締役会が反対意見を付している場合、株主総会では株主提案が否決されることが多いようですから、どこまで「もの言う株主」として振る舞えるのかについて疑問も残ります。

 1億円でJR西日本の株式をどのくらい取得できるかを少しばかり調べてみると、2024年2月14日の終値は6185円(121円安)でしたので、証券会社に支払う手数料などを考慮に入れなければ16168株を取得できることとなります(単元株式数は100となっていることにも注意を要します)。JR西日本の発行済み株式総数は2億4400万1600株ですから、真庭市が1億円でJR西日本の株式を取得してもごく僅かな率にしかなりません。

 さらに記すならば、株価は日々変動しているものですから、地方公共団体が予算を投じて株式を取得することの妥当性が問われるかもしれません。法制度上は特に問題はない訳ですが(地方自治法などに株式の保有を禁止する条項はありません。それに、株式の保有が禁止されるのであれば第三セクターを設置することもできません。地方公共団体が株主に名を連ねる株式会社はいくらでもあります)、保有の目的の妥当性などが問題とされる可能性はある、と考えられます。

 しかし、真庭市がJR西日本の株式を取得しようとしているという事実は、決して小さいものでもないと言えるでしょう。他の市町村、さらに都道府県が追随するかどうかはわかりませんが、公共交通機関の維持のための手段として考慮しておくべきものでしょう。

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