鳥海山近郷夜話

最近、ちっとも登らなくなった鳥海山。そこでの出来事、出会った人々について書き残しておこうと思います。

地図に見る蕨岡口

2022年12月28日 | 鳥海山

 かつて登拝者で溢れた蕨岡口、昔の地図にはちゃんと載っています。


 陸地測量部1/50000地形図大正三年より

 左下鳥居の印が杉沢熊野神社、鳥海山二之王子熊野大権現と呼ばれたところです。そこから登れば駒止、ここは馬の終点です。掛茶屋があり、金剛杖も売っていました。その先湯ノ台からの道と合流しています。この地図は陸地測量部が測量した最初の地図ですが、その時点で湯ノ台道はすでにあったことがわかります。大臺野から横堂へ直登する道も載っています。この地図を見ると、赤滝を経由して横堂へ登るようにも見えます。その途中から見た景色でしょうか。

 赤滝大神はこの写真の左手奥にあり写っていません。(蕨岡山本坊談)

 現在の登路は赤滝へは途中から分かれていくようになっています。この登山道は沢追分コースとなっていて古い石の祠も何か所か散見されます。地図上の鳥居の印は大沢神社の位置のように見えます。

 「山と高原地図 鳥海山」の最初の頃の地図ではこのようになっています。


 昭文社 山と高原地図 鳥海山 1976より

 蕨岡口は既に嶽ノ腰林道からソブ谷地を経由して横堂手前へ直登する道に変わっています。横堂から大黒台への月光坂も道は地形図ではわかりませんが付け替えられています。道を付け替えた人から聞いたので間違いありません。この直登の道も蕨岡の人が開削したものだそうです。今は藪に覆われて歩く人もいないようです。ソブ谷地には昭和の初めころまで小屋もあり宿泊できたことがわかっています。ソブ谷地から尾根を越えて、この辺一帯は熊の活動範囲です。

 最新の国土地理院の地図では下のようになっています。


 国土地理院オンデマンド地形図25000より

 嶽ノ腰林道もそのまま記載されていますし、廃道に近いソブ谷地からの道もそのまま記載されています。

 2022年版山と高原地図では下の通り。


 昭文社 山と高原地図 鳥海山・月山・羽黒山 2022年版より

 駒止から水呑池を経由する旧登拝道は「旧蕨岡からのルートが刈払いされて歩けるようになった」と記載されていますが最後に刈払いされてから何年か経過しており、現在は多数の倒木と藪で水呑池の先は案内なしでは無理でしょう。更に、その上部水呑池手前の分岐道!印の付いたところは歩くのは不可能です。ソブ谷地にもP数台となっていますが途中道路崩壊していて林道は通行不可。ソブ谷地からの登路も今や荒れ放題。横堂に⛩印と大沢神社の表記がありますが大沢神社は現存せず、しかも別の位置。国土地理院25000地形図にあった建物の印はこの秋削除されました。民間の案内図、執筆者単独で山域全般の最新情報を網羅するのはやはり無理があるのでしょうね。

 また各年の地形図を注文してみようかと思いますが1/50000図、昭和途中からのカラー版になると一枚2,400円もします。4枚頼むと送料込みで一万円を超えます。(支払いは印紙、配送方法指定すれば紙筒に入れて折り目のない形で送ってもらえます。)

 ※ 国土地理院地形図1/50000鳥海山では蕨岡旧道は昭和44年測量分までは載っていますが昭和52年測量分からはソブ谷地経由の道が蕨岡口とされそれまでの登拝道は削除されました。1/25000湯ノ台は1975(昭50)が最初の測量ですがこの時点で1/50000より先にソブ谷地経由の道のみの記載となり、旧登拝道は消えています。


2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
貴重な資料 (Kan)
2022-12-30 09:37:52
いつも貴重な資料ありがとうございます。
先日市立図書館の蔵書をWebから検索したら、ブログで紹介されている本が結構あるようでした。ほとんどが貸出禁止で館内閲覧のみとなっているようですね。
返信する
Unknown (ayasiiojisann)
2022-12-30 10:04:09
橋本賢助「鳥海登山案内記」と太田宣賢「鳥海山登山案内」の二冊をWordに打ち直してみました。一部分はブログに掲載しましたけど今度は連続して掲載してみようかとも思っています。
返信する

コメントを投稿