古代中年コナン・ザ・グレート(苦し紛れのタイトルなので記事の内容とは全く関係無し)

2011年06月11日 00時59分52秒 | 日記
一個前の記事のアンドレちゃんの事は実家で親父と一緒にニュースで見てて「お前より絵上手いな」とか言われつつ見てたのですが件のニュースを
見終わった後に親父が「絵っていえばこの前、○○中(俺の母校)に行ったらお前が三年の時に描いた風景画まだ飾られてっけよ」と言って来ました。
もう13年も前の事なのでもうすっかり記憶の片隅に追いやってまして、言われてみればそんな絵も描いたなって程度の記憶しかなかったので正直
どんな絵だったかすら忘れてたし現物もてっきり無くしたか捨てたとばっかり思ってました。だからびっくりしたり晒し者みたいで若干はずかしかったり。
ただまぁ学校側がそういう風に扱ってくれる事自体は正直嬉しかったのです。嬉しかったのですが、何故市のコンクルールでかろうじて一番ショボイ
賞にカスった三年の時の風景画を飾っているのかという疑問が。というのも俺が中学一年の時に描いた風景画は市で二番目に選ばれ他県にもたらい回しに
されていた絵だというのに、何故その絵を使わず三年の時に描いたショボイ方の絵を飾るのか・・・。まあ確かに三年の時の絵は俺がキャッチャーフライで
野球部の活動を終えて暇を持て余していた時だったので(受験勉強は?)絵に力を入れる事ができたし納得と言えば納得なのですが。しかし何故に。


「そら大輔、一年の時の絵は厳密にはお前だけが描いた絵じゃないからな」


そう親父に言われて思い出しました。一年の時に描いた絵は俺自身全然力入れた描いた絵じゃあなかったのでした。というのも当時の俺はポンチ絵を
描くのは大好きだったけど風景画を描くのは物凄いおっくうがっていた(単に描くスキルが全くなかっただけとも言う)人間だったので楽しよう楽しよう
という思考ばかりが先行し絵面の半分以上を木の幹で埋める(葉っぱも描かない)という暴挙に出ていた所、絵の心得があるかーちゃんに止められまして。
背景や細かい部分、そして木の幹が木の幹らしく見えるようかーちゃんに修正を入れられ、結果自分が描いた部分の方が少ない状態のまま提出したのでした。
ところが蓋を開けるとその絵が市のコンクールに出品され「木の幹で絵面を覆った構図が大胆で良い」とかコンクールの審査員から言われ・・・。
・・・と、自分の意図したものと全く違う評価をされたある意味かわいそうな絵だったのです。ところが当時の俺はこの事に単純にぬか喜びをして
この調子なら来年はハナクソほじりながら描いても褒められると過信。そして一年後の夏休み。野球部の活動もそこそ
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