増田カイロプラクティックの事務スタッフブログ

増田カイロプラクティックセンターの事務(雑務?)スタッフが発信する近況レポート。きまぐれ更新♪

~院長と行こう!~ 丸子路 車椅子でめぐる旅

2015-12-09 | 東海道歩き

どぉりゃーーーっ!!

と、車椅子をグイグイ押して歩いてきました。
一番恐れたのは、寒くて増田先生が冷えてしまうことでしたが、
幸い穏やかな気候に恵まれたので、それは杞憂に終わりました。

車椅子と、それを押す人の弥次喜多珍道中。歩きの行程は以下の通り。

静岡駅→109辺りから東海道を歩く → 安倍川もちの「せきべや」
    → 手越 → 丸子 → とろろ汁の丁字屋 → 駿府匠宿
    → 吐月峰柴屋寺 → 旧街道に戻る → 途中で道をそれる(増田先生の好奇心)
    → 山を登っていることに気づいて、疲れて戻る
         全行程13.4キロなり。

緩やかな坂が私の腕に、確実に少しずつダメージを及ぼす。
静岡の穏やかな冬の気候が、灼熱の炎のように私におそいかかり・・・・

だぁーーーっ!暑いんじゃーーーっ!

防寒目的の上着は既に「更に汗を吸って重い荷物」となってリュックの中へ。

が、そんな苦労など感じさせる暇も無く、院長との旅は急ぎ足で進み、
あっという間に私の
「もう疲れた-。帰ろう」
というギブアップの声と共に終わりを告げたのでした。

そのうち院長のブログに載せられるといいですが…。
「アップしろ」と、院長に指示されそうですが。

↓この写真でしばらく我慢してね>院長

三度目の正直【箱根八里】西坂編

2012-01-18 | 東海道歩き
▼2011/12/30に歩いたルート


さてつづきです。
5時間も東坂にかけてしまい、10時すぎに芦ノ湖畔を出発したワタシは、残り半分を歩くためにちょっと急ぎ足で三島へ向かいます。

元箱根の杉並木を駆け抜け、関所を破り(^^;一気にそのまま!
・・・とはいかず、やはりきつい下り坂を前に、雲助だんごとお茶のセットを食べて休憩しちゃいました(^^)
しかしゆっくりはできないので、食べ終わり次第すぐに歩き出します。
甘酒同様、久しぶりに食べた甘いものでしたが、あっというまに消化してしまうこの歩き。
あと16キロ!たかが16キロ。されど16キロ。

道はにぎやかな通りとは再び離れ、あまりひと気のない旧道へと入ります。
ここで目立つのは駒形神社。
記事に載っている写真はすべて、クリックすると大きくなります

駒形神社境内には「犬塚明神」があります。
昔街道を整備するにあたり、箱根の集落にはある問題がありました。
狼が出没しては旅人を襲うことがあったのだそうです。
問題を解決するために村の人々は幕府にお願いして唐犬を二匹連れてきて、狼を退治することに成功したのだが、その二匹の犬も力尽きて死んでしまったとのことです。
村の人々は二匹の犬に感謝して丁重に葬り、祀ったということです。

さて、この駒形神社のすぐ後からはまた石畳の旅が始まります(^^;
まずは【向坂】
まだまだ箱根の観光地に近いせいか、最初は登りやすいです。
しかし途中から石がごつごつしてきて一気に歩きにくくなります。

【赤石坂】


【釜石坂】


【風越坂】


【挟石坂】箱根峠にかかる坂です

あ、坂を撮るの忘れた・・・が、問題はそこじゃない。

同じような風景ばっかりだぁっ (^^;

そして道は箱根峠に差し掛かります。ルート地図を見ると一番標高の高いところがそう。・・・かな。
また国道へ出て歩きやすい道を行きます。
道の駅箱根峠があるのですが、今回は先へ進みたいと身体が申していますので飛ばします。

その後は、無事に静岡県入り!
いやいや、そんなんで安心してはいけないのです。なんせここからが長いのです。
旧道は再び国道から離れて、すぐに石畳となります。

【甲石坂】
いつも何故かここから、急に勇気がなくなるワタシです。今まで石畳で出会う人は少なかったものの、それでも近くには人がいっぱい居たものです。(自分からは見えなくても国道にいるとか)
しかし、西坂となると急に周囲から人の気配は消えます。こちらは人気がないのです。
まったくの1人・・・。ち・・・・ちょっとコワイ。
なんせ、こんなです。

昼なお暗き杉並木♪・・・ではなくて笹トンネル。
ここを歩いているのは自分ひとり・・・と思うと、「怪我しませんように」というのと「モンスターが出現しませんように(そんなものは出ない)」という思いが交錯し、「こんらん」状態です。(@_@;←こんな顔になってます

この恐怖に立ち向かう方法はただひとつ。

走るっ!!

ということで安全なところは時々小走りで進みます。
一度車道へ出て、また石畳に入ります。ここに「かぶと石」があります。

兜をふせたような形をしているから「かぶと石」という説と、もう1つ。
豊臣秀吉小田原征伐のとき、ここに兜をかけて休んだ場所・・・などと云われていますが・・・本当かどうかわかったもんじゃありません(^^;
街道沿いにはそーいうのが多いのです。
誰々が座った石とか対面して話をした石だとか、誰々が鎧をかけた松だとか、誰々がもたれていた松だとか・・・。
事実は今となってはわからないのです。
でも、いいのです。そうであってもなくてもきっと・・・
言ったもん勝ち!

三島の石畳は晴れの日限定で歩きやすいです。
【石割坂】

【石原坂】には「念仏石」と呼ばれるものがあります。
 
念仏石と呼ばれる大きな石の前に、「南無阿弥陀仏 宗閑寺」と刻まれた石碑があります。
行倒れとなった旅人を、近くの宗閑寺で葬り、ここに石碑を建てたものと思われる、とあります。
今でこそワタシは1人で歩いて楽しんでますが、昔の旅人は本当に帰ってこない人となる場合が大変多かったのです。
恵まれた時代に歩けることを感謝します。

ここは多分【大枯木坂】です。

【小枯木坂】には雲助徳利の墓があります。

多くの人に愛された、雲助の親分格であった方が眠っております。
たぶん、この小枯木坂の辺りで一度リュックを下ろし、中に入っているアナログ一眼レフを出したのではなかろうかと思いますが、このような写真がありました。
本当にここかどうかはわかりません(^^;でも、やっぱりいいところです♪※・・・と思ったら全然ちがいました(^_^;)この写真は芦ノ湖近くの杉並木でした!

この後、山中というところを歩きますがここには「山中城跡」があります。
今回も歩行距離が長いので見学はパス!です。
いったいいつになったらワタシは山中城跡に行くのだろう・・・。

そしてちょっと平らなところに出ますが、「富士見平」という所です。
松尾芭蕉の句碑もあります。

ここから見る富士山がとっても素晴らしいから「富士見平」と名がついていますので、ここからの富士山を撮ってみましょう♪


半分雲に隠れてるぅぅ(T-T)しかもまた傾いているぅ
※ここは「平」といえどもちょっと傾斜のあるところなので、ワタシもそのまま傾くのです(^^;
芭蕉先生の句も「霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ 面白き」でした。
芭蕉先生も富士山が見えないときにこの句を読んだのですね(^^)
それから比べればワタシの時は見えているほうなのでしょう。しかし富士山が見えなくとも、ここからの富士を心に思い描くという楽しさを詠んでいます。
さすが芭蕉先生!
いろいろな句を拝見することのある東海道中ですが、芭蕉先生の句って実に前向きでユーモラスで、ときどき「ぷっ・・・」と笑っちゃうのもありで大変楽しいです。
頭のやわらかい人だったのでしょう。

そして【上長坂】です。

石畳の向こうに車道が見えます。
時々旧街道は途切れて車道を横断したり合流したりします。
夢空間と現実を行ったり来たりする瞬間でもあります。

やがて見えてくるのは笹原一里塚

今の旧東海道からちょっと奥ばったところに一里塚はあります。

このあと、ものすごい級の急坂、【下長坂】です。
7月の写真しかありませんが、これです。

別名「こわめし坂」といい、お米を背中に背負ってるとあまりの急坂で汗をかくのでお米がふやけてこわ飯になっちゃうよっていう坂です。

その先、三ツ谷新田の辺りかもしれないですが、富士山の雲がだいぶ晴れてきました。

も・・・もうちょい雲さん、横によけてくれたら嬉しいな(^^;
まあ、多くは望むまい。じゅうぶんじゅうぶん♪

このあと、【小時雨坂】【大時雨坂】【題目坂】【臼ころげ坂】と下ります。
六地蔵です。六体以上ありましたが、六地蔵です。
新年に向けて、真新しい帽子と前掛けでした。すべて手編みです。
素晴らしいです(^^)


この道の先に「箱根路」記念碑がありました。

そしてようやく「錦田一里塚」です。

路の両側に塚が残っている、今となっては珍しいものです。
しかし一里塚の役割って、こうして歩き旅をしているワタシには非常に重要なのですけど、普通に生活していたら全くといっていいほど、今では用の無いものかもしれないのが・・・・ちょっぴり寂しい。
こうして国指定文化財として残してくれているので、旧道ウォーカーは楽しめますが、ワタシも東海道歩きをしていなければ興味も示していなかったかもしれないです。
でもやっぱり旧道がどんどん潰されて名残の松さえ伐採されて住宅地になってしまったり、線路にさえぎられたりと、旧道が「邪魔物扱い」されていることを知るとちょっと残念です。
「昔はこうだったんだよ。これはそのために大切なものだったんだよ」と、次の世代に言葉で、絵で、文章で伝えていかなければ・・・と思います。知っている限りの知識でも構わないと思うのです。
自分は歩いて、こうやって時々ブログで語ってるだけですが(^^;

このあと、歩道が石畳調になっている【愛宕坂】
十分歩きにくいです・・・。地元の人はここを転ばずに歩けるのだろうか、足の弱い人はどうしているのだろうか、自転車で通る人は大変ではないのだろうかと、よけいな心配しちゃいました。

そして、ついに
新町橋!
なにが「ついに」かというと、ここから三島宿なのです!!
さらに新町橋は富士山眺望地点なのです。
それではここからの富士山を撮ってみましょう。




お約束・・・_| ̄|○
ワタシは富士山の雲が晴れるように、箱根の西坂を下りながらときどき「I Can See Clearly Now (←Youtubeが開きます)を口ずさんでいたのですが・・・力及ばず(^^;
それでもまあ、とにかくとにかく三島宿♪
たしか15:30ぐらいに三島宿辺りに到着しました。
小田原から歩いて10時間ちょっと・・・やはり歩くの遅いですねぇ(^^;

あとはスタスタ(実際はトボトボしてたかもしれません)歩いて三島大社に・・・立ち寄るつもりも今日はなく、夕飯のために東海道沿いのたこ焼き屋にてたこ焼きを買い、さっさと駅に向かいました。


駅に向かう途中で三島のきれいな水に癒されてました(^^)
しかし、あまりにお腹がすいていたせいか、午後4時ごろ三島駅のベンチでたこ焼きをほおばるワタシの姿があったのです。

とにかく達成できました(^^)、歩けました、32キロ。
本当に箱根越えは八里だったのです。これでやっと昔の人の標準歩きに追いついたのです。
昔の旅人は一日十里歩くのが平均的でした。しかし、箱根の坂はきつくて今と比べたら比べ物にならないぐらいの悪路で、八里歩くのがやっとだったのだそうです。
本当に昔の人は凄いなぁ・・・一日十里・・・歩けません。
まあその距離は「宿泊費をいかにおさえるか」ということで、なるべく歩行距離を伸ばしていたのですけどね。

さてさて、寄り道もせずにワタシが駅に向かった理由は別にあります。
実はこの日、青春18きっぷで名古屋へ向かうつもりだったのです。名古屋に宿をとってあるので、翌日12/31は「三重県鈴鹿市から伊勢街道歩きの続き!」をするつもりだったのですねぇ(^^)♪
チェックインが11時までのホテルだったから少々焦り気味ではありましたが、どうやら間に合いそうです。

ということで、この後普通列車の旅に切り替えたのでした。
しかし年末の混雑の中でしたので、三島駅から草薙駅まで痛い足をひきずりながら列車の中で立ちっ放しなのでした


今回は坂の名前をフル出場(多分)させて箱根の東海道を紹介しましたが・・・いやー読んでいてもあんまり面白くないなぁ(^^;
でも、ふだん乗り物に乗って移動している少しの区間でもいいです、歩くことができる方は少しでも歩いてみましょう
歩いてみた事の無い道を歩くとたくさんの発見があって、なんだかハッピーなのです。
近所をいつも自転車で通っていた道を歩くだけでも思わぬ発見がありますよ(^^)
○○街道という道は昔からの道がほとんどですから、そこの旧道(ときどき今の広い道からはずれることもあり)を発見するのも楽しいです。
その後のご飯も美味しくなります♪(^^)

三度目の正直【箱根八里】東坂編

2012-01-12 | 東海道歩き
マスダカイロ始まって以来の長い連休をいただきましたので、2011/12/30、今度こそ三度目の正直で

箱根八里越えしてきました。

一度目の挑戦は2011年7月末。
天気予報は「曇り」でしたが、途中から見事に
ただでさえ滑りやすい石畳で3回も転倒し、お尻を強打してリタイヤ決定。
その時の記事は→こちら

二度目は11月中旬。紅葉の箱根を期待したのに天気は見事に大雨
しかもあちらこちらで被害が出る、電車は止まるの大雨でした…。
この日は結局「箱根登山鉄道の旅」となったのでした。




そしてついに三度目の正直!
何故そこまで箱根八里越えにこだわるかというと・・・このままだと中途半端なので気が済まないからですっ(@_@;)

前日の夜に小田原入りして一泊し、翌朝5時過ぎにホテルを出発。
午前5時過ぎ発ですから、真っ暗な中をテクテクとひとり歩いていきます。
当然ですが、最初の一時間半は景色は見えないわけです。だから写真もなし。
ようやく明るくなってきたのが箱根湯本のあたりでした。

▲右端の、地面から湯気が上がってくるこの風景は「温泉地だなぁ~」と実感させられます。
・・・・箱根でお風呂入ったこと、まだ一度もありませんが!
しかし箱根の温泉地はいつも人でいっぱいなので、いいのです。
ワタシはいつもいつも、汗臭いまま箱根を越すのです♪

さて、箱根の芦ノ湖までの坂を「東坂」と言います。
ここから出来る限り箱根の東坂のを紹介していきますが・・・あくまでも自己満足ですから(^^;
第二弾は箱根~三島の「西坂」を紹介しますね。えぇ・・・自己満足です。

まずは湯本の一里塚跡と、猿沢の石畳。


石畳から国道へ出て、しばらく歩くと
次は石畳ではない【葛原坂】

この葛原坂、暑い頃には本当に葛の花がいっぱい咲いていたところでして、昔から葛がたくさんあったところだというのがわかります。

←これは初めて箱根を訪れたときの「葛原坂」に咲いていた葛の花。 ピントが甘すぎてよくわからないという(^^;

今は旧道が存在しない【女転し坂】は石碑だけが残るところ。

かなり急な坂のため、昔馬に乗っていた女性が落ちて亡くなってしまったことが坂の名前の由来。(写真無し)
今でもこの辺りはものすごい急坂でヘアピンカーブもあるので、道路を車がうなりながら登っていきます。
歩いている者は道の向こう側に渡らなくてはいけないところなので、結構緊張しながら、そして排気ガスを浴びながら登っていく危険なところです。

次に【割石坂】。ワタシが一番歩きやすいと思っている坂です。

本当に「割った石」っぽい石が敷かれているのです。
ところどころ「江戸時代の石畳」が残されていて、「何百年も前の人たちがこの道を歩いたのだなぁ・・・」と思いを馳せることができます(^^)

また国道をしばらくいくと地味に石畳の入口が見えます、【大澤坂】

流れている小川を板橋で渡り、緑色に苔むした石畳が美しいと評判なところ・・・・ってソレ、
石畳が苔で滑るってことじゃん(@_@;;
たしか7月に歩いた時も雨でしたから滑って滑って先へ進めず、どうにもならなくて立ち往生したのがここ大澤坂でした。

でも今回は雨降ってないから大丈夫!!
・・・と思ったのもつかの間、なぜかここの石畳は天候に関係なく湿っていて、やはり滑ってすべってコケそうになること数回。
当然写真を撮る余裕もありません。
息を切らしながらこの坂を上りきると、昔の「間の宿」(宿泊はできないが休憩できる)であり、現在は「寄木細工」の工房やお店が立ち並ぶ「畑宿」に到着します。
↓工房にこのようなものがディスプレイされてた(^^)
東海道五十三次なのです♪
畑宿の一里塚。小田原から12キロ地点ぐらい?
ここで朝8時前。

まだまだこの日の行程の1/3ぐらいしか歩いてません。チャッチャと先へ進みます。
畑宿をすぎるとすぐに石畳に入ります。【西海子坂】
ここの坂は長く感じます。一旦畑宿で気が抜けるからなのでしょうね(^^)
余裕がなくなると写真もなくなります。
←石畳の下を走る道路が箱根新道。なんとも不思議な感じです。


再び国道へ出るとヘアピンカーブだらけの七曲り。車の人は大変だ。
徒歩の人は車道はらっくらく(^^)♪しかし、歩道はこの後、
恐怖の【橿木坂】!かしのきざか
ここ、石畳ではありません。では何が恐怖なのかというと
怪談です!・・・ちがった階段なのです。
階段がずっとずっと続くのです。
登りきってもまた階段。息が切れてもまた階段
登っても登っても階段なのです!!もうそのまま階段で天国へ行っちゃうんじゃないかと錯覚しました。
・・・夏は元気だったので(夏オンナ)一気に上ったのですが、なぜか冬は息が切れます(^^;
またもや余裕が無かったため、写真はありません。デジカメ動画はありましたが、階段しか写ってませんでした。

ここが正念場でございます。この階段を上りきったところで道が分かれます。
1つは車道側へ出る方、もう1つはまたもや石畳!
車道へ出れば「見晴らし茶屋」があります。(しかし8時台のこの時間に見晴らし茶屋はやっておりません)
当然石畳に行きます。・・・・が!息が切れているのでとりあえず休憩です。
ふーーーーっと2-3分ベンチで休憩。

休憩終わり!またもや歩き出します。

ここから先がまたまた長くて辛い石畳の【猿滑坂】
なんせ「猿でさえ滑ってしまう」というのが坂の名前の由来っつーくらいの坂。
あまりの辛さに写真がありません。2010年9月に歩いた時もそうでした。一番辛いと感じるのがここです。
そしてどうにかこうにか登りきって車道に出ると、待ち構えているのがこの階段(猿滑坂つづき)


ゲッ!Σ( ̄Д ̄;)橿木坂リターン!?
それでもなんとか登ります。もう汗だらけですが、箱根の空気は寒い。
汗をいっぱいかいているのに手袋さえ外せない寒さです。帽子のてっぺんも、湯気が出ていたのか濡れてます(^^;でも雪降ってなくて幸いでした(^^)

この辛さに耐えるには、この先待ちかまえている「甘酒茶屋」に思いを馳せるしかありません。
「ああ・・・・甘酒茶屋のいそべ餅が恋しい・・・」
と思いながらサクサクと歩いていくとやがて国道に出ます。

ついに【追込坂】
ここまでくれば甘酒茶屋は目前です(^^)もう頭の中は甘酒といそべ餅
こうなってくると足取りは軽いものです。
・・・と思っている間についに甘酒茶屋!!

先ほど幻にまで見た「温かい甘酒といそべ餅」を注文して座敷に上がります。
ここの甘酒、砂糖を一切使用していない甘酒です。
そしてとにかく美味い!
交通手段は何でもいいですが、箱根へ行ったら絶対立ち寄ってほしいところですね(^^)
でも徒歩だからこそ、ここのありがたさが身にしみるわけですが。
この時点で午前9時過ぎ。なにしろこの甘酒茶屋は朝7時からやっているという、大変大変ありがたいところなのです
昔の古民家そのもののつくりで、座敷には囲炉裏もあります。
ほとんどのお客さんはストーブつきの土間の席に居ましたが、歩き人は足を休めるために靴を脱いで座敷へ直行です。
しかし、土間の席とは違い、座敷の部屋は大変冷えるので、囲炉裏のすぐ近くでも寒いです。そして囲炉裏の煙でもっくもく!
この囲炉裏の煙は、おそらく甘酒茶屋での冬の風物詩ですね(^^)

煙も寒さもワタシは一向に気にしないので、いそべ餅と温かい甘酒をいただくのです♪
でも食べている途中で換気のために座敷の障子(外へ続く障子)が全開になりましたが

さて、食べたらすぐに出発です。

甘酒茶屋のすぐ裏から続く坂は【於玉坂】
「猪出没注意」の看板が立っているのがここです。チョットびびりながら歩くも、すぐに忘れる能天気なワタシ

さらにその後またもや写真を撮るが余裕がなくなり、続く坂は【白水坂】
その後はなんとなく温泉地に宿泊していた人たちが散策が訪れるようになる坂なのか、人と出会うようになる【天ヶ石坂】
←写真は7月のコケまくった時のもの

▲この右の写真の画面右側、大きな石が「天蓋石」と呼ばれるそうで、それがこの坂の名の由来となったようです。
このあたりから石畳も妙に歩きやすく整備されているようになります。ありがたいことです。
たぶんすれ違う人たちは「街道歩き」の人たちではなく、普通に「観光客」ですので、足元は普通の靴だったり、ブーツだったり、かかとのある靴だったり(^^;
その靴でコケだらけの石畳は無謀ですので、先に石畳の旧道を整備したのでしょうね。

この後ついに【権現坂】
芦ノ湖までの最後の坂となります。芦ノ湖も時々見えます(^^)


芦ノ湖はゴールではなくて「中間地点」ですが、とりあえず一段落と休憩ということで、足取りがまたもや軽くなります。

で、この権現坂をちょっぴり小走りで駆け抜け、杉並木も駆け抜け、ついに到着した芦ノ湖!
今までここで空が晴れていた試しがなく、芦ノ湖の向こうの富士山を見られたことはありませんでした。
が、この日はついに

ついにちょこっと見られました!!
この後すぐに富士山は雲に隠れてしまい、芦ノ湖とセットの富士山はこれで見納めでした。
さて、ここ芦ノ湖では写真撮影とトイレ休憩だけをすませ、すぐに三島へ向けて出発です。

この坂の名前ですが、箱根の旧東海道を三度も歩いていて、やっとで重要であることがわかりました。
なにせ昔からある坂の名前です。歩きで箱根を越える旅人は昔は地図さえありません。
坂の名前で、今自分がどの辺りかを知ったのではないでしょうか。

前回も今回も、ワタシはそういう思いをしました。
「まだ大澤坂かあ」「やっと猿滑坂まで来たか」「ああ、追込坂まで来た、あともう少しで休憩だ」
「権現坂だ。芦ノ湖まではもうちょっとだ!そこでまた一息つくから頑張ろう!」
坂の名前に色がついているかのように、今どこにいるのかわかるのです。

この日歩いた三島までの全ルートを「ルートラボ」▼にアップしました。


なんと、後半の「西坂編」に続きます。

トレーニングついでの夜景

2011-11-17 | 東海道歩き
またしても箱根越えを企んでいるワタクシです。
もちろん小田原から歩いて完全旧道・箱根の石畳を通って三島へ行く、あのコースです。
雨天中止の予定なので、そしたらまたの休みに取っておこうと思います。

そのためにこのなまった身体をなんとかしたくて、また新しいシューズでも足をならしたかったので、徒歩通勤できるときはしてみたり、午後休診の日にどこか散歩できる山を歩いてみたりしているわけなのです。

先日も、午後休診の日にワガママ言ってみんなよりちょっと早く帰らせてもらいました。
しかも東静岡まで斉藤先生に送っていただいたりして・・・なんともありがたいことです。
15:48の列車に乗ることができれば、興津には16時をちょっとまわったころに到着できるので、そこから歩いていつもの如く

薩た峠へ!!

このコース、同じ時刻に9月後半に歩いていますが、由比の町(商店街)に着く頃にはすっかり暗くなっていました。
ということは、今は本当に暗くなるのが早い。
山道で暗くなるのはほんっとに怖い(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
足もとがまったく見えなくなるのと、いろんなわけのわからない怖さと両方です。
現代は山賊が出ないだけマシではありますが、江戸時代にはそういう怖さもありました。

なので急ぐ。急いで歩きます。
しかし、ついつい「ずんどう焼き」を買ってしまいます。ツナ大好き。
ついつい、途中のベンチで食べます。
ものの数分ですが、これがまたタイムロス!!な~にやってんだか(^_^;

もう興津川橋を越える頃にはこんな感じ。


急ぎます。小走りです。リュック背負っているので、そして体重も重いのであんまり走れません。
薩た峠の登り口につく頃にはもう「薄暗い」を通り越してます。
登り口にはお墓があり、そこを通り抜けるとすぐに木の生い茂ったトンネルのような道になるため、いきなり視界がふさがれ、「うぎゃー」「みえなーい」という独り言と、陽気な歌(「となりのトトロ」の「さんぽ」がテーマソングです)で気を紛らせる中年オンナが居ました。

一気に駆け上がって、息を切らしながら一枚撮ってみる。

こんな風景、こわがりのワタシがなかなか写せるものではありません。

山のでこぼこ道なので、見えないまま走ると危険です。とりあえず早歩きで展望台まで滑り込み。

デジカメなので、かなり明るく写してくれてますが、ホントはもっと暗いです。

こっちのほうが近いです。まだまだ暗かった。でも富士山はなんとか見えてました。
ちょっこり帽子をかぶった富士山。キレイになるのはもっと先ですね。

出発してからこの展望台までちょうど1時間ぐらいです。
あとは下りの道。完全に陽が落ちた真っ暗な道を、足もとをケータイで照らしながら歩き(この日に限って小さい懐中電灯持ってなかった)、由比の町をうろうろ~っとしてから帰りました。

全行程2時間ぐらい。歩いたのは多分10キロぐらいだと思います。
やっぱり秋冬は陽が短いから、トレーニングの山は変えた方がいいかもしれないなぁという反省もあり、しかし思わないところで夜景(夕景?)が撮れた事にも感謝しつつ、今度はどのコースで訓練しようかなぁと考えてます。
久能山(箱根のひたすら続く階段の坂訓練)か、それとも谷津山(坂道の訓練)か、案外近くの八幡山か(^_^;

とりあえず、計画は雨天で変更になりそうなので、これからもトレーニングと称してあちこち歩きが続くのです。

やっぱり訓練という名目でも、良い景色だと嬉しくなりますね(^^)

この日歩いたコースは以下の通り。
http://yahoo.jp/Lcx8YF

連休いただきました

2011-08-13 | 東海道歩き
7/28-29は連休をいただきました。(かなり古い話題になっちゃぃました)
佐藤先生に、クリニックの転送電話を押し付けて(佐藤先生も遠出するというのに)私がどこへ行ったかというと。

ひとりで箱根行ってました♪

上の文章を見るだけだと、ものすごく優雅な「おひとりさま旅行」のように感じますね(^^)

実際は
「1日で小田原から歩いて箱根(旧街道石畳有り)を越えて三島まで歩く旅(約32km)
でした。
よみがえる去年の苦労(小田原から箱根を歩く旅)
http://blog.goo.ne.jp/c_killy/c/fe0c0ce6d332f388f87de07b9ed699ee/1
しかし、今回はその先の三島宿までを予定。
行けるかどうかはやってみないとわからない、というものでした。
何故そんなことに挑戦するかというと、理由は単純、
「やってみたいから~♪」

当初、「雨が降ったら箱根登山鉄道乗り鉄の旅」と決めていました。
当日の小田原は降ったり止んだり。ケータイで箱根の天気を調べてみると「」とのこと。
早朝5時まで悩んだ末、そのまま歩きに出発したのでした。

▲相変わらず「ういろう」の建物は立派・・・。

今回はアナログカメラを連れてこないので、撮影に時間がかかることもなく、順調に歩いているつもりでした。

湯本の三枚橋に着いたのは朝6時台です。順調順調♪

▼最初の、猿沢の石畳。

▼石割坂。

ここで小雨だった雨が激しくなり、あっという間に石畳が濡れてしまったのです。


箱根の天気は曇りぢゃなかった・・・_| ̄|○

しかもめっちゃくちゃ滑る・・・_| ̄|○

つるつる滑りながら石畳を歩きます。なるべく石ではないところを踏んでいるつもりなのですが、何かの拍子に石の上に乗ってしまい、ツルッといってしまいます。
夕べから痛くなっていた股関節が悲鳴を上げだしました。いつ捻挫するかもしれない。
ここで捻挫したら仕事に影響してしまうので、ケガはぜったいにしないように慎重に歩いてました。

▼大澤坂。

ここではなかなか前に進めないぐらい滑ってしまい、県道を歩きたくなってしまった私です。
しかしここで挫けてはどうにもならないので、とにかく気をつけながら歩きました。

やがて間の宿「畑宿」に到着。
寄木細工のお店が並びます。そば屋もありますが、営業時間前のため、休憩は叶わずでした。
寄木細工のお土産をちょっぴり買って、お店の人と世間話して、さあ、畑宿を後にします。


この後はまた、ひと気のない石畳が続きます。
前回どんぐりほどの涙でなく汗を落とした橿木坂も再挑戦です。

でも、息を切らしながらも前回ほど苦しくないのが、東海道歩きを終えて成長したところ(^^)


そして追い込み坂の途中には甘酒茶屋。当然休憩です!


冷やし甘酒といそべ餅で疲れを取ります。

▲お箸が箱根寄木細工なんです♪

この日はものすんごく涼しかったから、周りのお客さんはみんな「温かい甘酒」で休憩してました。
私一人が汗臭い(^^;

20分くらい休憩してから再び出発!

ツルツル(←滑りまくってます)・・・ゼィゼィ

ここまでに転びそうになったのは数知れず。

緑と石畳しかないじゃないかーーっ(^^;
しかし・・・

芦ノ湖着きました♪この時点で正午ちょい前でした。
いつも芦ノ湖に着くときは逆さ富士が見られません。いつか見たいぞ、逆さ富士!

トイレ休憩と、おまんじゅう休憩と(←?)コンビニ休憩(飲料補給)を取って、また出発です。
杉並木を過ぎると、箱根関所です。

観光旅行者の多い土産店の通りをぬけるとすぐにまた石畳です。
西坂は苔が多いのか、前にもまして転びそうになります。

そのうち静岡県に入り・・・ここからコケはじめました!

箱根西坂の石畳は、東坂よりも歩く人が少ないのだと思います。だからコケも滑る滑る。


時々花に癒されます。


やがて雲助徳利の墓↑
箱根の雲助というと、悪いイメージがつきまとうようですがそんなことはありません。
そしてこの墓に葬られた雲助も、リーダー的存在で人情の厚い人気者だったようです。お酒が大好きだったので、とっくりのレリーフ入り墓石にしたとのことです。

さて、ここに来るまでに3回も転んでしまい、お尻も強打するし、膝はガクガクだし、転んでからまたすべってすべって立ち上がれない…。

ちょっぴり嫌な感じがしつつ、三島の「こわめし坂」まで来ました。
こわめし坂という名前の由来は、「あまりの急坂のため、背中に背負っていたお米が汗でふやけてこわめしになってしまった」ということから来ているようです。

どのくらいの急坂というと・・・

Σ( ̄Д ̄;)げっ


道の先が見えてないというジェットコースター級の坂!!(写真をクリックするとよくわかります)

なーんて、以前通っているからそれはわかっていたのです。
「さあ、下ろう」と足を踏み出したのですが、何回も滑ったり転んだりしているので脚のあちこちが悲鳴をあげまくりです。
「うぎゃ」「ほげっ」「ぐぅ」
などと奇声を発しながら坂を下りました。

・・・・_| ̄|○
もう・・・もう今日はいいです・・・

この坂でリタイヤ決定しました
いいのです。

・・・今度は逆さ富士が見られる季節にリベンジしますっ(T_T)

と、あっさりあきらめて東海道を歩きながらバス停を探したのですが、時間が合わなかったのでもう少し歩くことにしました。
臼転がし坂を下りたところにちょうどバス停があり、待ち時間もないというタイミングだったのでここから三島大社までバスでワープです。らくらく~

なぜ三島大社で降りたかというと、ここから歩いてすぐのうなぎ屋さんで、自分へのご褒美「うな丼」を食すためでした(^^)♪

とりあえず目的は果たせなかったけど、まあまあコケながらもここまで来たから自分を許してやろうと思ったわけでございます(^^)
十分楽しめました!秋にリベンジ予定です!

この日歩いたルート地図

箱根芦ノ湖周辺でゲットした自分へのお土産はコレ。

寄木マン!「伝統を守るスーパーヒーロー」というキャッチフレーズが気に入りました(^^)

後姿で箱根をアピールしてます。頭の部分がしっかり寄木細工で出来ております。

由比宿─興津宿、2010年12月に書き忘れた旅

2011-06-18 | 東海道歩き
2010/12/12(日)・・・の日記を書きかけのまま忘れていた!
なのにしつこく書くとはどういうことかというと、このコースは身近な地元歩きとして紹介したいからなのです(^^)

さて、この前日は吉原宿─蒲原宿を歩いたばかり。
でもこの日も晴れていたので、むくむくと東海道歩き欲がわいてくる。

◆冬で富士山が綺麗にみえる
◆休みで、晴れている
◆体力ありそう
この三つの条件が揃うのは次はいつかわからないのである。

ということで、この日は「由比宿─薩た峠─興津宿」である。
(蒲原宿─由比宿はもう歩いているので微妙に飛ばします)
2008/12/31に歩いたから歩かなくていいかな、と思っていたのだが、私は重大なことに気づいてしまったのである。

「宿場から宿場を制覇していない!!」
「しかも一部だが、道間違ってた!!」
これはあってはならない。

制覇しなくては。しかも2008年は興津側から登った、逆ルート。
まだ一度も江戸側から登ってないのだ。
リベンジするしかない。

ということで「JR蒲原駅」から歩きスタート。
歩き出すとあっという間に由比宿に到着する。



▲東木戸跡。宿場の出入り口を「木戸」とか「見附」と言ったりする。惣門と言う所もある。
大きな門があったと思えばいいね。
道の両脇に石垣が組んであって、その上に土塁を築いてあり、その間に木戸があった。夜は閉じてしまう。
道がこのように鍵状になっているのが木戸跡の特徴。車を運転する人にとってはやっかいかもしれないけど、あえて昔の道をそのまま残しているところに感心してしまう。
大名行列同士がかち合わないようにすること、敵に攻められても、もたつくようにという目的があった。
ここを過ぎればまたすぐに本陣公園。

本陣は偉い人たちがとまる幕府公認の旅籠のことで、一般庶民にはあんまり縁が無い。
そして、普段は旅籠(たぶん高級旅籠)だけど、大名行列が重なって本陣がいっぱいになっちゃった時に「本陣」としての役割を果たすところが「脇本陣」。
本陣と脇本陣は、街道沿いに「跡」の石碑が残っていたり、建物が復元されたり残っていたりするので旅の目印にもなるのだ♪





本陣だけあって立派♪
ここの外には馬の水飲み場があるが、現在は野生化した亀が王国を築いている。

見学もそこそこに、本陣公園を出る。
この本陣公園の前には「東海道由比宿おもしろ宿場館」というものがある。
そこの二階は桜えび料理が食べられて、なおかつ海が見渡せるレストラン「海の庭」がある。
もう少し西側に「井筒屋」という蕎麦屋さんもあって、ここは大人気のお店で行列ができているため、入ったことがない。
さて、これから薩た峠に向かうのである。
・・・おなかすいた。←ご飯も忘れて飛び出てきたらしい
飲食店が開いている時間ではないのだ。

幸いなことに由比は漁師の町である。
魚屋さんはいーっぱいあるのである。

で、黒はんぺん購入したのだ。
「そのままでいいでーす♪」
というと、お店の人が
「ああ、食べてくだね(微妙にしぞーか弁)。ほいじゃー切り目入れてあげるよ」
と、ありがたいことに袋をハサミでちょっと切ってくれた(^^)
お礼を言って店を出て、早速もぐもぐ食べ始める。2枚食べたところでベルトポーチにしまい込む。
また後で食べるのである。
由比川を渡る前に「西木戸跡」がある。

ここを見て、普通に由比川を渡っていた私であるが、ちがうのだ。
ここからちょっと斜めの道に入るのが旧道。
旧道にはいると道祖神などもあった。そして常夜灯もあり。

よし、まずは一個目の正規ルートクリア。


そして由比の商店街を歩く。
漁師町である。「桜えび」「しらす」の看板がいっぱーい。
ついでに酒屋もいっぱい。
正雪」の貼り紙が幾度となく私に誘惑をかける。しかし・・・

だがしかし!

これから薩た峠を越えるので温かくなってしまう!!
日本酒好きの私にそれは許せない。(好きなのに下戸)←「速いのにエコ」とはちがう
しかも重くなる。既に重いリュックにそれはまた許せない。
お土産は軽いもので!と決めているのだ。

やがて駿河湾が見えるようになり、倉沢の街並みに入っていく。


今日はやけに自転車の人と会うし、反対側から歩いてくる歩き人にもよく会う。
日曜日だからか。

倉沢も間の宿。
峠の前には間の宿が置かれた。

▲間の宿倉沢の本陣・・・といっても「間の宿」だから宿泊施設だったのではなく大名たちの休憩所ね。

▲こちらは脇本陣。
 

そしていよいよ海がよく見え始める。

漁師さんの船が駿河湾にたくさん出てるのがみえる。海の向こうには伊豆半島がうっすら見えている。
この伊豆半島も、空気が澄んでいる冬でないとほとんど見ることができない。
薩た峠、いよいよだ。


夏みかんの小径♪

薩た峠は柑橘類やびわの栽培がたくさん。
途中でたくさんの袋にはいって「100円」という無人販売がいくらでもある。
2008年に登ったときには柚子が10コぐらい入って「100円」というのがあり、荷物が重くなるのがどうしてもいやだった私は泣く泣くあきらめた。
今回も夏みかんは・・・そんなに欲しくないな(^_^;
荷物が増えるのは何においてもガマンならない。

ということで、夏みかんに脇目もふらずに歩く。
景色には脇目をふる。
あと、立て看板にも。

ここは幾度となく戦場となってきた。これは忘れてはいけない。
絶景が望めるところでもあるが、多くの人たちが亡くなった場所でもある。

あっというまに展望台に到着♪早い。あんまり苦労して登っていないというのに。
駐車場にはクルマがいっぱい。
タクシーまであった。
自分も展望台のぼらせてもらうのだ。

ちょっと富士山ぼんやりしてきたかなぁ。

さて・・・先へ進もう。

またしばらく歩くと、こんどは「清水市(旧)指定眺望地点」という碑が立っていた。

では、そこからの眺めを撮ってみる。

これもこれでいい(^^)

さて、こんどは寄り道せずに下りです。
ものすごーくたくさんの人に挨拶しながら(今回は団体ツアーが多かったからなのか、挨拶しても5組に1組ぐらいしか返事が返ってこない)下る。
線香のニオイがただよってきたら、薩た峠は下り終えである。(下は墓地になっている)
なんかあっという間に終わりました。
難所ではなかった。

昔、ここが難所だったわけは崩れやすかったり、舗装されていないから滑ったりぬかるんだり、落ちたり、ということだから、現在は特に難所ではないんしょ(←またかっ)


そして降りきると寒桜咲いているのをみつけた(^^)


しばらくいくと興津川。川越し遺跡。

興津川も、静岡県には大変多い「徒歩渡り(かちわたり)」の川。
軍事上の理由から、橋を架けることが許されなかった。

興津川を渡り終え・・・ここから、以前の私は旧道を通らずに行ってしまったので、このときは用心しながら旧道を行く。

そのうち、興津の美味しいケーキ屋さん、ラ・ローザンヌが見えてくる。
すると、もうじきに興津宿に到着。

ここで興津のたい焼き屋さん「伏見」に行こうと思い、そこまでテクテク歩いていったのだが、予約注文殺到中で買えなかった・・・。
(この「伏見」のたいやきには、卵は入っていないとのこと。卵アレルギーの人でも大丈夫♪)

こんどは「ずんどう焼き」を求めて少し東側に戻る。
ずんどう焼きというのは、黄金まんじゅうとか、今川焼きとか、大判焼きとか・・・そーゆー焼き物。
お腹がすいていたので、「ツナ」と「小倉」を購入(^^)
歩いた後は格別にうまい!

この興津には、やたらと美味しい店が多い。
「食べログ」の「興津駅 グルメ」にもたくさん載っていたが、どれも既に有名なのだ。
味わってみたい人は、ぜひ由比から歩いてみよう(^^)♪
本当に歩いた後の庶民グルメは最高なのだ!

最後には何しに来たのだか(グルメか?)わからないまま、この日の歩きは終了~。
ポケットピカチュウの万歩計を見ると、22,000歩ちょいでした。

ぽてぽて、てくてく、492km

2011-06-12 | 東海道歩き
2009年12月から、旧宿場から旧宿場まで本格的に歩き始めた「旧東海道歩き」。

私は歴史が特に好きというわけではありません。
でも、江戸時代の庶民の意外なほどの気ままな暮らし(でも、やはり身分の低い民は大変な暮らしを強いられていましたが…)に触れたとき、「ああ、そういうのって、いいよね」と思うようになり、当時に触れる旅がしたくなったのでした。

でも、近場から始めたので、順番通りではありません。
最初は静岡県内、年末年始を使って日本橋~品川。
18きっぷのシーズンには遠出をし、それ以外は県内を歩く、といった感じに進めてきました。
このように「エコな旅」(なるべく交通費を使わないよう必死な旅ともいう)で来ましたから、だんだん静岡県内も歩き終え、遠くになればなるほど大変になっていき、最後には18きっぷシーズンではなくてもとにかく歩く!となってきました。
水曜日にリュックと着替えを持ってきて、仕事を終えたらそのまま普通列車で目的地、または少しでも目的地に近いところへ行って安いホテルに素泊まり。翌日は早朝から出発なんてことも、三重県以西は当たり前になってしまいました。
なにせ歩くのに時間がかかるから朝早くから歩かねばならないし、そうすると新幹線使っても目的地到着には遅くなってしまうしということで…。

そして、6/1-6/2の連休はここでした。

どこじゃ?って?


▲高山彦九郎さんがおります。

▲駅伝の歴史はここがスタートなのです!


▲はいっ!京都三条大橋!!
 ゴールしましたー!!(^◇^)

京都は人が多すぎてちょっと苦手でして、好きな場所でカメラを構える勇気が無く、ついどうでもいいアングルでしか写真撮ってません(^_^;)
マニュアルフォーカスのアナログカメラで撮影しながらのため、しかも超へたくそなため、歩くのにも人三倍時間がかかります。

さて、せっかく京都まで来たので、いかにも京都っぽいところへもちょっと寄り道しました。


▲おなじみ平安神宮

▲歩き疲れてゴール前に休憩もしました(^^;


2009年末の歩き始めは東京行くのさえ怖いと思うほど人混みが苦手だったのに、いつのまにかそれも克服でき、最初は10キロ歩くこともできなかったのに、最後は1日30キロ歩けるようになりました。
ほとんど静岡県を出ることさえなかった自分がウソのようです。

悪天候で余裕の無かった区間や、すごくお気に入りの場所は、娘を連れてもう一度行こうと思案中です。

いろいろな人の協力を得て、この江戸日本橋から京都三条大橋を結ぶ492kmの旅を、無事に終えることができました。
歩くために迷惑をたくさんかけてしまった増田カイロの先生方や、時々ブログを見ては応援してくださる患者様、そして家のことほっぽり出して歩きに行ってるわがままな私を許してくれる自分の家族、旅の途中に出会った色々な人たち、本当にありがとうございました。
旅を通して、無知だった歴史上の出来事も、少しだけ知ることもできました。
相変わらず歴史には弱いけれど、少しずつわかっていけば良いのだと思ってます。

歩く楽しみがわかるようになったので、他にも歩いて行ってみようかな、と思ってます。

一休さん

2011-04-25 | 東海道歩き

東海道歩きの途中、関宿には「宝蔵寺」という有名な地蔵院があったので立ち寄った。
ここには一休の伝説が残っている。

私とほぼ同世代の方々にはアニメ「一休さん」でおなじみの「かしこいとんち小僧」のキャラクターが頭に浮かんでしまうだろうが、実際の一休は「破戒僧」として有名だった。
男色、女犯、肉食、飲酒を行なったり、大太刀にみせかけた木刀を腰に差していたり(高僧への批判として)と、奇行が目立つ。

正月に、ドクロを杖のてっぺんにさしながら
「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
(元旦の度にあの世が近づいているぞ、ご用心)
と言って歩いたり。

その一休さん、このお寺で何をしたかのエピソードもすごい。
関の地蔵院(宝蔵寺)は天平13年(741)行基菩薩によって創建されたという、古い歴史をもつお寺。
途中、何度か火災にもあったが、そのたびに再興されていた。

あるとき地蔵の開眼を、たまたま居合わせた一休禅師に頼んだところ、一休は
「釈迦はすぎ 弥勒はいまだ出でぬ間の かかるうき世に目あかしめ地蔵」
と何度か言いながら小便をかけて立ち去った。(里の人に追いかけられてすたこらさっさと逃げたらしい)
怒った世話人たちは地蔵を洗い、他の僧に開眼のやり直しを頼んだ。
すると世話人はその夜から高熱にうかされ、夢枕には地蔵が立ち、
「せっかく一休に開眼してもらったのに、やり直すとは何事か(怒)」
と言って祟るようになった。
慌てた里の人たちは急いで一休を追いかけ、桑名で追いつき、謝罪しつつ開眼のやり直しをお願いした。
すると一休はおもむろに懐に手を差し込んでゴソゴソっと自分のふんどしを引っ張り出し、
「そんじゃーこれを掛けとけ」
と言って立ち去った。
里の人がそのふんどしを持ち帰って地蔵にかけると、たちまち世話人の高熱が下がったとか。

一休禅師は偶像崇拝を嫌ったことでも知られているから、このエピソードは真実味がある。

しっかし逆効果じゃん!(笑) 里の人たちよけいに地蔵を崇めちゃったじゃん。

私はこのエピソードを知って、すっかり一休禅師が好きになってしまった。
これから彼についてもう少し調べたいと思っているところである。

▼その地蔵とは違います(^^;


さて、この一休禅師の話がもう一つ。私が大好きな話。
有名なので知っている方も多いと思う。

彼が他界する前、弟子たちに書を預けた。
「この先、どうしても手に負えぬ深刻な事態が起きたら、この書を開けなさい」
弟子たちはその言葉を守り、自分たちで困難を切り抜けてきたが、いよいよ「どうしても困った!!」という事態が起きて手に負えなくなり、ついにその書を開いた。

弟子たちが固唾を呑んでその言葉を見るとそこに書かれていた言葉は・・・!

大丈夫 心配するな 何とかなる

一休禅師のお茶目さと、物事の本質を見抜いている聡明さがそこにある。
「今までだっていろいろ自分たちで切り抜けてきたんだから大丈夫、心配するな、なんとかなるもんだ」
といって笑う一休禅師が目に浮かぶような気がする。

私も普段うじうじと悩むのが好きではないので、「どうしよう・・・」と思ったら
なんとかなるなる大丈夫」と呪文のように心の中で繰り返すようにしている。
明日(あるいはそれ以降)の事で悩むのは、時間も体力も気力ももったいない。

一休禅師の言葉は、いつもやってる自分の不安解消法が、あながち間違いではないことを証明してくれているような気がした。

有松絞り

2011-04-14 | 東海道歩き
有松は、東海道知立宿と鳴海宿の間にある「間の宿」です。

昔から有名な「有松絞り」はここの特産品。

絞り染めを経験したことのある人ならわかりますが、ものすごく・・・もんのすごーーーく骨が折れる作業です。
ワタシは中学の時にうっかり入ってしまった「手芸部」という必修クラブ(授業の中に組み込まれているクラブ活動)で経験させられました。
いや、経験させていただきました。絞り染めてぬぐいを作りました。

図案を考え、絞り中心の色を先に染めておいて絞るところを糸でぐるぐる巻きに、ものすごく固く巻いていくのです。
チョットゆるいと先生に「やり直ししなさい」と言われ・・・。
根性無しの中学生は「もういやだ!」と根を上げたくなったもんです。
できあがっても、当時日本文化にも美しいものにも興味のなかった私は感動も覚えず、家に持って帰って母にあげちゃいました。
母は「綺麗だねぇ、素敵だねぇ」と褒めてくれたのに、私はそれを見ると、あのちまちまとした作業が脳裏に蘇ってきてしまって目をそらしてしまうという、とんでもないひねくれ者でした。

今でもその絞り染めは母によって一部とって置かれています。一時期は弁当包みの風呂敷にもなっていたのですがちょっとボロくなってしまい、ぼろぼろになった部分は捨てて、生きているところだけ小さめのハンカチになってます。よくもつなぁ(^^;30年近いぞ。

そんな私も大人になるにつれて日本の文化が好きになり、美しいものは「綺麗だな」と素直に思えるようになり、そして東海道歩きで有松の町を通る時にはウキウキしてしまいました。
古くからの家のつくりをそのままに保っている町並み。

今でもいたるところに「有松絞り」の製品や生地を売る店が立ち並ぶ。
東海道をひたすら1人で歩いていて、ここへ来ると急に女性たちで大賑わいになるので、大きなリュック姿の私は戸惑うばかりです。
あまりに人が多いので、「井桁屋」という店にササッと入ってササッとお土産を購入して、ホントにさっさと出てきてしまいました。
平日なのにあの賑わい。う~む、もうちょっとゆっくり見たかった(^^;

有松しぼりにはいろいろな絞り柄があり、各家庭によって絞りの技術が受け継がれてきたそうです。
本当は「有松・鳴海絞会館」を見学したかったのですが、この日の歩行距離は20キロ以上の予定だったので、また改めて訪れようと思いました。

有松へのアクセスは、静岡からはJRで豊橋駅まで行き、豊橋駅から名鉄名古屋本線に乗り換えて有松駅まで50分ぐらい。

反物をすべて絞り染めで、というのは素人からすると気が遠くなる作業。
しかし職人さんの手にかかるとお手の物、とはいうものの、やはり大変なことです。
▼これぞプロの技!

2011-04-13 | 東海道歩き
トップページ写真の更新が遅くなりました。
この桜は、愛知県豊明市にある「高徳院」に咲いていたものです。
木曽路桜だそうですヨ。濃いピンク色が素敵です。

高徳院は桶狭間古戦場跡の、道を挟んで向かい側にあるお寺です。
桶狭間古戦場資料館もあります。

東海道を歩きがてら、古戦場跡で一休みしました。
古戦場跡は日本庭園のように整備され、かつて激しい戦いが繰り広げられたなどとは想像するのにも難しいほどです。


名鉄名古屋本線 中京競馬場前駅から歩いてすぐです。


桐井流 富嶽何景か

2011-01-09 | 東海道歩き
さて本題の富士山。
増田カイロプラクティックのトップページFLASHにも使用しているとおり、撮れました♪(^^)

まずは沼津の原宿から富士/吉原宿への歩き。




やっとキレイな富士山に出会えて感激のあまりたくさん撮影・・・のうちの三枚(^^;
愛鷹山もくっきり。


左富士は・・・左富士はぁぁぁっ!!!!

▲工場の建物によってみごとにふさがれる左富士

▲左富士の説明

・・・・製紙工場のばかぁっ!!(T_T)
などと文句たれても仕方ないんで、まあ、むかしはここからきれいに左富士が見えたということを思いに留めることにいたしましょう。
イメージすればいつでもそれは見える、私の器用な目。

他の製紙工場の駐車場の柵からカメラだけ乗り出して撮った富士


そして、鶴芝の碑


昔、ここにあった立場茶屋(宿場からはずれたところに、旅人の休憩のために立てられた茶屋。景観のよいところに建てられることが多かった)から望む富士山の中腹に、まるで鶴が羽を広げているかのように見えたということから京都の画家廬洲が鶴を描き、江戸の学者亀田鵬斉が詩文を添え、碑とした・・・そうです。

で、現在そこから見える富士は・・・

今は鶴が舞っているようには見えないものの、ちゃんと富士山は見えてます(^^)

この日は富士駅まで歩いて(20キロ)、また次回は吉原宿─蒲原宿。
とはいうものの富士駅から歩いて新蒲原駅周辺まで。

このルートは富士川橋を越えます。
数年前までひどい高所恐怖症だった私。今はそこまでではないものの、ぷち高所恐怖症。
富士川橋を一度歩いて渡ればわかる・・・この怖さ。
「ぎゃーーー風が強いーー川がどぼどぼ言ってるーーー!こわいーー!」と叫びながら
「あ、富士山きれい♪」とパチリ。

で、これがトップページに使ったやつ▼

富士山と愛鷹山がつながってるのがよくわかる♪

怖い思いをしながらやっとこさ富士川橋を越えて、富士川のほとりにて休憩。

富士川と富士山▼

この後見慣れた蒲原の宿場があったところまで歩いていきました。
やっぱり富士山がきれいだと足取りも軽やかになります。

・・・・遅いけど(^^;

そして、このときは連休だったので次の日も由比宿─興津宿を歩いて、再び「薩た峠」からの富士も撮っちゃったのでした!
その写真は今度にします。

恋しき富士山

2010-12-06 | 東海道歩き

人間とは欲深いものです。私が今闘っている欲望・・・それは・・・

東海道歩き欲!

さらに詳細を語ると・・・

くっきり富士山を見ながら東海道歩き欲!

富士山キレイなんですよねー最近。
土日はとってもキレイにみえているんですよ。
なぜか木曜日になるとうまくいかない。

ジレンマ・・・。

さて、東海道歩きはどこまで進んでいるかというと、原宿まで来ました。
東京の原宿ではなく、沼津の次の原です。
沼津宿─原宿というのは右に愛鷹山と富士山をセットで見ることができるという、これまた絶景がつづくのがポイントです。

私が歩いた時はどうだったかというと・・・・。


▼紅葉している木の向こうに、でかい富士山が雲にかくれている


↑下の部分だけ見えているのですが、この写真ではかなりわかりにくいようです。

▼横断歩道を渡る時、電信柱のちょうど後ろ辺りに富士山がある・・・はず!!



▼おそらくあの山の向こうに大きな富士山があるのではないかと思われる



ちっとも見えてない・・・・_| ̄|○

とまあ、そういうわけで「くっきり富士山をみながら東海道歩き欲」は私の中で沸騰し続けるのです。

次は原宿─吉原宿の予定。
ここの道のりは、かの有名な左富士があるのだ。
(江戸から京都へ向かうと、ずっと右に富士が見えているはずなのに、なぜか左側に富士山が大きく見えるポイント)

っつーことで、木曜日は晴れますように・・・


小田原から歩いて箱根までの旅 4

2010-12-04 | 東海道歩き

・・・読んでくださっている心優しい方々、つかれたら読み飛ばしてね♪
これが最後だけど(^^;

さて、石畳。割石坂を登りきった私はちょっと満足気。
この甘っちょろい自分は、ガイド本をよく読まなかったせいか、石畳がもうこの先無いと思い込んでいたのだ。

んなワケねぇ!

甘すぎる!そんな甘い自分にほとほと嫌気が差してくるっつーくらい甘い!
まだ箱根の石畳は始まったばかりなのであった!!!
しかも東坂(小田原宿方面から箱根峠までの登り坂)だけでも。

あう~早く甘酒茶屋に辿り着きたいのだ・°・(ノД`)・°・

だが、人生楽ありゃ苦もあるさ♪今を越えればなんとかなるなる大丈夫。
・・・と自分を騙していた結果、どうやら大沢坂の石畳をぶっとばして県道を歩いてしまった気がする(^^;
歩いたかな・・・。おぼえてない。

ほどなく間の宿、畑宿に到着。

↑つたや

↑畑宿本陣跡

畑宿本陣「茗荷屋」せつめい▲

・・・どーして間の宿(宿場と宿場の間に置かれた休憩のための村。宿泊厳禁)なのに本陣(大名が宿泊する幕府お墨付きの旅籠)があるのか。なぜだ・・・なぜ!!
まー、箱根は難所だからね。難所じゃーしょーがなぃんしょ。(寒)
ガイド本には「本陣」ではなく「立場(たてば)」と書いてある。つまり休憩所。
納得。

ここで寄木会館に立ち寄る。
高いから買わずに~・・・と思っていたら、娘に「からくり箱」のお土産を買ってしまった。
寄木細工を施した箱の表面。どうやって開けるかが難問の箱。
(娘はハタチなのだが、こーゆーもので素直に喜んでくれるので嬉しい(^^))

さてさて、また歩くわけですが、畑宿のはずれに一里塚。の案内板。

本格的に復元されている一里塚です。
東戸塚の辺りでは台風に遭っていたたため写真を撮れなかったのですが
今度は撮る!


失敗した・・・_| ̄|○

ま、いいや。
で、早速石畳なのさっ!


ここから先はしばらく石畳のコケで滑って滑ってたまらなかったので、どの石を踏むかすばやく判断しながらエッチラオッチラ登って、登って、登って・・・・

もういいよ、石畳ーーー・°・(ノД`)・°・
とパニクっていたため、しばらく撮影してません。

とりあえず友達と冗談を言い合いながら笑って登るのですが、すぐに息が切れます。
友達は喫煙者なのでそーーとーーーー苦しそうです。あはははは←ヒドイ
・・・すみません。私の道楽に付き合っていただいているのでした(^^;
いやもう、何がきついって、何がきついのかわかんないぐらいにきつい。
途中で休み休み行く。
年配の男性が「お先に~♪」と軽い足取りで追い抜いていく。

・・・やばいぜ四十代!!
どんだけヘタレなんだろう、私たち。
でも友達はものすごーくきつい仕事で休みもなく数ヶ月やってきた後、やっと取れた遅い夏休みにこの道楽に付き合ってくれているわけで、すなわち体力なんざーあるわけ無し。
(しかしわりと尾瀬なんかを歩きに行っているということで、もともとは体力があるので今回白羽の矢が立ってしまったという、たいへん気の毒な子である)
付き合わせてごめん(^_^;
私と言えば、アレルギー体質でほんの3年前まで電車にも乗れなかったのを職場で強くしてもらって、ようやく1日10キロ程度なら歩けるようになったばかり。
四十代がヘタレなのではなく、わたしたちの体力が箱根に挑戦するほどの体力ではなかった、ということらしい。
納得。・・・言い訳ともいう(^_^;

とりあえず登りきって、登ったところでお腹空いたのでコンビニで調達していたパンを食べる。
階段に座って(^^;
友だちは立ったままおにぎりをぱくついていた。
しばらくは人は登ってこないだろう・・・と思っていたら人来たし。
急いで食べかけのパンをしまい、道を譲る(当然だが)。

さて、ここを出ると・・・次は・・・
悪名高き七曲がり!!
しかし旧道はクネクネせずに階段というショートカットコースである。

ショートカットショートカット
などと浮かれている場合ではない。
階段がずっと・・・ずーーーっと続くのはきついのだ。

そしてついに

橿木坂!!かしのきざかと読みます
あまりの坂の辛さに、男の旅人でさえもどんぐりほどの涙をこぼすとかいう橿木坂!

登るしかあんめーよ。
しかしHP(ヒットポイント:体力)の残りを見ると10ぐらいなのだな(^_^;)\(・_・) オイオイ

ぐだぐだ言ってないで登ります。ああ、上まできたなぁ。


▲これがずーっと・・・ずーーーっと続くのがこの坂。
昔はぬかるんで滑って滑ってしかたがなかったのだと思われ、ここを登る人(降りる人もそうだと思う)は大変な苦労をしてきたそうだ。

そして現在の私はといいうと、そんなことを考える余裕もなく・・・

あ・・・汗が・・・汗がふきでるーーーっ!
あぢぃよう~~~!
とか「どんぐりほどの文句」をタレながら、そしておもいっきり立ち止まりながらも少しずつ登る。

これ以降はまたしてもテンパッていたので写真はなしである。
石畳もキライだが、階段もキライになりそうである。
静岡の、久能山東照宮の1159段の方がよっぽどカワイイと思ったね。

とちゅう「猿滑坂」の看板が見えたのだが、「あー・・・そうかい( `д´)」と説明を読む気にもなれず。
そしてやっと県道がみえた!!
ついに登り切ったーーー!!

と思ったら、県道を挟んで向かい側にそびえ立つ階段・・・_| ̄|○
ここで一気に脱力した私は道路にへたり込んだ。
とりあえず水分、塩分。そして進路確認。・・・しばらく動けない。

そこへまた、後ろからやってきた今度は違う年配の男性。
登り切って汗が噴き出ている。当然だ。
「あ、ここ座ります?」と荷物をどけると「いや、いいです」とのこと。
どこから歩いてきたか聞くと小田原からということで、私たちと一緒である。
しかし、きっと出発は私たちよりあとであろう。
簡単に抜かされる(^_^;
「どこまで行きますか?」と聞くと「三島まで行く」とのことである。

32キロ歩くのか!すごいっ
もうひたすら感心しちゃいました。
するとその年配の男性
「まあ、夜7時ぐらいには三島に着くでしょう(^^)」←クール
おぉぉぉ、余裕だっ!!

か・・・かっこいい(←惚れた?)
あんなおとーさんがいたら私はオトーサン大好きっこ(こ??)になってしまうであろう。

その男性が去っても、しばらくは立てず(TдT)
数分後、やっとで重い腰(尻)を上げました。

そして階段をのぼり、ちょっといくと休憩できる屋根付きベンチがあったので、また休憩。
もう水もない。かなりヤバい。

ガイド本をチェック。更に追込坂を登ると書いてある。
しかし、ほんとーーーにもう石畳を登るのはできない。
もう一度ガイド本に目を通すと、そのまま県道を行くのも旧東海道との説があるとのこと。
どっちを歩いても良いとのことなので、急に元気になる。県道でスルーしよう♪

さあ、甘酒茶屋に向けて出発だ!!!


▲おおっ!コレが甘酒茶屋!!!
と思って中にはいるとそこは資料館でした。
昔はここで甘酒をふるまっていたらしい。
本来ゆっくり見学したいところなのだが、もうへとへとなので今度こそ甘酒茶屋へ。

ここの甘酒は、砂糖を使わずに米の甘さをじゅうぶん生かしているという、こだわりの甘酒なのである!
ぜひそれは試してみなくては・・・。

すいません、しそジュースください。
・・・あれっ!甘酒と力餅食べるつもりだったのに・・・つい。

そしてここで休憩することによって、かなり体力は回復した。
飲料も購入できるのでDAKARAを購入。(失敗)

さて、ゴール前の最後の石畳。

すぐに疲れが戻ってくる。


しかし、この辺は軽装の石畳歩き人が多い。どうなっているのだ。
といったところでまたもや休憩である。

▲「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川」という箱根馬子唄の歌碑。
ここでも石畳散策の女性達に会い、道をきかれた。
おそらく元箱根に宿泊している人たちなのであろう。足もとを見ると、とても石畳には向いていない。
「気をつけてー」と声を掛けて別れる。

さて、いよいよ最後の権現坂。

ぜっっ・・・たい登りだと思ったら、下りの坂でした(^^)
ここから芦ノ湖まで下っていくのだーーー♪

足が軽やかになっていく。

石畳、おわったぞー!!

そして今度は杉並木の道。
家康が東海道を整備した時代から残っている杉の木なので、その大きさと言ったらすごいです。



そして・・・そしてついに・・・

芦ノ湖だーーー。
・・・と鳥居を入れずに海賊船を撮ってしまうあたり、ダメな感じです。

関所をゴールにするつもりでしたが、もういいや。今度歩く。
(かつての箱根宿は関所を越えた辺りでした)

友だちとお蕎麦屋さんに入って、そばで祝杯♪
ついに箱根半分歩いた!

こんなきつい道楽につきあってくれた友だちに感謝です!ホントにありがとう(^^)
そして出会った人々(と、ロボット)、ありがとう。
シャイダーなので(←宇宙刑事?)あんまり気の利いた言葉をかけられなくてごめんなさい。

いつかまた何処かで会えたら・・・気づかないので声掛けてください(。_・☆\ ベキバキ

さー、次の日はまたもや4時起きで仕事だ!さっさと帰んべ!
と、本当にさっさとバスに乗り込んで小田原駅へ。
そしてそのまま小田原駅で友だちと別れを告げる。

ありがとう♪一生の宝となります。

あーー・・・もう石畳は見たくないっての。

だが、三島まで歩くときに今度もまた下りの石畳があるのだ。がががーん(((@_@;

箱根は今も天下の険。


小田原から歩いて箱根までの旅 3

2010-12-04 | 東海道歩き

さて、歩きに欠かせないものといえば塩と飲料。
(この旅をしたのが9/21。ちょっと涼しくなってきたとはいうものの、まだまだ暑い)
塩は岩塩の粒タイプを携帯しているからヨシ。
平地のうちにたくさんコンビニに寄った(どうもトイレが近かった)ので、もうじゅうぶんと思っていたのですが甘かったらしい。
・・・水分が心もとなくなってきた。
入生田駅近くのコンビニにおいてはクラッシュ氷を買っておいたのですが、きっと足りない気がする。
しかもついさっき、最後のコンビニらしきところを通り越してきてしまった。
そしてトイレも行きたくなった。

・・・・・・・

ピンチ! (@_@;


こーなったら、何処か茶店のようなものがあれば飛び込むしかない!
と思って彷徨っていたところ、ワタシの目に飛び込んできたのはデイリーヤマザキ

しかし、とっても小さなお店だったのでトイレは望めず。でもとにかく飲料確保!!
さらにその後みつけた、うれしい公衆トイレ!!(旧道を歩く人の便宜を図って設置されたものと思われる)

山登りの準備がやっとでできました。←遅すぎ

といったところで一個目のこれ


そうです・・・ワタシの苦手な石畳!!

何でそんなに苦手なのかというと、地元静岡の東海道歩きでえらい目にあっているからなのだ。
7/7分の、金谷─日坂─掛川の歩きろく参照
ありゃードラクエで言えば毒の沼地。歩くたびにヒットポイントが減っていく

それなのに箱根ときたら・・・石畳に続く石畳!
しかも写真付のガイド本(の石畳Photo)を見たら・・・石が緑色!
金谷の石畳なんか目じゃないほどのみどりいろっ!

これがどれほどあるのだろう。・・・・あぁぁいやだぁぁぁ。
てなこと言ってられません。
いざ!


と、その前に

馬の水のみ桶があった。

最初の石畳、猿沢の石畳は255mしかないので、ちょっとほっとする
温泉の渡り廊下をくぐって、

このあとすぐ終わりとなる。とりあえずここは楽勝楽勝(^^)♪

箱根っぽい風景になってきた。高そうな温泉宿たちだぁ。


観音坂。


この辺りで道しるべに紛らわしいことが書いてあったため、進行方向確認にちょっと時間を費やしてしまう。

そしてまたしばらく歩いていると、道端でリヤカーの傍らに休んでいる若者がいた。
見ると宗谷岬から歩いて日本中を旅している大学生の男の子であった!
東海道どころではない、日本縦断の歩き旅!・・・やるなぁ、すごいなぁ(^^)
とっても素敵な挑戦だ。
どうやら小田原のコンビニでワタシがトイレっている間に、友達とその子は既に出会っていたらしい。
ということは、重いリヤカーを転がしているその男の子に、とっくに先を歩かれていたのだ(^^;

ワタシたち、体力ガタガタの四十代♪
自慢にならない・・・_| ̄|○

ここでいいにおいの花に見とれて写真を撮りまくるが、見事にピントが合ってないし(^^;
藤かと思っていたのだが、葉っぱ違うね。←気づけ

ハイ、これは葛の花でした~。こーゆー花が咲くのか、初めて知った。

また暑い中歩き出す。

時々岩塩を取り出して口に放り込み、水分と一緒に飲み込む。これをやっていないと脱水を起こしてしまう。
翌日は仕事なのである。自己責任で歩いているのである。
へろへろになってきたワタシたちは「小田急ホテル はつはな」という建物が見えてきたあたりで、またもや休憩。

先ほどの大学生が歩いてきた。
他愛ない話を交わして、なんと塩飴をくれた。うれしい(^^)
どうやら彼は、夏の間も当然ずっと歩いていたので、途中で熱中症になってしまったらしいのである。
それ以来塩飴を持ち歩いているのだとか。
塩は大切。水分ばかり摂ってはよけいに脱水するのだ。ここで塩が大事なことを身をもって知った若者に出会えると嬉しさ倍増(^^)
「また会うかもねー♪」←追い越されるという意味で(^^;
と別れを告げて再び歩き出す。
旅につきものの一期一会。心が温かくなる瞬間です。
なにとぞ、彼の旅路が安全なものでありますように。

ホテルの名前にもなった「初花」。この近くには「初花の滝」という滝がある。
浄瑠璃「箱根霊験いざりの仇討ち」の主人公。初花が足の不自由な夫を車に乗せて、夫の父の敵を探し旅をする。その仇討ちを成し遂げたという伝承の地なのだそうな。
その後二人はこの地に落ち着いたのか、その先の鎖雲寺には二人の墓がある。
鎖雲寺の近くにある、霊泉の滝↓ 初花の滝ではない(^^;


この先、半端ではないカーブと急坂に出会う。
「女転し坂」である。
昔、馬に乗って旅をしていた女性がいた。あまりに急なこの坂で落馬して死んでしまったことから、この名前が付いたらしい。この辺り、かなり息が切れていて写真撮ってません。

この辺りはドハデな神社が多すぎる・・・ま、いいけど。
さて、次にきました割石坂。


・・・・石畳っす(T_T)
でも意外と歩きやすいので助かったり。ここには江戸時代の石畳も部分的に残っている。


なんとかここも楽勝♪

箱根の石畳、歩きやすいじゃん!

・・・・・・と思ったのが甘かったらしい。

またまたつづく


小田原から歩いて箱根までの旅 2

2010-12-04 | 東海道歩き


板橋見附から、旧道に入ります。
小田原宿を出たばかりなのに、旧道はとっても旧道らしい雰囲気を残しています。
古い建物もちらほら。格子戸の家もたくさん。
この辺りは歩いていて楽しいです。

もーとにかく歩きます。
↓あ、これハリウッドみたいで好き♪(←どこがか(^^;)

旧道は国道と一緒になったりまた外れたり。
ところどころガイド本を出してきゅう東海道を確かめつつ進みます。
箱根登山鉄道の可愛らしい車両が通り過ぎるのを眺めつつ、だんだん山がたくさんになってくる風景も眺めつつ。


そして、本日一つ目の一里塚。風祭一里塚。

・・・朝、ホテルのロールパン1個だったのがいけないのか、既に腹へりんこです。
朝食メニューがロールパン、チーズ、ヨーグルト・・・食べられるのはロールパンだけじゃん。
(東海道歩きの日は食べるものは最低限かつ安全なものと決めている)
そして、カメラのフィルムの予備を持ってきていないことに気づく。

ゆえに、箱根登山鉄道入生田駅近くのコンビニにてフィルムと「歩き食べ用」のおにぎりとパンを購入(ここでも体調維持のために選択に注意を払う)。
おにぎりをだして(^^)♪ってなっていると、入生田の踏み切りで男性数人と、可愛らしいものをみかけた。
緑色のボディ。体長20センチ弱。大八車を引きながら頑張って歩くロボット。
彼の先を行く謎の機械。
そして周りの男性たちの顔つきの真剣なこと!!
お仕事中らしいから邪魔しちゃいかん・・・と思っていたが、
友達は何なのか気になって、その男性たちに聞いていた。
「パナソニックの電池です」
との答え。

そう、あのエボルタくんだったのです。
歩いたのが9/21だから、まだ東海道チャレンジも出かけていない。
その時もその後も全然知らなくて、後になって友達がメールで教えてくれた。
箱根歩きテストか何かの時だったらしいです(^^)
カタカタ歩いて可愛かった。

さてさて、楽しく歩いているうちにいよいよ箱根湯本です。
三枚橋を渡るのが旧東海道ですよん♪

三枚橋からの眺め。

そしていよいよ山らしい道に入ります。
これから歩くべき険しい道のりのことを考えると・・・ちょっとやんなっちゃうのですが、とにかくやるしかあんめー。

そしてあっというまに一里塚。
もう8キロ歩いているのか。これからの8キロは今までと打って変わって険しくなる・・・ワタシの顔も険しくなる(^^;

ここでとりあえず座って休む。
ワタシの目は、道端の色々なものを勝手に捉える・・・

ちっちゃいカタツムリはっけ~ん♪

まだまだつづく