ホワイト・ラムをコーラで割り、カット・ライムを搾ったシンプルな飲み物です
このカクテル名はスペイン語で”自由なキューバ”と言う意味を持ちます。英語圏では「キューバ・リバー」と発音されています。
1898年、米西戦争が起こり、その影響でスペインの植民地だったキューバに独立の気運が高まりました。
この独立運動の合言葉が「ビバ・クバ・リブレ!(自由なキューバ万歳!)」であり、このカクテル名の由来となっています。
1902年、キューバはアメリカの後押しを得て独立を果たしますが、その際にキューバ産のラムをアメリカ産のコカ・コーラで割って、ライムを加えた飲み物が、キューバの人達の親米感情が溶け込んだ1杯として人気を博したと言います。
現在キューバでは、コーラも生産されており、トロピ・コーラ(Tropi Cola)とトゥ・コーラ(Tu Kola)という銘柄がありますが、コカ・コーラよりやや甘みが強いのが特徴です。
現地キューバでは「キューバ産のラムをトロピ・コーラかトゥ・コーラで割ってこそ、クバ・リブレだ!」と拘るバーテンダーが多いです。.
カクテルバー・マルソウに太田基裕(チョッパー)さんが、ご来店されました!
現在マジック・バー・カンパスに勤務されているチョッパーさんは、日本のフレア団体設立後に、初めて行われた大会「FBN FLAIR CHALLENGE FINAL 2000」の優勝者であり、国内で数々の優勝歴を持つ日本フレア界の先駆者です。
お話を伺ってみました
北條:「フレア・バーテンディングはいつ頃始めて、初めて大会に出場したのはいつでしたか?」
太田:「1998年(17歳)からはじめて、1999年(19歳)に大会に出場しました。」
北條:「どのようなきっかけでフレア・バーテンディングを知り、始めようと思ったのですか?」
太田:「ジャングルTVの達人のコーナーで外国人のフレアを見たのがきっかけです。」
北條:「過去に印象に残ったフレア・バーテンダーはいますか?」
太田「韓国のニコラス・アンと、エストニアのミディガス(現在ラスベガスのカーニバル・コート勤務)です。」
北條:「フレアで想い出に残っている事はありますか?」
太田:「これから作りたいと思います。」
北條:「フレアの大会で、初優勝した時は、どのような気持ちでしたか?」
太田:「嬉しかったですが、もっと上があるのは知っていたので、世界を目指したくなりました。」
北條:「フレアでの失敗談などはありますか?」
太田:「酷い二日酔いでフレアをした事ですね。」
北條:「フレア以外にも、得意なものが沢山あると伺いましたが、どのようなものが得意なのでしょうか?」
太田:「マジック、コンタクト・ジャグリング、怪談話などが得意です。」
北條:「最後に今後の目標はありますか?」
太田:「得意なジャンルを全部取り入れたパフォーマーで食べて行きたいです。」
北條:「ありがとうごさいました。」
★チョッパーと初めて出会ったのは、1999年の「第4回NBA銀座オープン・フェスティバル」でした。
以来、日本のフレアを共に盛り上げてきた、当時の苦労もよく知っている仲間です。今はANFAの大会審査員などで、お世話になっております。これからも宜しくお願いいたします
カクテルバー・マルソウに金城光浩さんが、ご来店されました!
ミツさんは、モナコで開催された「SKYY FLAIR GLOBAL CHALLENGE GRAND FINAL 2008」のワールド・チャンピオンとして知られる、日本でトップクラスのフレア・バーテンダーです。
お話を伺ってみました
北條:「フレア・バーテンディングはいつ頃始めて、もう何年になりますか?」
金城:「2000年からで10年目になります。」
北條:「好きな選手や憧れのフレア・バーテンダーはいますか?」
金城:「太田基裕さん、北條智之さん、滝藤育伸さん、江田毅寿さん、イアン・バルト、 ファビオ・ミラニ、ステファン・ノートーブーンです。」
北條:「想い出に残っている大会はありますか?」
金城:「レジェンド8と、カツと一緒に出場した、オースラリアの大会・サザンカムフォート・ショーダウンです。僕にとって初めて出場した海外での大会ですから。」
北條:「スイーツ男子(笑)として有名なミツさんですが、甘いものでは何が一番好きですか?」
金城:「チョコレート・パフェとカフェ・オレが好きです。カフェ・オレは毎日2リットル飲んでいます(笑)」
北條:「今のフレアの練習時間は、1日どれくらいですか?」
金城:「日によってまちまちですが、1時間の日もあれば、3時間ほど練習する日もあります。」
北條:「大会に挑むにあたって、大切にしていることや、ジンクスなどはありますか?」
金城:「周りの方々に感謝の気持ちを忘れずにいる事、そして自分を信じる事です。また演技前には必ず手を合わせます。」
北條:「今までのフレア人生の中で、嬉しかった事、辛かった事を教えて下さい。」
金城:「フレアをすること自体が、とても楽しく嬉しい事なので、辛く感じた事はあまり無いです。あ、でも一つだけ。練習の為に、部屋の窓ガラスが粉々になった事が辛かったです(泣)」
北條:「最後に今後の目標を教えてください。」
金城:「今は共同でお店を持ち、オーナーという立場になりましたが、これからも色々な大会に挑戦し、再度世界チャンピオンになりたいです!!」
北條:「ありがとうございました。」
★ミツと初めて出会ったのは、由比ヶ浜のビーチでした。その頃はこんな立派なフレア・バーテンダーに育つとは、正直夢にも思いませんでした。
今やANFAが世界に誇るフレア・バーテンダーとしての彼の活躍を、僕も誇りに思っています。これからも頑張って欲しいです。