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ワールドカップとなんでも経験

2018-06-29 08:22:40 | 太平洋情勢乱雑怪奇

とにかく引き分け、引き分け、と誰しも思っていたであろうポーランド戦。負けたわけだがともあれ、妙なところに貯金があったみたいな感じでトーナメント出場決定。日本チームおめでとう!

でね、こんなことが大して驚かない出来事になってまだ実に10年ぐらいなんですよね、日本って。

そもそもワールドカップ初出場が1998年のフランス大会。その前のアメリカ大会に出られるのではないかと日本中盛り上がったのに、いわゆるドーハの悲劇で潰えた。私は、文字通りテレビの前でへたれこんだのをよく覚えてる。

といったところの話を、NHKが番組作ってやっていたようだ。

タイトルだけ見ると上っ面の話に見えるけど、中身は、なかなかしっかりしていて大変よかった。ラモスさん、木村和司さん、水沼さん、松井選手が出てる。

で、まさしくこういうアプローチこそいろんな面で日本に求められる、とか思ってみた。

岡田武史とレジェンドたちが斬るFIFAワールドカップ

 

1980年代の日本のチームは、当時の柱だった木村さんの証言でも、ワールドカップに出られる気はしてなかったという。

その後1993年にJリーグが出来て、海外の有名選手が来るようになって一気に何かサッカーがメジャーになっただけでなく、当時たまたまドイツにいたためJリーグ発足に立ち会ってなかった岡ちゃんは、帰国後、一気にみんな上手くなった気がした、と言っている。

これは、別の言い方をすれば、上手い選手たちを現実に見る機会が日本では本当に少なかったということなんですよね。

そもそもワールドカップをテレビ放映したのでさえ1974年。それまではだから、たまにある親善試合か、海外に行くかでなければ高額のビデオ等を入手できる立場にある人以外、動いてる上手い選手を見られなかった。

上手い人がそばにいないということは、上手い奴らが実際にはものすごく練習してることもわからない。どういう環境でどんなサポーターがいるのかもわからない。

岡ちゃんが日本リーグ時代を振り返って、ラモスを指して、こいつの登場によって、上手い奴も一生けん命やるんだと思ったと言っている。岡ちゃんに言わせれば、それまでは下手な奴はとにかく一生懸命やる、しかし上手いやつはそういう感じじゃないという感覚があったということらしい。

そして、ドーハを潜り抜け、ようやく初出場したフランス大会でさえ、岡ちゃんは、俺たちは100メートル走を10メートルぐらい後ろからスタートしてたような気がすると言っている。

つまり、そういうつもりはなくても、あああの有名な選手が、と思わず見てしまって、後で考えれば自分がそこでやるという感じになってなかった、経験がなかったということらしい。

 

でね、なんでもこういうものだと思うわけですよ。いろんな経験を積んで初めて、ここで勝ったら、ここで負けたらどうなるという次の手を意識に入れられるようになる。試合運びもそうで、3試合を最初っから全部勝つのだ~と言ってみても始まらなくて、戦略が必要になる。

これはしかし選手や関係者だけでなく、サポーターもそうだし、もちろんメディアもそうでしょう。全体として、みんなが経験を積んで利口になっていくってとても大事。

負けた時に悲憤慷慨して相手をののしる人が出て来るのはやむを得ないにしても、そこに乗っかっても得られるものはない、ダメなんだというのも経験がないとできない。褒めるのも同じ。結局、相手との距離感というのは経験に支えられるものだと思う。

そしてこの経験が社会内で共有されなければ、それは生きない。サッカーも外交関係の出来事もみんな同じところがある。

だから今回のような、その経験をシェアしようという試みは大変良いと思う。みんな知ってるつもりでも、若い人は次々出て来るんだし。さらにいうなら、戦歴がはっきりしているので修正主義も成り立たない(笑)。

 

いやしかし、そうやって日本は経験を積み重ねていることは大変結構なのだが、日本ってなんでこんなに遅くまでサッカーがまったくのマイナー競技だったのだろうかと何度もそう思ったが未だ不思議だ。これは興業としての野球に客を取られていたということなのか?

ドイツは今回1938年以来はじめての一次リーグ落ち。この差は何って感じがしてしまう。ロシアも、ソ連時代から国内リーグ持ってるから時々欧州選手権で強い時があったり、優秀な選手が出てたりする。

しばしばサッカー史上最高のゴールキーパーと評されるレフ・ヤシンはソ連の人。1963年にバロンドールを受賞。ゴールキーパーでバロンドールを受賞しているのは今もこの人だけ。

レフ・ヤシンという名前はワールドカップの歴史みたいなムック本なんかで見たことがあった。私はそういうのを読むのがとても好きな子どもだった。今回初めて子どもの頃以来名前でしかなかった人の活躍をいろいろ知った。うれしい。

 


 

 


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