花が終わると、そこには小さくて真っ赤な実がなった。あの日以来、父と母が会話する姿はほとんど見られなかったが、時々どちらかがクスクス笑っていたり、小刻みに葉を揺らしたりしているところを見ると、声に出して話さなくとも互いに心は通じ合っているようだった。すでに一本の木になっているので、当然といえば当然だが。
何事もなく秋は深まり、実は少しずつ大きくなり、はじめはボタン大だったのが、日に日に成長してキャンディーくらいになり、今は丸い餅くらいの大きさになって、皮もつやつやだ。じっと見ていると、たまにぷくぷくっと動くときもあって、指先でそっと撫でてみるととっても柔らかく、可愛くもあった。毎日覗き込み、もう熟れただろうか、いつ完熟するのだろうか、と突っついたり話しかけたりしながらその日を待った。
へたの周りが、黒みを帯びた赤色になり、うずくまった子うさぎくらいの大きさになった、とある夕方、「産まれる! もう産まれる!」と、Pの母の叫び声がするので、Pと私は声の方に駆け寄った。表皮をブルブル震わせながら、枝から離そうとあらん限りの力を振り絞っている。すると、「おお!」という間もなく、ぽとりと軽やかに落ち、コロコロ転がるのだった。危うくソファーの下に転がり込むところだったその子を、Pが素早く手を伸ばして掴んだ。「温か~い」。Pが言った。
私が手を差し出すと、Pは生まれたばかりの実を手のひらに載せてくれた。Pの言うとおり本当に温かくて、目も鼻も口もないのにあまりにも可愛く、何度も頬ずりしたくなるほどだった。私はPに実を返した。「ところで、これはどうしたものかな?」 手のひらであやすようにごろごろ転がしながらPが言う。言われてみると、早く生まれることばかり考え、その後どうするのかは、まったく考えていなかったので、私も眉間にしわをよせPと目を合わすほか、なかった。
手のひらでしばらく転がっていたが静かになり、眠ったように見えたので、Pはそっと実をテーブルに持って行き、タオルを敷いてその上に置いた。そのあと、私と Pは実を間に向かい合って座り、この子をどうすべきかとしばらく話し合った。このままだとすぐ腐るだろうし、かといって、生まれたばかりの子を植木鉢の土に埋めてしまう、というのも全く気が進まなかった。そのうえ父とPの母に訊くと、呑気な声で、お前たちの弟妹だから自分で決めろと言うではないか。二人でしばらくその子をつねったり撫でたりしながら「どうしよう、どうしよう」と悩んでいたが、Pが立ち上がって引き出しから果物ナイフを取り出して言った。二人で半分分けして食べてしまおう。
私はそれも悪くないと思った。Pが皮に果物ナイフをそっと当てただけで、よく熟れた実は半分にぱっくり割れたのだが、真っ赤な果肉はとても美味しそうに見えた。私とPはそれぞれ一切れずつ持って「いち、に、さん!」と、ポイと口に入れた。ぷにょぷにょした食感に、芳しく、たっぷりの甘い果汁――。二人は目を丸くして、おいしいね、と言外に確かめ合いながら、せっせと顎を動かした。ごくり、と飲み込むと、噛みつぶされた果肉の、喉をつたう動きがくすぐったく、直後に、その真っ赤な粒が、ポチャンと胃の中に落ちて優しく溶けていく様まで、目の前のできごとのように、はっきり感じとることができた。
私はその夜、おかしな夢を見た。それは、営業時間を終えた遊園地のようなところを駆け回り、どこまでも転がっていく赤いボールを追いかけている夢だった。ボールを捕まえポケットに入れた瞬間夢から覚めたのだが、翌朝、この夢の話をすると、 Pが「あっ、もしかしてそれ、胎夢(テモン)(妊娠を予知する夢)じゃないか」と言うので、私も、(そうだったのか)と、思った。