今、この場所から・・・

いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

贅沢な寂しさ <小説>

2012-03-08 14:53:15 | 贅沢な寂しさ・・・(短編小説)

(5)
私は恭介の腕に触れた瞬間、不思議な感情になり、わけの分からない不安感、表現の出来ない恐怖を感じて、それは、恭介が怖いのではなく、別の存在が恭介のそばにいたのを見た気して緊張した。

あの時の感覚は40年の歳月が過ぎた今も忘れる事が出来ないほど、とても不思議で全身が硬直するような違和感を感じた感覚だった!

そんな嫌な感覚を無理に振り払いながら、私は、恭介の腕をとり、オキの耳ピーク側に向けて、少し背の高い笹が茂る場所に移動して、ふたりは腰をおろして休んだ。

私はとにかく下山までの少しの時間を恭介に何か食べてほしいし、少しでも疲労感を取り下山の歩きを少しでも楽にしてあげたかった。

私のリックから取り出した、土合山の家でもらって来た、つめたく冷えてしまった、水筒のほうじ茶を恭介に手渡し口元に無理に持って行き、一口飲んでもらい、ビスケットを無理に食べさせてほうじ茶で流し込むように食べてもらったが、恭介の胃は食べ物を受け付けないようで、直ぐに、吐き戻してしまった。

そんな中で、ふたりの心を和ませてくれた、思わぬ珍しいお客さん、可愛い姿の「オコジョ」が本当に珍しく私たちの眼の前を一瞬、横切って行く姿を見た!

その姿はあまりにも突然で、可愛い姿で、オコジョは一瞬、私たちに挨拶をするように、ふたり顔をちらりとみつめて、まるで、幻だったように、姿を消してしまった。
恭介は、今回の私との過ごした3日間の中で始めて、やさしい笑顔になった、可愛いい、オコジョの一瞬の姿が、恭介の心を和ませたようで・・・

「もう一度、あいたいな~」
「まるで、天使のような、姿だったね~」
そう、ぽつんとひとこと言って、恭介は、又、元の暗い表情になった。

恭介のその暗い表情の意味を私はまだ理解できずにいた事が、長い歳月が過ぎた今も悔やまれて、心が冷えて硬直するような悲しみが心を曇らせてしまう。

私はあの頃まだ心が幼すぎたのだろう、私の想いだけが強すぎて、恭介の苦しみや苦悩を分かろうとはしなかったのかも知れない!
恭介の暗い表情が私には息苦しいほど気まづく感じて、何も食べられずに水さえも飲もうとしない恭介の姿を見ているのが辛くなって、又、私自身の生理現象を長く我慢していた事もあり・・・

「恭介さん、私、ちょっと、そこまで」
「お花摘みに行ってくるわね!」
「ここで、待っててくださる・・・」

恭介さんは不思議そうな顔をして、お花摘み?って?・・・
「この辺に、お花は、あまり咲いてないよ!」
「でもゆっくり、お花捜して見て来て!」
「僕はここで待ってるから・・・」
「僕はとても疲れたから・・・」
「お花を見つけられないよ!」

そう言いながら、恭介は体を少し横に倒れるように寝転んだ、私は恭介の体を支えるようにリックの上に頭をのせて、つかれた体を休めて元気を取り戻してほしくて・・・

恭介をひとりにしてあげたほうが良いと思いながら、私は恭介のそばを離れた!!!
お花摘みとは、山でのお手洗いの事、生理現象の用をたす事を現す言葉だった!

なにげなく交わした、この会話を最後に、恭介と私は、あまりにも残酷な運命を生きる事になった。

恭介には、この言葉、お花摘みの意味を説明出来るほど、その頃の私は大人の女ではなかったから、生理現象の気恥ずかしさから、ぎこちなく笑い、可笑しな顔を恭介に見せて、急いで、用を足せる場所を捜してまわり、笹薮の高く生い茂った中に隠れて用を足した。

私が恭介のそばを離れた時間はほんの10分ほどの短い時間だったと思うが、そのわずかな時間が恭介と私の一生を運命付ける、果てしなく長い時間になった。

私の不運さを決定づける時間になってしまった!!!
私は生理現象の気恥ずかしさをかんじ取られないように、身だしなみを特に気づかいながら何度も確かめてから恭介のいる場所に戻ったが・・・

なぜか、ついさっきまでふたりがいたその場所、恭介のいるはずの場所には誰もいなくて、私は、恭介も用を足しにその辺に行ったのだろうと、簡単に考えて、自分が背負って来たリックの中身を確かめて、恭介が食べられる物を考えて、あれ、これ、と思いながら、自分は恭介のいない間に恭介に気を使わずに食べられる、あんぱんを大口でほおばりながら食べて、恭介の戻って来るのを待っていた。

10分たち、20分たち、そして30分、1時間過ぎても恭介は私が待っている、ここでふたりが休憩していたこの場所に戻ってはこなかった。

「恭介さ~ん~、恭介さ~ん~」
「どこにいるの~、早く、戻って来て~」
「す~ぐ~に、恭介さ~ん~、返事をして下さい~」
何度も恭介の名を呼びつづけて・・・

のんびりやの私も不安な気持ちがどんどん広がって行き、どうしたらよいのか分からない、混乱した気持ちで、周りを捜し、誰かに助けを求めたくても、不幸にも、谷川岳の頂上付近にいる登山者は誰もいなくて、急いで、山頂から少し下った、肩の小屋避難小屋に急いで駆け込んでも、ここにも人のいる気配さへ無い、誰もいない!!!

私は急ぎ、駆け出して、元の場所に戻った!!!
恭介が戻っているかもしれない!、いや、絶対に恭介は戻って来ているはずだ!

そう思いながら、息が苦しいのをこらえながら、恭介の姿を求めて、ふたりが休んでいたあの場所に急いでかけ戻った!

けれど、無情にも、ふたりがいた場所には誰もいない、恭介は何処へ行ってしまったのだろうか・・・

私は、恭介が私の後を追って、用を足すために行った、オキノ耳方面に少し離れた場所まで行ったので、私の後を追って行ったのかもしれないと、何度も、何度も、恭介を捜して稜線上の足場の悪い登山道を恭介をさがして歩いた。

あとから気づいた事だけれど、なぜか、恭介が背負って来たはずのリックもなくなっていて、益々、私は混乱して、恭介の身を案じながら、不安を大きくして行った。

谷川岳の登山シーズンには少し早い時期でもあった事と、西黒尾根を登って来た歩程時間がかかりすぎて、頂上についた時間が昼をすぎて、3時に近い時間だった事に今頃になって私は気づいた!!!

あまりにも登山者としての思慮不足で未熟だった事から起きた事だったのかもしれないと、混乱する気持ちを落ち着かせようとつとめたけれど・・・

私が我に返って、恭介がただならぬ事態に至ったと悟るまでの時間、私はただうろたえて、ひとりで動き回り、探し回っただけで、どうする事も出来ずに無駄な時間を費やしてしまった事が悔やまれた。

けれど、もう、夜の闇はとっぷりと私に襲いかかり、私をがんじがらめにして、暗闇の中に閉じ込めてしまった。

(6)
ただひたすら、恭介が戻って来てくれる事を願い、祈りながら、ながい、ながい、夜の暗闇の中で、恭介とふたりで休んだ場所に私はひとりで一晩、寒さも感じないほどにただ、恐怖と不安に耐えて過ごした。

もちろん、何度も、肩の非難小屋へは行ってみたが、恭介とふたりで、谷川岳の頂上に立ってから誰にも会ってはいないし、非難小屋にいた登山者も無く、この山にいるのは姿の見えない恭介と私だけなのだと思った時、耐えられぬ寂しさと恐怖で体が硬直するほど恐れ混乱した。
恭介が私を驚かそうとして、きっと何処かに隠れていて、直ぐにでも、私の目の前におどけた顔をして出て来てくれると思いながら、何度も何度も、繰り返し同じような思いを意識して自らを抱きしめながら、体が硬直する感覚で息をする事も続けられないほどの恐怖感におびえて、絶えず周りを見渡しては闇だけは広がる絶望感に耐えていた。

ながい、ながい、夜が明けても、恭介は戻っては来なかった!!!
私はしばらくの間どうすれば恭介が戻って来てくれるのか、そればかりを考えていた。
ふと、気づいた瞬間!

やはり、恭介は何か危険なめに遭ったのだと思った!

確か、私が「お花摘みに行ってくるね!」といった時、恭介は、その前に一瞬だけ姿を見た「オコジョ」の事をとても気にして、私に話しかけていた事を思い出した。

「もう一度みたいな~」
「はじめて、見たけど!」
「本当に可愛いね~、小さな姿でも動きはすばやいね~」

確かに、そんな事を私に話しかけていた、けれど、私は、生理現象をぎりぎりまで我慢していた事で、恭介の話をしっかりと聞き受け止めてはいなかった事が、今、とても、おそろしい事に繋がってしまったのだろうか。

私は必死で自分の気持ちを落ちつかせて、この事態を誰かに伝えて、助けてほしい!
けれど、私の周りには何処までも続く、うごめく魔物のように、幾重にも折重なる山並みだけ!
そのど黒く巨大な風景が私を目指して襲い掛かってきそうなほど揺れ動いて、すざましい速さでせまり来るようで、私はもう身動き一つ出来ないほどの恐怖に震えていた。
今、だれひとり、頼れる人も無く、混乱と恐怖の中で助けを求める方法や考えさえ、思い浮かばなかった。
早朝の谷川岳山頂はどんよりと曇り風が冷たい、ただ不安と焦りが私を混乱させて、泣き喚くしか無く・・・

「私、恐ろしくて・・・」
「恭介さ~ん、恭介さ~ん!」
「早く、戻ってきて~~~」
「どこに、いるの~」
「私、どうすればいいの~」
「私ひとりを置いて行って~」
「誰も助けてくれないの~」
「怖くて、恐ろしくて、体が動かないの~」

どうしても私には、今、自分が置かれている状況が信じられなかった、何処か、獲たいの知れない魔物がなせる業に取り付かれた!!!

そんなふうに思ってみたり、又、恭介がわざと何処かに隠れているような気がして、そう思う事で、今の混乱した気持ちから逃げ出したいと泣きながら、恭介の名前を呼び続けた。

夜明けから、どの位の時間が過ぎたのだろうか、ふと、我に返った私の前に、3人の登山者が現れて、私に近づいて来た!
私は無意識の中で恭介を助けてほしいと、誰かに頼みたくて、天神平に向かって歩いていたようだった。
あまりにも私の姿が異常な表情をしていたようで、呼び止められて、やっとの思いで、昨日からの出来事を混乱した状態の中で、説明して、救援者を呼んでほしいと頼むのがやっと出た言葉だった。
今の時代と違って、携帯電話も無い、こんな時は、人間の助けが絶対必要な時代だった。
天の助けのように3人の登山者に出会い、その中の一人に天神平のロープウェイ駅まで下山して貰い、救援隊を頼んでもらう事になって、そして、他の2人の登山者と共に私は、恭介がいなくなった場所へ同行してもらい、恭介と別れてしまった時の状況を何度も何度も説明して、恭介を捜せる方法を考えられるすべてを行ったが、やはり、恭介の姿を見つけることが出来なかった。
やがて、捜索隊が着いて、私は恭介がいなくなった、今までのいきさつを何度も話し、捜索をお願いして、ひとまず、肩の避難小屋で待つように言われて、婦警さんに付き添われて小屋で待つことになったが、それから、連日の捜索が数日続いたけれど、恭介を発見する事は出来なかった。
恭介が谷川岳で行方不明なったままで、何の情報も無いままに、ひと月が過ぎた頃、私は突然、逮捕された!!!
私の逮捕容疑は、『長谷川恭介の殺人容疑』だった!!!
私は何がなんだか分からずに混乱した気持ちのまま、警察に連行された!!!
恭介が発見されたとは聞かされていなかったし、ましてや、死亡したなどとは、想像もしていない事だった。
警察につれてこられて、聞かされた事は、恭介が行方不明になった場所で、私と恭介が言い争いをして、谷川岳の山頂、トマの耳からオキの耳に向かった少し歩いた細い登山道で恭介を私がマチガ沢側の谷に突き落としたと言う、殺人容疑だった!!!
そんな恐ろしい事は、もちろん、私には全く身に覚えの無い事だし、私が恭介と言い争いをするはずも無い事だった!!!
私は警察の取調室で、思ってもいなかった事、考えもつかない事をいろいろと聞かされた、特に驚いた事は・・・
「恭介と私が言い争いをして、私が、恭介をマチガ沢の谷に突き落とすところを目撃した人間!」
「登山者がいて、目撃証言を警察に話している事だった!」
あの日、谷川岳の頂上で、恭介と私以外は誰もいなかったし、誰にも会ってはいないはずなのに・・・
私は、今まで、一度も、恭介とは言い争いも、喧嘩もした事が無かったし、もちろん、谷川岳の登山中も恭介が行方不明になった時まで、そのような言い争いをしてはいない!!!
なぜ!私がこのような事で、容疑者として取調べを受けているのかさえも、悪い夢!、長い、なが~い、苦痛と悪夢に苦しめられているのか、理解出来ないまま、連日の取り調べで混乱した状態の中で私はひと月が過ぎた頃、ひどい体調の異変に驚き、苦しんでいた。

(7)
まるで私の体全体がねじれて、ちぎれてしまうほど耐えがたい腹痛と吐き気に水さえも飲めないほどの苦痛だった。
最初は、毎日の取調べで、身に覚えの無い自白を迫られて、脅迫されているように恐ろしくて、辛くて、体が耐えられずに苦しいのだと我慢していたが、私は取り調べ中に苦しみながら、失神して、病院へ運ばれて、しばらくして、私は意識が戻ったけれど、腹痛と吐き気は続いていた。
しかも、医師に伝えられた言葉に驚いた、私は、妊娠していたのだった!
「妊娠5ヶ月目に入っていると告げられた!」
私は、元々、生理不順で、今までにも、何ヶ月も生理が無かった事もあって、確かに、ここ数ヶ月は生理は無かったが、それほど、気にもせずにいた、それほど私は精神的にも幼く、人間として、成長出来ていなかった事を思い知らされた。
私の妊娠が分かってからも、取り調べは続いたが、私は、気力をふりしぼり、耐えた!
どんなひどい言葉で自白を迫られても、私は、絶対に、恭介を突き落としてはいないし、そんな恐ろしい事をしてはいない事だけは、自分を信じられた!!!
だから、自白を強要されても、侮辱された言葉を浴びせられても耐えられた!
それから数ヵ月後、まだ、取調べが続く中で、私は、恭介の子供を生んだ!!!
私の赤ちゃんは、生れて来る予定よりも一月以上も早い、未熟児で、生まれて数時間後に亡くなったと知らされて、私は、言葉では表現の出来ないほど悲しみと混乱した中で、絶望的な思いから、取調べ官の言う言葉に無意識にうなずいてしまった。
そして、私は、恭介を殺めた人間としての烙印を押されてしまった!!!
そして私は裁判所の法廷に立たされたけれど、もう、その頃は私の心も体も何の意識もなく、ただ、抜け殻のように、呼吸だけが勝手に息をしているだけの人間になっていた。
そして私は、恭介と私が言い争いをして、お互いの激情の結果、私が谷川岳の頂上から恭介を突き落とした罪を犯したとして・・・
「懲役3年の実刑を言い渡された!!!」
刑務所での生活は、苦しみ、悲しみ、絶望、その感情だけが今も鮮やかに思い出されるが、一日、一日、ひとつ、ひとつの出来事がどんな事だったのかは、思い出したくも無い記憶からか、刑務所での生活、日々の物事としては、四十数年が過ぎた今は思い出さずにすんでいる。
夢遊病者のような、日々の記憶の曖昧のままに、刑期を一年残して、私は突然釈放された!
それは、私が勤めていた、人形工房の師匠をはじめ、多くの友人知人の尽力で、嘆願書が出された事と、恭介の亡くなったと言う証拠や恭介の遺体が発見されなかった事で、釈放が決まったのだと、後で聞かされた。
40数年が過ぎた今も、私が殺めたとされる、長谷川恭介の亡骸は見つかってはいない!!!
私は、刑務所を出所したあと、時間が許す限り、恭介が行方不明になった、谷川岳周辺の山々を恭介の姿を求めて、恭介の手がかりを捜し歩いた、その殆どが私のたった一人での捜索活動であって、時には、谷川岳の頂上から、北につづく、一の倉や茂倉岳、蓬峠などを何度も、何度も歩いて、恭介の存在を求めて捜しまわって歩いた。
そして何の疑いも持たずに、長い縦走路を西に向かって、仙の倉や平標山までも捜し歩いたが、恭介の手がかりは何一つ見つける事が出来ずに、私は孤独感と釈然としない思いのまま、恭介と私の関係!
そして、彼の生死、存在を確かめる事さへも少しずつ、諦めるしかない事を悟った。

そして私の青春は終わったし、たぶん、ある意味、人間を信じられなくなったのかもしれない・・・
その後の私の人生は、ただひたすら、人形の顔を描く、面相描師として、仕事に打ち込み、修行に励んだ、いつしか、私の描く人形の顔は何処となく恭介の面影に似た、そして私の描く幼児の顔には、美沙緒自身は一度も逢う事を許されずに亡くなったとされたわが子の面影を描き出していた。
私、原井美沙緒は恭介を失ってからの人生はいつしか、40年数年の歳月が過ぎていた、その日々の中で、時には新しい人生を選択する機会も何度かあった。
人を恋しく想い、愛おしい感情が生まれた事も何度かあったけれど、そのたびに、私自身の体の中で血液の流れが止まってしまったように、心が、感情が、どこかで固まってしまった場所があるような感覚に囚われていた。
別の人生を選ぶ、選択を拒むように、頑固な重石のような意識のない私自身がいて、新しい選択を邪魔をしてしまうのだった。
そんな長くて、短かった、40数年の歳月が過ぎて行ったが、昨年の春、私、原井美沙緒は、何気なく受けた、健康診断で、乳がんが発見された!
若い医師は、軽く、さりげなく、私に伝えて!
「どうやら、乳がんのようですね!」
「知り合いの専門医をご紹介しても良いのですが・・・」
「どうなさいますか?」
ごくごく、あたり前のように話す医師の言葉を私は他人事のように、耳に聞こえていて、診察室の空気の中に、私の感情はまぎれて行く・・・
私はあたりまえのように、何の心の動揺もなく、聞いていたのか!
「乳がんなんですか・・・」
「わかりました、お任せいたします!」
「ご紹介してください!」
何の感情の変化も無いように、口から勝手に出てくる言葉そのままに、私は、返事をしていたようだった。
その、3ヵ月後、私は、ある病院で、右の乳房を取り除く手術を受けた!!!
それは不思議なほど、穏やかな気持ちと、少しだけ贅沢な寂しさとでも表現しようか、孤独とは贅沢な寂しさと不安が入り混じった感情で、誰にも、左右されない生き方は自由だけれど、少しでも、気弱な感情を私自身が持った時、際限なく広がって行く不安!
否応なく、たったひとり、本当の自分の姿を見せつけられる!
そんな心の揺れる日々が過ぎて、私は気づいた、はじめて会った瞬間から、なぜか、私のは担当医に心惹かれていた!!!
最初は、懐かしいような感情に戸惑い!!!
何処かで出会った事があるような、切ないような、愛おしささえも感じる、気がかりで、不思議な人にみえたのだった!!!
確かに、清潔感のあるハンサムで素敵な青年医師だ!
医師の年齢40代なのだと少し後に、若い女性看護士に聞いた!
とても若く見えて、私の担当医だと紹介されて最初に会った時、私は30代の前半だと思ったほど若く感じた医師だった。
背丈も、高からず、低からず、バランスの取れた姿に惹かれる!
この若き医師に出会った瞬間、私は若き日のあのどうしようもない想いと人を疑う事を知らなかった切なくて、混乱と狂乱した日々が突風のような感情で私の心を捉えていた!!!


(8)
なにより、誠実さが見て取れる感覚の美しさが好ましい、優しさから受ける信頼感をしぜんに感じられた。
私はこれより、命のすべてをこの医師にゆだねるのだと思い、思わず、じっと、顔をしっかりと見つめていたら・・・
「僕の顔、見惚れるほど、いい顔してますか?」
「それとも、珍しい物がこの私の顔についてますか?」
「眼と鼻と口、ちゃんとありますよね!」
私はおもわず言った・・・
「あまりにも、ハンサムなので、見とれてます!」
彼はちょっと照れたような表情をして・・・
「まあ~これからしばらくの間、よろしくおつきあいしてくださいね!」
「時には僕を嫌いになるかもしれないけれど・・・」
「原井さんも頑張ってくださいね!」
「僕も最善をつくしますから・・・」
「ご自分が、治りたいと思うことが大事で、治癒力も高まるのですから・・・」
この若き医師は優しい笑顔で話してくれた。
私は、慌てて、目をそらして、下を見ながら、医師の顔をまじまじと見すぎたことが恥ずかしくなって、言葉に詰まりながら・・・
「ハイ、分かりました、どうぞよろしくお願いします!」
乳がんの検査の後、手術をする事になって、担当医としての初めての診察日、この医師とそんなふうに、言葉を交わした。
『その医師の名は、長谷川純也、42歳』
何処となく、私の愛した人、『長谷川恭介』に良く似ている!!!
恭介は私と登った「谷川岳」で消息を絶ったまま、40数年の歳月がすぎた今も、その亡がらさえ発見されていない!
何度か、恭介らしい姿を見たと言う噂を聞いた事もあったけれど・・・
私は恭介を殺めてはいない、無実の罪に問われて、服役を余儀なくされて、その中で、恭介の実家や恭介の父の経営する病院は閉鎖されて、恭介の親族の消息も分からないままに歳月は過ぎて行った。
絶対にあり得ない事だと思いながらも、私は、恭介を想いながら、そして、顔さえも見ることを許されないままに、亡くなったと知らされたわが子の面影を「長谷川純也医師」の姿と重ね合わせて見ていた。
私の愛する人、長谷川恭介への思い出は、私の65年の生きた歳月の中で、あまりにも強烈で、鮮やかな愛と苦しみは、忘れようとしても、忘れることの出来ない記憶だ!!!
私の人生の中で何度かの淡い恋心を抱き、又、結婚に繋がる出逢いもあったけれど、私はその選択をせずにあえて孤独を選んでしまった、その選択を一度も悔やむ事も無く、むしろ、贅沢な寂しさと孤独を望んだのかも知れない・・・
人生は長いようで短い、短いようで長い、矛盾する思いだけれど、今の私は、この贅沢な孤独と寂しさに酔って、感謝して生きられる事がいい!!!
私に残された時間が後どのくらいなのかはわからないけれど、今、精一杯、悔いのない生き方が出来る!!!
今の私は、定期健診での担当医である「長谷川純也」彼に会える時間が何よりの心華やぐ、喜びであり、贅沢な寂しさで、切なさを感じ、複雑な心境を戸惑いながらも楽しみなひとときを味わえるドキドキ感に酔いしれているのかも知れない・・・
恭介の面影を偲ぶような、そして、若き日の情熱、煮えたぎるような熱い想い、恋心を思い起こしては懐かしく、切なく、私の取り戻す事の出来ない人生と歳月を思いながら・・・

                      『完』


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