1974年の11月頃と記憶していますが
早朝 高校に向かう前に7㎒のSSBでJA3AA 故島OMと交信した際に「1.9㎒の名取市は珍市なので是非QRVを!」との話になりました
拙者が「電信級(現3アマ)」の免許を取得したのが75年4月の国試で 翌76年に高校の同級生からFT-101ESを譲ってもらった時から
バイブルはCQ出版社発刊の160メーターハンドブック(本書は同じ町内会のJA7YDXに通っていた後輩に貸したままになっている通称「永久貸与」?!)
1.9㎒での初QSOは7㎒のDP-ANTに無理やりANTカプラーで同調?させて新潟県のOMと交信
MOBILEからの1.9㎒初QSOはオール宮城コンテストでJG7PSJ 川野部OMと(これも7㎒のモービルホイップANTに無理やり!)
160メーターハンドブックの中に 島OMが1.9㎒でのWAJA完成の話が出ていて 移動した局が電信用の電鍵を忘れ ワニ口クリップにコインを挟んでキーイングした
との記載が有ったのを 先日 VP6Dを21㎒のCWで呼んだ時に思い出しました!
MOBILEから各バンドや各モードでDXCCに挑戦しているのは 困難な環境下に自分を置いて交信に成功した際に得られる達成感・交信出来なかった時の挫折感を
アマチュア無線を長く楽しむ糧にしている様な感じがします