ちょっと旧聞に属すニュースになってしまったけど、麻生さんのナチがらみ発言について、スプートニクが上手なまとめをしていた。
麻生副総理、その発言で日本の軍国主義の「過去の亡霊」をよみがえらせる
https://jp.sputniknews.com/opinion/201708314035488/
要点をまとめてみるに、
- 麻生さんは元総理で非常に高いレベルにいる政治家
- 日本は第二次世界大戦やナチズムと何らかの形で関係しているすべての犯罪と常に限りなく距離をとるべきだ。なぜなら一部の国は、日本が同国の軍国主義時代の犯罪を完全に悔恨したとは考えていないからだ。
- そして、日本は現在(軍事力)強化してるんだから必然的に軍国主義の復活を意味することになる。
だから、慎重にするべきだろ。
と、どうしてこのぐらいのことを日本の中で誰か言えないんでしょうね。日本の中の非難ときたら、ナチスを肯定的に語るのは欧米ではダメなので、ダメだ、みたいな、脳みそ入ってないような言論が主流。
ここにある問題は多分2つ。日本では現在の日本の立ち位置が、それはそれなりに過去との対比が求められるようなことになってる、少なくとも切らないとまた嫌疑がかかる、といった視点がないことでしょうね。
多分、この嫌疑を、それはチャイナが難癖をつけているだけだ、と読ませている、と。
しかしそうではないでしょう。そもそも、国内で日本会議たらいうおとなしい名前で、とんでもないことを言い出す人たちが閣僚を送り出すドライビングフォースとなっていることが明白。にもかかわらず、これを現状の国際関係と結びつけて懸念できないっつーのはだらしなさすぎる。
ぴんと来ない人はこれを見るべき。
国民の生活が第一なんていう政治はですね、私は間違っていると思います by 稲田
ホントの話が書けない日本 稲田編
もう一つは、そもそも、過去の大日本帝国の蛮行に考えが及んでいないってことでしょう。そして、その連続として、実はナチスも大して悪いとは思ってない、というのが日本の主流なんだろうと思う。個人的には信じられないのだが、しかし、成り行きを見るに我が同胞の大多数の認識はそうなんだろうと次第に思い至った。
つまり、簡単にいえば、俺らとドイツは負けたからそんなことを言われているだけだ、という言辞が勝ってしまってそれで終わりになってる、と。
しかし、私はこの考え方は不毛だと思うんです。
私がナチ党主体のドイツと大日本帝国は再来させるべきではないと考えるのは、別にイギリスと比べて、アメリカと、あるいはソ連と比べてどうかという話ではなく、それ自体、両方ともまず自国民を犠牲にする妄想的冒険主義だから止めるべきだという考えからです。
■ ナチスが第一党になるまでがまず問題
それはそうと、前にも書いたけど、日本におけるナチスの認識、理解というのは、ナチスと大日本帝国の同盟時代のプロパガンダのままなんだと思うんですよ。
だからこそ、今日の常識から言うとへんなことを平気で語っている@日本、って感じ。
ここでも石田先生がお話されてますが、先生のおっしゃっていることはかなり控えめな、学者さんらしい、最近既に通説になっているものばかりだと思います。
石田勇治 東京大学大学院教授 「ヒトラーとは何者だったのか」
ナチスは西側のプロットだ、とかおっしゃってないですからね。あははは。ナチスは西側のプロット説は主にロシアで根強く、アメリカ、ドイツ、オラン等々でも一定数理解されてると思う。だってまぁ、財閥系がドイツ、アメリカという国境なくして跋扈してたわけですから。
で、誤解されている一つのポイントは、ヒトラーがドイツ国民から圧倒的な支持を受けて、ドイツ国民のために働いたのだ、みたいなイメージでしょうか。
そりゃナチスはそう言うでしょう、政権取ろうとしていたんだから。しかし、実際には、まず、圧倒的な支持になったのは政権を取った後、別の言い方をすればメディアを抑えた後、です。
第一党になったのが1932年7月の選挙。右から二番目の山。この画像は、下の動画から拝借しました。

20160617 UPLAN 石田勇治「なぜ文明国ドイツにヒトラー独裁政権が誕生したのか?」
一番左の黄色がナチ党。はっきり対抗しているのが、棒グラフの右二つ。これが社民党、共産党。
で、見ればわかりますが、ナチの伸長とは、ワイマール共和国を主導した社民党の退潮なわけね。だけど、最後まで、社民+共産を足したらナチとトントン。ナチは圧倒的な支持で第一党になったわけではありません。
社会民主党はビスマルク時代からあった労働者の党が源流で常にボリュームが大きく、妨害があろうが最後まで実際強かったんです。共産党はそこから1918年のドイツ革命後に急進していった人たち。
そういう中、誰がナチを押したかといえば、財界と、保守派というより第一次世界大戦以前の秩序に戻したい守旧派みたいな人々。
率直にいって、ナチを作ったのはこの二つの勢力と言うべきでしょう。
つまり、上の石田先生も言われていますが、ヒトラーたちは演説して大衆をわかせるのが大好き、そして守旧派連中は一般人に理解を求めるなんてことが大嫌い、しかし金も地位もあるってんでうまく分業しちゃった、という感じ。
で、そうやって政権についたナチ党政権だけど、ナチ党政権とはいうものの、ナチ党にそんな政策にあかるい人なんかたくさんいるわけではなく、実際にはそれぞれの専門家が入り込んで政策立案をしている。閣僚にはナチ党員は多くない。
で、彼らがもし本当に当時彼らが言っていた通り、共産党(ソ連との関係が深い)の伸長が怖かったのだというのなら、妥協的な社民党を大きくして、中央党あたりをカウンターにして体制を立て直せばよかったわけですよ(言ってみればそれが戦後の西ドイツ)。しかしそうはせずにひたすら、議会を潰していくのがわかりきっているナチを押しに押しまくって、ナチス政権を樹立させた。
したがって、ナチスは国民から圧倒的な支持を得て政権を取ったのだ、というのは、いずれにしても間違い。
■ ナチ党は憲法は変えてない
もう一つ。麻生さんはわかっていないのか、それともわかっていてもデマを流しているのか知りませんが、ナチスは静かに黙って憲法を変えた、みたいなことを氏はおっしゃっていますが、ナチスは憲法をいじっていません。
ナチ党は、大統領令と全権委任法によって憲法を事実上停止した、というのが正解。
つまり、この人たちは立憲主義+議会制民主主義の破壊者だったわけですよ。なんでもいいから、プロパガンダで国民をわかせて、すべてを行政権限でまかなう、というのがプランで、本当に実行した。
で、それは、守旧派と話があうわけね。なんでかというと、この人たちの中には、第一次世界大戦でドイツが敗北して、その最終版でロシア革命、ドイツ革命が起きて、ドイツ革命でドイツは皇帝を退位させ共和国になってしまって、しかも議会制民主主義たらいうことをやって平民にも政治権力が与えられておる、そんなものは許さん、という考えの人がいるから。
ドイツ革命が1918~19年で、ナチスが政権を取るかどうかとなったのが1930年以降だから、実は10年かそこらしかたっていない。昔に戻せると考える人がいても不思議ではないでしょう。
また、この守旧派にプロイセンの軍人たちが吸い込まれるというのも不穏だったでしょう。プロイセンは軍人がえらく威張っている社会だから、そこも議会制民主主義とはまったく反りがあわない。そして、再軍備したくてしようがない。
■ ヒトラーを支えたのは外交がいいという評判
そうやって成立したナチ党政権だったが、だんだんとドイツ国民に受け入れられるようになる。こうなるには、石田先生がおっしゃるには、ヒトラーの外交が上手く行っているという評判が大きかったとのこと。
これはつまり、ザール地方が住民投票によりドイツ領に復帰し、ヴェルサイユ条約軍事制限条項の破棄をやってもそう問題にならず、ラインラント進駐、オリンピックとこなしていけたことを指すんでしょうね。
ヒトラーは意外に良い選択だったんじゃないか、となっていった、と。
しかし一方で、マジもんの独裁を狙うヒトラーは、1938年スキャンダル事件をきっかけに(というかデッチあげと考えられている)、国軍の統帥権を奪取することに成功。
ブロンベルク罷免事件 1938年1月
一般にあんまり大きく語られてない気もするけど、これは結構な別れ目だったと思います。行政権を持った組織にプロイセン気風がどうしたこうしたと言っていた陸軍も飲み込まれてしまって、冒険主義を止める勢力は国内にはいなくなった。
そこから、1938年、オーストリア併合、チェコ割譲云々となって運命の1939年に向かう。
一方、その1938年11月にはいわゆる水晶の夜事件発生。これは一般に結論だけ見てユダヤ人迫害の一幕のエピソードにされることが多いけど、ポーランド問題の一つというべきだろうなと私は思う。
というわけで、全権委任法を持った人たちには伝統ある軍の軍人も勝てなかったとみておくのもいいような気もする。
■ 日本の流れ
麻生さんの発言を除いても、安倍ちゃん内閣はそもそもナチの形成と暴発化と似たものを持っているというのは間違いないんじゃないかな、と私は思う。
この内閣は議会を軽視することに異常な執念を見せているといった趣なうえに、閣議決定で憲法の精神というか、あるいは慣習的に守られてきた部分をあっさり変えていくという手法やら、官僚を人事で抑えようとする点なども、行政権独裁を狙ったナチと被る。
一方で、日本の現在の安全保障がらみの話って、要するに、再軍備だよね。ポツダム宣言で制限された軍事制限を突破しているのだ、と見ることができるでしょう。
そして、それがなんだか上手く行っている、せいぜいチャイナが懸念を示すぐらいだ、わはは、みたいな感じで日本人の大半は受け止めている。
そして、その合間合間に、なぜだかイギリスが出てきて安倍を持ちあげる。アメリカも何もいわない。折々に、日本に核をもたせようか、とかいう米の論評が出てくる。
これがつまり、外交が上手く行っているかのような評判、と見ることができるでしょう。(ただし、トランプ政権になると微妙に変わってきた)。
この間、やたらめったら中国、韓国の人たちを叩く論調があったり、日本のポツダム宣言あたりを、アメリカに釣られた戦争でこうなったのだといった被害者意識で語る論調も顕著。この帰結はまだ見えないわけだけど、不穏ではありますよ、実際。
そういえば、この間、自民党と共産党の人たちが集会を開いて、そこで彼らが強調していたのは、穀田氏が国対委員長として尽力しているという話。議会を大事にする、という話でしょ。
京都で狸集会が開かれていた
このへんは、やっぱりナチの流れとか、似たように崩壊していった大日本帝国の帝国議会の様子なんかを思い浮かべているのかな、などと思う。帝国議会もナチ下の議会と同様、軍人が傍聴して、議員に圧迫をかけてたりしたようだから、やってたことは実際似てる。
しかし、議会制民主主義で難局を乗り切ろうというのは、ナチ時代でいえば社会民主主義の取った考え方で、これは結局、被害者意識に凝り固まった多くの人々の耳には届かなかった。どうなるもんでしょう。
ということで、なかなか怪しい対比が成り立つ日本なので、スプートニクのこの記事が言う通り、外から見たらどうなるのかを考えながら発言していくというのは、実際必要でしょう。
そして、ドイツについて多少なりとも知っている、または調べようという気がないのなら、迂闊にヒトラーを持ちあげるのはいい加減やめるべきだと思う。
■ オマケ
麻生さんは、国外に向かっては、動機もダメだ、と発言を訂正しているのに、国内では、
「真意と異なった話として伝えられた」
「悪しき政治家の例として挙げた。(現場では)ヒトラーを褒め称えたような話に聞こえた人はひとりもいない」
https://jp.reuters.com/article/hitler-aso-idJPKCN1BA113
と語っているようだ。
上で見たように、そもそもヒトラーの動機を好意的に見る人って、日本以外の世界では、無教養な人を除けばあまりいないでしょう。なぜなら、基本的に行政独裁を目指していたことがまるわかりだから。
日本では、ヒトラーと見ると一義的にユダヤ、とかし反応しない人が多数いるのがなんとも情けない。これは右というよりリベラル派のダメなところでしょうね。昔の左翼の人なんかだとまだ戦間期の動向に詳しい人がいたと思うんだけど・・・。
日本のネット記事だと、サイモン・ヴィーセンタール(いわゆる代表的なユダヤ人団体)が言った→ユダヤが悪い、ほおっておけ、みたいな感じのもあって驚く。別にこの団体だけがナチスはいかんと言っているわけではないですよ。
■ 参考記事
石田勇治 東京大学大学院教授 「ヒトラーとは何者だったのか」
混乱を無視して進むドイツ流









おおざっぱに言って日本では冷戦時代のインチキというか(米のための)ご都合主義があまりにも日本にとってラッキーなものだったので、これが永遠だと思った、いや、思いたくてやめられないんでしょう。
分析は理性がなければできない、ってのもアンチ理性主義日本にとっては難しい課題かも。