食は腹(クワバラ)
三つ又に来て立ち止まった。
いつものことだが迷いが生じる。
「バッバー、右がいいに決まっているだろう」
じれったそうにカラスが言った。
「そうは言っても」
この前、茶の仕入れに行ったときは左の道を行った。石ころ道で、折角の、おろしたての下駄を割ってしまった。
お婆は、いつものように、履いている駒下駄を空に向けて放った。宙で一回転した下駄が、斜めに減った歯を見せて転がった。
「ほうら、右だぜ。行こうぜバッバー」
「そりゃあ、こっちの道は、花は咲いているし、鳥も蝶もウサギも蛇も可愛いよ。だけど」
「大丈夫だぁ、オイラがついているぜ」
「あの、ガマだけは嫌なんだよ」
「バッバー、春だねぇ。羽毛をこんころもちいい風がくすぐるぜぇ」
「シィーッ。ガァガァ騒ぐんじゃないよ。聞こえるだろう、あの声。クワバラ、クワバラ」
お婆の頬が緊張で強ばった。菜の花の群れに沿ったせせらぎの近くから、その声が響いてきた。
お婆は足を速めた。行く手の草むらから、黒い塊がノソリと跳んだ。尻餅をついたお婆の目の前を、横切ったその目は、お婆以上に恐怖に戦いていた。
「これがうめぇんだ。食いねぇ」
茶問屋の親父が、香ばしい串焼きを、お婆の目の前に差し出した。ギョロリと剥いた目、両手足が宙を掴んでいる。
「ものは試しさ。ちっと、食ってみねぇ」
手を振り断るお婆に、親父が畳みかける。
お婆は、前歯で少し噛み切った。塩が効いている。淡泊だが、噛むほどに味が増す。
「バッバー、そ、それは」カラスが叫んだ。