図 サージェントJohn Singer Sargent によるジュディット・ゴーティエの肖像画三点
テオフィル・ゴーティエの娘、ジュディットJudith Gautier(1845-1917)とサージェントとの縁は、これも児玉実英『アメリカのジャポニズム』に教えられた。
彼女の作品はGallicaにもある。試しにLes princesses d'amour (courtisanes japonaises) を読んでみた。
時代は明治、維新から二十五年ほど過ぎた頃。鎌倉の元大名の一人息子サンダイSan-Daïは、屋敷から一歩も出ず、青い顔で読書に没頭する。
息子を案じる殿様に相談を受け、サンダイの学友ヤマトは、気晴らしに若様を東京の吉原に連れて行こうと申し出る。
?Le Champ des Roseaux!? (葦原〔吉原の元の名〕か!)―吉原と聞いて、老殿様は若き日を思い出した様子。
長い講釈が始まる。徳川家康は諸大名に江戸参勤と妻子の江戸居住を求めたが、誇り高い奥方たちは藩地の城から動かない。大名はさっさと地方に帰ってしまう。吉原の遊郭こそ、大名たちを江戸につなぎ止めるため家康の仕掛けた「絹の網」les filets de soie だった。
この「家康のたくらみ」説、鵜呑みにしていいものか、吉原について私の知識はもっぱら落語による。
物語の冒頭は、まさに「明烏(あけがらす)」だ。(→サイト「吟醸の館」の「落語の世界・第25話 明烏(あけがらす)」)
ヤマトは東京のさる大名の屋敷に、中国の哲人の手稿があると騙してサンダイを連れ出す。
新橋駅からは人力車、賑やかな通りから、辺りは徐々に閑静になり、やがて一面の田んぼ、蛙が鳴いている。
ヤマトが「大衆的な歌」un outa populaire を朗誦する。
?Quand les grenouilles elles-mêmes me conseillent, comment pourrais-je ne pas aller au Yosi-Wara ? ?
(蛙まで私を誘う、どうして吉原に行かずにおられよう?)
馬道通り l’avenue Mumamitchi の端で車を停まらせ、ヤマトはお稲荷さまの水盤で口と手を清め、賽銭を投げ込む。
-Inari! Inari ! donne-nous la beauté, afin que nous puissions plaire et être aimés !
(稲荷よ稲荷、われらに美を与えたまえ、これより赴く所で大いにもて、愛されるために!)
大門の前には人力車が相次いで停まる。ごったがえす人、学問好きの大名の屋敷とは見えない。サンダイを誤魔化そうとヤマトは必死になる。
サンダイと一夜を過ごすことになる花魁、花鳥(はなどり)は、由緒ある武家の娘だが、赤ん坊の時さらわれ、郭に売られた。
無心に詩と音楽を習い、お姫様のように育てられたが、やがて自分の運命を知らされる。
客を取るのを拒み続け、いやな男に身を任すなら死のうと決めていた花鳥、サンダイの柔和な顔を一瞥し、この人ならと心を決める。
ヤマトたちの計略だとようやく気づき、慌てるサンダイ、車引きから女将までぐるになった罠。事情を聞いて花鳥は蒼ざめ、すべて自分は預かり知らぬことだと言う。
この辺のやり取り、花鳥は終始きりっとしている。悲哀と威厳。劇的急転を経て、二人の愛の誓いで第IV章「初お目見え」La présentation が終わる。