武蔵野つれづれ   第3の生活を自由人として

中国での体験記を記して参りましたが2012年の秋に帰国しましたので、これからは武蔵野での生活を徒然なるままに書きます。

第63話 尖閣諸島をめぐる最近の日中関係について

2012-10-03 15:22:13 | 北京

本ブログでは政治問題はあまり取り上げてきませんでしたが、このように緊迫した状況になると中国での生活者として発言する必要もあると感じ投稿します。(今回は写真無し)

1.現状

8月中旬ごろから中国の街中での日本人に対する態度が急激に不穏化した。直接の暴力はなくても、日本語でしゃべるとジロっと見られる。知人は日本人とわかるとタクシーで乗車拒否された。

日本は80年前に尖閣諸島を国から民間に払い下げした。それを今回、国に戻した。それだけなのに、何故こんなに騒ぐのか?この戸惑いは日本人全体の疑問だと思う。野田総理自身「こんな過剰反応は予想外」と言っている。

2. 紛糾の要因

確かに日本の国有化の動きに対して、中国は「断固反対」とは言っていたものの当初は冷静に対処する姿勢を示していた。国有化決定したとたん、何故ここまでの暴力的反応となったのか?次の要因が考えられる。

(1) 「国有化」のイメージ
日本では国有化Nationalization と呼ばれているが、そのままの言葉では、国が軍の駐留施設を置くイメージがあり、余計な警戒感を呼んだ。

(2) 胡主席のメンツを潰した
APEC会場での立ち話で野田総理は胡主席から「断固反対」表明したのを聞きながら、2日後の閣議で国有化を決定した。中国人の大事にするメンツを潰された胡主席は、キレて国内強硬派に同調し、日本への徹底批難に舵を切った。

一方、日本では過激な反日デモに対して、次のような見方が伝えられている。

(1) 国内の汚職や格差に関して国民の不満が高じており、不満分子が反日の名目で鬱憤晴らしに行った。

(2)   日本への反発は国民の総意であることをアピールするために、政府が扇動してやらせた。(一部には金をばらまいた。)

 これらは、極度に過激になった理由の一部にはなりそうだが、一般中国人の深層に「心から日本を恨む」傾向がはっきり強くなったという事実を見過ごしてはならない。(その根拠が正しいか否かは別にして)

ここ数週間、中国のTVニュースの冒頭には必ず「日本が釣魚島を不法占拠し、日本帝国主義は、さらにその強化を推し進めている。」という内容が長々を流れる。その論拠となる古文書を見せたり、各専門家が入れ替わり立ち代わり力強く中国の正当性を説く。毎日これを見せられたら、「釣魚島は中国固有の領土で、日本が侵略により盗み取った。早く取り戻すことが正義だ。」と思わない方がおかしいだろう。政治家・メディアが一体となって島取りの目的に向かって突き進んでいるように見える。

 この心理は日本人にはわかり難い。しかし例えば、ロシアが北方領土に軍事基地を作ると発表したら日本人はどう思うだろうか。もともと日本人はロシアが北方領土を占領したことに強い反発を持っているし、そこへ軍事力が増すという情報がインプットされれば相当敵意を覚えるだろう。これが今の一般中国人の心理に近いかと思う。(乱暴な比喩であるが。)

 それに比べたら日本のTV番組のまどろっこしいこと。自民・民主の党首選挙選など、コメンテータと称する人たちののどかな議論が続く。問題点だけを指摘すれば知識人であると思っているようで、しかし解決策を提言する人はほとんどいない。みんな評論家で当事者意識がまるで無い。日本はいつからこんな緊張感のない国になったのか。

 3. 予想される中国の今後の対応

 中国政府はデモは鎮静化させたが、日中間の本当の軋轢はこれからだろう。温首相は「半歩たりとも譲らない。」と明言しており、成果無しには退くわけにはいかない。あの手この手を打って来るだろう。(チベットを取ったように、南沙諸島を取ったように。)

日本製品ボイコットなどと言っている間はまだ良い。メーカ出身の私などが危惧するのは現地工場乗っ取り(設備も技術も)である。

若者からは、「外資による技術・資本導入期を終焉させ、中国の自力による工業を興す。中国は既にその実力を備えた。」との声も聞こえて来る。(一部の業界を除いて、その論は自信過剰で、正しいとは思えないが。)

中国メディアは、「経済制裁は両刃の剣だが、日中間の依存度を比較すれば日本のダメージの方が大きいので、どんどん制裁を進めるべし」という、勇ましい論調を流している。
しかし、首の絞め合いっこをすれば、日本は経済的打撃だけだが、中国は体制批判に発展する可能性もある。経済成長を続けられなくなれば共産党一党体制は生き残れない。中国首脳の最も恐れる事態である。このあたりにある程度の限度はあるかも知れないが、過度の期待は禁物である。

4. 日本の対応策

日本は国有化を引っ込めるわけにはいかないから、中国も挙げた拳を降ろせず制裁を止められない。そこで日本はどうするか?

いろんな議論が出ているが、加藤嘉一氏(中国で一番有名な日本人と言われる国際コラムニスト)の次の意見が私には一番臓腑に落ちる。

 *** 要約すると ****

(1) 野田首相が日本国内で使う「国有化」という言葉を、外交でもそのまま持ちだしてきたことは致命的、且つ避けられたミスハンドリングである。「とにかく、ものすごくでかい、現状を一方的に変えてしまうような無謀なアクションに出た」という印象しか残らない。「国有化」という言葉だけを一人歩きさせ、体制や価値観も異なる他者に対して丁寧且つ勇敢な発信を怠ったことが、今になっても尾を引いている。

(2) 今からでも首相は官邸で対外的に記者会見を特別に開き、中国人を含めて世界のジャーナリストを集めてピンポイントで、こう発信すべきである。
「我が国固有の領土である尖閣諸島周辺の平和と安定を引き続き維持するために、東京都ではなく、国家が責任を持って向き合い、管理することに決定いたしました。中国サイドとも密に協議し、地域の平和と繁栄に、より一層の努力をして参る所存であります」

(3) 中国首脳、或いは人民だったら、この文言を聞けば納得できるだろう。逆に中国政府は野田首相からのメッセージなしでは何もできない。これまで共産党の最高意思決定機関にいるトップナインたちが、連続的に日本を批判してきたように、これからも批判と対抗が繰り返されるだけだ。

(4) 中国側にもやるべきことがある。中国政府がこれまで中国人民に尖閣諸島をめぐる事実関係をきっちり伝えていないということがある。
 そもそも中国では、「釣魚島は古来、中国固有の領土である」という政府の再三にわたる主張だけが世論に覆いかぶさっており、「日本が実効支配している」という事実は伝わっていない。だからこそ、日本政府が島を買うと言ったとき、中国政府には説明の余地が残されない。言い換えれば、「退路がない」ということだ。
 中国人民が「日本が実効支配しているのは事実で、この点は中国政府も承知している」ことを知っていれば、人民にだって考える余地が生まれる。
周恩来氏や小平氏が、「日本の実効支配を認めた上で、両国関係を推進するために、問題を棚上げした」ことを引用して、事実を伝えればいい。

 しかし、中国政府は現状ではそれができていない。だからこそ、中国政府はただ一方的に日本を批判し、何も知らない人民は「愛国無罪」という言葉を掲げ、街に繰り出し、暴徒化する。国際信用力が下がる。

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5.領土問題とは

そもそも領土問題を当事者間で平和裏に根本的解決を図ることは不可能であると思う。その理由は:

(1)  ほぼ100%の自国民がそれぞれに自国の領土だと思っている。

(2)  しかし、その根拠はといえば、両国の主張を公平に比較検討したうえで自国領土であると結論した人は少ない。大方の場合は、「自国の領土だと思いたい。」という前提があり、自国の主張を是認することがほとんどである。
何故「自国の領土だと思いたい。」か? それは被害者意識である。すなわち「我国は領土問題では過去において随分損をしてきた。これ以上の損はしたくない。」というのが実態ではなかろうか。

そして、どこの国民も揃って「我国の政府は弱腰である。」と思っている。だから、領土問題に関してだけは、政治は民意に沿ってはならない。民意にだけ沿って行けば、ナショナリズムという原理主義になる。原理主義どうしのぶつかり合いの果ては戦争しかない。

何故こんな小さな島を巡って争わねばならないのか? 
資源のため?(中国が領有権を主張し始めたのは国連が石油資源が豊富にあると発表してからである。しかし、石油埋蔵量は当初1000億バーレルといわれたが、最近の調査では300億バーレル、すなわち日本の年間消費量2年分くらいしかないらしい。)
軍事理由? 今回の紛争では珍しく軍部からの積極発言が目立つ。沖縄・台湾をにらむ尖閣諸島に軍事基地を置きたい中国軍の意図が垣間見える。これは不気味である。

 とにかく、こんな小さな島のために長年築きき上げてきた友好関係をふいにするのは馬鹿げている。領土問題の比重を小さくすることが為政者の重大な責任である。

 しかし、今や外交は政治家だけでやる時代ではなくなっている。むしろ民間人どうしで個人と個人のつながり・信頼関係が国際関係の礎であり、政治がそれを助ける形でなければならない。(今回は逆に政治が邪魔をした。)
ましてや、日中は地理的に逃げられない関係にあり、今後の発展も相互の協力なしでは望めない以上、辛抱強い関係改善の努力を放棄するわけにはいかない。

個人的な話になるが、小生は外国人として中国企業に雇用されるという立場で、中国人社員をコミュニケーションを図ってきた。彼らは勤勉・真面目で、成長する経済環境下での昂揚感を持っている。 中国に赴任中に、中国人に対して不快な気持ちを持ったことはほとんどない。(大声でしゃべるとか、道に唾を吐くとか日本人から見て行儀の悪さは感じることはあるが、これは文化・慣習の違いという範囲と考える。)

反日デモが吹き荒れている頃、社内で国際マーケティングについて講演会を行った。多数の聴講があり、講演会終了後には一人ずつツーショット撮影を所望された。中国人から日本人指導者として受け入れられたという証が感じられたので嬉しかった。自慢するわけではないが、このような個人対個人の関係がしっかりしてくれば、政治的に難しい関係も破綻を防ぐ一助になるのではないかと思う。

以上。