DEEPLY JAPAN

古い話も今の話も、それでもやっぱり、ずっと日本!
Truly, honestly, DEEPLY JAPAN!

プーチンの第二次大戦論文:東西がつながった

2020-06-26 16:42:29 | WW1&2

約1週間前、プーチン大統領の第二次世界大戦についての文章が米誌に載った。

プーチン論文がNational Interest誌に掲載される

 

この日本語訳がスプートニク日本語版に出ていた。

プーチン大統領の第2次大戦についての記事:戦勝75年 歴史と未来に対する共通の責任

https://jp.sputniknews.com/75-victory/202006247563513/

 

■ 英仏の外交的失敗

で、プーチンが書くから、ロシアの視点の飛び切り変わったものと思いたがる人がいるかもしれないけど、欧州部分の1939年に至るタイムラインについては基本的に西側の研究者たちからも異論は出てこないと思う。

研究者じゃなくて、ジャーナリストなるクラスターとか、御用学者クラスターが、事実関係に触らず、何か文句を言うとことはそりゃ大ありだろうけど。

 

最近では、モントリオール大学のマイケル・カーリー教授が折に触れてしばしばこの西部戦線で戦争に至った過程を書いていたりするぐらいしか目に付かないかもしれないけど、プーチンが書いたことは一昔前までのむしろ研究者のスタンダードだった。

このへんが読みやすいかもしれない。

The Canadian Prime Minister Needs a History Lesson

Michael Jabara Carley

https://www.strategic-culture.org/news/2019/09/01/the-canadian-prime-minister-needs-a-history-lesson/

What Poland Has to Hide About the Origins of World War II 

https://www.strategic-culture.org/news/2020/01/12/what-poland-has-to-hide-about-the-origins-of-world-war-ii/

 

そして、政治的には全く方向違いの人の著作ではあるにせよ、アメリカの保守派の重鎮パット・ブキャナンが2008年に出した本もタイムラインと原因部分については同じだ。

ここの局面におけるイギリスエリートの不用意さをなじる声は、当時も現在もある。最近のものとしては、例えばアメリカで2008年に出た、パット・ブキャナンの本などが名高い。チャーチルは不必要な戦争を起こし、英帝国を潰したというのがブキャナンの結論で、この本が出た頃2008年にはグルジア戦争があったため、アメリカでは特に注目が集まった。NATOに小さい国を一杯いれてそこに引きずられてロシアと戦争して何がどうなるというんだとリアルな恐怖があった。

9月1日にナチ後継組織が結集する模様

 

単純に、ブキャナンは、反ソ連の共和党の人なので、ソ連が傷つくならそれは結構というスタンスで書いているから、事象の解釈、視点の部分が異なる。例えば、大戦争を避けようとしてスターリンらが辛抱強く英と提携してドイツを牽制する枠組みを作ろうとしていた、などとは書かない。チェンバレンらの優柔不断さ、判断の悪さをなじる。いかし、要するに同じ枠組み。

これらの人々は、主に、西側というか英仏のハンドリングの悪さ、判断の悪さ、総じていえば西側の外交的失敗の所産が第二次世界大戦だという論を立てている。

この線の古典的な一冊は多分テイラーのものらしくみえる。これが1961年刊行。ヒトラーの特殊性ばかりに目を取られる風潮の中で、そうじゃなくてあれは西側の外交的失敗の所産だという点に着目して世論に波風を立てたらしい。

 

■ 連続性:ドイツ

同時期のドイツでは、これもまたヒトラーの特殊性とかいうけど、ヒトラーのやってたことはドイツ帝政時代からの連続性を持っているという点を指摘して、「フィッシャー論争」なる論争をドイツ国内で引き起こした。

世界強国への道/フリッツ・フィッシャー

つまり、ヒトラーがロシア欧州部をドイツの生存圏にするとかいう発想がまったくもってソ連/ロシアにとっての大迷惑だったわけだけど、それはヒトラーのオリジナルじゃないだろ、と読めるわけで、これはこれで大変な騒ぎだったらしい。

 

■ 連続性:一次大戦との連続性

第二次大戦は一次のやり残し、みたいなことはしばしば言われているので、特に目新しいことではないけど、最新の研究としてはこのあたりか。金融システムから見ているという点が冷戦期までのものと色合いが違うし、実に詳しい。

The Deluge: The Great War and the Remaking of Global Order

Adam Tooze

 

 

■ 連続性:縦にも横にも

プーチンの論文は、これらの第二次世界大戦に至る過程についての大まかなコンセンサスと矛盾するものではない。が、プーチンが多少新しめのことを示したかなとすれば、それは主に、

  • 東西で同じように秩序破壊が進む状況の指摘

ではなかろうかと思う。議論のパースペクティブの伸張かな、などと言ってみたい。

 

いや、全然新しくはないんですよ。みんな個々に指摘されていたこと。

しかし、従来は、欧州と極東情勢をパラレルに見る視点はあまりなかった。欧米の研究者は欧州のみ、極東の研究者は極東のみを見て、その中で、同じ頃あっちではこうでしたと指摘するに留まっていたのではなかろうか。

 

例えば上掲論文のこのあたり。1939年に至ってしまった状況のスケッチ。

ソ連は、フランス、チェコスロバキアとの合意も含め、自国の約した国際的な規約に基づいて悲劇を食い止めようとしていた。ポーランドといえば、自国の国益に従い、全力をかけて欧州における集団安全保障システムの構築を妨げていた。

英国も、当時チェコ人、スロバキア人の主たる連合国 [注:同盟国でしょう] であったフランスもこの東欧の国に襲い掛かり、八つ裂きにする方を選んだ。単に見捨てたのではない。ナチスの拡張の欲望を東にむけ、ドイツとソ連が衝突し、互いに最後の一滴まで血を流さざるをえなくなるよう照準を絞ったのだ。

西側の「宥和」政策とはまさにこれであった。しかもこれは第三帝国に対してだけでなく、ファシストのイタリアに対しても、軍国主義の日本に対しても同じだった。極東における、そのクライマックスが1939年夏の日英一般協定で、これが日本に中国に手を伸ばす自由を与えた。欧州の列強はドイツとその連合国 [注:同盟国でしょう] がどんなに恐ろしい危険を世界にもたらしているかを認めたがらず、自分らは戦争を避けることができるだろうという公算を持っていた。

https://jp.sputniknews.com/75-victory/202006247563513/

 

太字も下線も注も私がしたものです。

太字部分は、欧州の列強、つまり概ね英仏は、ベルサイユ体制を築き、国際連盟を作って現行の秩序の維持に責任ある立場だったというのに、秩序破壊を公言しているドイツと日本を野放しにしていました、という説明ですね。

秩序破壊という語が悪いなら、新秩序の建設を目論んでいた、でもいいですね。ドイツと日本は共に、新しい秩序に向かっている気でいたわけですから。近衛文麿の日満支の「東亜新秩序」宣言は1938年末。

1939年夏の日英一般協定、というのは、有田・クレーギー会談のことでしょう。

 

■ イギリスの「融和」極東編

有田・クレーギー会談をwikiから借りようと思ったらなかった。代わりにあったのが、世界大百科事典 第2版の解説。

1939年7月に天津租界問題の解決のため,東京で開かれた日英会談。同年4月,天津のイギリス租界で親日派の中国人海関監督が暗殺される事件が起こった。日本側の容疑者引渡しの要求に対しイギリス総領事が物的証拠がないとして拒否したため,6月に入り陸軍は報復措置として天津のイギリス租界を封鎖した。

陸軍はこの事件を利用して,イギリスの蔣介石援助政策の変更と〈東亜新秩序〉建設への協力を迫った。結局この問題は,東京で有田八郎外相とR.L.クレーギー駐日イギリス大使との会談によって解決がはかられることになった。 

 

この帰結が何なのかは書いてないわけですが、英語版のクレーギーの項目によれば、

1939年、クレーギーは有田八郎外相との会談に臨み、クレーギー・有田フォーミュラを受け入れるに至った。このフォーミュラによって、英国政府は日本の中国における行動に抵抗しないが、合法性は認めないこととなった。

In July 1939, Craigie took part in negotiations with Japanese Minister of Foreign Affairs Hachiro Arita, leading to the acceptance of the Craigie–Arita formula by which the British government agreed not to resist Japanese actions in China but did not recognize their legality.

だそうで、この参照元を見るとTime. 31 July 1939 だそうです。

ひょっとして、この事象って隠されているのだろうか? 

なんでかというと、これはつまり、イギリスのチェンバレン政権は、欧州でミュンヘンの「融和」を作ったことと全く同様に、同時期、極東でも「融和」を外交として演じていたことになるから。

 

ということで、プーチン論文は一見すると欧州情勢でポーランドを厳しく問いただす、欧州勢にとっての論文に見えるわけですが、上で見たように欧州勢については実は事実レベルでは踏み固められた部分ばかりだったりする。

それに対して、さり気なく新しいのは、むしろ極東部分なのではなかろうかと思ってみたりもする。ものすごいロングショット?

実際、極東は当事者たちも描き切れてない。

 

■ オマケ:西亜作戦

有田・クレーギー会談の頃の日本の中は、反イギリスの感情があふれている人たちが結構な騒ぎを起こしていたようで、これが結局、

西亜作戦という、イギリスを屈服させてアメリカの参戦、継戦意思をくじくとかいう目論見の下に、日本軍がインド洋を攻略するという考えに繋がる。

秘めたるところドイツと日本がイランあたり、あるいはアラビア海あたりで落ち合うっていう恰好ですね。

日本語版の項目しかないけど、そこにあったマップ。真ん中の線から右が日本、左がドイツというつもりらしいわけですよ。誰が書いたんでしょう? 新しくどなたかが書かれたんでしょうね。

 

■ オマケ2

多分、ロシアは防共協定、三国同盟締結といったあたりで日本、ドイツ、その他が何を話していたのかについて、アーカイブスにかなりの資料を持っていると思われる。実際そうである蓋然性は高い。だって、ベルリンで大量の資料を押収してるし、ポーランドやバルト三国はかつては仲間だったわけだから、あらかたの推移について資料とインタビューなどが行われていただろうと考えて悪い理由はない。

そして、日本だけではないにせよ、でも多分その中でも日本は、知られたくないことがかなりある国であるように思われる。

 

考えてみればソ連が崩壊した時、なんだか怪しいソ連からの亡命者が持って来た本だの資料だのがパーッと出回ったわけだけど、それらは時間が経ってみると正しくないものもあった。(スターリンとヒトラーは同罪とか、ヒトラーはスターリンに対する予防的先制攻撃だった論などもここに入る)

これは多分、ソ連アーカイブスの存在を念頭においたどこかの誰かが、先に仕掛けてナラティブを決してしまおうという作戦だったのではなかろうか。そして、俺は全部見られるわけだよ、というプーチンが登場した、と。

 

■ オマケ3

そして私は英語版にあって日本語版にない電文に気が付いてしまった。これはスプートニク日本の翻訳上の問題なのか、それとも日本とロシアの問題なのか。なんでしょう。精査してみたい。


 


コメント (3)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 日本、地上イージス配備計画... | トップ | コロナメモ:モスクワ住民の... »
最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
卑劣さは西側の特性 (石井)
2020-06-27 20:13:54
西側では無視されているプーチン論文ですが、ロシアのテレビでは各局、力を入れて報じています。その中から、
https://www.youtube.com/watch?v=LD8d0cH7CD8&list=PLwJvP0lZee7zYMGBmzUqNn16P71vHzgkU&index=11&t=0s
この討論番組が非常に分かりやすく伝えていました。

冒頭、司会者が論文の一部を国民の感情を反映した強い表現だとして紹介しています。
以下、素人訳ですが、直訳すると、
「世界秩序の基本原則への脅威の他に、ここには道徳的人道的側面がある。記憶に対する嘲笑侮蔑というものは卑劣である。卑劣さは、意図を持って偽善的に完全に意識的に行われることがある。第2次世界大戦終結75周年の声明に際して、反ヒトラー連合が列記されたがソ連のみ加えられなかった。卑劣さは、臆病に実行されることがある。ナチズムと戦った兵士を称えるべく建造された記念碑を撤去する際、この恥ずべき行為の正当化のため、不都合なイデオロギーやあたかも侵略したかのような虚偽のスローガンが使われるのである。卑劣さは流血を伴うことがある。それは、ネオナチやバンデラの後継者に対し反対を表明した者を殺し火を付けることである。繰り返し述べる。卑劣さは様々な形で現れるが、それは常に不快この上ないものである。」
この段落で特徴的なのは「卑劣さ」という言葉を繰り返していることです。考えてほしいのですが、今の西側で「卑劣さ」とは無縁の政治家とか政治的行為を連想できるでしょうか。

あと、素人の戯れ言ですが、上に挙げた討論番組の中で米国籍になったロシア人が、このプーチンの使った「卑劣さ」というロシア語Подлостьの英訳としてMeannessが使われているけどもMeannessは2つの意味を持つことになり、オリジナルの強烈さを薄めることになり適切とはいえないと指摘していました。(Подлостьは品性の卑しいことのみを指します)スプートニクの和訳はかなり問題ありですね。
石井様に共感 (И.Симомура)
2020-06-27 21:29:01
私はポーランド市民ですが,ポーランドの所謂右翼反動主義者が過去数年間,初めは恐る恐る,メディアが取り上げた頃から公然と行った行為は,まさにポードルイ подлый "卑劣” な行為でした.ただ подлый は"卑怯"という意味合いにも使われます.「誓いの休暇」(原題「ある兵士へのバラード」)で,隻脚の帰還兵士が途中の駅の郵便局から,待つ奥さんに向けて「帰らぬ」という電報を打とうとします.その時受付の女性は泣きながら”卑怯者,奥さんは待っているのに”と非難します(記憶を頼りに書いております,聞き間違い,字幕の見間違いだったかもしれません).この言葉は,自分を安全圏におき,もしくは後に言い逃れが可能ならしめるアリバイ工作を仕掛けた上で,相手を辱めることを指すのではないでしょうか.石様の要約は完璧です.感謝申し上げます.ポーランド永住者として実感することがあります.波英米の反蘇同盟反露には,伊仏独のとはかなり違った,精神を病む人間のもののような底深い冷笑あるいはニヒリズムを感ずるのです.
Unknown (ローレライ)
2020-06-28 19:37:57
イギリス帝国の分割相続が目的でロシアアメリカ中國と戦争した日本ドイツの頓珍漢戦争!

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

WW1&2」カテゴリの最新記事