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北アメリカとヨーロッパの大衆:いいかげんに目を覚ませ、まったく!

2019年6月17日 (月)

北アメリカとヨーロッパの大衆:いいかげんに目を覚ませ、まったく!

Andre Vltchek
2019年6月6日
New Eastern Outlook

 毎年、毎月、私は世界の両側を見ている。ますますかけ離れてゆく二つの両極端を。

 シリアのホムスのような偉大な都市がぞっとするほど崩壊されたのを見る。アフガニスタンのカブールやジャララバードが、NATO占領軍と彼らの現地の傀儡を守るのを意図した巨大なコンクリートの壁で分断されているのを見る。インドネシアのボルネオや、金を採掘しているペルーの町や、今やほとんど住めなくなったオセアニアの環礁島諸国のツバルやキリバスやマーシャル諸島で恐ろしい環境破壊を見る。

 公衆衛生設備や清浄な飲料水が欠如しているスラムを見るが、そこでは欧米帝国の長靴が現地文化を打ち壊し、人々を奴隷にして、自然資源を略奪しているのだ。

 私はすべての大陸で働いている。極度の疲労に打ちのめされている時でさえ、ほとんど何の蓄えも残っていない時でさえ、私は決して止めない。私は止めることができない。とうとう行動様式が見えるようになったので、私には止める権利がないのだ。この世界の動き方、欧米が世界の大部分の国を強奪し、洗脳し、奴隷にしに成功していた方法を。私は私の知識をまとめ、「世界への警告」として出版するのだ。

 私はこの「行動様式」についての本を書いた。これまでで私の最も包括的な、厚さ1000ページの「Exposing Lies of The Empire(帝国の嘘をあばく)」だ。

 そして、私は欧米そのものを見る。

 私は「講演」のため、ヨーロッパ同様、カナダやアメリカにも行く。時にはオーストラリアの聴衆に講演するよう依頼される。

 破壊された人々や略奪された大陸と比較すると欧米は法外なほど金持ちなので、まるで地球に属していないかのように思えることが多い。

 のんびりした怠惰な日曜午後のローマのヴィラ・ボルゲーゼ散歩と、ナイロビのマザレ・スラム恐怖の通り抜けは、全く別の二つの現実、二つの異なる銀河系に存在していて不思議はないものだ。

 今も「ヴィラ・ボルゲーゼ」の綴りをちょっと間違っただけで、Macはすぐ正解を教えてくれた。ヴィラ・ボルゲーゼが存在しているからだ。一方、正しく綴った「Mathare」には赤く下線を引かれてしまった。Mathareは「間違い」なのだ。なぜならそれは存在しないから。約百万人の男性と女性と子供がそこに住んでいるにもかかわらず、それは存在しないのだ。欧米で私のマックブックプロによっても、比較的十分教育を受けた読者の大多数によっても認識されないのだ。

 実際、ほとんど世界全体が、ニューヨークやベルリンやパリから見た場合、一つの大きなエラー、非実在のように思われる。

 私は欧米の大衆の前で講演する。そう、頻度は減っているが、時々講演している。

 率直に言って、ヨーロッパや北アメリカの聴衆と対面するのは憂うつで屈辱的に思える。

 それはこういうことだ。「真実を語ること」世界中で目撃したことを語るよう招かれるのだ。

 良く暖房されたり冷房されたりしている家で美味しい夕食を食べた後、快適な自動車で到着したばかりの男性や女性に対面して私は立っている。私は有名な著者で映画製作者かもしれないが、どういうわけか、彼らは私を乞食のように感じさせるのだ。なぜなら私は「乞食」たちのために話をするために来たのだから。

 全てが洗練されて、振り付けられている。私はどんな「流血シーン」も見せないことになっている。私は「公人の名」を出さない。壇上では悪態をつかず、酔わず、視界に入っている人々侮辱しないのだ。

 通常直面するのは、かなり頑固かか、少なくとも「かたくなな」聴衆だ。

 最近、南カリフォルニアで、仲間の哲学者と友人に彼の同僚の小さい集会で話をするよう頼まれた際、私がシリアのイドリブ近くの前線における状況を説明していると、何人かの人々が携帯電話をいじっていた。私の話は彼らの大部分にとって「耳に心地良いBGM」にすぎないと感じた。テレビインタビューで何百万人もの人々に語る際は、少なくとも、大衆には会わずに済む。

 欧米で「講演する」際は、実際、彼らの国が犯している大量殺人や大量虐殺に少なくとも部分的には責任がある男性や女性に語るのだ。他の人々が強奪され、屈辱を受け、しばしば強姦さえされているがゆえに、生活水準が理不尽にも高い男性や女性だ。だが彼らの目は謙虚ではない。彼らは私に詰め寄り、私がするかもしれない間違いを待ち構えていて、こう結論するのだ。「彼はフェイクニュースだ」。彼らにとって私は「存在している」人々と存在しない人々の橋ではない。彼らにとって私は、エンタテイナー、芸人、あるいは多くの場合、厄介ものだ。

 私の聴衆の多くにとって、欧米がくり広げる戦争やテロについてについて学ぶのは、オペラ公演や交響曲コンサートとは違う別の種類の贅沢な、レベルの高いエンターテイメントなのだ。大半はそうしたがらないが、もし必要なら、彼らは代金さえ払えるのだ。刺激的な経験をした後、彼らはいつもの暮らし、保護された優雅な生活に戻る。一方私は、翌日、違う現実、前線に、埃と窮乏へと戻る飛行機に乗っていることが多い。

 彼ら、私の聴衆(現実に直面しよう。読者の大部分でもあるのだ)は彼らがどれほど「偏見がない」か示すためにやって来るのだ。彼らは自分のライフスタイルを損なないようにしながら、私から「学び」「教養を身につける」のだ。彼らの大半は、私のような直接体験なしで、その全てを知っているつもりになり、大学なり劇場なり、どこであれ、彼らの前に私を招き、彼ら自身も無理やりやって来て、私に情け深い恩恵を施しているのだ。彼らは私の戦いに対する支援は言わない。彼らはどんな戦いにも加わらない。彼らは善良な平和主義の勤勉な人々だ。それだけだ。

 1930年代後期のドイツ人のようだ。独善的で勤勉な人々だ。彼らの大部分がペットを愛し、ごみをリサイクルする。そしてスターバックスで後片付けする。

 数日前、我々はベネズエラでクーデターを止めた。私は破壊されたボルネオ島の奥深くにいたが、私はRTやPress TVで何百万人かに向けてインタビューをしていたので、我々という言葉を使った。そこでさえ私は、書くこと、ツイートを決して止めず、必要とあらば、いつでも全てを置いて、カラカスに飛ぶ用意ができていた。

 ベネズエラを守ること、そこで革命を守ることは極めて重要だ。欧米の命令に降伏するのを拒否している他の革命的な勇敢な国々、シリア、キューバ、ロシア、中国、北朝鮮、イラン、ボリビア、南アフリカを守ることは極めて重要だ。

 カラカスにまつわるイデオロギーの戦いが猛威を振るう中、私は考えていた。欧米の大衆を行動させることができるものが、まだ何かがあるのだろうか?

 彼ら、ヨーロッパ人と北アメリカ人は、自身の罪に対して全く無関心になってしまったのだろうか? 彼らは何か感情的な免疫ができてしまったのだろうか? 彼らの状態は、イデオロギー上の問題なのか、それとも病気の問題なのだろうか?

 我々は実に露骨なクーデターのさなかにいたのだ。地球で最も民主的な国の一つを打倒する欧米による企み。それなのに彼らのワシントンやマドリッド政権が行っているテロを止めるため、彼らは何もしなかったのだ! 少なくとも、1965年のインドネシアで、あるいは1973年のチリでは、欧米政権は、見え透いた口実を使ってごまかそうとしていた。少なくとも、ムジャヒドを作り出して、社会主義アフガニスタンと共産主義ソ連を破壊しながら、欧米は少なくとも部分的には自分たち本当の役を隠そうとして、パキスタンを代理に使っていた。少なくとも、イラクで百万人以上の人々を殺しながら、へたな芝居や「大量虐殺兵器」に関する山ほどの嘘をついていた。少なくとも、少なくとも…

 今はもうまったく見え見えだ。シリアで、ベネズエラで。北朝鮮、キューバ、イラン、中国、ロシアに対しても。

 もはやプロパガンダさえ必要でないかのように、欧米政権の計画に対して、欧米の大衆は全く脅威にならず、完全に従順になったかのように。

 あるいは、より正確には、かつて手が込んでいた欧米のプロパガンダが、極端に単純になったのだ。今は嘘を繰り返すだけで、欧米諸国民の大多数は自分たちの政府が世界で何をしているか疑おうとしさえしないのだ。唯一問題になるのは「国内問題」だけなのだ。つまり欧米諸国民の賃金と手当だ。

 ベトナム戦争当時のような暴動はない。今の暴動はヨーロッパ人労働者のより良い福祉のためだけだ。国外での略奪や、非西側諸国に対するNATOによるテロ攻撃や、無数のNATO軍事基地や、侵略やクーデター画策を止めるために、欧米では誰も戦っていない。

 欧米の大衆は、更にどこまで耐えられるのだろう?

 それとも、絶対的に全てに耐えることができるのだろうか?

 彼らはベネズエラやキューバへの、あるいは両国への直接侵略を容認するのだろうか?彼らは、ごく一例をあげれば、既に最近の歴史で欧米が犯したテロ行為、ユーゴスラビア、イラク、アフガニスタン、リビアやシリアへの直接介入や破壊を受け入れている。

 更にどれだけ多くのものを受け入れるのだろう? 対イラン攻撃は受容できるのだろうか? 例えば、200-300万の死者を?

 あるいは、北朝鮮だろうか? 更に数百万人の、死体の新しい山?

 私は尋ねている。修辞疑問ではない。私は本当に知りたいのだ。世界は知らなければならないと私は信じている。

 欧米の大衆はISIS (あるいはIS、あるいはダーイシュ)のレベルに達してしまったのだろうか? それほど独善的に、それほど狂信的に、自身の例外主義を確信していて、もはや、明晰に考え、分析し、判断することができないほどなのだろうか?

 ロシアや中国、あるいは両国を第三次世界大戦に駆り立てることが、バイエルンやサウスカロライナやオンタリオに暮らす人々に受け入れられるのだろうか?

 そして、もしイエスなら、彼らは全員正気を失っているのだろうか?

 もし彼らが正気を失っているのなら、世界が彼らを止めるべきなのだろうか、一体どのようして?

 私は欧米の狂気の限界を知りたいと思う。

 狂気があるのは明白だが、それはどれほど大規模なのだろう?

 私は分かっている。フランス人、アメリカ人、カナダ人、イギリス人やドイツ人が何人についてくそったれに彼らが中東や東南アジアやアフリカや「そのような場所」で何百万人もの罪がない人々を殺すことについて全く気にしていないという怪物のような事実を私は受け入れている。彼らがその植民地の歴史についてほぼ何も知らず、彼らは、サッカー試合が見られ、たくさんの肉と6週間の休暇を異国情緒の海岸で楽しめる限り、何も知りこくはないのを私は受け入れる。欧米が行った恐ろしい犯罪を知っている人々の多数さえもが、決して、決してそれを、彼ら自身のせいではなく、欧米が何世紀にもわたり行ってきた略奪の上に成り立っている自分たちの文化にではなく、中東の前哨基地であるイスラエルではなく、全てロスチャイルドや「シオニスト陰謀」のせいにしたがるのを私は知っている。

 しかし我々の地球の存続と、人類の存続はどうなるのだろう?

 私は私の「戦闘のプレゼンテーション」を聞きに来る人々の目を想像する。私は彼らに真実を話す。私は全てを語る。私は決してはばかることはしない。決して妥協しない。私は彼らに彼らが解き放った戦争の画像を見せる。そう彼らだ。市民は自身の政府に対して責任があるのだから、明らかに集団的犯罪や連帯責任と呼ばれるものがあるのだから!

 あの目、あの顔。そこに私が見るものをお話ししよう。彼らは決して行動するまい。彼らは決して彼らの政権を打倒しようとするまい。彼らが恵まれた生活を送れる限り。彼ら自身がエリートであるシステムが、少なくとも現在の形で生き残る何らかの可能性があると思う限り。彼らは両方の方法でそれを演じる、彼らの一部はそうする。口頭で、彼らはNATOに、欧米帝国主義や野蛮な資本主義に激怒する。実際は、彼らは体制と戦うために、具体的なことは何もしない。

 すると結論は何だろう? もし彼らが行動をしないなら、他の人々がそうしなければならない。そして私は確信している。彼らはそうするはずだ。

 500年以上にわたり、極端に攻撃的な欧米諸国の小さな集団に世界全体が炎に包まれ、略奪され、殺されてきた。これは事実上、絶え間なく続いてきた。

 もはや誰も、それが面白いことだとは思わない。私が働く場所、私が気にかける場所では、誰もこの種類の世界を望んでいない。

 今ベネズエラを破壊しようとしている国々をご覧願いたい。しっかりご覧願いたい! 彼らはアメリカ、カナダ、大多数のヨーロッパと、主にそれらヨーロッパ植民地主義者の子孫が多数派を形成している南米諸国だ!

 我々は更に500年、これを望むのだろうか?

 北アメリカ人とヨーロッパ人は間もなく目覚めなければならない。ナチス・ドイツにおいてさえ、ヒトラーに強い嫌悪の念を抱いて、彼を排除したいとを望んだ兵士がいたのだ。今、欧米には、500年にわたる欧米植民地主義略奪はもうたくさんだ、世界を苦しめるのを止めるべきだ、即座に止めるべきだと信じる有力な政党は一党もない。

 もし、我々の地球が今直面している最大で、おそらく唯一脅迫である欧米帝国主義が、決定的に、しかもすぐに、自身の市民に取り除かれないのであれば、それは外部の力で戦い、阻止されなければなるまい。つまり過去と現在の被害者によって。

 Andre Vltchekは哲学者、小説家、映画製作者で調査ジャーナリスト。彼は Vltchek’s World in Word and Imagesの創作者で、China and Ecological Civilizationを含め、多くの本を書いている作家。オンライン誌New Eastern Outlook独占記事。

記事原文のurl:https://journal-neo.org/2019/06/06/north-american-european-public-finally-wake-up-damn-it/

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2019年6月16日 (日)

記事はアメリカ人のだまされやすささえ越え始めている

2019年6月15日
Paul Craig Roberts

 過去二日間に面白い展開があった。アメリカかイスラエルが、小型ロケットで日本の船舶を攻撃し、それをイラン機雷のせいにしようとした。日本の船舶所有者が偽旗事件を中断させた。彼は被害は喫水線の下ではなく上で、物体が空中を近づいてくるのに乗務員が気付いたことを指摘したのだ。

 ニューヨーク・タイムズで、私の意見では概して当てにならない記者デイビッド・サンガーが、ワシントン生活四半世紀の経験を持つ私なら、機密性が高い国家安全保障情報と見なす、ワシントンがロシアの送電網に悪性ソフトを入れたことを報じた。誰がこの機密性が高い国家安全保障情報を漏らしたのだろう? 彼らは記者に漏らしたかどで、なぜ逮捕され、起訴されないのだろう? サンジャー自身、なぜ捏造容疑のかどで、ジュリアン・アサンジのように逮捕されないのだろう? それで、ロシアが悪性ソフトを発見し、削除することを可能にするから、情報公開でロシアに情報を与えることは意味をなさない。それは意味をなさないが、サンジャーの話は正しいのか、それともトランプ大統領に対するロシアゲート陰謀でっちあげで、ブレナンやコミーやヒラリーと一緒に被害者になる前にイメージ・アップを願うNSAが彼に手渡したものかどうかという疑問が生じる。

https://www.nytimes.com/2019/06/15/us/politics/trump-cyber-russia-grid.html?ref=cta&nl=top-stories?campaign_id=61&instance_id=0&segment_id=14339&user_id=c57a8c2d498023b54c8a416a37b2bb8a®i_id=21653813ries

 「ロシアのインターネット研究機関[が]アメリカの2016年選挙の際のハッキングの核心グループだという、彼のいわゆるロシア小集団が中間選挙を巡って組織した4つの作戦の1つだった。彼らはほとんど細部を提供しないが、当局者が公的にそれらについて話をした。」という間違っていることが証明されている主張を彼が繰り返した瞬間、サンジャーの記事はあらゆる信頼性を失う。

 レイ・マクガヴァンやウィリアム・ビニーや他の元諜報専門家が、ハッキングがなかったことを決定的に証明した。ウィキリークスが明らかにした情報は民主党全国委員会の内部漏洩だった。

 デイビッド・サンジャーが、これを知らないことが一体どうして可能なのだろう? ニューヨーク・タイムズ編集者は、どうして、これを知ることができないのだろう?

 Paul Craig Robertsは元経済政策担当財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリプス・ハワード・ニューズ・サービスとクリエーターズ・シンジケートの元コラムニスト。彼は多数の大学で教えた。彼のインターネット・コラムは世界中の支持者が読んでいる。彼の新刊、The Failure of Laissez Faire Capitalism and Economic Dissolution of the West、HOW AMERICA WAS LOST、The Neoconservative Threat to World Orderが購入可能。

 ご寄付はここで。https://www.paulcraigroberts.org/pages/donate/

記事原文のurl:https://www.paulcraigroberts.org/2019/06/15/80318/

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2019年6月16日 (日)

ベネズエラ策謀をうっかりしゃべったポンペオ


Finian Cunningham
2019年6月8日
スプートニク

 アメリカのマイク・ポンペオ国務長官が、ベネズエラにおけるワシントンの政権転覆画策の秘密をうっかり漏らした。公式メディア言説では、アメリカは民主化大衆運動を支援していないのだ。

現職大統領ニコラス・マドゥロに対する語るに値するような反対運動は皆無だとポンペオが認めたのだ。運動は全てワシントンが企んでいるのだ。要するに、犯罪策謀だ。

 不都合な自白は、ニューヨークでの最近の密室会議におけるポンペオの軽率発言音声録音を入手したワシントン・ポストが報じたものだ。彼が不注意にもうっかり秘密をしゃべったのは目を見張るほどのオウン・ゴールだ。

 会議はトランプ政権の中東政策を含め、広範囲な国際的話題に関してユダヤ人集団と行われた。ポンペオは彼の発言が録音されていることに気付いていないようだ。彼の発言は、ベネズエラで「民主主義を支援している」というトランプ政権が発表する歪曲広報を一掃する、率直な厳しい現実説明なのだ。
それはベネズエラ政府に対するロシアの断固たる支持と、この南米の国に対するワシントンによる干渉へのモスクワの一貫した非難の正しさの証明でもある。

 油断した発言で、ベネズエラのいわゆる反政府派のふがいなさに対してポンペオは批判的だ。アメリカが支援した運動が、支配権を得ようと競う政界実力者たち言い争っているために失敗したことを彼は指摘している。控えめな調子の言葉で、アメリカ外交官トップは、ばらばらな反政府派を組織化するワシントンの取り組みは「恐ろしいほど困難なことが分かった」と嘆いているのだ。

ポスト報道によると「反政府派を団結させておくという我々の難題は恐ろしいほど困難なことが分かった」とポンペオは語っている。「マドゥロ[大統領]が辞任した瞬間に、皆が手を上げ「私を選んでくれ、私が次期ベネズエラ大統領だ」というだろう。マドゥロの正当な相続人だと信じる連中は40人以上いる」。

 これは驚くべき失言だ。このアメリカ当局幹部がうっかり言ったのは、自称「暫定大統領」フアン・グアイドがベネズエラ国民の大衆的支持がないという露骨な確認だ。

 今年1月、マドゥロが二期目の任期で大統領に就任した数日後、グアイドは彼自身を「暫定大統領」だと宣言した。すぐさま、ワシントンは、グアイドをベネズエラの「正当な大統領」として認めると発表した。

 他の中南米諸国や大半のヨーロッパの国々も素早くワシントンの政策に習った。

 にもかかわらず、ロシアと中国を含めて国連加盟諸国の圧倒的多数は、マドゥロを正当な民主的に選出された大統領として認め続けている。

実際、ワシントンが、政権転覆という違法な狙いでベネズエラの主権問題に干渉したと、モスクワは激しく非難した。今週、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、アメリカのベネズエラの政策は「大惨事」を招くと警告した。

 事実上、ポンペオは、ワシントンがベネズエラの政治的緊張を画策し、失敗していることを率直に認めているのだ。
 この当然の帰結は、マドゥロ政府に対するいわゆる反政府派が選挙で選ばれた当局に対し、いかなる大規模大衆抗議行動も動員できなかったことだ。4月30日、アメリカが支援する人物フアン・グアイドが率いた軍クーデター未遂は、さえない大失敗で終わった。

 アメリカ・メディアが拡声した、何カ月にもわたる大衆蜂起の呼びかけにもかかわらず、ベネズエラ国民は、政府に忠実か、少なくともグアイドによる反乱の呼びかけには無関心なままだ。

 反政府運動の牽引力の明らかな欠如は、ポンペオの最近の自認を考えれば容易に理解できる。それは反政府運動に大衆の支持がないためだ。運動は政権転覆を狙うワシントンの企みによる絵空事だからだ。

 録音された発言で、マドゥロの昨年5月再選のずっと前から、グアイドが今年早々、自身を「暫定大統領」だと宣言する前から、確かな野党を活性化するアメリカの取り組みが行われていたこともポンペオは認めていた。

「これがトランプ大統領がしようとしていたことの中心にあったものだったので、私のCIA長官就任以来、反政府派をまとまらせるために、我々は様々な宗教組織を支持しようとしてきた」。

 ポンペオは2017年1月、CIA長官に任命され、後に、2018年4月、国務長官になった。マドゥロは2018年5月に、どの競合候補者が得たより遥かに多く、ほぼ68パーセントの得票で再選された。いわゆるアメリカに支援された反対派は、選挙をボイコットし、選挙で争うことさえしなかったのだ。

 ワシントンが、これまで20年にわたり、社会主義者のウゴ・チャベス前大統領、その後は彼の後継者マドゥロを追い出すためベネズエラで政情不安を醸成していることは長い間推測されていた。

 だがポンペオ発言は、いわゆるグアイドの「暫定大統領」は単にワシントン策略の結果に過ぎないことを裏付けている。ワシントンは、本物の、自発的な反政府派の人物を支持しているのではない。むしろワシントンは、この切り紙細工のような取るに足らない人物を作り出したのだ。問題は、さ細なライバル関係と、大衆衆的支持基盤の欠如が、クーデター成功を画策するアメリカの製造工程を混乱させたことだ。

 いくつか破滅的な結論を描くことができる。

マドゥロ大統領は合法的権力ではないというトランプ政権の空想的な主張は根拠がない。マドゥロは自由で公正な投票で過半数に再選された。彼には国民の支持がなく、民主的な過半数を弾圧しているというワシントンの主張には根拠がない。

 民主主義を支援するという建前で、ワシントンがベネズエラに課している経済封鎖は、いかなる法的、道徳的正当化は無効だ。実際、アメリカ制裁によってひき起こされる、大多数の貧しいベネズエラ人の社会混乱や人間的苦しみで、ベネズエラに対する侵略犯罪でワシントンは完全に有責となる。

 ベネズエラに対して軍事力を使用するというトランプ政権による恫喝も侵略犯罪にあたる。「民主主義を支持するための」「軍事的選択」という口実が真っ赤な嘘なのは明らかだ。プーチン大統領が警告したように、それはベネズエラと全中南米地域にとって理不尽に悲惨なことになる。
 ベネズエラを不安定化し餓死させるワシントンによる犯罪的政策の本当の目的は、明らかに、この南米の国の、地球最大の埋蔵量と推定されている豊富な石油資源を搾取するためカラカスに傀儡政権を据えることだ。トランプのタカ派ジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官は、以前この目的を宣言している。ポンペオが、幻想の存在しない民主化運動を認めたことは、アメリカ侵略の本当の狙いを裏付けている。

 フアン・グアイドのような反政府派、より正確には「飾りの置物」は、扇動と反逆罪のかどで起訴され得る。

 更なる結論は、イギリスやフランスやドイツなど、ヨーロッパの主要国を含め、ベネズエラに対する、ワシントンのいじめ干渉に譲歩した全ての政府は、恥ずかしさでうなだれるべきなのだ。連中は違法侵略や国連憲章の甚大な違反で共謀しているのだ。

 皮肉にも、アメリカやイギリスやフランスは国連安全保障理事会常任理事国だ。ベネズエラが主張する通り、彼らは道徳的仮面で変装している犯罪人集団以外の何ものでもない。

 Finian Cunninghamは、国際問題について多く書いており、記事は複数言語で刊行されている。彼は農芸化学修士で、ジャーナリズムに進むまで、イギリス、ケンブリッジの英国王立化学協会の科学編集者として勤務した。彼は音楽家で作詞作曲家でもある。20年近く、ミラーやアイリッシュ・タイムズやインデペンデント等の大手マスコミ企業で、編集者、著者として働いた。ジャーナリズムにおける妥協しない誠実さに対するセレナ・シム賞受賞者(2019)。

 本記事で表明される見解や意見は、もっぱら著者のものであり、必ずしもSputnikのものではない。

記事原文のurl:https://sputniknews.com/columnists/201906081075731447-pompeo-blabs-venezuela-plot/

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G20サミット前日に露米首脳会談も 露大統領府が可能性を言及

政治
2019年06月17日 13:26短縮 URL

ロシア大統領府のペスコフ報道官は、大阪で開催される主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の前日にプーチン大統領とトランプ米大統領の正式な首脳会談が行われる可能性もあると明らかにした。

スプートニク日本

ペスコフ氏は国営テレビ「ロシア1」の番組「モスクワ。クレムリン。プーチン」で、米国側からの首脳会談に関する提案はまだないと述べた。

「トランプ氏は『中国、ロシア、その他諸国と会う』と述べた。非公式会談を意味していた可能性もある」

ペスコフ氏は、短時間の接触では議題となっている全ての問題を完全に協議することはできないとしたうえで、G20サミット前日の正式な首脳会談で合意することも可能だと続けた。

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イーロン・マスク氏、ツイッターのアカウント削除を発表

社会
2019年06月17日 17:42短縮 URL
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宇宙開発企業「スペースX」と電気自動車メーカー「テスラ」の最高経営責任者(CEO)、イーロン・マスク氏は、ツイッターのアカウントを削除したと発表した。マスク氏はツイッターに「たった今、自分のツイッターアカウントを削除した」と書き込んだ。

スプートニク日本

アカウント削除に関する投稿後、ツイッターのマスク氏の名前はDaddy DotComに変わった。

なお、マスク氏のページには現時点でアクセスが可能となっている。

 

マスク氏にはこれまでにツイッターの投稿が原因で一度ならず問題が生じている。

 

米証券取引委員会(SEC)は、マスク氏が事前承認を得ずに企業に関する重要な情報をツイッターに公開し、合意した条件に違反したとして訴えた。

2018年、マスク氏はテスラ社の会長職を失った。マスク氏はツイッターに、テスラの株式の非公開化を検討しており、資金は確保したと投稿、これを受けて同社株が急騰した。その後、マスク氏は、株式非公開化の計画を撤回し、株価は急落した。

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原油価格が上昇 中東の不安的な地政学的情勢で

経済
2019年06月17日 17:09短縮 URL
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17日、世界の原油価格は上昇している。中東の不安定な地政学的情勢への懸念が続いている。

スプートニク日本

 

日本時間14時11分の時点で、北海ブレント原油先物8月限の価格は0.26%高の1バレル=62.17ドル。

 

WTI原油先物8月限の価格は0.19%高の1バレル=52.87ドル。

地政学的懸念が引き続き原油価格を支えている。

イランとアラブ諸国のメディアは6月13日、オマーン湾で2隻の石油タンカー「フロント・アルタイル」「コクカ・カレイジャス」に対し攻撃が行われたと報道。一部の情報によると、魚雷による攻撃が行われ、その結果2隻の船上では爆発と火災が発生したという。一方、爆発と火災の原因となったのが実際に魚雷攻撃だったことを公式に確認する情報はない。2隻の乗組員らは全員救助され、イラン国内に避難した。2隻のうち一隻を所有する船主によると、フロント・アルタイルには攻撃当時、ロシア人11人が乗っていたものの、その中に負傷者はいないという。

 米国は今回の攻撃について、イランが実行したものだとして非難した一方で、具体的な証拠は示していない。これに対してイランのザリフ外相は、タンカーへの攻撃に同国が関与したとする米側による非難について、根拠のないものだと述べている

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田中宇氏:トルコの露軍機撃墜の背景

政治
2015年11月28日 11:45(アップデート 2016年10月27日 03:16)短縮 URL
2362

ロシアの戦闘機Su-24がトルコ軍に撃墜されて以降、ロシアとトルコの関係は、プーチン大統領の言葉を借りれば、故意に袋小路に追い込まれている状態だ。なぜトルコはそうする必要があったのか。ロシアを悪者に仕立て上げることが、トルコにとって便利なのには理由がある。

元共同通信社記者で、現在はフリージャーナリスト・国際情勢解説者として活躍する田中宇(たなか・さかい)氏は、トルコが今回、ロシア軍の戦闘機を撃墜した真の理由は、領空侵犯を脅威に感じたからではないと指摘している。以下、田中氏のニュースサイト「田中宇の国際ニュース解説・世界はどう動いているか」より、「トルコ露軍機撃墜の背景」全文を引用する。同サイトhttps://tanakanews.com/では情報源のリンクも合わせて閲覧することができる。

トルコの露軍機撃墜の背景

11月24日、シリア北部のトルコ国境沿いを飛行していたロシア軍の戦闘機が、トルコ軍の戦闘機から空対空ミサイルで攻撃され、墜落した。露軍機は、その地域を占領する反政府組織(アルカイダ傘下のヌスラ戦線と、昔から地元に住んでいたトルクメン人の民兵の合同軍)を攻撃するために飛行していた。地上ではシリア政府軍が進軍しており、露軍機はそれを支援するため上空にいた。露軍機のパイロット2人は、墜落直前にパラシュートで脱出して降下したが、下から反政府組織に銃撃され、少なくとも一人が死亡した(パラシュートで降下する戦闘機の乗務員を下から射撃するのはジュネーブ条約違反の戦争犯罪)。他の一人は、反政府組織の捕虜になっているはずだとトルコ政府が言っている。

 

トルコ政府は「露軍機が自国の領空を侵犯したので撃墜した。露軍機が国境から15キロ以内に近づいたので、何度も警告したが無視された。撃墜の5分前には、撃墜するぞと警告した」と言っている。ロシア政府は「露軍機はずっとシリア領内を飛んでおり、トルコの領空を侵犯していない」と言っている。

 

トルコ政府が国連に報告した情報をウィキリークスが暴露したところによると、露軍機はトルコ領内に17秒間だけ侵入した。米国政府(ホワイトハウス)も、露軍機の領空侵犯は何秒間かの長さ(seconds)にすぎないと発表している。トルコとシリアの国境線は西部において蛇行しており、トルコの領土がシリア側に細長く突起状に入り込んでいる場所がある。露軍機はシリア北部を旋回中にこのトルコ領(幅3キロ)を2回突っ切り、合計で17秒の領空侵犯をした、というのがトルコ政府の主張のようだ。

領空侵犯は1秒でも違法行為だが、侵犯機を撃墜して良いのはそれが自国の直接の脅威になる場合だ。露軍機は最近、テロ組織を退治するシリア政府の地上軍を援護するため、毎日トルコ国境の近くを旋回していた。露軍機の飛行は、シリアでのテロ退治が目的であり、トルコを攻撃する意図がなかった。そのことはトルコ政府も熟知していた。それなのに、わずか17秒の領空通過を理由に、トルコ軍は露軍機を撃墜した。11月20日には、トルコ政府がロシア大使を呼び、国境近くを飛ばないでくれと苦情を言っていた。(2012年にトルコ軍の戦闘機が短時間シリアを領空侵犯し、シリア軍に撃墜される事件があったが、その時トルコのエルドアン大統領は、短時間の侵犯は迎撃の理由にならないとシリア政府を非難した。当時のエルドアンは、今回とまったく逆のことを言っていた) 
トルコが今回、露軍機を撃墜した真の理由は、17秒の領空侵犯を脅威に感じたからでない。真の理由は、シリア領内でトルコ政府(諜報機関)が支援してきたトルクメン人などの反アサド勢力(シリアの反政府勢力)を、露軍機が空爆して潰しかけていたからだった。トルコ側が露軍機に警告したのは「トルコの仲間(傀儡勢力)を爆撃するな」という意味だったので、空爆対象をテロ組織とみなす露軍機は、当然ながら、その警告を無視した。

 

2011年のシリア内戦開始以来、トルコは、シリア北部のトルコ国境沿いの地域に、反アサド勢力が安住できる地域を作っていた。アルカイダやISISなどのテロ組織は、この地域を経由して、トルコ国内からシリア各地に武器や志願兵を送り込むとともに、シリアやイラクで占領した油田からの石油をタンクローリー車でトルコに運び出していた。もともとこの地域には、トルコ系の民族であるトルクメン人や、クルド人が住んでいた。トルクメン人はトルコの代理勢力になったが、クルド人は歴史的にトルコから敵視されており、トルコ軍はクルド人を排除しようと攻撃してきた。

 

9月末の露軍のシリア進出後、露軍機の支援を受け、シリア政府軍やシーア派民兵団(イラン人、イラク人、レバノン人)の地上軍がシリア北部に進軍してきた。シリア北部では、東の方でクルド軍が伸張してISISやヌスラをたたき、西の方でシリア政府軍などがヌスラやトルクメン人をたたく戦闘になり、いずれの戦線でも、トルコが支援するISISやヌスラ、トルクメン人が不利になっている。ISISやヌスラは純然たるテロ組織だが、トルクメン人はもともと住んでいた少数民族でもあるので、トルコはその点を利用して最近、国連安保理で「露軍機が、罪もないトルクメンの村を空爆している」とする非難決議案を提出した。

実のところ、シリア北部のトルクメン人は、トルコから武器をもらい、テロ組織のアルカイダ(ヌスラ)に合流してシリア政府軍と戦っている。ロシアの認識では、彼らはテロ組織の一味だ。シリア内戦の終結をめざして11月に始まったウィーン会議でも、シリア北部のトルクメン人について、ロシアはテロ組織だと言い、トルコはそうでないと言って対立している。この対立が、今回のトルコによる露軍機撃墜の伏線として存在していた。

シリアでは今回の撃墜が起きた北西部のほか、もう少し東のトルコ国境近くの大都市アレッポでも、シリア政府軍がISISやヌスラと戦っている。さらに東では、クルド軍がISISと対峙している。これらのすべてで、露シリア軍が優勢だ。戦況がこのまま進むと、ISISやヌスラはトルコ国境沿いから排除され、トルコから支援を受けられなくなって弱体化し、退治されてしまう。トルコは、何としても国境の向こう側の傀儡地域(テロリストの巣窟)を守りたい。だから17秒間の領空侵犯を口実に露軍機を撃墜し、ロシアに警告した。

先日、ISISの石油輸出を阻止するロシア提案の国連決議2199が発効し、露軍や仏軍が精油所やタンクローリー車を空爆し始め、ISISの資金源が急速に失われている。ISISがトルコに密輸出した石油を海外に転売して儲けている勢力の中にエルドアン大統領の息子もおり、これがエルドアンの政治資金源のひとつになっているとトルコの野党が言っている。トルコはシリア内戦で不利になり、かなり焦っている。

9月末の露軍のシリア進出後、トルコは国境地帯をふさがれてISISを支援できなくなりそうなので、急いで世界からISISの戦士になりたい志願者を集めている。9月末以来、イスタンブールの空港や、地中海岸の港からトルコに入国したISIS志願兵の総数は2万人近くにのぼっていると、英国のガーディアン紙が報じている。

今回の露軍機撃墜に対し、米政府は「露トルコ間の問題であり、わが国には関係ない」と表明している。だが、実は米国も関係がある。撃墜された露軍機のパイロットを捜索するため、露軍はヘリコプターを現地に派遣したが、地上にはアルカイダ系のテロ組織(形式上、穏健派とされるFSAの傘下)がおり、やってきたヘリに向かって小型ミサイルを撃ち、ヘリは何とかテロ巣窟の外側のシリア軍の管轄地まで飛んで不時着した。この時、テロ組織が撃ったミサイルは、米国のCIAが「穏健派」の反アサド勢力を支援する策の一環として贈与した米国製の対戦車砲(TOWミサイル)だった。テロ組織自身が、露軍ヘリに向かってTOWを撃つ場面の動画を自慢げに発表している。この動画は、米国が「テロ支援国家」であることを雄弁に物語っている。

トルコはNATO加盟国だ。NATOは、加盟国の一つが敵と戦争になった場合、すべての同盟国がその敵と戦うことを規約の5条で義務づけている。そもそもNATOはロシア(ソ連)を敵として作られた組織だ。戦闘機を撃墜されたロシアがトルコに反撃して露土戦争が再発したら、米国を筆頭とするNATO諸国は、トルコに味方してロシアと戦わねばならない。これこそ第3次世界大戦であり、露軍機の撃墜が大戦の開始を意味すると重大視する分析も出ている。ロシアとNATO加盟国の交戦は60年ぶりだ。

ここ数年、米欧日などのマスコミや政府は、ロシア敵視のプロパガンダを強めている。NATO加盟国のトルコの当局は、ロシアと対決したら世界が自国の味方をしてくれると考えているだろう。だが、私の見立てでは、世界はトルコに味方しにくくなっている。今回の露土対立は、世界大戦に発展しにくい。

ISISやアルカイダの創設・強化は米軍の功績が大きい。米国は、ISISやアルカイダを敵視するふりをして支援してきた。ロシアとISISとの戦いで、米国主導の世界の世論(プロパガンダ)は「ISISは悪いけどロシアも悪い」という感じだった。だが、先日のパリのテロ以降、それまで米国のマッチポンプ的なテロ対策に同調していたフランスが本気でISISを退治する方に傾き、国際社会の全体が、ロシア主導のISIS退治に同調する傾向になっている。ISISへの加勢を強めているトルコと裏腹に、世界はISISへの敵視を強めている。

その中で、今回の露軍機の撃墜は、露土戦争に発展すれば、ISISやトルコよりロシアの方が悪いという、善悪観の逆転を生むかもしれない。トルコはそれを狙っているのだろう。だが、ロシアがうまく自制し、国際社会を「やっぱり悪いのはISISだ」と思わせる方向に進ませれば、むしろISISやアルカイダを支援してロシアに楯突くトルコの方が「テロ支援国家」で悪いということになる。

フランスなどEU諸国はすでに今秋、トルコが国内にいた大勢のシリア難民をEUに流入させ、難民危機を誘発した時点で、トルコへの不信感を強め、シリア内戦を終わらせようとアサドの依頼を受けて合法的にシリアに軍事進出したロシアへの好感を強めている。今後、トルコがNATO規約5条を振りかざして「ロシアと戦争するからEUもつきあえ」と迫ってくると、EUの方は「騒動を起こしているのはトルコの方だ」と、ロシアの肩を持つ姿勢を強めかねない。露軍機が17秒しか領空侵犯していないのにトルコが撃墜したことや、トルコがISISを支援し続けていることなど、トルコの悪だくみにEUが反論できるネタがすでにいくつもある。難民危機も、騒動を扇動しているのはトルコの方で、ロシアはテロ組織を一掃してシリアを安定化し、難民が祖国に戻れるようにしようとしている。これらの状況を、EUはよく見ている。

米国の外交政策立案の奥の院であるシンクタンクCFRの会長は「ロシアを敵視するトルコの策はISISをのさばらせるだけだ」「トルコはかつて(世俗派政権だったので)真の意味で欧米の盟友だったが、今は違う(エルドアンの与党AKPはイスラム主義だ)。形式だけのNATO加盟国でしかない」と、やんわりトルコを批判し「ロシアのシリア政策には良いところがけっこうある」とも書いている。 
トルコは、国内で使用する天然ガスの6割近くをロシアから輸入している。エネルギー総需要の2割がロシアからの輸入だ。こんな状態で、トルコはロシアと戦争に踏み切れない。ロシアは、軍事でトルコを攻撃する前に、契約の不備などを持ち出してガスの供給を止めると脅すことをやるだろう。

それよりもっと簡単な報復策を、すでにロシアは採り始めている。それは、これまで控えていた、トルコの仇敵であるシリアのクルド人への接近だ。露政府は最近、シリアのクルド組織(PYD、クルド民主統一党。クルド自治政府)に対し、モスクワに大使館的な連絡事務所を開設することを許した。シリアのクルド組織に対しては最近、米国も接近している。米軍は50人の特殊部隊を、PYDの軍事部門であるYPDに顧問団として派遣し、ISISとの戦いに助言(もしくはスパイ?)している。シリアのクルド人自治政府に発展していきそうなPYDに、すでに米国が接近しているのだから、ロシアが接近してもまったく問題ない。困るのはトルコだけだ。

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サウジアラビアの自滅


サウジアラビアの自滅
2017年11月19日   田中 宇
この記事は「サウジアラビアの暴走」(田中宇プラス)の続きです。

 サウジアラビアの権力者ムハンマド・サルマン皇太子(MbS)に呼びつけられて無理矢理に辞任表明させられ、11月4日からサウジに軟禁されていたレバノンのサード・ハリリ首相は11月18日、フランスに救出されてパリに移動した。ハリリはこのまま辞任するようだ。フランスはレバノンの旧宗主国だ。ハリリはサウジの傀儡だったが、サウジが敵視するイラン系のヒズボラがレバノンを席巻すると、ハリリも親ヒズボラの傾向を強めたため、MbSはハリリを呼びつけて辞任させ虐めていた。 (Macron invites Saad Hariri to Paris with family)

 ハリリが虐められているのを見て、フランスのマクロン大統領が11月9日にサウジを訪問し、イランに弾道ミサイル開発をやめさせてほしいというMbSの要望を受け入れてマクロンがイランに圧力をかけることを条件に、ハリリを解放してもらった。その後、マクロンはイランに弾道ミサイル開発をやめるよう求めたが、ミサイル開発は世界の諸国に認められた自衛権の一部なので、イランは要求を拒否した。イランの弾道ミサイル開発を最初に問題にしたのはトランプの米国で、MbSはトランプの言いなりでイランの弾道ミサイルが脅威だと言っている感じだ。 (Senior Iranian official warns Macron against meddling in Iran’s internal affairs)

 マクロンは、サウジとイランを仲裁し和解させ、国際社会の英雄になりたいのだろう。だが、和解は無理だ。サウジの後ろには米国がいる。米国は、イスラエルの謀略の代理人として、10年以上前からイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて非難制裁してきた。オバマ前大統領はイランと核協定を結んで濡れ衣を解いたが、トランプはイラン敵視を復活し、核協定の破棄や、ミサイル開発を口実にした制裁を模索している。イランはロシアや中国に支えられて強くなり、米国の脅しに屈しない。自分で考えた戦略としてイランと対立しているのでなく米国に踊らされているサウジのMbSは、マクロンが仲裁しても、米国から自立してイランと和解することはない。 (Macron wants to amend Iran nuclear deal to avoid Tehran’s ‘hegemony’ in Middle East) (トランプのイラン核協定不承認の意味)

 MbSがハリリを呼びつける前に、米国からトランプの名代として娘婿のジャレッド・クシュナーがサウジを訪問してMbSとイラン敵視の戦略を練った。ハリリへの辞任強要は米国の案だろう。他国の首相が自国に来たすきに脅して辞任を強要し、軟禁したMbSのサウジは、明らかな国際法違反だ。ハリリはサウジとの二重国籍で家族がサウジに住んでおり、家族もろとも軟禁されたため、ハリリだけ逃げ出すことができなかった。サウジは犯罪国家である。しかし、国際社会はまだほとんどサウジを非難していない。これも米国の影響がありそうだ。EUの独仏のうち、フランスが和解仲裁役なので、ドイツがサウジを批判し始め、独仏で役割分担し始めた程度だ。サウジは怒って駐独大使を呼び戻した。サウジは今後しだいに非難されていくだろう。 (Saudi Arabia recalls ambassador from Germany following Hariri comments) (Trump Team Begins Drafting Middle East Peace Plan)

▼イスラエルと和解するとサウジの権威が急落する

 トランプがサウジのMbSを乗せたイラン敵視の策略には、サウジとイスラエルの和解構想がついている。今まではイスラエル(ユダヤ人)、サウジ(スンニ派)、イラン(シーア派)が三つどもえで対立していたが、サウジとイスラエルが組めばイランを倒せるとの構想だ。サウジとイスラエルの和解には、パレスチナ国家を蘇生して中東和平を実現することが必須だ。最低限の中東和平を急いで達成し、サウジとイスラエルが国交正常化して軍事同盟を組み、イスラエルやヒズボラと対峙(戦争?)する案を、トランプが特使のクシュナー(ユダヤ人)に持たせ、サウジのMbSはそれに乗った。 (Pro-Hezbollah paper alleges Saudis have made plans for ties with Israel)

 イスラエルが嫌がっていた、東エルサレムのパレスチナへの割譲(国際管理化)で譲歩する代わりに、サウジ・アラブ諸国はパレスチナ難民の帰還権を放棄して自国民として国籍付与する新たな和平案が、リークされ報じられた。だが、中東和平の最大の難問はそれらでない。イスラエルが、ヨルダン川西岸のパレスチナ人の土地を奪ってユダヤ人入植地を拡大し続けていることが最大の問題だ。それについては何の解決策も出ていない。 ('Cruel plunder': Israel moves to further annex Palestinian village's lands) (Israeli settlements in West Bank can use private Palestinian land for ‘public use’, says Attorney General Avichai Mendelblit)

 イスラエルの右派の諸政党は、どれも入植者集団に牛耳られている。右派の連立政権であるネタニヤフ政権は、入植地建設の凍結を全否定し、むしろ全力で新規入植地の建設を進めている。サウジとイスラエルの和解が語られたこの2週間ほどの間に、イスラエル政府は和平の実現から遠ざかる政策を次々に出している。イスラエル司法省は、西岸のパレスチナ人の土地を没収してイスラエルの公用地とすることを合法とする新規定を発表した。イスラエルのサルサレム担当相は、新たな住宅建設により、西岸入植地の総人口を現在の60万人から、100万人に増やす構想を発表した。イスラエルは、入植地建設を凍結する気が全くない。中東和平が進む可能性はゼロだ。 (Watchdog fears seizure of more land in West Bank) (Elkin: Start preparing for one million settlers in the West Bank)

 トランプは、入植地を凍結しないイスラエルに圧力をかける気が全くない。むしろ米政府はパレスチナ自治政府に対し、イスラエルが入植地拡大をやめなくてもイスラエルと和解しろ、さもなくば自治政府の米国代表部を閉鎖するぞと脅し始めた。入植地拡大が止まらないと、イスラエルとパレスチナの国境線が確定できず、パレスチナ国家を蘇生できないので和解のしようがない。 (Trump admin threatens to shutter Palestinian office in Washington)

 中東和平が達成されなくても、MbS皇太子のサウジは、イスラエルと和解するのか?。サウジ王政は従来、有力王族間の合議で政策を決めており、イスラエルを敵視する王族が圧倒的多数だったので、和解はあり得なかった。だが、今はあり得る事態になっている。MbSは、レバノンのハリリ首相を辞めさせたのと同じ11月3日、王政内で比較的強い権力を持っていた約20人の王族たちを、針小棒大な汚職容疑で一挙に逮捕した。それ以前の9月には、イスラエルを敵視する強硬派の聖職者たちを逮捕降格した。これらにより、MbSの権力が大幅拡大し、王政を独裁できるようになった。中東和平なしのイスラエルとの和解も、誰も賛成しないレバノンへの空爆も、MbSの一存で挙行できる。 (Israel May Demand Iran Leave Southern Syria, but Russia Sets the Rules of the Game)

▼MbSに米軍産とつながった有力王族を一掃させ、テロ戦争の再発を防いだトランプ

 MbSが有力王族を根こそぎ逮捕する独裁強化をやれた背景にも、トランプの米国の後押しがあったと考えられる。かつて慎重に戦略を決めていたサウジ王政は、いまや32歳の若い暴君MbSが独裁し、無鉄砲にやれるようになった。サウジ王政の体制は劇的に転換した。米国とサウジのつながりは従来、複数の有力王族がCIAや国防総省、国務省、有力議員、シンクタンクなどの軍産各部門と勝手に結託し、各種の謀略が複雑に渦巻いていた。911テロ事件も、この構図のもとで起きた。だが今回のMbSの独裁強化により、米サウジ間のつながりはトランプとMbSの結託に一本化された。トランプは米国内の仇敵である軍産に邪魔されず、好きなようにサウジを操れるようになった。これは画期的だ。 (What Craziness is Going on in Saudi Arabia?) (How the Developments in Saudi Arabia May Foretell Collapse of Petrodollar)

 これによってサウジは、イランと対決して勝てるようになったのかというと、そうでない。むしろ逆だ。トランプは、MbSを操ってイランを打ち負かそうとしているように見せかけて、実のところ、サウジが弱体化してイランに負けていくように仕向けている。 (Iran already has 13 bases in Syria and tens of thousands of troops. Is their removal realistic?)

 軍産が米国の権力を奪取したクーデターともいえる911のテロ事件以来、米国は「テロ戦争」の名のもとに、軍産が大統領を動かして好戦的な軍事による世界支配体制を作ってきた。テロ戦争の「敵」の役回りを担ってきたのがサウジ王政だった。過激なワッハーブ主義のイスラム教を信奉するサウジは、米諜報界と組んで、スンニ派諸国の若者に殺戮思想とテロ技術と資金を注入し、アルカイダやISを支援してきた。トランプは、こうしたテロ戦争の構図を破壊することを任務の一つとして大統領になった。ロシアやイランの努力により、シリアとイラクの両方でISが退治された。トランプは露イランを敵視しているが、米国に敵視されるほど露イランは強くなる。 (Russia emerging as new player in Middle East balance of power)

 ISが退治されても、軍産と複雑につながっているサウジ王政のテロ支援体制が残っている限り、再び米サウジ製のテロリストが復活する。悪の根源であるサウジ王政の軍産との複雑な人脈関係のすべてを断ち切るため、トランプはMbSをけしかけ、11月4日の前代未聞の王族の一斉検挙が行われた。この検挙はMbSにとって、自分の権力を強化し、金持ち王族から巨額の保釈金(各人が持つ財産の7割を保釈金として出させ、総額8000億ドル。サウジGDPの1・2倍)を没収し、原油安で窮乏しているサウジの財政を立て直すためのものだった。 (Real Motive Behind Saudi Purge Emerges: $800 Billion In Confiscated Assets) (SAUDI KING TO STEP DOWN NEXT WEEK… Crown demands 70% of detainee wealth for freedom)

 9月にMbSがワッハーブ派の強硬思想の聖職者たちを一掃したのも、テロ戦争の根源を破壊するトランプの策に沿っていた。トランプに乗せられているMbSは、サウジを穏健なイスラム教の国にすると宣言している。これらのトランプの策略により、テロ戦争は不可逆的に終わりつつある。(チンピラなトランプがそんな「良いこと」をするはずないと思う人は、軍産の一部であるマスコミに騙されている) (Saudi Arabia and Israel forging ties could be sign of war with Iran)

 MbSがトランプの真意を理解して協力しているかどうか不明だ。たぶん理解していない。MbSは、自分の権威の維持しか重視していない(少なくとも表向きはそう見える)。彼は、自分に楯突くレバノンのヒズボラを空爆して潰したい。だが、大義なき戦争なのでアラブやイスラムの諸国はどこも賛成しない。サウジ王政は以前から、軍部がクーデターで王政を転覆することを恐れ、軍隊を弱いままにしてきた(地上軍がなく、見世物的な空軍のみ)。自国の軍隊だけではイエメンのゲリラにも勝てない。エジプトやヨルダン、パキスタンの軍隊にカネを出して雇うしかないが、どこもレバノンを空爆したくない。 (Why Saudi Arabia's Regional Power Plays Won't Lead to War)

 そこでサウジがイスラエルと急いで結託し、イスラエルにヒズボラを空爆してもらう案が出てきた(トランプ側が出した)。だが、ヒズボラはシリア内戦で戦闘経験を積み、イランなどから武器も大量にもらっている。保有ミサイルは15万発といわれる。ヒズボラは今や、イスラエルの北隣のレバノンだけでなく、北東隣のシリアにも駐留し、イランやシリアの軍隊と一緒にイスラエルの北半分をぐるりと包囲している。もはやイスラエルもヒズボラを空爆したくない。したら自国の本土が反撃されて壊滅しかねない。 (The greatest dangers in the Middle East today are Jared Kushner and Mohamed bin Salman) (Analysis Israel Is in No Hurry to Do the Saudis' Bidding in Lebanon)

 イスラエル軍は長く対峙してきた経験から、ヒズボラの武器庫や拠点がレバノンのどこにあるか把握している。サウジから、ヒズボラを空爆してほしいと頼まれたイスラエルは、ヒズボラの武器庫や拠点がどこにあるか教えてやるからサウジが自分で攻撃してくれと返答した。イスラエルがヒズボラを空爆してくれず、西岸入植地の凍結もしてくれないのに、サウジがイスラエルと和解するとしたら、MbSは大馬鹿者だ。 (Israeli Military Chief Gives Unprecedented Interview to Saudi Media: 'Ready to Share Intel on Iran')

▼米国に騙されたサウジは中国やロシアに接近し、きたるべきドル崩壊の一因をつくる

 11月19日にはカイロで、MbSのサウジが招集した、イランの脅威にどう対抗するかを議題にしたアラブ連盟の緊急会議が開かれる。サウジは、レバノンへの経済制裁を提案すると予測されている。レバノンの農産物の75%がサウジなどペルシャ湾岸のアラブ諸国に輸出されているが、これを輸入禁止にすることが検討されている。アラブの中でもサウジからカネ(賄賂)をもらっていない諸国は、レバノンへの制裁に反対だ。MbSが強硬姿勢をとるほど、アラブ連盟は分裂し、機能不全に陥る。 (Arab League is voting for…what?)

 サウジの国際的な威信はこれまで、ペルシャ湾岸アラブ諸国の盟主としてGCC(湾岸協力機構)を主導することと、アラブ諸国の盟主としてアラブ連盟を主導することで具体化されてきた。だがMbSは、トランプにけしかけられて今年6月にGCCの一員だったカタールを経済制裁し、GCCを分裂・機能不全に陥らせた。そして今またレバノンを制裁し、今度はアラブ連盟を分裂・機能不全に陥らせようとしている。これらは、サウジの国際影響力を大きく低下させている。カタールもレバノンも、イランの陣営に移ってしまった。トランプに騙されているMbSは、イランをやっつけるどころか、自国を自滅させてイランの影響力がその分増大する事態を招いている。 (Former UK foreign secretary warns of Saudi 'threat' to Lebanon's stability)

 もしMbSがイスラエルと和解してしまうと、サウジ(と米国)は、パレスチナ自治政府(PA)やヨルダンも見放すことになる。PAやヨルダンは、米サウジから見放された分、イランやロシアとの関係を強めるだろう。パレスチナの大義を捨てたMbSは、サウジ国内の若者からも尊敬されなくなる。来週、サウジのサルマン国王が退位してMbSに王位を譲るという報道が出ている。MbSに権力がさらに集中し、誰も彼の間違った政策を止められなくなる。サウジは弱体化していく。イランはますます強くなる。 (Saudi Arabia king set to hand over the crown to his son)

 歴史を見ると、サウジは、トランプ以前から米国に騙され続けている。サルマン現国王が即位してMbSが国防相になった直後の15年3月には、米国(軍産)がイエメンのフーシ派を強化するようなやり方でイエメンから撤退し、サウジは慌ててイエメンに侵攻せざるを得ない状況に追い込まれた。オバマはイランと核協定を結び、サウジにもイランと和解してほしかったが、これを好まない米軍産はサウジを逆方向のイラン敵視に誘導し、サウジは16年1月にシーア派のニムル師を処刑、世界中のシーア派を激怒させ、イランとの和解を不可能にした。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) (イランとサウジの接近を妨害したシーア派処刑)

 シリア内戦でイラン側の勝利、サウジ側(ISアルカイダ)の敗北が不可避になった16年末、サウジはイランとの和解を再び模索し、GCCの中で親イランなカタールが仲介に動いた。アラブ連盟は、除名したシリアのアサド大統領の再招致を検討した。だが米国が反対し、アサド再招致は棚上げされた。ここでアラブ諸国がアサドと和解していたら、アサドはイランとアラブをバランスでき、内戦が終わるとともにアサドがイラン系の軍勢を帰国させ、サウジに有利な状況ができたはず。米国がアサド再招致に反対したため、アサドはその後もイラン(とロシア)しか頼る先がなく、内戦後にイランやヒズボラがシリアに長期駐留し、アサドが恒久的に露イランの傘下に入り、サウジとイスラエルが困窮する事態を招いた。17年6月には、トランプがサウジ訪問時にMbSをけしかけ、サウジとイランとの仲介役だったカタールを突然MbSが制裁する挙に出て、イランとの和解が頓挫しただけでなく、GCC自体が崩壊した。 (不透明な表層下で進む中東の安定化<2>) (カタールを制裁する馬鹿なサウジ)

 権力に登って以来、ずっと米国に騙され続けたMbSは、いずれサウジが弱くなった後に、自分が米国に騙されてきたことに気づき、安保戦略を米国に依存していたことの愚鈍さに気づくだろう。その後のMbSは、おそらく米国と距離を起き、ロシアや中国に今よりさらに接近し、イランとも和解していく。いずれそうなることを予測しているかのように、中国の習近平は最近、サウジとの友好関係を強めると宣言している。いまMbSのサウジを批判せず、応援してますよと言うことで、長期的に石油を安く買えるし、サウジの石油収入を(米国債でなく)中国に再投資してもらえる(後述するペトロユアンの構造)。中国は、サウジとイランの両方と良好な関係を維持している。 (China vows to boost ties with Saudi Arabia amid growing turmoil in Middle East)

 習近平は、サウジの国営石油会社アラムコに、ニューヨークやロンドンでなく、中国領である香港で上場してほしいと言っている。アラムコは来年の上場を予定しており、世界史上最大の株式上場となる。ニューヨークに上場すると、911の犠牲者の遺族たちから損害賠償請求され、上場した収入の一部を奪われかねない。トランプは先日、ぜひNYに上場してほしいと(ここでもサウジを自滅の道に進ませようとする)ツイートを発したが、NY上場は困難だ。アラムコは秘密の部分が多く、ロンドンでさえ、上場基準を満たせる情報公開ができるか怪しい。香港ならその点、独裁者となった習近平の一存で、情報公開を最小限にしたまま上場できる。アラムコは、香港に上場しない場合でも、中国の政府系の投資機関に株式を買ってもらうことになりそうだ。米国に騙されるほど、サウジは中国やロシアに接近する。 (Mark Mobius on Saudi Aramco IPO: 'New York is pretty much out') (appreciate Saudi Arabia ... IPO of Aramco ... New York)

 サウジはこれまでも、ロシアや中国と戦略的な関係を結んできたが、重要な安保分野だけは対米従属で、米国の言いなりにやって失敗し続けている。MbSがいずれトランプに騙されまくったことに気づき、遅まきながらの全面的な対米自立を目指すようになると、中国とさらに強い関係を持つようになる。サウジの原油輸出をドル建てでなく人民元決済で行うようになると、サウジが石油をドル建てで世界に売った収入で米国債を買い支えてドルの金利を下げておく「ペトロダラー」の世界体制が崩れて「ペトロユアン(石油・元)」の世界体制が立ち上がる。ドルの基軸性が低下する。そうなると、トランプがやりたい米国覇権の放棄、多極化が大きく進展する。トランプは、そこまで視野に入れてMbSを騙し続けていると考えられる。 (Brandon Smith Warns: The Saudi Coup Signals War And The New World Order Reset)


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世界に試練を与える米国
2015年6月26日   田中 宇
 ここ数年、私は、毎日国際情勢の動きを見ていて「米国は、世界に試練を与えることを戦略として続けているのでないか」という、一見すると突拍子もない仮説を抱く事態にときどき出くわす。キリスト教的、もしくはイスラム教やユダヤ教を含む3つの一神教的にいうと「乗り越えられない試練はない」。神様は、人々(信者)を鍛えてより良い状態にするために試練を与えるので、その試練は人々が最大限努力すると何とか乗り越えられる程度のものであり、人々がいくら頑張っても乗り越えられない極度の試練は設定されない。人々が挫折しそうになると神が希望を与えて励ます。そんな物語が一神教の教えの中にある。米国は、こうした一神教のシナリオに沿って、自らが神の立場に立ち、世界各国の政府や人々に、各種各様の「試練」を与え続けている、というのが今回の仮説だ。

 米国は、たとえばロシアに対し「ウクライナ危機」という試練を与えている。ロシアがソ連だった時代、ウクライナは自国の一部だった。ロシア最重要の黒海岸のセバストポリ軍港はウクライナ領内のクリミアにあったし、ウクライナ東部の住民はロシア系だったが、ウクライナがソ連国内だった時代は何の問題もなかった。ソ連崩壊後、ウクライナは独立国となったが、ロシアとの関係が比較的良かったので問題が起きなかった。ところがヌーランド国務次官補ら米当局は、13年秋からウクライナのヤヌコビッチ親露政権を転覆する市民運動を支援扇動し、14年3月、政権転覆と、反露政権の樹立に成功した。新政権はロシア語を公用語から外し、セバストポリの露軍への賃貸を打ち切る検討をするなど、ロシアと敵対する姿勢に出た。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び)

 米国主導の政権転覆によってウクライナは、ロシアにとって、欧州との緩衝地帯というプラスの意味を持つ国から、自国に敵対する脅威に転換した。ロシアはまず、セバストポリ軍港の喪失を防ぐため、ロシア系がほとんどであるクリミアで、ウクライナからの分離独立、ロシアへの併合を求める住民運動を起こさせ、住民投票での可決を経て、クリミアを併合した。ウクライナ東部のロシア系住民は、ウクライナからの分離独立を求めて武装決起し、ウクライナ軍と内戦になった。米国は欧州を引き連れてロシアへの敵視を強め、ロシアを経済制裁し、ウクライナを支援した。ウクライナの東部住民はロシアに軍事支援を求めたが、ロシア政府が東部に武器を支援すると米欧に対露制裁の口実を与えてしまうので、ロシア市民(軍人ら)が個人的にウクライナ東部を支援する形式を守った。 (ウクライナ軍の敗北)

 米欧の対露制裁は、ロシアのクリミア併合と東部への武器支援を理由にしていたが、クリミア併合は米国がウクライナに内政干渉して反露政権を作ったこと対するロシアの正当防衛の範囲内だし、ロシアによる東部への武器支援は行われておらず濡れ衣だ。欧州の監視団OSCEもロシアが東部に武器支援していないと認めている。米国は、ウクライナの政権を転覆した上、それに対するロシアの正当防衛を「国際法違反」と決めつけて経済制裁している。国際法違反は、ウクライナに内政干渉した米国の方なのだが、米欧日のマスコミは米国覇権のプロパガンダ機関になり、善悪を歪曲している。 (プーチンを怒らせ大胆にする)

 昔のロシア(ソ連)なら、戦車部隊をキエフに差し向けてウクライナの反露政権を軍事的に転覆し、追放されロシアに亡命中の親露派のヤヌコビッチを大統領に据え直したかもしれない。しかし、それをすると米欧がロシアを長期制裁することに口実を与える。プーチンのロシアがやったことは軍事を使わず外交のみで、ベラルーシのミンスクに関係諸勢力(露、ウクライナ、東部露系、監視団OSCE、のちに独仏も)の代表を集め、ミンスク停戦協定を構築することだった。 (ウクライナ再停戦の経緯) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動)

 米国はロシアに対し、まずウクライナ政権転覆という試練を与え、ロシアがクリミア併合で応えると、ロシア制裁という次なる試練を与え、ロシアが軍事を使わず外交に徹するという試練の乗り越えをやってミンスク停戦体制を構築しても、まだ濡れ衣的なロシア制裁を続けた。米国はNATOを引き連れてバルト三国などでロシア敵視の軍事演習などを続けてロシアを苛立たせ、試練を与え続けたが、ロシアはパイプライン敷設を使った経済的な取り込み作戦を含む外交戦略だけで対応し、試練を乗り越えている。プーチンの人気はロシア内外で高まっている。ロシア国内のプーチン支持率は89%だと、米マスコミすらが報じている。 (Putin scores highest ever poll rating) (ロシアは孤立していない)

 ウクライナ危機は、ロシアだけでなく欧州にとっても試練となっている。欧州の指導者たちは、米国が欧露戦争に発展しかねないウクライナ危機を起こし、ロシアは停戦体制を構築して危機の解消に貢献しているのに、マスコミが善悪を逆さまに報じていることを知っている。しかし欧州はNATOとして米国の傘下にあり、覇権国である米国が善悪を歪曲してロシアと敵対するのだと言えば、追従せざるを得ない。欧州は、対米従属を静かに脱する策としてEU統合を推進してきたが、米国によるロシア敵視策やそれによるNATOや冷戦構造の復権は、そうした欧州の策略を困難にしている。米国が起こしたウクライナ危機は、欧州に、国家統合による対米自立策を妨害する試練を与えている。 (米国の新冷戦につき合えなくなる欧州) (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国)

 ロシア制裁で最も被害を被っているのは欧州で、昨春以来の対露制裁は欧州に1千億ユーロの損失を与え、全欧で200万人、ドイツで50万人の雇用喪失につながったと、ドイツの新聞(Die Welt)が報じている。欧州が、米国から与えられた試練を乗り越えず、対米従属に安住して対露制裁に参加し続けると、欧州経済が打撃を受けるばかりだ。しかし欧州では上層部やマスコミで対米従属派がまだ強く、公式論として「ウクライナ危機で悪いのはロシアでなく米国だ」と言うことができない。 (EU losses from anti-Russia sanctions estimated at 100 bln euro)

 欧州にできることは、一方で米国主導の対露制裁につき合いつつ、他方で従来どおり目立たないように欧州統合を進めることだ。EUのユンケル大統領は6月22日、EU各国の財務省の機能を10年後の2025年までに統合するという財政統合の構想を発表した。税制や予算編成は各国の権限として残すが、財政赤字を制限する機能は、各国の財務省が決定権を持つ従来のガイドライン方式から、EU当局が決定権を持つ統合方式に移行する。ギリシャなどで起きている国債危機を防ぐための方策との口実で、EU統合が進められようとしている。 (Eurozone should have own treasury by 2025)

 ギリシャ危機も、米金融界の投機筋がユーロを潰すことでドルの覇権(基軸通貨性)を守るためにギリシャの国債先物市場を破壊して起こしたことと考えると、米国が欧州に与えている試練だ。欧州がこの試練を乗り越えるには、米国覇権の一部であるIMFが新興諸国を潰すためにやってきた借金取り政策(巨額資金を流入させてバブルを膨張させ、投機筋にそれを潰させ、IMFが救済するといって破綻国に成功しない緊縮策を採らせ、借金漬けにする)をEUが拒否することが必要だ。前回の記事に書いたとおり、欧州の上層部は、ギリシャや南欧、東欧の人々がIMF反対を強め、欧州議会を席巻するなど民主的なやり方で、EUが経済政策の分野で対米従属を離脱する流れを期待している観がある。 (革命に向かうEU) (ギリシャから欧州新革命が始まる?)

 IMFは、同じ財政破綻しかけている国の中でも、米国傀儡のウクライナには何の条件もつけずに追加融資するのに、対米自立的なギリシャには難癖をつけて貸さない。IMFには戦争している国に追加融資しないという規定があるのに、IMFはそれを自ら破っている。これも、ギリシャや南欧諸国の人々のIMF敵視の世論を強めるために米国が与えている試練に見える。ギリシャのチプラス政権は地政学を踏まえた策士なのでなかなかデフォルトしないが、ウクライナは7月にもデフォルトしかねない。 (IMF Violates IMF Rules, to Continue Ukraine Bailouts) (IMF Humiliates Greece, Repeats It Will Keep Funding Ukraine Even If It Defaults) (Ukraine could default in July - finance minister)

 EUでは中央銀行(ECB)が米国に圧され、3月からユーロを大量発行してドルを守るQE(量的緩和策)をやっている。その後、ドイツなどEU各国の国債金利が乱高下する債券市場の流動性の危機が起きており、QEはユーロを不安定にしている。これも、ロシア制裁やギリシャ危機と並び、米国の圧力でEUが自分たちの不利になることをやらされている試練の一つだ。試練を乗り越えるには、EUが対米従属をやめるしかない。だが、それは困難で、EUは次々と米国から与えられる試練を一つも乗り越えられず、苦闘している。 (欧州中央銀行の反乱) (ユーロもQEで自滅への道?)

 中東ではイランが、米国から次々と試練を課されている。イランはNPTやIAEAといった核技術の軍事転用禁止を監視する国際機構に入り、査察も受けて軍事転用していないと認められてきたが、米国は03年のイラク侵攻前後から「イランが核兵器を開発している」と濡れ衣をかけて経済制裁を強化し、先制攻撃すると言って脅してきた。イランが米国の濡れ衣を解くため、IAEAの査察を受けると、次々と新たな濡れ衣をかけて別の施設を査察させろといったり、米国は疑いが解かれたはずの同じ施設を何度も査察しようとしたりして、繰り返し試練を与えてきた。 (善悪が逆転するイラン核問題) (歪曲続くイラン核問題)

 イランは、もともと欧州との経済関係が強かった。だが欧州が米国の濡れ衣につき合ってイランを制裁し続けるので、イランは中国やロシア、インドなどとの経済関係を強め、「西」との関係を「東」との関係に切り替えることで、制裁を何とか乗り切っている。ロシアも同様に、欧州との関係が制裁で切られ、中国との関係を強めた。イランやロシアは、米国から与えられた経済制裁の試練を、主に中国との関係強化によって乗り越えている。 (イラン制裁はドル覇権を弱める) (中露結束は長期化する) (イラン核問題と中国)

 イランの核問題は、交渉の最終期限である6月30日もしくは7月初めに、イランと米欧露中(P5+1)が協約を締結する可能性が強くなっている。イスラエルのハアレツ紙は、数日遅れるかもしれないがイランとP5+1の協約締結が確実だと予測している。協約締結は、米国が与えた試練をイランが乗り越えたことを意味する。 (After Gaza report, Israel is losing its clout on Iran) (続くイスラエルとイランの善悪逆転)

 米国はイランに核の濡れ衣という支援を与える一方で、覇権的な利得をイランに与えている。米国は、フセイン政権(スンニ派)を潰した後のイラクに民主主義の政治体制を与えたが、その結果できたのはイラク国民の6割を占めるシーア派の政権だった。イラクのシーア派政権は米国と対立する傾向を強め、その分、同じシーア派のイランに頼るようになった。イランは労せずして隣国イラクを手に入れた。しかし最近になって、米国はこの面でも新たな試練をイランに与えている。それはISIS(イスラム国)だ。 (「イランの勝ち」で終わるイラク戦争) (To Many Iraqis, U.S. Isn't Really Seeking to Defeat Islamic State)

 ISISを作ったのはイラク占領米軍が運営する監獄に収容されていたイラク人たちで、ISISは米イスラエルが中東の恒久分断状態を作るために作った組織といえる。米軍は、一方でISISと戦うイラク政府軍を指揮する顧問団として入り、他方でイラク軍と戦うISISに武器を空から投与して支援している。スンニ過激派であるISISは、シーア派のイランを仇敵とみなしている。ISISによって潰されそうなシリアのアサド政権は、イランを最大の頼り先としており、イランは自国の軍事顧問団のほか、レバノンのシーア派武装組織ヒズボラをシリアに派遣してISISと戦わせている。 (露呈するISISのインチキさ) (わざとイスラム国に負ける米軍)

 米国が作ったISISとの戦いにイランが勝てば、イランは自国からイラク、シリア、レバノンの地中海岸までを影響圏として拡大し、イスラエルに隣接する勢力となる。試練を乗り越える見返りは大きい。ISISに勝てなければ、イランは、かつてイラクと8年間戦った「イラン・イラク戦争」の時のように、米イスラエルの策略で長期の消耗戦を強いられ、中東のシーア・スンニの恒久内戦化によって弱い状態が続き、その分イスラエルが有利になる。 (ISISと米イスラエルのつながり)

 米軍内では、イラク3分割案が検討されている。これはイラクを(1)イラン傘下のシーア派のイラク(2)ISIS(3)クルド人国家という3つの新国家として承認する動きで、ISISを強化するのが隠れた目的だ。中東は、イランが核問題で国際的に許され強化されてアサドを支援しつつISISを倒すか、ISISがアサドを倒して事実上の国家として認められてイランを弱体化させ中東の分断状態が恒久化するか、という分岐点にいる。イランに課された試練は、中東全体の未来を左右する。 (Concerns as Pentagon Chief Broaches Possibility of `Three Iraqs, not One') (Iraqi Shi'ite Militias Say US `Help' Is Unwelcome in ISIS Fights)

 ロシア、イランとくれば、次は中国だ。中国は宗教が一神教でない。だが、国際共産主義運動の生みの親が欧州人(ユダヤ教徒、キリスト教徒)だっただけに、共産党を正当化する神話には一神教的な要素が多分に含まれる。心清らかな人民が、禁欲的な党に率いられ、試練を乗り越えて努力し、共産主義の理想郷(=神の国)に近づくシナリオは、多分に一神教的だ。今の中国の党員と人民は禁欲的でも心清らかでもないが、中共の人々は「帝国主義者」が次々に与えてくる試練を乗り越えることに、今も闘争心を燃やす。

 最近、米国が中国に与えた試練の一つは、南シナ海をめぐるものだ。中国は昨年から、自国が占領する南シナ海の珊瑚礁を埋め立てて島にして軍事施設を設置する工事を続けている。同様の工事はベトナムやフィリピンもやっており、中国はそれを巨大な規模でやっている。今春、米国がこれに目をつけ、中国包囲網策の一環として、偵察機を飛ばすなど敵対的な挑発を始めた。中国は対抗心を燃やし、工事の速度を上げている。埋め立てた島に最新の軍事設備を置き、米軍機が接近したら迎撃できるようにして、南シナ海に防空識別圏を設定するとの説もある。 (南シナ海の米中対決の行方)

 米国が試練(挑発)を与えた結果、逆に中国は米国を南シナ海から追い出すところまでやろうとしている。中国は急速に軍事力をつけており、中国沿岸地域では米軍と互角か、中国の方が強くなっている。中国には米軍を南シナ海から追い出せる軍事力などないと言い切れる時代は終わっている。米国が、中国包囲網策で中国に軍事的な圧力をかける(試練を与える)ほど、中国は軍事力を急拡大して試練を乗り越えている。米国は、最終的に第2列島線のグアム以東に引っ込むことになる。 (US-China: Shifting sands) (中国の台頭を誘発する包囲網)

 経済面では、今春のAIIB設立が、米国による試練とそれに対する中国の乗り越え行為として存在する。米国は、IMFやADB(アジア開発銀行、米日主導)が中国の発言力(出資比率)を拡大することを決めたのに、それを批准することを拒否し、中国に試練を課した。中国はADBに対抗できるAIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立し、米国は欧州などの関係諸国にAIIBに入るなと命じたのに、日米以外のすべての関係国がAIIBに入ってしまい、中国の勝ちになった。中国は、ロシアやイランに比べ、米国の試練を容易に乗り越えている。ロシアを敵視する軍産複合体、イランを敵視するイスラエルといった、米国を牛耳る勢力の中に、強い反中国勢力がいないからだろう。 (日本から中国に交代するアジアの盟主) (China Rising - Pepe Escobar)

 米国が中国に課す試練は、アジア太平洋の他の国々にも試練を与えている。米国は、経済面の中国包囲網としてTPPを制定しようとしているが、オーストラリアや東南アジア諸国は、米国とだけでなく中国とも貿易関係を拡大したい。米国は、同盟諸国が中国と経済関係を強化することを好まないが、オーストラリアはTPPに参加する一方で、先日、中国とのFTA(自由貿易協定)を締結した。豪州は、米国から中国とつき合うなと圧力をかけられても、その試練をやすやすと乗り越え、中国とFTAを結んだ。 (China, Australia sign landmark free trade agreement)

 このように、米国が世界各国に与える試練は「国益を損なっても米国の言うことを聞け」という覇権行使策になっている。試練の策を考案しているのは、米露冷戦復活や中国包囲網、イラン弱体化(中東内戦の恒久化)などをやりたい軍産イスラエル複合体だ。ユーロ危機を起こしてドルの金融覇権を維持したい米金融界も考案者だろう。米国が与える試練を乗り越えると、その分だけ米国の覇権体制に風穴が開き、覇権体制が崩壊していく。ロシアや中国やイランが、米国からの試練を完全に乗り越えると、露中イランはそれぞれの地域の米国に代わる地域覇権国となり、世界の覇権体制が多極型に転換する。 (中露の大国化、世界の多極化)

 軍産イスラエル複合体や米金融界は、各国に試練を与えているが、その本来の目的は、各国に試練を乗り越えてもらうためでなく、各国が試練を乗り越えず米国の言いなりになり、それによって米国の覇権体制が維持されることだ。しかし、米国の上層部には、自国の覇権を解体して多極化したい勢力もいて(オバマ大統領は多分その一人だ)彼らが試練を一神教的な「頑張れば乗り越えられる」水準に調整して施行し、試練を覇権維持の道具から覇権解体の道具に変質させている。この時点で、服従を目的とする「圧力」が、乗り越えられることを目的とする「試練」に転換している。宗教上の「試練」を思わせる手法をとる理由は、その方が一神教の人々のやる気を起こせるからだろう。 (イランとオバマとプーチンの勝利)

 全体として米国は、世界を多極化するために各国に試練を与え続け、試練を乗り越えた国から順番に、多極型の新世界秩序における極の一つになっていく。一神教の世界では、人々を超える存在である「神」が人々に試練を与えるが、国際政治(国家間政治)の世界では、国家を超える存在である「覇権国」が、諸国に試練を与えている。国際政界では、試練が神に近づくためでなく、神を乗り越えて自分たちが神(地域覇権国)になるためにある。 (負けるためにやる露中イランとの新冷戦)

 米国から与えられる試練を乗り越えられない国、対米従属を脱せない国は、苦闘し続ける。ウクライナやギリシャ、イランなどの問題で、米国やIMFの言いなりから脱せない欧州がその一つだ。新国王が対米自立を模索したとたん、イエメンとの戦争に追い込まれたサウジアラビアもその例だ。英国やイスラエルも、米国を牛耳ろうとしてもうまくいかないことが多くなり、苦闘している。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ)

 米国から試練を与えられても、それを試練と認識すること自体を避け、対米従属を続けつつ苦闘もしていないめずらしい国が、わが日本だ。そもそも日本は一神教から遠い社会だ(あるイスラム教徒は、日本人が108人の神がいると言うのは、イスラム教で唯一の神が108つの名前を持っているのと同じことでしかないと言っているが)。米国は、普天間基地の辺野古移転問題で日本に試練を課したが、その試練の被害者は沖縄の人々に限定され、本土の人々は無関係・無関心で問題の存在すら感じずにおり、試練として機能していない。 (沖縄から覚醒する日本) (日本の官僚支配と沖縄米軍) (多極化への捨て駒にされる日本)

 ドル延命のために円を自滅させる日銀のQEも、いずれ円や日本国債の破綻を引き起こすだろうが、それまでは危険性が日本のマスコミでほとんど報じられない状態が続くだろうから、警告も発せられず、早くQEをやめるべきだという意見も広がらない。QEで日本が破綻しても、QEがドル延命のため円を自滅させる策だったことが広く知られることはないので、これまた試練として機能していない。 (加速する日本の経済難) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米)

 米国が発する試練(圧力)を無視する構造を持つ日本は、世界の転換に最後まで気づかない人々になるだろうが、01年の911テロ事件より前は、世界的に、米国の覇権崩壊の可能性もあまり語られず、覇権国の圧力が乗り越えるべき試練と感じられることも少なかった。911事件が、イスラム世界に対する試練の始まりだった。その後03年に大量破壊兵器(WMD)のウソに基づく米軍イラク侵攻が起きたが、世界の多くの国では、イラクがWMDを持っていないと知りながら米国がWMDを理由にイラクを侵攻したことが問題にされず、米国覇権の問題点が隠蔽される傾向だった。

 08年のリーマン倒産後、多極型のG20が、米英主導のG7に取って代わり、G20サミットがドル覇権(ブレトンウッズ体制)の終わりも論じられたが、これまた世界の多くの国が米国覇権の崩壊より不健全な延命を好み、米日欧でドル延命のためのQEが行われ、今に至っている。米国が覇権を維持しているのは、米国自身でなく、覇権延命を希望する諸国の力によっている(だから米国が無茶苦茶をやっても覇権が維持される)。対米従属は、日本が世界で最も根強いものの、世界的な傾向だ。中国政府も最近まで、米国覇権が永続した方が良いと考えていた。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (G8からG20への交代)

 しかしその一方で、米国の外交軍事戦略が次々と失敗し、QEの不健全さを指摘する声も(日本以外で)強まっている。米覇権の延命はしだいに困難になっている。露中イランは、覇権構造の早期の転換(米国覇権崩壊)を望む傾向を増している。露中が結束してドル離れ戦略をやるとドル覇権は崩れると、米国のロン・ポールが指摘している。露中イランなど、世界各国に試練を与えて覇権構造を転換しようとする米国中枢の策は、成功しつつある。 (Ron Paul says Sino-Russian currency will `dethrone dollar')


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イラク戦争の濡れ衣劇をイランで再演するトランプ


イラク戦争の濡れ衣劇をイランで再演するトランプ
2019年5月16日   田中 宇
この記事は「戦争するふりを続けるトランプとイラン」の続きです

2003年のイラク戦争は、当時のブッシュ政権の上層部にいた好戦的なネオコンたちが「イラクが大量破壊兵器を開発している」という誇張・捏造の情報を、ウソと知りながら開戦事由として使い、イラクに濡れ衣をかけて本格侵攻して政権転覆した戦争だ。事後に、侵攻前のイラクが大量破壊兵器を開発していなかったことが確認され、開戦事由がウソだったと判明した。イラク戦争は、米国の国際信用(覇権)を失墜させた。米国はその後、リビアやシリアなどに侵攻するかどうか判断を迫られるたびに、本格侵攻しない(空爆と特殊部隊の派遣でごまかす)方を選択し続けている。イラク戦争は、米国上層部の安保担当者たち(軍産複合体)にとってトラウマとなり、米国は「戦争できない国」になった。 (The Media’s Shameful Handling of Bolton’s Iran Threat Claims Recalls the Run-up to the Iraq War)

しかし今回、米国は16年ぶりに、今度はイランに対して、開戦事由をでっち上げて戦争を仕掛ける演技を開始している。16年前、ブッシュ政権の国務次官補としてイラク侵攻の開戦事由のでっち上げに奔走したネオコン系のジョン・ボルトンが、今回はトランプ大統領の最重要側近の一人(安保担当補佐官)になり、イランと戦争する方向に事態をどんどん動かしている。5月5日、米政府が「イランが中東の米軍施設などを攻撃してきそうなので、イラン前面のペルシャ湾に空母部隊を派遣する」と発表したが、これを発表したのは最高司令官のトランプでなく、トランプから「戦争担当」を任されたボルトンだった。 (Trump's Hired Hands Want a War in Iran) (U.S. Deployment Triggered by Intelligence Warning of Iranian Attack Plans)

ボルトンは、イランが米軍施設を攻撃しそうだと言いつつ、その根拠となる諜報界の情報を何も示さなかった。だが5月12日、ペルシャ湾の入り口の要衝であるイラン前面のホルムズ海峡に近いUAEのフジャイラ港の沖合で、サウジアラビアの大型タンカーなど4隻が、何者かによって攻撃される事件が起きた。死傷者がおらず原油流出もなく、攻撃の内容すら報じられないままで、UAEやサウジの当局は犯人を名指ししていないが、マスコミや「専門家」たちは、すぐに「タイミングから見てイランが犯人だ」と喧伝し始めた。 (Probe underway after Saudi oil tankers came under 'sabotage attack' off Fujairah) (Iran warns of ‘conspiracy’ over sabotaged vessels near Fujairah port)

フジャイラはホルムズ海峡を迂回するパイプラインからタンカーに石油を積み替える港であり、それを理由に「米軍がこれからホルムズ海峡を閉鎖するので、それに先んじてイランが迂回ルートを潰そうと攻撃事件を起こしたに違いない」という見方が出ており、イランの革命防衛隊系のメディアの中にさえ、そのような見方をしてイラン犯人説を半ば認める動きもある。しかし、今のタイミングでイランがこの手の攻撃を行ったのなら、米イスラエル側の思う壺になってしまうので、それは考えにくい。 (Iran warns of ‘conspiracy’ over sabotaged vessels near Fujairah port)

イランは近年、中国ロシアやトルコなどからの関係強化や支援を受け、米国の制裁を乗り越える力をつけている。EUも、トランプの米国の同盟国無視のやり方に怒り、核協定を守ってイランと仲良くする傾向だ。今後、時間が経つほどイランが有利、米国が不利になっていく。イランとサウジの対立でも、イランの優勢が増している。それを知りながら、イランが米サウジ側を攻撃するはずがない。むしろ米諜報界傘下のテロリスト系勢力(アルカイダIS)が、イラン系の犯行のふりをして挙行した濡れ衣攻撃(偽旗攻撃)である可能性の方が強い。空母派遣の口実を、あとからでっち上げた感じだ。 (イランの自信増大と変化) (Saudi Oil Tanker 'Sabotage' Is a Dangerous Moment in US-Iran Tensions)

フジャイラ沖のタンカーへの攻撃は、イラン系がやった証拠がなく、イラン系が犯人である可能性がないのに、トランプの米政府は、イランが犯人だと濡れ衣的に決めつけ、空母をペルシャ湾に差し向けて今にもイランを軍事攻撃しそうなそぶりを示している。16年前に濡れ衣のイラク戦争を引き起こしたボルトンが、今またイランとの濡れ衣戦争を起こそうとしている。トランプが、好戦的なボルトンに引っ張られ、泥沼のイラン戦争に突入しようとしている。ゴリゴリ軍産プロパガンダ雑誌の英エコノミストから、ゴリゴリ反軍産分析者のポール・クレイグロバーツまでが、そのように言っている。 (Paul Craig Roberts: Trump Being Set-Up For War With Iran) (Strange things are afoot in the Strait of Hormuz)

だが実際には、米国はイランと交戦しない。ペルシャ湾の現場の米軍は、イランとの戦争に反対している。米軍はペルシャ湾で革命防衛隊などイラン側と毎日対峙しているが、特に変わったことは起きていないと平静を強調している。現場の米軍は、ボルトンの好戦的な態度と一線を画している。米軍(軍産)傘下の分析者たちは、米マスコミに「フジャイラのタンカー攻撃の犯人がイランだと言い切れる証拠はまだない」と言い、米イラン開戦を止めようとしている。 (A widening gulf: US provides scant evidence to back up Iran threat claims)

03年のイラクは、国連などから10年以上の経済・軍事の制裁を受けて武装解除を強いられ続け、ろくな兵器を持っておらず、米軍がイラクに侵攻してフセイン政権を転覆するのは簡単だった。だが今のイランは、ロシアや中国などから大量の兵器を買い込んで武装しており、戦争すると米軍側にも大きな被害が出る。イラン長期に制裁して軍事力を低下させてから侵攻するのが以前からの軍産(米イスラエル)の戦略だったが、イランは制裁を乗り越えて露中などから兵器を買っており、軍産の戦略は失敗している。軍産は、こんな状態でイランと戦争したくない。軍産を敵視するトランプは、それを知った上でボルトンを戦争担当に据え、今にもイランと戦争しそうな演技を展開している。軍産は迷惑している。 (Bernie Sanders says war with Iran would be "many times worse than the Iraq War")

ボルトン側(?)は「イラン系の軍事勢力が、ペルシャ湾でよく使われる小型の木造帆船(ダウ船)にミサイルを積んで米軍艦などに接近して攻撃することを計画している」と米マスコミにリークし報道させた。これに対して米軍系の分析者(軍産)たちは「不安定なダウ船からミサイルを発射して命中させるのは至難の業だ。イラン側が過去にダウ船で攻撃を仕掛けてきたこともない。ダウ船攻撃の話は信憑性が低い」という趣旨のコメントを発している。軍産が、ボルトンたちの好戦的な濡れ衣攻撃をやめさせたがっているのが見て取れる。 (A widening gulf: US provides scant evidence to back up Iran threat claims)

米軍と一緒にいる英国軍はさらに露骨で、イラクシリア担当の司令官が5月15日に「イラン系の軍事勢力は、米英側に攻撃を仕掛けてきそうな兆候は何もない」と明言した。英国は、米国に引きずられてイランと戦争したくないと示唆している感じだ。 (‘No increased threat from Iran,’ says British general in remarks he refuses to restate)

サウジアラビアも、トランプと一緒にイランを敵視してきたが、よく見るとサウジもイランとの戦争を嫌がっている。駐サウジ米大使のアビザイドは5月14日に「フジャイラのタンカー攻撃事件は、捜査によって解決すべきだ。戦争で解決すべきでない」と表明した。この表明はおそらくサウジ王政(MbS)の意思を反映したものだ。 (U.S. Ambassador to Saudi Arabia Urges Response ‘Short of War’ to Gulf Tankers Attack)

イランの最高指導者ハメネイ自身「トランプの米国は好戦的な言動を仕掛けてくるだけだ。イランと戦争することはない」と言っている。16年前に米軍に濡れ衣で侵攻されたイラクも「今の状況が16年前と似ている部分もあるが、今回米国とイランが戦争することはない」と言っている。 (Ayatollah Khamenei rules out possibility of war with US despite tensions) (Despite Troubling Echoes of 2003, Iraqis Think U.S.-Iran War Is Unlikely)

トランプが好戦的なボルトンにイランと戦争する演技をさせていることに対し、米軍や、英サウジといった同盟国(これら全体が軍産)は、隠然と猛反対している観がある。軍産側からは「トランプは、ボルトンが本気でイランと戦争しようとするので不満をつのらせている。トランプはボルトンと対立し、間もなくボルトンを辞めさせるだろう」といった推測の指摘が軍産から出ている。これに対しトランプは「対立なんかない。側近たちの中にいろんな意見があるが、最終的に決めるのは私だ。簡単な構造だ」と言っている。 (Trump considering replacing John Bolton: Report) (‘No infighting whatsoever’ in White House over Iran, Trump claims)

トランプは大統領になる前「お前はクビだ!」と彼自身が言うのが決まり文句のテレビドラマを作っており、大統領になってからもどんどん側近のクビを切ってきた。トランプがボルトンを辞めさせたければ、いつでもクビを切れる。軍産が迷惑するような好戦的な演技をボルトンにやらせ、自分は離れたところにいるのがトランプの今のイラン(やベネズエラ)に対する戦略だ。 (Trump Slams "Fake News" NY Times 120K Troops To Iran Report) (Are we watching John Bolton's last stand?)

トランプはボルトンを使って、今にもイランと戦争しそうな演技をしているが、実際の戦争はしない。そして、その一方でトランプはこれまでに何度もイランに対し「交渉しよう。いつでも電話してこい」と言って、イラン側に自分の電話番号を教えている。イランは「交渉すると言いつつ、こちら側が飲めない条件を出してくるに違いない」と言って、トランプの交渉提案を本気にしていない。 (Why Iranians doubt the seriousness of Trump's latest offer of talks)

これらの全体と良く似たものを、以前に見たことがある。それは、トランプの北朝鮮との関係だ。トランプは以前、今にも北朝鮮と戦争しそうなそぶりを見せつつ軍産をビビらせ「戦争反対」と言わせた後、一転して米朝首脳会談を繰り返して金正恩と「ずっと友だち(ずっ友)」を宣言してしまい、挙句の果てに北朝鮮問題の解決を中国ロシア韓国に任せる流れを作ってきた。これと同様に、トランプはイランとの関係も、今回軍産をビビらせて「戦争反対」と言わせつつ、イランに「オレと交渉しろ」と言い続けている。 (◆多極化への寸止め続く北朝鮮問題) (トランプのイランと北朝鮮への戦略は同根)

とはいえ、トランプが今後イランと仲良くする可能性は低い。トランプがイランと仲良くしてしまうとイスラエルがトランプを支持できなくなり、トランプが来年の大統領選で再選できる可能性が減るからだ。そもそもトランプが金正恩と仲良くしたのは、そうやって米韓と北朝鮮の間の緊張を緩和させないと、韓国と北朝鮮が仲良くできず、北朝鮮問題を中韓露に押し付けられないからだ。トランプは、自分がイランと仲良くするのでなく、露中トルコなどの非米諸国がイラン問題の解決を主導するように仕向けたい。 (China 'firmly' opposes US sanctions on Iran: Foreign Ministry) (北朝鮮・イランと世界の多極化)

おりしも習近平の中国は、貿易戦争でトランプから攻撃され、共産党内の反米感情や、中国覇権の拡大要求が強まっている。この勢いに乗って中国が、米国覇権に対する従来の尊重を捨て、ロシアと協力して、これまで踏み込まなかった強さでイランの味方をするようになると、米国はイランに対して口で敵視するばかりで手出しできなくなる傾向が強まり、中露など非米諸国によるイラン問題解決主導の流れになる。 (China Calls For "People's War" Against The US, Vows To "Fight For A New World") (Will China play a role in lessening US pressure on Iran?)

トランプは、イラク戦争の濡れ衣劇を、イランを相手に再演している。それは、米国の従来の戦争戦略・好戦的な覇権戦略を動かしてきた、勝てる戦争しかやりたがらない軍産複合体(英イスラエル・サウジ)を無茶な戦争に追い込むことでビビらせて「戦争反対」に追いやり、米国自身はイラン問題から実質的に手を引いていき、イラン問題の解決を露中などに押し付けるためだ。 (Iranian nuclear program peaceful in nature: Russia’s Lavrov)

イラク戦争は、やるべきでない戦争をやってしまった「悲劇」だった。対照的に、今回のトランプのイランとの戦争劇は、やるべきでない戦争をやろうとしてやらないで終わり、軍産を巻き込んだ政治的なドタバタ劇にするトランプ流の隠れ多極主義の「喜劇」として演じられている。「歴史は繰り返す。最初は悲劇として、2回目は喜劇として」とマルクスが書いたそうだが、トランプはまさに「2回目の喜劇」を担当している。トランプは、ベネズエラに対しても同様のことをやっており、喜劇としての好戦的な歴史劇をあちこちで繰り返そうとしている。 (Strange things are afoot in the Strait of Hormuz)


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闇の正体は 偽ユダヤ (グローバリズム)

戦争も 国家間のトラブルも 影にはいつも 同じ存在がいた  

トランプのイラン敵視の効果    田中宇

  • 2018.05.30 Wednesday
  • 00:09

 

 

▼ トランプがイランを敵視するほど世界が多極化する


イラン協定離脱後、トランプの米国は、イラン敵視をどんどん強めている。


欧州など国際社会に「米国にはついていけない」と思わせるためだ。
 

 

新たな経済制裁は、欧州企業をも制裁対象としうる。
 

 

EUは、米とイランの対立が激化したら、イランの側に立つことを決めている(国際法上、イランが正しく、米国が違法だから)。


シリアには、米国とイランの両方の軍勢が駐留している。

米国はシリア政府の許可も取らず、撤退要求を無視して駐留する「国際法違反」だ。


イランは、シリア政府から頼まれて軍事顧問団を派遣しており「合法」だ。


真の目的は、イランを標的にしているように見せて、実のところ、米国以外の国際社会(欧州、露中など)を標的にしている。
 

 


喧嘩を売られた国際社会は以前、イラク侵攻のころまで「ご無理ごもっとも」と米国の言いなりになる傾向が強かったが、昨今の米国の衰退加速とトランプの覇権放棄の加速を受け、対米自立を傾向を強めている


ボルトンやポンペオは、それを加速する役回りだ。実際にイランが政権転覆されることはない。


米国の協定離脱は、国際社会がイランを許す方向の動きにつながっている。

そもそもイラン敵視は濡れ衣だったのだから、これは正しい方向だ。


03年に子ブッシュの米国が単独覇権主義を宣言してイラクに侵攻した当時、日本の外交官ら「専門家」たちは「イラク侵攻が濡れ衣に基づく国際法違反であるとしても、もはや大したことでない。

これからの世界で、何が正しいかは、単独覇権国を宣言した、絶対の力を持った米国が決める


米国を非難する国際法や国連など、もはや何の力もない(米国に従属している日本も安泰だ)」と、したり顔で言っていた

 



その後、オバマ時代の米国は、国際法を守る風を装う姿勢に戻ったが、トランプになって再び国際法無視を繰り返し、今回は、国際法の側から反撃され、覇権低下に拍車をかける事態となっている。


もはや「専門家」たちは、この事態をわかりやすく解説することすらできなくなっている。



http://tanakanews.com/180523iran.htm

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トランプがイラン核協定を離脱する意味


トランプがイラン核協定を離脱する意味
2018年5月8日   田中 宇
 米トランプ大統領が5月12日、イランと「国際社会」(米英仏露中独、安保理P5+1)が結んできた核開発をめぐる協定(JCPOA)から米国を離脱させるかどうかについて決めて発表する。この決定は、欧州から中東、中央アジアにかけての広域の今後の状況を左右する。これはトランプの大統領就任以来の最重要な決定になると、米国の権威ある外交専門家(Graham Allison)が言っている。最近、マクロンやメルケルら、仏独英の首脳や外相が次々に訪米し、トランプに、イラン協定から離脱しないよう説得・懇願した。だがトランプは、おそらく協定からの離脱を表明する。マクロンは訪米の最後に、トランプの説得に失敗したとの認識を表明した。 (On Iran: Don’t Let Bibi Sell Us Another War) (Macron Says His ‘Bet’ Is That Trump Will Withdraw From Iran Nuclear Pact)

 イラン核協定(JCPOA)が重要である理由は、核協定がイランの核兵器保有を防いでいるからでない。イランの核が問題になった03年以降、イランは核兵器の開発を進めていない。IAEAが認めている。「イランが核兵器開発している」「米欧が監視しなければ、イランは核保有する」というのは、イランを敵視する軍産イスラエル傘下の米欧マスコミが歪曲している濡れ衣だ。米国が核協定を離脱しても、イランは離脱しないと言っている(イランは以前、米国が抜けたらイランも抜けると言っていたが、これは米国の離脱を防ぐための脅し文句だった)。核協定にとどまる限り、イランはIAEAから監視され、核兵器開発を進められない。イランは、核兵器を開発するつもりがない。 (歪曲続くイラン核問題) (Nuclear deal exit will prove US isolation: Iran's FM)

 イランが核兵器を開発する気がないので、イランの核開発を防止するための協定も無意味だ。核協定の重要性は、違うところにある。15年にオバマ政権がJCPOAを締結する前、米国の世界戦略の決定に強い影響力を持つ軍産イスラエルは、イランの核兵器開発を止めるためにイランを軍事攻撃して政権転覆すべきだと主張していた。01年の911テロ事件によって米国の世界戦略の決定権を握った軍産イスラエルは、中東でイスラエルの脅威になる大国を次々と政権転覆・破壊するのが隠れた目的の一つである「テロ戦争」を開始し、03年にイラクに侵攻して潰した後、イランに核兵器開発の濡れ衣をかけて潰そうとした。 (イランとオバマとプーチンの勝利) (Russia sees closer Iran ties if U.S. exits nuclear deal - official)

 米国の上層部には、軍産イスラエルに支配される体制を崩したいと考えた勢力もいたはずだ。911後、米上層部は全員が軍産イスラエルの支持者になった観があったが、その中には、軍産イスラエルの支持者(好戦派)のふりをしつつ、軍産イスラエル支配を崩す策略を展開した人々がいた。その一つは、イラク戦争の開戦の大義(イラクの大量破壊兵器の保有)を、意図的に、濡れ衣であることがすぐバレるような稚拙なもの(ニジェールウラン文書など)にして、軍産イスラエル支配下の米国の威信を引き下げる策をやった人々(ネオコン)だ。オバマは、ネオコンのような裏技でなく、正攻法で、軍産イスラエルのイラン敵視策を終わらせようとした。それがJCPOAの核協定だった。 (UN Nuclear Agency: No Credible Indications of Iran Nuclear Activity After 2009)

 核協定は、イランが核兵器開発していないことを証明するIAEA査察を受け続ける見返りとして、イランが米国から軍事攻撃されず、経済制裁を解かれて世界との貿易を許される内容だった。協定の最重要点は「イランの核兵器開発を防ぐこと」でなく「軍産イスラエル支配下の米国がイランを攻撃・制裁して政権転覆するのを防ぐこと」だった。JCPOAは、核協定と銘打った、安保協定だった。

 オバマは大統領権限を駆使してJCPOAを締結したが、軍産イスラエルに牛耳られた米議会は協定に反対で、90日ごとに協定の妥当性を見直す条項をつけた(これが今回のトランプの離脱検討の根拠)。核協定の枠外で、米国はイラン制裁を続けた。米政界を牛耳る軍産イスラエルは、オバマの次の大統領はJCPOAを潰してくれる人物でなければならないという運動を展開し、トランプはこれに乗って、立候補当初から「大統領になったらJCPOAを離脱する」と言い続けて当選した(オバマの後継者の色彩が強いクリントンは「協定を見直す」としか言えなかった)。トランプは選挙公約に沿って、JCPOAからの離脱を目指している。 (Trump Will Announce Iran Deal Decision At 2 PM Tuesday)

▼米国のイラン協定離脱はイスラエルの国益にもマイナスなのに・・・

 軍産イスラエルは、米国を核協定から離脱させ、イランの国家安全を保障している核協定の体制を壊し、米国がイランに核兵器開発の濡れ衣を再びかけて、軍事攻撃(もしくは市民蜂起の扇動)によってイランを政権転覆して潰したい。このシナリオに沿って考えると、トランプが核協定からの離脱を決めると、米イスラエルがイランを潰す戦争を起こすことにつながる。トランプが核協定を離脱するかどうかは、中東の戦争が拡大するかどうかであり、世界の今後を大きく左右する・・・・、という解説記事が流布しているが、私が見るところ、これもお門違いだ。 (US Is Playing With Fire if It Walks Away From the Iran Nuclear Deal on May 12) (Trump Is Setting America on an Unpredictable Course in the Middle East)

 イラク戦争のころは、米国がイラクを敵視したら、つられて世界がイラクを敵視したが、今は状況が大きく違う。米国がイラン核協定を離脱しても、他の諸国は離脱せず、協定を堅持する。米国が抜けた後も協定は維持され、米国抜きの国際社会が、イランが核兵器を開発していないことを確認し、イランの安全を保障し続ける。米国が協定を抜けたら英独仏も抜けるのでないかと以前に言われていたが、ここ数日で、英独仏とも、米国の決定にかかわらず協定を抜けないと表明した。トランプ政権になって、米国は覇権喪失を加速している。稚拙な濡れ衣戦争の構図が次々と露呈し、米国の国際信用が大きく下落し、米国についていく国が急減している。米国が離脱しても核協定は壊れず、国際社会がイランを潰す構図が戻ることも起こらない。 (Iran: We will stay in nuclear deal, even if US withdraws)

 国際社会がついてこなくても、米イスラエルだけでイランを軍事攻撃して潰すのでないか。以前はその道筋があった。だが今や、それも存在しない。イラク戦争のとき、ロシアや中国は米軍の侵攻を傍観・黙認し、フセイン政権を見殺しにした。当時の米国は、中露より軍事力と国際政治力がはるかに強かった。だが今は違う。米国がイランに戦争を仕掛けるなら、ロシアや中国はイランに味方する。ロシアはs300やs400といった、かなりの性能を持つ迎撃ミサイルを、イランに輸出し始めている。そもそも、イランはイラクよりも人口が3倍以上の多さで防衛力も強い。米国がイランに戦争を仕掛けると、泥沼にはまって戦勝できない。トランプは、核協定を離脱しても、イランに戦争を仕掛けない。 (Trump Is About to Provoke an Unnecessary Crisis With Iran) (Iran official rules out possibility of US-Israel war against Tehran)

 話をまとめると、米国がイラン核協定を抜けた場合の問題点は、イランが核兵器開発を再開することでもなければ、米国がイランに戦争を仕掛けることでもない。米国がイラン核協定を抜けた場合の問題点は、米国の覇権喪失と世界の多極化に拍車がかかることだ。イラン核協定の体制が米国抜きで維持され、欧州や露中が、米国を外した多極型の国際社会を運営する「新世界秩序」の傾向が強まる。イラン核協定の国連P5+1の体制は、米国が抜けると上海機構+欧州という多極型になってしまう。イラン自身、米国から制裁され、米国抜きの多極型の世界体制を以前から望み、中国やロシアと親しくしてきた。多極型の新世界秩序が何とか回っていくにつれ、好戦的な米国が単独支配する以前の世界秩序に戻りたいと思う国々や人々が減る。トランプのイラン核協定からの離脱は、覇権放棄・多極化の策である点で、TPPやNAFTA、NATOからの米国の離脱と同種の流れだ。 (TPP11:トランプに押されて非米化する日本)

 トランプは、エルサレムに米大使館を移したり、米国の軍事費を急増したりして、軍産イスラエルの支持者のように振舞ってきた。トランプは、濡れ衣のロシアゲートを引き起こして戦いを挑んできた軍産と激しい戦いになっているが、イスラエルとは仲が良いように見える。だが、これにも暗闘的な裏表がある。イスラエルでは最近、ネタニヤフ首相が「イランが核兵器開発している」「イランを政権転覆すべきだ」などと、さかんにイランを攻撃している。これは、イラン核協定を離脱しようとするトランプへの援護射撃だ。ネタニヤフがトランプをイラン協定離脱という間違った策に引っ張り込んでいると分析する記事も見かけた。 (Benjamin Netanyahu is bending Donald Trump’s ear on Iran) (Netanyahu Calls for War to ‘Stop’ Iran, Says ‘Better Now Than Later’)

 しかし、この構図を詳細に見ていくと、違う話が見えてくる。ネタニヤフは、米国のイラン核協定離脱がイスラエルの国益になると主張しているが、イスラエルの軍事・諜報界の上層部の人の多くは、米国の協定離脱はイスラエルの国益にならないと考え、米国はイラン核協定を離脱すべきでないとする連名の公開書簡まで発表している。私が見るところ、正しいのは軍事諜報界の人々の方だ。すでに書いたとおり、米国の協定離脱は、イランの国家安全を保障する協定体制から米国が抜けて孤立する結果にしかならず、イスラエルの唯一の後ろ盾である米国の退潮と、イスラエルの仇敵であるイランの台頭を招き、イスラエルの国益にとって大きなマイナスだ。 (...it is in Israel’s best interest that the United States maintains the nuclear agreement with Iran) (Netanyahu Tries but Fails to Bury Iran Deal Before Trump Kills It)

 米国のイラン核協定離脱がイスラエルの国益にプラスだと言うネタニヤフは間違っている。勘違いして間違っているのでなく、間違いと知りながら主張している。ネタニヤフはスキャンダルに追われ、捜査されている。この構図の黒幕は、おそらく米国のユダヤ人だ。彼らは、キッシンジャーからネオコンまで脈々と続く「イスラエル支持のふりをした反イスラエル」「米国覇権強化のふりをした多極化推進」の、隠れ多極主義的なユダヤ人の流れの中にいる。トランプを擁立し、入れ知恵しているのも、ネタニヤフをスキャンダルで縛り、あやつっているのも彼らだろう。 (The Latest Act in Israel's Iran Nuclear Disinformation Campaign : Gareth Porter) (Netanyahoo To Again Cry Wolf - But Something Bigger Is Up)

 トランプは、イラン核協定からの離脱を目指すと同時に、駐イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転する動きも進めている。加えて、シリアから米軍を撤退させる動きも続けている。トランプは、米軍に代わってエジプトやサウジアラビアの軍隊(もしくは軍資金)をシリアに駐留させ、交代要員が来たと言って米軍を撤退させようとしている(トランプにおされ、シリアへの軍事進出を検討しているとエジプト外務省が正式に認めた)。シリアからの米軍撤退は、イスラエルの国益にとって、米国のイラン核協定離脱を上回る大きなマイナスだ。トランプは、米大使館のエルサレム移転というイスラエルが喜ぶ案件を目くらましに使うとともに、ネタニヤフを操って米国のイラン核協定離脱がイスラエルにとって良いのか悪いのかわからない状態にしつつ、シリアからの米軍撤退を、イスラエルからの大きな反対なしに進めようとしている。 (Egypt, Saudi Arabia Consider Sending Force to Replace US Troops in Syria) (Why Is Israel Desperate To Escalate Syrian Conflict?)

 これらが全部うまくいくと、米国の中東覇権は大幅に減少する。中露はイランを取り込み、上海協力機構の正式加盟国に格上げするだろう。多極化するほどイランが台頭する。対照的イスラエルは、ロシアに頼ってイランとの間を仲裁してもらうしか、国家存続できる方法がなくなる。サウジも似たような状況だ。 (Ahead of Iran’s entry, the SCO begs the Gulf’s attention) (Netanyahu to meet Putin in Moscow ahead of Iran deal deadline)


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米国を孤立させるトランプのイラン敵視策
2017年2月11日   田中 宇
 まず要約。トランプは、オバマがイランと結んだ核協定を破棄(再交渉)し、イランのミサイル試射を機に、イラン制裁を強化すると言っている。だが世界各国は、それについてこない姿勢を強めている。トランプが和解するはずのロシアは、イランの肩を持った。中国もイラン制裁に反対している。サウジアラビアなどGCCは逆に、イランとの対話を開始することにした。トランプからイラン制裁強化の宣伝役を任されたイスラエルのネタニヤフは、英国に行ってメイに圧力をかけたが、結局メイはイランとの既存の核協定を堅持した。エアバス機を売り込んだフランスも核協定支持を表明。米国内でも、与党共和党の議会筆頭のライアンが、核協定の破棄は簡単でないと言っている。 (UK defies Israeli pressure on Iran nuclear agreement) (Ryan admits Iran deal cannot be simply undone)

 だがトランプはむしろ、孤立するほど過激になる。トランプは共和党のイラン敵視議員と結託し、イラン政府の軍隊である「革命防衛隊」をテロ支援組織に指定して制裁する法案を議会で通そうとしている。防衛隊は中東最強の軍隊のひとつで、イラク、シリア、レバノンといったシーア派系諸国でも大きな影響力を持っている。米国が防衛隊をテロ指定すると、イラン国内やシーア系諸国で反米ナショナリズムが扇動されて強硬派が台頭し、親欧米的な穏健派が力を失う。防衛隊は、制裁されるとむしろ影響力が増して得をする。イランはトランプと張り合う姿勢を見せ、2度目のミサイル試射を挙行した(イラン政府は2度目の試射の実施を否定)。 (Iran Launches Another Ballistic Missile) (Trump’s Reckless New Iran Provocation: Designating the IRGC)

 米議会では、シーア派のイラン革命防衛隊だけでなく、スンニ派の世界的な政治組織である「ムスリム同胞団」をもテロ支援組織に指定して制裁する法案を検討している。同胞団は穏健派であり、テロ支援などしておらず、制裁は逆効果だ。米国内外の政府機関や専門家がそう言って同胞団制裁に反対しているが、トランプは無視している。米国のイスラム教徒の主要な合法団体は同胞団系で、それらが閉鎖されると、米国のイスラム教徒の政治活動は地下化し、テロがむしろ起こりやすくなる。トランプは、米国の孤立化や、中東から米国自身を締め出す流れを扇動している。要約ここまで。 (If you thought Trump's travel ban was bad, what he has planned next for American Muslims could be devastating)

▼ロシアとの和解を棚上げして世界にイランを敵視させる

 1月29日にイランがミサイル発射実験を行ったのを機に、米国のトランプ政権が、イラン制裁の再強化と、オバマ政権が結んだイランとの核協定を破棄(表向きは、いったん破棄して再交渉)する姿勢を強めている。先週の記事では、トランプの米国がイランを敵視するのと同期して、シリアに進出しているロシア軍が、シリアからイランやヒズボラを追い出す動きを強めており、イラン敵視でトランプとプーチンが協調するような流れになっていることを指摘した。 (ロシアのシリア調停策の裏の裏)

 だがその後、ロシアのチュルキン国連大使は2月7日、イランのミサイル試射は法的に国連の取り決めに違反しておらず、米国がイランが違法行為をしたと言っているのは驚きだと表明した。イランが試射したミサイルは核弾頭を搭載できるもので、同種のミサイル開発を禁止した国連決議に違反していると米国は言っているが、その条項がある国連決議は15年7月、オバマが作って可決された新たな国連決議(いわゆるイランとの核協定)によって上書きされた。新決議は、イランが核弾頭ミサイルの開発をしないことを望むと書いてあるが、明確な禁止事項として規定していないので、今回のミサイル試射は合法行為の範囲だとチュルキンは言っている。 (Iran missile work not violating UN bans: Russia’s Churkin)

 ロシアのラブロフ外相は、イランが中東でのテロ退治に必須な勢力だと評価し、制裁に反対する姿勢を見せた。ロシアの外務次官も、米国のイラン再制裁(イラン核協定の再交渉)は中東を不安定な状態に引き戻すので危険だと警告している。 (Iran must be part of universal front against terrorism: Russia) (Russia says US idea of revising Iranian nuclear deal too risky)

 やや脱線するが、国連安保理での最近の米露のやり取りからは、トランプが当初述べていた対露和解が棚上げされている感じが強まっている。米国の新任のヘイリー国連大使は2月2日、ロシアが併合したクリミアをウクライナ領に戻さない限り米国はロシア制裁を解除しないと宣言し、ウクライナ東部の混乱は(ウクライナでなく)ロシアのせいだと批判した。これは、これまでのトランプの親露姿勢から離れるものであり、ロシアのチュルキン大使は、米国はロシアに対する態度を変えたと指摘している。トランプ政権が対露姿勢を敵対方向に変えたことと、ロシアがイランの肩を持つようになったことは、連動している可能性がある。 (Donald Trump's ambassador to the UN condemns RUSSIA for 'AGGRESSIVE action' in Ukraine) (Churkin Detects 'Change of Tone' by US Envoy at UN Security Council Meeting) (Steering Trump Back to Endless War)

 ロシアは、トランプのイラン制裁につき合わない態度を表明した後、イランに戦闘機を売ることを表明し、イランの空軍基地をロシア軍が使う話を蒸し返して、イランと軍事関係の強化に動いている。米国がイラン敵視を強めてもロシアがそれに乗らなければ、シリアやイラクでのIS退治は従前どおり露イランの主導で続き、何も変わらない。 (A warning to Trump? Russia floats return to Iran’s Hamadan air base)

 トランプはイラン敵視を強めると同時に、サウジアラビアに対し、オバマ時代の米国が人権侵害を理由に輸出を停止していた武器を売る決定をするなど、イランを敵視するサウジへのテコ入れを強めている観がある。だがこれも、サウジの方が歓喜一辺倒かというとそうでもない。 (Trump set to approve blocked arms sales to S Arabia, Bahrain: Report)

 サウジは最近、イランを敵視するだけだったこれまでの姿勢をやや転換し、中東におけるイランの台頭を容認しているふしがある。たとえばレバノンでは、政治台頭するシーア派のヒズボラとの敵対を緩和し、サウジは、ヒズボラが提案してきた和解策を受け入れ、召喚したままにしてあった駐レバノン大使を再任して戻した。レバノンは、かつてサウジの影響下にあったが、11年のシリア内戦勃発後、ヒズボラが台頭してサウジが追い出された。最近、シリア内戦がアサド・ヒズボラ側の勝利で終わりつつあり、ヒズボラはかつてサウジの傀儡として首相をしていたサード・ハリリを首相職に戻すことでサウジに和解を提案し、サウジはヒズボラが支配するレバノンとの関係再構築に同意した。 (Saudi Arabia to appoint ambassador to Lebanon: president's office)

 サウジはペルシャ湾岸のアラブ産油国(GCC)を率いる国だが、GCCに加盟するクウェートの外相は1月末、GCCとイランを和解させるためイランを訪問した。イラン側が和解に前向きな姿勢をみせたため、まず石油の価格政策で協調していくことから話し合いを始めることが決まった。こうした動きの最中に、トランプがイラン敵視を強めている。対米従属色が濃いサウジやGCCは今後、米国に配慮してイランとの和解を進めるのを棚上げするかもしれない。だが、いずれ中東での米国の影響力がまた低下したら、サウジやGCCは再びイランに接近することになる。 (Saudi GCC to offer Iran ‘strategic dialogue’) (Iran minister: No problem for oil talks with Saudis)

▼トランプがまっとうな中東戦略をやらないのは意図的?

 トランプのイラン敵視策を積極的に支持しているのは、世界中でネタニヤフのイスラエルだけだ。イスラエルでさえ、軍やモサドといった諜報界が「今あるイラン核協定を壊すのはイランを強化してしまう」と猛反対するのを、ネタニヤフが無視してトランプとの同盟関係に賭けている状態だ。他の国々はみな、トランプのイラン核協約破棄(再交渉)に反対するか、懸念している。 (Israeli security establishment to Netanyahu: Don't touch Iran deal) (Israel’s inaction in Syria may open Golan to Iran)

 トランプは、大統領就任来のやり方から考えて、世界中から反対されてもイラン敵視を引っ込めず貫くだろう。トランプのイラン敵視策は、世界的な策にならない。米国はいずれ国連安保理で、今のイラン核協定を破棄してイランにとってもっと厳しい別の協定の交渉を始める決議案を提案するかもしれない。だが、各国の現在の態度から考えて、中国(とロシア?)が反対して拒否権を発動し、否決される。国連で否決された後、米国だけが勝手にイラン核協定を破棄して離脱する。トランプは国連を非難し、前回の記事で紹介した、国連に運営費を出さない大統領令を発動する可能性が強まる。 (米国に愛想をつかせない世界)

 トランプは、当初予定していたロシアとの和解も棚上げし、イランに寛容でイスラエルに厳しい国連など国際社会を批判し、実質的に離脱していく傾向を強める。トランプは、サウジを誘ってイラン敵視を強めようとするかもしれないが、誘われてホイホイついていくとトランプと一緒に国際的に孤立するはめになる。しだいに、トランプの米国とまっとうにつき合う国が減っていく。米国抜きの、中露イランなどが影響力を行使する多極型の世界が形成されていく。多くの人々は、これを「トランプの失策」と呼ぶだろうが、私から見ると、トランプは意図的にこれをやろうとしている。トランプは、多極化をこっそり扇動している。今後の多極化の進行速度は、中露イランなど多極化を指向する国々がどれだけ思い切りやるか、それから、日本やイスラエル、英国、サウジといった対米従属の国々(JIBS)が、どこまでトランプについていくかによる。 (米国を覇権国からふつうの国に戻すトランプ)

 要約に書いたように、米議会はトランプに扇動され、イラン革命防衛隊とムスリム同胞団という、シーアとスンニを代表する強い国際組織を、テロ支援組織に指定して制裁する新法案を検討している。これも、国際社会がつき合いきれない策だ。防衛隊は、シーア派主導の国になったイラクに入り込み、イラクの治安面を牛耳っているし、内戦のシリアでアサドの政府軍を助けてISアルカイダと戦い、今ではシリアをも牛耳っている。防衛隊の協力なしに、シリアやイラクでISアルカイダを退治できない。中東の安定を考えるなら、防衛隊の制裁はあまりに愚策だ。ロシアもEUもトルコも支持できない。 (A terrorism label that would hurt more than help) (Warnings for White House on terror designation for Iran Revolutionary Guard)

 ムスリム同胞団は、アラブ諸国で圧倒的な最大野党だ。百年の歴史を持つ同胞団は、かつて暴力革命を追求していたが、1980年代以降は選挙でアラブ諸国の政権をとることを狙っており、テロ支援はやっていないと、米欧の中東専門家の多くが認定している。同胞団の発祥地であるエジプトでは、アラブの春の後の選挙で勝った同胞団政権を軍部がクーデターで倒したが、アラブ諸国が民主化するなら、同胞団は与党になれる存在だ。米国のイスラム教徒の最大コミュニティであるCairも同胞団の系列だ。同胞団をテロ支援組織に指定するのは、まっとうな策でない。 (If you thought Trump's travel ban was bad, what he has planned next for American Muslims could be devastating)

 トランプは、まっとうな中東戦略をやろうとしていない。私の以前からの分析は、トランプが米国の覇権を崩すことを隠れた最重要の目標としている、というものだ。この分析に沿って考えるなら、トランプがまっとうな中東戦略(国際、国内政策全般)をやらないのは、意図的なものだ。米国がまっとうな国際戦略をやらないほど、国際社会は米国に見切りをつけ、覇権体制が脱米国・多極化していく。トランプは無茶苦茶をやりつつも、米政界を牛耳るイスラエルと良い関係を結び、米議会の反逆を抑えている。 (Trump might designate IRGC, Muslim Brotherhood terror groups)

 トランプは最近、ネオコンの一人であるエリオット・アブラムスを国務副長官にしようとしている。好戦的な政権転覆策をやりたがるネオコンを国務省に入れるなと、米国のリベラル派から草の根右派までが反対している。だが見方を変えると、世界が米国に見切りをつける中で、ネオコンが国務省を牛耳って好戦策をやろうとするほど、世界が米国を敬遠することに拍車がかかり、多極化が進む。国務省は、ブッシュ政権時代にパウエルが国務長官を辞めたあたりからどんどん好戦的になり、ろくな政策をやれなくなっている。トランプは、それにとどめを刺そうとしている。 (Rand Paul: Do not let Elliott Abrams anywhere near the State Department)


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ロシアのシリア調停策の裏の裏


ロシアのシリア調停策の裏の裏
2017年2月3日   田中 宇
 今回も複雑多様な中東情勢。まずは本文執筆前の要約。アスタナ会議でシリア和平を仲裁したロシアが、驚きのシリア憲法草案を出した。クルドに自治付与の連邦制、クルド語とアラビア語の並列で母語に。イスラム法の優位を否定、大統領は権限縮小のうえ再選禁止。米国がイラクに押し付けた憲法に似た欧米風。アサド政権も、アラブなイスラム主義者も、イランもトルコも猛反対。これはたたき台です、最終案はシリア人全体で決めてくれと弁解しつつ対案を歓迎するロシア。シリア人や中東諸勢力が欧米型の案を潰して乗り越えるのを欧米に見せつけるのがロシアの目的??。 (Russia offers outline for Syrian constitution) (Sputnik Obtains Full Text of Syrian Draft Constitution Proposed by Russia)

 ロシアは最近、シリアをめぐってイランと対立(を演出)している。ロシアがアスタナ会議に米国勢を呼ぼうとしたらイランが猛反対。露トルコが、ヒズボラなどシーア民兵を標的に「すべての外国軍勢力のシリア撤退」を要求したが、シーア側は激しく拒否。アサドに代わりうる亡命アラブ人指導者(Firas Tlass)をアスタナに招待したロシア。アサド・イラン・ヒズボラ対、ロシア・トルコ・サウジ・米国・イスラエルの対立構造か?。しかし、シリア現地の治安維持権はアサド・イラン・ヒズボラが掌握しており、たぶん変更不能。「国際社会」を代表してアサドイランを弱める役回りを演じて「うまくいきません」と示すのがロシアの意図??。 (Russia's knockout game in Syria)

 イランのミサイル試射を機に、イラン敵視を強めるトランプ政権。イラン敵視の主導役をネタニヤフに丸投げして押しつけるトランプ。それらにつきあうロシア。しかしロシアは裏で、タルトスの露軍基地の百年租借契約をアサドと締結。テヘランでは露イラン外交515周年の友好イベント。ロシアは、アフガン、コーカサス、天然ガスなどについてもイランとの協調が不可欠。露イランは齟齬するが敵対しない、できない。ロシアのイラン敵視は、米イスラエルにつきあう演技。非現実的な構想に拘泥し失敗した以前の米国と対照的なロシアの現実主義。親クルド親イスラエル反イランなトランプのシリア安全地帯構想も、ロシアの動きと連動している。要約だけでどんどん長大化。毎回うんざりな中東。以下本文。

▼ロシアとイランは協調するふりして対立??。対立するふりして協調??

 1月23日から26日まで、カザフスタンの首都アスタナで開かれたシリア和平会議は、シリアのアサド政権と反政府勢力が内戦終結後のシリアの再建について初めて話し合った画期的な国際会議だった。これまで米欧国連主催のジュネーブ和平会議があったが、主催者の米国がアサド打倒に固執してアサド政権を呼ばなかったので交渉として成立していなかった。アスタナ会議はロシア主導(露トルコイラン共催)で、非現実姿勢に固執する米欧国連を呼ばずに開かれた。ロシアが米国に頼らず、イランやトルコと一緒に、米国がやらかした中東の殺戮や混乱を収拾する、まさに米覇権体制の行き詰まり・崩壊と「多極化」を象徴する出来事だ。 (Syrian opposition member: United delegation for Geneva talks not under consideration yet)

・・・というと「田中宇の多極化予測がまたもや的中!!」みたいな感じだが、実はそうでない。むしろ逆に、軍産対米従属な「専門家」が言うような「無極化」の事態が、一枚下で展開している(もう一枚下は、また違うのだが)。アスタナ会議には14派のシリア反政府組織が出席してアサド政権側と交渉したが、14派の多くは、シリアに進出した露軍に投降してロシアの傀儡となった反政府勢力だ。サウジアラビアが食わせている「リヤドグループ」や、欧米の傘下にいるSFAは、ロシアから招待を受けたが参加していない。Jaish al-Mujahideenは、指導者がアスタナ会議に参加している間に、シリア現地の部下たちがアルカイダに皆殺しされた。傀儡は弱っちい。 (Al-Qaeda Forces Wipe Out Syrian Rebel Faction Engaged in Peace Talks)

 アスタナ会議は、トランプの米大統領就任を待って開かれた。だが、プーチンがトランプ陣営をアスタナに招待したとたん、共催国のイランが米国の参加に猛反対し、仲間割れを起こした。トランプ陣営は招待を断り、不参加だった。 (Plenty of ghosts at the table in Astana)

 ロシアは、アスタナ会議のシリア反政府勢力をそれっぽいものにするため、英雄的な役者を呼ぼうとした。ロシアが呼んだのは、アラブ首長国連邦に亡命しているタラス一族(Tlass)だった。タラス家はシリアの多数派のスンニ派イスラム教徒のアラブ人(アサド家は少数派のアラウィ派イスラム教徒)で、オスマントルコ時代の知事の家系だ。先代の独裁者アサド父の時代に、タラス家の先代が40年近くシリア政府の国防相を務めていたが、父が死に、独裁者が息子の今のアサドに代わった後、辞めさせられた。タラス家の息子の一人は、今もシリア軍の将軍をやっているが、一族の本体は11年の内戦勃発後に亡命した。 (Astana floored by Russian pick as Assad successor)

 ロシアの読みは、多数派のスンニ派で高貴で治安維持経験があるタラス家なら、少数派のアラウィ派のアサド家の代わりをやれるし、スンニ派も文句を言わないだろうというものだ。だがこれにはアサド大統領と、アサド家を押し立ててシリアを傘下に入れ続けようとするイランが強く反対している。アラウィ派は広義のシーア派で、イランと宗教的な親密さがある。アサド家と結束し、多数派のスンニの台頭(=民主化)を抑えるのがイランの戦略だ。

 イランは、シリアの東側にあるが、シリアの西隣のレバノンでもシーア派のヒズボラが政治軍事台頭している。イランは、シリアをレバノンへの通路として使い、ヒズボラをテコ入れしてレバノンまで支配したい(レバノンは従来サウジの影響下)。シリアの大統領がスンニ派のタラス家になると、こうしたイランの野望が阻まれる。イランにとって、シリア内戦は、ISアルカイダというスンニ派武装勢力と、イラン・アサド・ヒズボラというシーア派(反スンニ)系との戦いだった。イランは、15年秋にロシア軍が進出する前から、イラクイランアフガンのシーア派民兵団やヒズボラを動員してシリアに行かせ、多くの戦死者を出しながらISカイダと戦ってきた。あとから来たロシアやトルコが今さら何言ってんだ、絶対撤退しないぞという決意だ。

 アサドの政府軍とイラン系軍勢は、内戦によって、ISカイダだけでなく、シリアのスンニ派全体を民族浄化(=難民化)する目的があり、内戦前にシリアの人口の7割だったスンニ派が、今や5割前後に減ったとされる。減った分の人々の多くは、難民としてトルコや欧州に移動した。 (Russia’s choice for Syrian leader signals break with Iran)

 スンニ派のトルコは、隣国シリアでスンニが追い出されてシーアの支配地になると困る。シリアの最大野党(反アサド)だったスンニのムスリム同胞団は、エルドアン大統領のトルコの与党AKPと思想的に近い。昨年、トルコはロシア敵視をやめてプーチンに擦り寄り、ロシアを反イランの方向に引っ張り始めた。トルコは、シリアにおいて、アサドイランの権力を削ぎ、スンニ派難民をシリアに帰還させつつ、シリアのスンニ派の力を増強したい。これは、サウジアラビアやイスラエルの意図と同じだ。

 アスタナ会議を共催したロシアトルコイランは、非米反米的な多極型世界を代表する3国同盟のように見えながら、実はバラバラで内紛だらけだ。ほらみろ、多極化でなく無極化だ、米国覇権にまさるものはない、ガハハハハ。対米従属論者の高笑い。とはいえ、米国覇権はトランプによって急速に破壊されている。高笑いはやけくその発露だ。 (Russia, Iran and their conflicting regional priorities)

▼ほとんど誰も賛成しない憲法草案をロシアが出す意図

 米国の話をする前に、ロシアの動きをよく見ると、内紛的でもバラバラでもない。「多極化」のアスタナ会議を一枚めくると露トルコイランの内輪もめ的な「無極化」の様相だが、さらにもう一枚めくってロシアの動きをよく見ると、再び多極化の様相に戻る。ロシアは、イランやアサドと対立しているように見せながら、その一方で、イランやアサドと協調している。 (Syrian government disagrees with Russia on Kurdish autonomy)

 ロシアは、シリアの地中海岸のタルトスに昔から海軍基地を借りているが、最近、アサド政権との間で、租借契約を49年延長した。その後も25年ごとに自動更新する契約で、実質的に百年以上続く契約だ。ロシアが本気でアサドを外そうとしているなら、アサドと基地契約を結ばないだろう。たぶんアサドは、選挙を経ながら、今後もかなり長く大統領であり続けるだろう。 (Syria Russia and Turkey hand Assad a ‘win-win’ scenario)

 イランに関しても、ロシアとイランが一緒にやっているのはシリアだけでない。アフガニスタンでは最近、ロシアとイランが一緒になってタリバンに接近し、米国傀儡のカブール政権を追い出しにかかっている。中央アジア諸国やコーカサスでも、露イランの協調が不可欠だ。ロシアとイランは天然ガスの世界的産出国で、この点でも談合がある。

 最近、ロシアがシリアにおいて、シリア政府軍と、イラン系シーア派民兵団に対し、シリア国内での軍の移動を凍結するよう命じたとデブカファイルが報じている。話の真偽は不明だが、ロシア軍がシリアの制空権を握っているのは事実だ。ロシアの命令は効力がある。シリア政府は、自分の国なのに、軍の移動をロシアによって制限されている。ロシアがこんな命令を発するのは、最近トランプの米国がイラン敵視を強め、プーチンにもイラン敵視に協力してほしいと要請し、プーチンは米国にいい顔をして見せるために、シリアでのイラン系勢力(シリア政府軍含む)に「しばらく動くな」と命じた、という話らしい。ヒズボラは怒っている。 (Russia freezes Syrian, Iranian military movements)

 ロシアは、イランを裏切って米国に擦り寄ったか、と思えてしまうが、よく考えるとそうでない。シリアにおけるイランの軍事行動を抑止できるのはロシアだけだ。米国は、ロシアに頼むしかない。ロシアはそれを見据えた上で「俺達ならやれるよ」と言っている。米議会共和党やトランプ政権は、ネタニヤフと組んで、イラン敵視を強めようとしているが、本気でイランを抑止するなら、米議会がロシアを敵視したままなのはまずい。ネタニヤフは、一昨年あたりから親ロシア姿勢を強めている。2月中に訪米するネタニヤフは、米議会に対し、イラン敵視を効率よくやるためにロシアの協力が必要だと説得する可能性がある。 (Report: Hezbollah Rejects Moscow-Ankara-Brokered Syria Ceasefire Deal Over Turkish Demand for Withdrawal of All Foreign Fighters)

 トランプは、中東の管理を、ロシアとイスラエルにやってもらいたい。そこにつなげる動きとして、まずイラン敵視を再燃させ、それをテコに、米議会にロシア敵視を解かせつつ、中東管理の主導権を米国から切り離そうとしている。フランスなどEUは、オバマが実現したイランとの核協定を守ると宣言し、トランプの新たなイラン敵視に同意していない。欧米の方が仲間割れしている。 (Russia-Iran Cooperation in Syria Continues With the Same Pace - Iranian MoD) (Saudi defense minister, new Pentagon chief discuss Mideast in 1st conversation)

 ロシアは、アラブ諸国に対し、シリアをアラブ連盟に再加盟させるべきだと提案している(内戦開始後に除名された)。この提案は「シリアはイランの傘下からサウジなどアラブの傘下に鞍替えすべき」と言っているのと同じで、イランを逆なでしている。 (Russia calls for Syria's return to Arab League)

 しかし、すでに書いたように、ロシアが本気でイランと敵対することはない。シリアにおいて、ロシア軍がシリア政府軍やヒズボラを空爆することもありえない。空爆したら、ロシアの最重要目的であるシリアの安定を、自ら崩すことになる。ヒズボラなどシーア派民兵団は、ロシアや米トルコなどがいくら圧力をかけても、シリアから出て行かない。彼らは、命をかけて勝ち取った影響圏を手放さない(ロシアに譲歩して部分撤退ぐらいはやる)。ロシアの、イランやアサドに対する最近の敵視は、米イスラエルに見せるための演技、茶番にすぎない。 (Peace talks: How Iran and Russia may come to blows over Syria)

 茶番と言えば、冒頭に書いたロシアのシリア憲法草案も、米イスラエルに見せるための噴飯物の茶番だ。草案は、クルド人に大きな自治権を与えているが、これはシリアの中でクルド人以外、ほとんど誰も賛成しない。トルコもイランも反対だ。イスラム法の優位否定も、シリアのほとんどの勢力が反対だ。大統領権限の縮小は、アサドを擁立するイランが反対だ。皆に反対され、ロシア外相は「これはたたき台にすぎない。最終案はシリア人全員で決めるのが良い」と言っている。 (Russian draft serves as ‘guide’ for final Syrian constitution – MoD) (Lavrov: Russia’s draft of Syria’s Constitution sums up proposals of government, opposition)

 クルドの自治拡大や連邦制、大統領権限縮小は、シリアを弱くて分裂した国にしておきたい米英イスラエルが昔から言ってきたことだ。ロシアの草案は、米国がイラクに押しつけた憲法に似ているとシリア国内から揶揄されている。ロシアは憲法草案を出すに際し、米国の傀儡のように振る舞っている。だがこれも、良く考えるとロシアは、米国に対し「あなたがたが気に入るような憲法草案を作ってシリア人に見せましたが、猛反対されてうまくいきません」と言えるようにして、シリア人、特にアサド政権が、もっと従来の憲法に似たものを出して法制化する「現実策」に道を開こうとしている。 (Why did Russia offer autonomy for Syria’s Kurds?) (Syrian Kurds: ‘Signs of Full Support’ from Trump White House in Islamic State Fight)

 英国は最近、アサドがとりあえず続投するのを容認すると言い出した。フランスや米国も、アサド政権のシリアに様子見のための議員団を派遣している。トランプも、エジプト大統領との電話会談で「アサドは勇敢だ。私は彼に直接電話したいが、今の(米国の)状況ではできない(よろしく言っておいてくれ)」と語ったという(トランプ側は一応発言を否定)。アサドは国際社会から再び容認される傾向だ。こんな有利な状況なので、誰から圧力をかけられようが、アサドは自分の権限の縮小を容認しない。 (Trump to al-Sisi: Syria’s al-Assad is a Brave, steadfast Man (Beirut Report)) (UK accepts Assad could run for reelection, marking shift in Syria policy)

 ロシアは、中東での新たな覇権国として、とりあえず従来の覇権勢力である欧米が好むようなものを、憲法草案やイラン敵視などの分野でやってみせて、それがうまくいかないことを公式化している。いずれ「しかたがないですね」と言いつつ、イランやアサドがシリアを牛耳るという唯一実現可能な策を少しずつ肯定していくと考えられる。ロシアの今の右往左往は、こうした落とし所を見据えた上での動きだろう。 (Russia: Syrian draft constitution includes elements from Kurds and opposition) (Can Russian diplomacy end the Syrian War?)

 イスラエルは従来、イラン敵視策の主導役を米国にやらせ、イスラエル自身は米国の後ろに隠れてきた。だがネタニヤフは最近、このような従来のリスク回避策を放棄し、米欧とイランの核協定の破綻や政権転覆を扇動する発言を強めている。イスラエルの上層部からは、こうしたネタニヤフの動きへの批判が出ている。トランプがイラン敵視をネタニヤフに任せる「敵対策の丸投げ・押しつけ」をやりそうだという私の分析の根拠は、このような最近の動きにある。トランプが、イスラエル右派とつながった若い娘婿のクシュナーをやたらと重用する異様さも、これで説明がつく。 (Israeli security establishment to Netanyahu: Don't touch Iran deal) (uspol For hardline West Bank settlers, Jared Kushner's their man)

 このトランプのやり方も、米国の覇権放棄である。短期的に、イスラエルは米国を牛耳る感じになるが、長期的には、米国が抜けた後の中東において、イスラエルは単独でイランやイスラム世界からの敵意の前に立たされる。いや、正確には単独でない。イスラエルは、ロシアに頼ることができる。米国からはしごを外されたイスラエルがロシアにすがるほど、ロシアの中東覇権が強まる。私の最近の懸念は、これと似た構造として、トランプが、中国との敵対策を、日本の安倍に丸投げ・押しつけしてくるつもりでないかという点だ。これについては、もう少し情勢を見てみる。


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イランを共通の敵としてアラブとイスラエルを和解させる
2017年6月28日   田中 宇
 私が見るところ、米国のトランプが大統領として成し遂げたい目標は、世界中の国々の対米依存を減らすことだ。それは、世界に対する米国の関与を減らすことでもある。この点をふまえてトランプの動きを見ると、世界でいま起きていることが理解しやすくなる。東アジアでは、北朝鮮の問題が解決すると、韓国と日本に軍事的な対米従属をやめさせられる。東アジアで残っている強度の対米従属国は日韓だけだ。米国が北と和解する形で北の問題を解決すると、その後の米国は延々と北のわがままを聞かねばならず、出ていけなくなる。だから、トランプは北問題の解決を中国に押しつけている(中国も北を御せないでいるが)。 (トランプの東アジア新秩序と日本)

 欧州では、英国のEU離脱決定とフランスのマクロン政権誕生後、独仏がEUの軍事や財政の統合を加速している。トランプは、地球温暖化対策のパリ条約を抜けたり、NATOの負担均衡化の問題で欧州諸国を非難することでEU側を怒らせ、独仏主導のEUが米国に愛想を尽かし、国家統合と対米自立を強めることを煽っている。EUの統合加速は、統合を内側から抑止していた英国の離脱決定後に起きているが、昨年の国民投票を煽って英国を離脱に追い込んだ英上層部の勢力と、トランプを大統領府に送り込む画策をした米上層部の勢力は、多分つながった同一の(隠れ多極主義の)勢力だ。 (EU統合の再加速、英国の離脱戦略の大敗)

 アジアと欧州はそんな感じだ。残るは今回の本題である中東だ。世界の対米依存を低減させるトランプの策が、いま最もダイナミックに展開しているのが中東だ。私の見立てでは、トランプの中東戦略は2段階になっている。1段階目は、イランを敵視するかたちでサウジアラビア中心のアラブ諸国と、イスラエルを結束させ、この結束を実現するために不可欠な中東和平(パレスチナ国家の蘇生)を実現することだ。 (軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃)

 そして2段階目は、イランを共通の敵としてサウジとイスラエルが和解し、中東和平が実現し、アラブやイスラム諸国とイスラエルとの敵対構造を消した後、イラン陣営とサウジ・イスラエル陣営が対立を解いて和解していくよう仕向ける。イラン陣営に対するトランプの敵視策は、アサド政権が化学兵器を使っていないのに使ったと言い続けるなど、露骨な濡れ衣策で、稚拙で脆弱な構造を持った戦略だ、この意図的に稚拙・脆弱なイラン敵視策は、稚拙・脆弱さゆえに、いずれ崩壊していく。サウジ・イスラエル陣営は、米国主導のイラン敵視策に依存できず、イランと和解せざるを得なくなる。過激な敵視策を稚拙にやって失敗させるのは、ブッシュ政権時代からの米国のお家芸だ。長くなるのを避けるため、今回の記事では、1段階目の中東和平のみを分析する(それでも長くなるが)。 (Trump‘s Red Line)

▼入植地拡大よりアラブと結束したイラン敵視の方が大事とイスラエルに思わせる

 イスラエル政界では「パレスチナ国家を蘇生させると、いずれイスラエル敵視の勢力になる」と主張して蘇生に猛反対し、パレスチナ国家の蘇生を不可能にすべく、西岸地域に無数のユダヤ人入植地を作ってしまおうとする入植者勢力が強力だ。パレスチナ国家への封じ込めを続けていると、イスラエルはイスラム諸国と和解できず、安全保障上好ましくない。入植者たちは、中東においてイスラエルに敵対しているイスラム諸国を、米国に軍事力を使って潰させることで、イスラエルの安全保障策としてきた。イスラエルの入植活動家の多くは米国出身で、米国の外交安保軍事の専門家(軍産、ネオコン)の多くがユダヤ人だ。イラク侵攻、イラン核疑惑のでっち上げ、シリア政権転覆の画策と内戦は、イスラエルの入植者勢力が米国にやらせたことだ。彼らは911テロ事件の自作自演にも関与した疑いがある。 (世界を揺るがすイスラエル入植者) (ネオコンと多極化の本質)

 イスラエルの入植者勢力に牛耳られていると、米国は、いつまでも中東の戦争や政権転覆の泥沼から出ていけない。米軍は「イスラエルの衛兵」のままだ。米国の世界関与を減らしたいトランプとしては、米国に対するイスラエルの依存(支配)をやめさせたい。オバマ前大統領も、中東への派兵を避け続けていた。イラク侵攻とリーマン危機以来、米国の覇権はかなり低下しており、イスラエルの上層部にも、米国に中東で戦争させて米軍をイスラエルの衛兵にする安保策はもう限界だという見方が増えている。 (Ehud Barak Warns: Israel Faces 'Slippery Slope' Toward Apartheid) (How Not to Botch a Peace Deal with Israel 101) (Jordan to Israel: Withdraw and you'll get security)

 このような中、トランプが放っているのが「イランの台頭を防ぐため、イスラエルはサウジなどアラブ諸国と結束し、イランに対抗する連合戦線を作るべきだ。それがイスラエルの安全確保につながる。アラブとの結束には、パレスチナ問題の解決、中東和平が不可欠だ。早く和平を進めろ」という主張だ。オバマ時代の米国は、シリア内戦への米軍の派兵を忌避し、シリア問題の解決をロシアに丸投げした。ロシアは、イランと組んでシリアのアサド政権を支援してテロ退治に成功した。ロシアは空軍、イランは地上軍(民兵団、ヒズボラ)でシリア政府軍を支援し、内戦が終わった今、イランはアサド政権に請われ、傘下の民兵団をシリアに長期軍事駐留させる態勢をとっている。レバノンもヒズボラを通じ、イランの傘下に入った感じだ。シリアとレバノンはイスラエルに隣接している。イスラエルにとって、イランは急に大きな脅威になった。トランプはそこを突き、サウジと結束してイランに対抗せよとイスラエルにけしかけている。 (よみがえる中東和平) (U.S. on collision course with Syria and Iran once de facto Islamic State capital falls)

 イスラエルの上層部(外交安保諜報界)では「イスラエルの安全を守るため、入植地の拡大を犠牲にしても、トランプの提案に乗ってアラブと組んでイランに対抗することを優先すべきだ」という意見が拡大している。イランの脅威への対抗という、新たな軸を据えたことで、これまでイスラエルの安全にとって必要だとされていた入植地拡大が、イスラエルの安全を阻害する要因に転換・変質した。こうした転換を引き起こせることから考えて、トランプ政権は、世界戦略の立案に関し、巷間言われている中傷論よりはるかに有能だ。トランプは5月下旬の中東歴訪でサウジとイスラエルに行き、イラン敵視の共同戦線を作ろうと両国を扇動し、そのためにはパレスチナ問題の解決が必要だ、とぶちあげた。 (よみがえる中東和平<3>)

 その後、トランプはサウジの若く無鉄砲なムハンマド新皇太子をけしかけつつ、米軍も動かして、イスラエルに対し、国家安全を高める2つのことをやってあげている。その一つは、今回詳述する、ガザの過激派ハマスを抑制することだ。もうひとつは、シリア南部に米軍やアラブ(ヨルダン)の軍勢を侵入させ、シリアとイラクの国境の交通の要衝アルタンフを占領し、イランがイラク(すでにイラン傘下の国)を通ってシリア、レバノンへと物資や軍勢を運び込む高速道路を断絶したことだ。シリア南部への米軍やヨルダン軍の侵攻は、シリア政府の許可を得ておらず国際法違反だが、イスラエルにとってはイランのシリア進出を米アラブがある程度抑制していることになり、ありがたい(対照的に、イランのシリア進出はシリア政府の要請を受けており合法)。 (サウジの新事態はトランプの中東和平策)

 トランプは5月のサウジ訪問の際、サウジの防衛相でもあるムハンマドに依頼し、イランを敵国とみなす「アラブNATO」を結成させている。その後、サウジのカタール制裁でアラブ諸国内が分裂してしまったため、アラブNATOへの参加を表明したのは今のところ、エジプトとヨルダン、UAE(アラブ首長国連邦)だけになっているが、トランプは、いずれシリア南部に駐留する米軍を撤退し、代わりにアラブNATO軍(ヨルダン+エジプト軍?)だけの駐留にしたいと考えているようだ。 (US Intervention in Syria at Crossroads)

▼06年の強制選挙でハマスを勝たせパレスチナを10年分断した米国

 今回の記事は、トランプがサウジを誘ってイスラエルのためにやった上記の2つの動きのうち、ガザのハマス抑止に関して分析しようと思って書き始めた。「アラブNATO」やシリア情勢は後回しにして、今回はガザ・パレスチナ情勢を掘り下げる。

 パレスチナ問題の頓挫は、イスラエルが1995年のオスロ合意でいったん2国式の中東和平に応じてパレスチナ国家が西岸とガザに創設されたものの、その後イスラエルが事実上オスロ合意を拒否したために起きている。オスロ合意は、イスラエルに、アラブ・イスラム諸国との和解をもたらす安全保障策として実行されたが、実際にはイスラエルとイスラム諸国の双方で、相手方を敵視し続ける勢力が合意後も強いままだった。結局イスラエルは、オスロ合意でイスラム側と和解して自国を安全にする策を放棄した。 (中東問題「最終解決」の深奥)

 イスラエルは、中東和平を放棄しつつ、01年の911テロ事件を誘発したりして米国を巻き込み、米イスラエル同盟がイスラム側と「第2冷戦」的に敵対する「テロ戦争」の新体制を作った。米軍をイスラエルの衛兵にしつつ、パレスチナ人をテロリスト扱いして、それを口実に西岸とガザの封じ込めや経済制裁、検問所設置による内部分断などを行い、パレスチナ国家を機能不全に陥らせた。 (パレスチナの検問所に並ぶ)

 さらに06年、ブッシュ政権の米国は「中東民主化策」の一環として、任期切れのまま選挙が行われていなかったパレスチナの議会に選挙をさせた。パレスチナに選挙をさせると、米イスラエルを敵視する過激派で野党のハマスが勝ち、親米的な与党のファタハが負けることが事前に予測され、アラブ諸国やイスラエルは選挙実施に反対だったが、米国は強行的に選挙をやらせ、案の定ハマスが圧勝した。ハマスを政権に就かせたくないファタハとイスラエルが結託して当選したハマスの議員たちを逮捕し始め、内戦的な事態になる中、ハマスはガザを占領し、ファタハが西岸のパレスチナ自治政府(PA)を維持する分裂状態となり、そのまま分裂が固定化し、10年間続いている。 (ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」) (Palestinian legislative election, 2006 - Wikipedia)

 パレスチナ議会は06年から開かれておらず、PAのアッバース大統領も08年に任期が切れたまま居座っている。これらの不正を是正すると過激派ハマスに議会とPAを握られてしまうため「国際社会」はこの事態を黙認してきた。「国際社会」はハマスを過激派扱いするが、パレスチナ人の過半数はハマスを支持し、過激派でなく正義漢の集団だと思っている。その状況はたぶん前回選挙から11年たった今も変わらない。 (Hamas Pulls Old Israeli Trick in New Charter)

 ハマスは政治信条的に、ムスリム同胞団のパレスチナ支部である。同胞団は、国際共産主義運動からマルクス主義を取り去り、代わりにイスラム主義を入れたような国際政治運動だ。同胞団は、共産主義と同時期に、当時の中東知識人の中心地だったエジプトで創設され、すべてのアラブ(とイスラム?)諸国を、選挙(や武装蜂起)によってイスラム主義の政治体制に転換することを最終的な目標としてきた。同胞団は、独裁が多いアラブ諸国の全体で弾圧されてきたが、米国が911後に「中東民主化策」を強行する中で、人々の支持を拡大した。 (やがてイスラム主義の国になるエジプト)

 米共和党のブッシュ政権は、主に武力で独裁を倒す中東民主化策を進めようとしたが、その次の民主党のオバマ政権は、市民の反政府運動をけしかけて政権転覆させる「中東の春」を扇動することで中東民主化を進めようとした。オバマの米国は、ムスリム同胞団を協力に後押しし、2011年にエジプトやチュニジアなどで独裁が転覆され、同胞団の政権ができた。だが、独裁アラブの盟主サウジアラビアの王政は、同胞団の台頭を、いずれ自分らを潰しかねない大きな脅威と感じ、エジプトの軍部にカネを出して13年にクーデターをやらせ、同胞団政権を潰し、エジプト軍司令官のシシに政権を作らせた。それ以来、エジプトはサウジの傀儡国になっている。 (サウジとイスラエルの米国離れで起きたエジプト政変)

 サウジがエジプトの同胞団を13年に潰した後、カタールが、他の諸国の同胞団に対する支援を強めた。カタールはGCC(ペルシャ湾岸アラブ産油諸国)の中では、UAEやクウェートと並ぶサウジの子分役だが、天然ガス産出で巨額資金を貯めこみ、以前から国際的にサウジと対抗することをやりたがる傾向が強い。カタールは14年から、ガザのハマスに対する資金援助を急増し、ガザの住宅やインフラ建設を進めた。ガザはイスラエルとエジプトにはさまれているが、エジプトは同胞団を倒したシシ政権がハマスを敵視し、ガザとの国境を封鎖している。イスラエルもガザを封鎖し経済制裁しているが、同時にエジプトやイスラエルは、200万人のガザ市民が飢餓状態になり世界的な人道問題となって自分らが国際非難されるのもいやだった。そのため両国はこれまでカタールのガザ支援を容認してきた。 (What Israel fears about Hamas and the Qatar crisis)

 今回トランプが、サウジとイスラエルを和解結束させるために必要なパレスチナ和平を進めるに際し、パレスチナ側の西岸とガザ、ファタハとハマスの対立を終わらせる必要がある。分裂したままではパレスチナ国家になれない。ハマスはパレスチナ政界の多数派、もしくは少なくともファタハと並ぶ2大政党の一つである。ハマスを政治的もしくは軍事的に潰すことは、有効な選択肢でない。米イスラエルや、サウジエジプトのアラブ勢は、パレスチナの大政党としてのハマスの存在を容認するしかない。だが、ハマスがイスラエルを潰すことを目標に掲げるイスラム主義の政党で、ムスリム同胞団の一部である限り、米イスラエルとアラブは、ハマスを容認できない。米イスラエルに容認されているファタハは、非イスラム・世俗派の民族主義(旧左翼)の政党だ。 (As Qatar Crisis Rages, Egypt Gets Closer to Hamas)

▼ハマスを過激派でなくする

 そこでトランプ政権になって行われていることは、ハマスの政治信条を根本的に体質転換する試みだ。最初の動きは、まだサウジがカタールを制裁する前、まだハマスがカタールの傘下にいた5月1日、ハマスのトップ・・だったハリード・マシャルがカタールで記者会見を開き、ハマスの新しい政治要綱を発表したことだ。 (Hamas' new charter reveals a willingness to change) (Hamas accepts Palestinian state with 1967 borders) (没原稿:新たな交渉に向かうパレスチナ)

 新要綱は、ハマスを、イスラム主義やムスリム同胞団でなく、パレスチナの民族主義に基づく民族解放組織と再定義している。旧要綱では、イスラエルとの戦いをユダヤとイスラムの宗教戦争と定義していた(これが反ユダヤ主義だと国際批判されてきた)が、新要綱ではイスラエルがパレスチナ人の土地を不法占領していることに対する戦いと再定義している。ハマスは、新要綱で初めてパレスチナ和平への協力を正式に宣言し、ファタハと和解してパレスチナ国家に参加することも盛り込んでいる。党内にまだ多い過激派に配慮して、旧要綱も廃止せず残し、新要綱と並立する形になっている。なかなか巧妙だ。 (Leading Hamas official says no softened stance toward Israel) (Why Hamas was not on the Saudi list of demands for Qatar)

 当時すでに、ハマスとエジプトの和解交渉が始まっていた。カタールは、自国がハマスの後見役をしたまま、ハマスを米イスラエルエジプト好みに変質させ、トランプの中東和平策に協力しようとした。だが、5月下旬にトランプがサウジを訪問し、冒険主義のムハンマド皇太子の権力拡大を誘発した後、それまでカタールの動きを黙認していたサウジが急にカタールを制裁し始めた。この米サウジの動きの結果、カタールとハマスの縁が切れ、ハマスは今までよりさらにエジプト(サウジの傀儡国)の言うことを聞くようになった。 (Gulf States ‘target Hamas’ through siege of Qatar)

 米イスラエルやサウジエジプトは、ハマスが過激姿勢を捨て、本気でイスラエルと和解する気がある組織に変質したなら、ハマスをパレスチナの正式な政党として認め、ハマスがパレスチナ国家の政権をとることを認めるつもりだろう。このシナリオに呼応して、ハマスは、米イスラエルやサウジエジプトが喜ぶような穏健な新要綱を出したが、この転換は見せかけだけで、いずれ中東和平が実現し、ハマスが次の選挙でファタハを破ってパレスチナの与党になったら、穏健姿勢をかなぐり捨て、イスラエル敵視に戻るかもしれない。イスラエルやサウジエジプトは、それを疑い、まだハマスを信用していない。 (What are Israel’s Liberman, Fatah’s Dahlan plotting?) (Hamas is feeling the pain of Qatar's crisis, and looking to Egypt for help)

 この問題を解決するため、ハマスとの交渉役であるエジプトが立てた戦略が、米イスラエルやエジプトのいうことを聞く(つまり傀儡の)パレスチナの元指導者ムハンマド・ダハランと、ハマスに連立政権を組ませ、その連立政権がガザを統治することだった。ダハランはガザ出身で、もともとファタハのガザにおける最高位の幹部だったが、06年の選挙後のファタハとハマスの戦いの結果、ダハランはハマスに負けてガザから追い出されている。 (Dahlan and Hamas)

 ダハランは、07年夏にガザを追放される前、米国の当時のチェイニー副大統領傘下のネオコン(エリオット・アブラムス)から資金援助を受け、ファタハの軍事部門を組織してエジプトで軍事訓練し、ガザでハマスとの内戦を始める準備をしていたが、ハマスにこの行動を察知され、対抗的にハマスがガザを占領してダハランらファタハを追放した経緯がある。つまりダハランは、ハマスを敵視する米イスラエルエジプトの傀儡人士である。ハマスが今回、エジプトの圧力を受けてとはいえ、歴史的な仇敵のダハランと、ガザで連立政権を組むことにしたのは驚きだ。この連立は、短期の便宜的なものであると考えられる。イスラエルやエジプトとしては、ハマスが信用できるかどうかを見極める「試用期間」だ。 (中東和平と戦争のはざま) (Liberman: We are ‘closer than ever’ to deal with Palestinians)

 ハマスとダハランは、ハマスが内政や治安維持、ダハランが外交財務や国境管理を担当することでガザを統治することにした。ダハランは、エジプトやUAEからカネをもらってきてガザの政府財政としつつ、エジプトとガザとの間の国境検問所を管理し、エジプトやイスラエルとの外交関係を担当する。それ以外のガザ内政はハマスの担当だ。ハマスとトダハランは、連立を組みつつ、パレスチナ自治政府(PA)のアッバス政権を追放することも宣言している。アッバスは、大統領としての任期が切れてから9年経っており、中東和平が進んだら選挙が必要だ。その選挙において、ハマスとダハランが組み、アッバス傘下の勢力を打ち負かしてPAの政権を取ろうとしている。ハマスの根強い人気と、ダハランがもたらす資金によって、ハマスとダハランはパレスチナ国家の選挙に勝つ可能性がかなりある。 (Hamas leader confirms alliance with Muhammad Dahlan against PA)

▼アッバスに自滅策をやらせてハマスをこっそり支援するトランプ

 このシナリオの中で、トランプは、どうやらハマス・ダハラン組を支援している。トランプはこの1ヶ月ほど、アッバスに圧力をかけ、パレスチナ人から嫌われることばかりやらせている。トランプは表向きハマスを敵視しており、アッバスに、ハマスを制裁するためガザへの電力供給を減らせと求めてやらせた。その結果、ガザは毎日長時間停電するようになって人道上の危機に陥り、アッバスへの非難が集中した。アッバスのPAは、イスラエルの監獄にいるパレスチナ囚人の家族に生活補助金を出してきたが、これもトランプの要求でアッバスは補助金打ち切りをやらされ、アッバスの不人気に拍車がかかっている。などなど、トランプは、パレスチナの有権者に嫌われる政策を、いくつもアッバスにやらせている。アッバスは前から不人気だったが、トランプのせいで、不人気に拍車がかかっている。 (Egypt sends fuel to power-starved Gaza, undercuts Abbas) (Can Trump Negotiate an Israeli-Palestinian Diplomatic Deal?)

 今の流れが続くと、いずれハマスがパレスチナの権力をとることになる。この流れは、かつて1988年から95年にオスロ合意締結への流れが進んだ時、パレスチナの左翼過激派だったアラファトが、イスラエル敵視を放棄する代わりに亡命先のチュニジアから引っ張り出されてパレスチナの権力者に据えられた時と似ている。イスラエルは、いったんアラファトを信用してオスロ合意を結んだが、その後アラファトを信用しなくなり、パレスチナ国家を封鎖しつつ西岸に入植地を作りまくる現状となっている。 (BLAIR: NEED TO BREAK FROM PEACEMAKING 'THEOLOGY', SEEK REGIONAL APPROACH)

 アラファトを信用しきれなかったイスラエルが、今後はハマスのイスラエル敵視放棄の転換を信用するのか。そのような疑問は残る。だが、トランプの中東和平策は、イスラエルとパレスチナの和解だけでなく、サウジが主導するアラブ全体とイスラエルの和解を同時に進めようとしている。イスラエル側は、パレスチナ国家の蘇生より先に、サウジなどアラブ諸国がイスラエルと和解するプロセスをやらないとダメだと言い始めている。これをアラブ側が飲んでイスラエルと不可逆的に和解するなら、ハマスがイスラエル敵視を再開したら、ハマスの資金源であるアラブ諸国がそれをいさめてやめさせる構図ができる。アラファトの時より、イスラエルにとって安全策があるといえる。 (LIBERMAN: ISRAEL-ARAB NORMALIZATION FIRST, THEN PEACE WITH PALESTINIANS)

 このようなシナリオが、昨今の中東情勢からうかがえるのだが、実際の展開がどうなるか、どこかで何かの問題が引っかかって頓挫するのか、頓挫せず進むのか、ハマスとダハランの連立がどこまで持つのか、今後注目していく。イスラエルのデブカファイルは、中東和平の本格交渉が今年でなく来年に行われると書いている。 (Will Trump make a peace breakthrough in 2018?)


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「イランの勝ち」で終わるイラク戦争


「イランの勝ち」で終わるイラク戦争
2011年1月6日   田中 宇
 米軍のイラク占領は今年末で終わって米軍が撤退を完了するというのが建前的な話だが、この話を信じている人は世界的に少ないだろう。オバマ大統領側近たちの間でさえ、イラクよりアフガンに注力した方が良いので予定どおりイラクから撤退すべきだという意見と、撤退したらイラクが不安定化するので駐留を延長した方が良いという意見が対立していると言われる。米国の市民運動でも「米軍がやすやすとイラクから撤退するはずがない」という見方が強い。 (State Dept Audit Warns Against 2011 Withdrawal From Iraq)

 そんな中、イラクのマリキ首相が昨年末、ウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)のインタビューで「米軍には、予定どおり11年末までに全部撤退してもらう。(米軍撤退に関する米国との)この合意は確定しており、延期も変更もしない」と宣言した。WSJは「マリキは巧妙な政治家と言われている。巧妙な政治家は、発言に逃げ道を残しておくものだ。だが今回の発言でマリキは(米軍撤退は絶対延期しないと断言して)自ら退路を断ってしまった。イラクと周辺地域は今後も不安定さが続くので、マリキは今後、オバマ政権の協力も得て、今回の失言を訂正せざるを得ないだろう」と分析している。 (Maliki's Troop Mistake)

 WSJは「マリキの発言は(反米勘定が強い)イラク国内の世論に向けた人気取りが目的だ」とも書いている。どうせマリキは米国の傀儡だから、そのうち米軍撤退延期の方向に発言を変えるだろうというのが、右派のWSJから反戦左派までの同意点だろう。だが、私はそう見ない。マリキは12月21日、総選挙以来9カ月におよぶ交渉を経て、挙国一致的な連立政権の樹立に成功した。そして、連立交渉の過程からは、マリキ政権が、傀儡は傀儡でも、米国ではなくイランの傀儡になっていることが感じ取れる。 (Iraq parliament approves new govt)

 従来のイラク政界の諸派は、親イラン派と反イラン派、親米派と反米派が入り交じって不安定だったが、今回初めてシーア、スンニ、クルドの主要3勢力がすべてマリキ政権のもとに結集し、そのまとめ役がイランだった。イランの傘下に入ったイラクの首相が「米軍には予定どおり撤退してもらう」と強く宣言するのは当然だ。イラクの主要な諸派の中で、マリキの宣言に反対する者はいない。米国はいまだに唯我独尊的な外交姿勢が強いので、米軍がイラク政界の要求を無視してイラクに駐留し続ける可能性は十分にある。しかしイラク政界は、政界の一致した意志として、米軍に予定どおり撤退を求める姿勢をとり続けるだろう。 (How to Outmaneuver Iran in Iraq By ZALMAY KHALILZAD)

 米軍がイラク政府の要求を無視して駐留を続ければ、イラク政府は国連安保理など国際社会に問題提起して、イラクの国家意志を無視した米軍の駐留継続を不当だと決議してもらおうとするだろう。米国は、国連安保理の常任理事国だから、拒否権などを使ってイラクの提起を葬り去ろうとするかもしれない。

 だが、そもそも米国のイラク侵攻は「イラクの大量破壊兵器の保有」という開戦の大義がウソであり、国連にウソをついて行われた不当な戦争だった。だからBRICSやEUなど、米国(とその傀儡の日本など)を除いた世界各国の多くが、イラク政府の意に反して米軍が駐留し続けることに反対を表明するだろう。アフガン占領の泥沼化も確定的なので、兵力効率化のためにも、米政府はそれほど遠くない時期にイラクからの総撤退をするだろう。

▼イラクのキングメーカーとなったイラン

 イラクでは昨年3月に総選挙が行われた。マリキ首相が率いるダワ党は、ホメイニに支持されていたころから親イランで、同じく親イランのムクタダ・サドル師が率いる勢力などと組んで与党「NIA」(イラク国民同盟)を構成していたが、3月の選挙では、サドルとマリキが分裂した。その結果、イラク議会は分裂した状況となった。これは、サドルが反米主義なので、米国がマリキに「サドルと別れろ」と圧力をかけた結果だった。 (And the winner is ... Muqtada)

 イラク政界は何も決まらない状況が続いたが、昨年10月にマリキとサドルが和解し、マリキがNIAに復帰し、NIAはイラク議会の議席の48%を占めるに至った。クルド人諸の大連合体であるDPAKも連立に参加した。米国のイラク占領が泥沼化した後、クルド人は親イランの傾向を強めており、マリキ、サドル、クルド人の3勢力を仲裁したのはイランだったと考えられる。サドルは米国の傀儡勢力に暗殺されることを防ぐためイランに「宗教留学」しており、マリキはサドルに会うためにイランに行った。 (Iraq's Premier Maliki Meets Rival Sadr in Iran) (Iraqi Politics: Breakthrough or Another Breakdown?)

 この時点で、主要勢力でマリキの連立に参加していないのは、親米的なイヤド・アラウィ(元CIA、シーア派)が率いる世俗リベラル系(反イスラム主義)のシーア派・スンニ派の連合体である「国民イラク・リスト」だけとなった。マリキやサドルといったイスラム主義勢力と、反イスラム主義のリベラル勢力とは直接交渉しにくいので、リベラル系が強いクルド人組織が仲介してマリキとアラウィの交渉が行われ、11月末から妥結の兆しが見え、12月に妥結してアラウィが連立政権に入ることになった。 (US Influence in Iraq on the Decline)

 この間、米国は反米のサドルを外してマリキとアラウィを連立させようとしたが失敗した。昨年9月には、米国から頼まれたのかサウジアラビアがイラク各派をリヤドに集めて連立交渉させようとしたが、これも失敗した。親米のアラウィは了承したが、他の各派は拒否し、サウジを嘲笑した。 (Iraq's Shiite union turns down Saudi offer to host talks) (U.S. hoping Ramadan's end provides impetus for forming Iraqi government)

 分析者の間では、マリキ政権の挙国一致的な連立をまとめたのはクルド人で彼らが最も得をしているとか、サドルがキングメーカー役だとかいわれているが、クルドもサドルも、背後にいるのはイランだ。イラク政界のキングメーカーはイランである。クルド人は、独立国にしてやると約束されて米イスラエルの手伝いをしてイラクの政権転覆に貢献したが、米国は約束を果たさず、その結果クルド人は親イラクに転向する傾向を強めた。 (Sadr sees star rise again in Iraq)

 米国は何兆ドルもの軍事費と十何万人もの兵士をイラクに派兵して何年間も占領したが、イラクの政治を支配しきれなかった。ところがイランは一人も派兵せず、金はばらまいただろうが大したことない金額で、イラクの政治を支配するに至っている。しかもイラクが仇敵米軍の占領下にあった数年間に、である。米国は高い代償を払って得たイラクの利権を、無償でイランに譲渡した。米軍は、早ければ素直に今年末、遅くとも2012年ごろには、国際社会の圧力を受け、イラクから総撤退するだろう。その後のイラクはイランとの結束を強め、両国は2つの大産油国としてサウジアラビアより強い国際政治力を持つだろう。

 本記事を執筆中の1月5日、イランに亡命(宗教留学)していたサドルが、4年ぶりにイラクに帰国した。実家があるナジャフに戻ったサドルは、歓喜する支持者の群集を前に、イラク政界で大きな力になっていくことと、米軍をイラクから追い出すことを宣言した。マリキの連立新政権の有力派閥を率いるサドルが戻ってきたことで、今年は、イラク政界の自立と、米国追い出しに向けた政治が始まりそうだ。 (Cleric who fought US returns to Iraq from exile)

 サドルが帰国したのと同じ日、イランのサレヒ新外相もイラクを訪問し、マリキ首相らと会談し、イラク新政権に対する支持を表明した。そして、米軍がイランの政権転覆のためにイラク国内での存続を容認していたイランの反政府組織ムジャヘディンハルク(MKO、米政府はテロ組織に指定)をイラク政府がイランに引き渡す話を、両国間で行った。イラクは、イラン好みの国に変わりつつある。 (Iran welcomes 'inclusive' Iraqi govt)

▼サダム・フセインは米国のために存在していた

 イラク戦争は、大量破壊兵器というウソの開戦事由で始められた不当な侵略戦争だが「少なくともサダム・フセイン政権を転覆したのは良いことだった」と抗弁する人がいる。日本の外務省や、その傀儡をつとめる外交評論家たちが好例だ。しかし実は、フセインがいたから米国はイラクとイランを敵対させて中東での覇権を維持でき、米国の世界覇権の重要部分である中東支配が維持されているから、日本は安心して対米従属を続けられた。

 イラクはフセイン政権までの1400年間、人口の2割しかいないスンニ派が、6割を占めるシーア派を支配する非民主的な政治構造だった。スンニ派のフセイン政権は、独裁を維持するため、シーア派を容赦なく弾圧した。一方イランは人口の9割以上がシーア派だ。フセインがイランと和解するには、イラクのシーア派に対する弾圧をやめる必要があったが、弾圧をやめたらシーア派はイランから支援をこっそり受けて反政府運動を強める。シーア派の聖地はイランとイラクの両方にあるので、両国が敵対を弱めると両国のシーア派どうしが聖地で交流することをイラク政府が防げなくなり、シーア派どうしで結束してしまう。長くスンニ派から弾圧されてきたシーア派は、同派内で強固な広域人脈網を持っている。政権が不安定になるのでフセインはイランと決して和解できず、最後まで敵対していた。

 大産油国であるイラクとイランが恒久的に対立していることは、米国の中東支配にとって大事なことだった。フセインであれ誰であれ、イラクがスンニ派の独裁であることが、米国にとって重要だった。ところが米国のネオコンらは「フセインは独裁で虐殺者だから倒すべきだ。米軍の力でイラクを政権転覆せよ」と主張し、ブッシュ政権にイラク侵攻を挙行させた。大量破壊兵器というウソの開戦事由をでっち上げたのもネオコンだ。

 イラク侵攻の結果、フセイン政権は転覆され、その後のイラクは「民主化」によってシーア派主導の国になり、必然的にイランとイラクが結束し、イラク駐留米軍を追い出す方向に動いている。イランとイラクの石油利権は米国のものにならず、主に中露など反米非米的な勢力によって開発されている。 (イラクの石油利権を中露に与える)

 どれもこれも、フセイン政権が維持されている限り起こり得なかった。フセインを打倒したことで、米国の中東覇権が崩壊している。やはりネオコンは、米英覇権を自滅させて新興市場諸国の政治経済台頭を誘発し、世界経済を多極型の発展モデルに転換して成長を加速しようとする「隠れ多極主義者」である。以前の記事に書いたが、ネオコンと親しいザルメイ・カリルザドが05年に駐イラク大使になった後、それまでのスンニ派と米国が和解してシーア派の台頭を防ぐ戦略から、シーア派の武装拡大を許してスンニ派を退治させるシーア派台頭容認策に転換し、その結果イラクは、サドルらイラン傘下のシーア派諸勢力に席巻されてしまった。カリルザドは、米国の中東覇権を瓦解させた犯人の一人である。 (◆イラク「中東民主化」の意外な結末)

▼イランの影響力拡大はイスラエルの終末に

 今やイランの影響力は、イラクだけでなく中東全域で拡大している。以前は米国との和解を強く求めていたシリアは、米国にレバノンからの撤退を求められるなど邪険にされ続けた結果、イランと親しくなり、今では強気で米イスラエルを批判している。レバノンは、90年代以来シリア傘下の国だったが、イラク戦争開始後、レバノン政府は米国に圧されてシリアからの自立と親欧米化を目指した。だが06年夏に米国の黙認のもとでイスラエルがレバノンを空爆で破壊した後、レバノンの世論は反米反イスラエルに傾き、イスラエルと戦争して負けなかったシーア派武装組織ヒズボラがレバノン政界で台頭し、レバノンは親イラン・親シリアの国に戻った。サウジアラビアは有り余る資金でレバノンを支援してきたが、最近はイランに押され、影響力が落ちている。

 エジプトは、今は米国の傀儡のような国だが、対米従属の独裁者である82歳のムバラク大統領が死んだ後、イスラム主義が台頭し、反米親イランの傾向を強めるだろう。そこではイスラム同胞団が台頭しそうだが、パレスチナのガザを統治するハマスは同胞団の弟分の組織だ。ハマスは、すでにイランやシリアから支援を受けている。ムバラクの死後、エジプトでイスラム主義が台頭すると、ガザをエジプトと一体化してイスラエルと対抗する動きが強まりそうだ。イランはシーア派で、同胞団やハマスはスンニ派だが、ここではシーアとスンニの敵対という、従来の中東分析者が好む図式が働かない。同胞団やハマスは、米イスラエルの中東支配をやめさせる目標のもとに結束している。 (Egypt 'About to Explode,' Opposition Leader Warns)

 正確な時期を予測するのは難しいが、米軍のイラク撤退から、エジプトのムバラク死去後までの間に、中東に対する米国の支配力が喪失した感じが強まるだろう。米国の影響力が落ちたら、エジプトと並ぶ米国の傀儡であるヨルダンの王政も、国民の大半を占めるパレスチナ人によっておそらく倒され、ヨルダンはパレスチナ人の国になる。そこでもイスラム主義勢力が強くなる。アラブの盟主を自称する大国だったはずのサウジアラビアは、成り金で臆病すぎて対米従属を棄てられず、中東での影響力をイランに奪われている。 (Defeat In Iraq Will Quicken The End Of Western Domination)

 中東のもう一つの大国であるトルコも近年、中東での米国覇権の衰退を見据え、100年近い親欧米路線を棄て、オスマントルコ帝国時代に中東で持っていた影響力を取り戻す国家戦略に大転換している。米傀儡国が多いがゆえに結束できないアラブ勢の弱さに付け込み、トルコは、イランと共同で中東を支配する戦略だ。北方のコーカサス地方(グルジア、アゼルバイジャン、アルメニア)でも、トルコとイランは、ロシアを含めた周辺3大国による新たな覇権体制を構築している。米欧はコーカサスから追い出される方向にある。抜け目ないグルジアの独裁者サーカシビリは昨年、以前の米国傀儡路線を放棄するかのように、親イランの言動を強めた。 (Azerbaijani politologists: Strengthening of Turkey's role in region meets Azerbaijan's interests)

 このような将来展望の中、イスラエルの国家的な先行きがどうなるか気になる。イスラエル政界で左派(リベラル派)が強くなれば、西岸入植地を撤去してパレスチナと和解して二国式の和平を確定できるかもしれない。だが周辺のイスラム諸勢力が強くなり、イスラエル側が戦争の可能性を強く感じるほど、世論が好戦的な右派支持に傾き、左派は縮小する。95年のラビン暗殺以来続く右派台頭の傾向は、今後も変わりそうもない。右派は入植地をむしろ拡大し、和平を頓挫させている。米国の代わりにEUや中露が和平を仲介しても、イスラエルが右派を棄ててリベラルに戻らない限り、和平は成功しない。

 今後、米軍のイラク撤退や、エジプトのムバラク死去を経て、中東での米国覇権の縮小と、イスラエル周辺諸国のイスラム主義化・反イスラエル化が進み、イスラエルの右傾化も止まらないだろう。和平は困難になる一方だ。今後、いずれかの時点で、イスラエルと、ヒズボラやハマスとの本格戦争が再燃してシリアやイランも参戦し、それがイスラエル国家にとって最期の戦争となる可能性が大きい。それ以外のシナリオの可能性は減っている。

 イラク戦争の開戦時には、米国がついた大量破壊兵器のウソが世界の人々を怒らせ、国際社会が米国に対してそっぽを向いて米覇権が終わっていくシナリオもありえた。だが、米英日などのマスコミが911以来の有事体制の中、軍産複合体の影響下でプロパガンダ機関としての機能を強めた結果、米政府にとって不利な状況は報じられにくくなり、大量破壊兵器のウソについての騒ぎも下火となり、人々の脳裏から消されていった。その意味では米国覇権が維持されている。だがその一方で、中東諸国の政治状況から見ると、イラク戦争は「イランの勝ち」で終わり、中東での米国の覇権の喪失がほぼ確実となっている。


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隠然と現れた新ペルシャ帝国
2014年6月16日   田中 宇
この記事は「イラク混乱はイランの覇権策?」の続きです。

 6月10日、スンニ派イスラム教の武装組織「イラクとレバントのイスラム国(ISIS)」がイラク第2の都市モスルを陥落し、続いてもう一つのイラク北部の大都市キルクークからもイラク政府軍が遁走し、ISISに占領される前にクルド自治区の軍隊(ペシュメガ)がキルクークを占領し、クルド人は民族の悲願を達成した。これらの件について前回の記事で、ペルシャ湾南岸からイラク、シリア、レバノンまでを影響圏に入れつつあるイランが、覇権運営の一環として、ISISなどスンニ派と、クルド人を懐柔して傘下に入れるため、モスルとキルクークの陥落を容認したのでないかと書いた。そう考えることで、いくつも不可解なことが納得できるようになる。

 ISISの侵攻とイラク軍の解散・遁走とともに、180万人のモスル市民のうち50万人が市外に避難した。しかしその後、ISISのモスル統治がかなり合理的で、すでに学校や病院が再開し、殺人や虐待も少ないので、かなりの人数がモスルに戻っていると報じられている(逆に、虐殺が頻発しているという報道もある)。報道によると、モスルでは、これまでよりましな1日9時間の電力供給が市街地に開始され、イラク軍が市内に設けていた市民の移動を制限する検問所が各所で撤去された。 (Iraq crisis: despite decapitations and deaths thousands)

 モスル市民の大多数はスンニ派で、中央政府のシーア派主導のマリキ政権は、彼らを敵視する傾向が強かった。今回の陥落に際し、スンニ派市民は、イラク軍でなくISISに味方する者が多かった。モスルを含むイラクのスンニ派地域には、03年の米軍侵攻で潰されるまでフセイン政権の幹部をしていた者が多く住み、彼らは今回のモスル陥落より前からISISに協力していた。モスルだけでも、フセイン政権下で治安関係の仕事をしていた者が7千人以上、元軍人が10万人以上、前歴を隠して住んでいたとされる。 (ISIS see as liberators by some Sunnis in Mosul) (Battle for Mosul: Critical test ahead for Iraq)

 今回、イラク西部の広い範囲からイラク軍が撤退し、スンニ派の統治(自治)が始まったが、その主力はISISでないという見方がある。マスコミ報道では、残虐で好戦的なISISがイラク西部を席巻したとおどろおどろしく報じられているが、それは間違いだとイラクのスンニ派の聖職者たちが主張している。イラク西部を席巻したスンニ派勢力の中心は、実際のところフセイン政権(バース党)の残党と、スンニ派の古くからの各派閥の部族長ら(フセイン政権も彼らに依存していた)であり、そういったスンニ派の連合勢力の中で、ISISは小さな勢力でしかないと指摘されている。 (Iraqi Sunni scholars: Iraqi rebels, not ISIS, who face the Iraqi army)

(03年の米軍のイラク侵攻時、バース党のイラク政府と軍は、米地上軍がバグダッドに到達する直前に、政府ごと解散して雲散霧消した。幹部たちは市民にまぎれて潜伏した。あれから11年、今回は逆に、バース党イラク軍を倒した米軍が作ったマリキ政権のイラク軍が、旧バース党と連動したISISに侵攻され、解散して雲散霧消した。あの時もキルクークはペシュメガが席巻した。だが米政府はその後、キルクークがクルドの街になることを許さなかった) (消えたイラク政府) (Iraqi crisis is unexpected prize for Kurds)

 ISISは、イラクとシリアに数千人ずつしか軍勢がおらず、そんな勢力で、人口数百万、10万平方キロのイラク西部を短期間で治められるはずがない。ISISは看板として使われているだけだろう。ISISという、アルカイダでさえも「残虐すぎる」と言って縁を切った超アルカイダ的なひどいテロ組織が、電撃作戦で数千人の小部隊で広大なイラク西部を占領したというストーリーは「テロ戦争」を続けたい米国の軍産複合体や、イラクのシーア派地域を自国の傘下に入れておきたいイランにとって好都合だ。 (Iraqi crisis: Terrorist attacks or popular uprising?)

 米国のオバマ政権は、今回のイラクの危機に対し「マリキ政権がスンニ派と政治対話を強めない限り、マリキに頼まれた軍事支援をやらない」と言っており、多分ほとんど何もしないだろう。これに対し、軍産複合体とつながりが深い野党の共和党は「オバマはイラク市民がアルカイダに虐殺されるのを看過している」とオバマを非難して中間選挙で有利になろうとしている。ISISは残虐な方が好都合だ。 (Obama considers military action in Iraq)

 ISISは、シーア派の2大聖地であるイラク中部のナジャフとカルバラの聖廟を「偶像崇拝」なのでぶち壊すと宣言している。この表明は、イラクとイランの数千万人のシーア派に対して喧嘩を売っている。無数のシーア派イラク人の青年たちが、2聖都を守るための義勇軍に志願している。義勇軍を実体的に率いるのはイラク人でなくイラン人だ。イラン軍(革命防衛隊)は、11年の米軍撤退後、軍事顧問団をイラクに派遣し、イラク軍やシーア派民兵を養成してきた。ISISがイラクのシーア派に喧嘩を売るほど、イラク人はイラン軍の傘下で結束し、イランが得をする。イラクのスンニ派聖職者は、ISISがカルバラやナジャフを攻撃するのは間違いだと非難した。 (Iraqi Sunni scholars: Iraqi rebels, not ISIS, who face the Iraqi army)

 ISISは、名称からして「国家」を自称している。破壊のみを目的とするアルカイダとは対称的な存在だ。ISISは、すでに昨年からシリア北部のユーフラテス川沿いの人口600万人の地域を統治し、川沿いの町ラッカを「首都」にしている。そこでは、一応の行政運営が行われている。シリアのISISも、ISISというのは看板だけで、その下にはイラクから入った旧バース党勢力がいるのかもしれないが、どちらにせよ、ISISは「テロ組織」というより、スンニ派イスラム主義を掲げた国家もしくは地域の自治的な運営をめざす武装政治勢力だ。アフガニスタンのタリバンや、レバノンのヒズボラに近い民族主義団体といえる。 (The Islamic State of Iraq and Greater Syria) (The Fight for Syria's Raqqa)

 アルカイダはISISが残虐だから縁を切ったように米欧マスコミで報じられているが、そうではない。アルカイダはシリアでアサド政権の打倒だけを目標にしたのに対し、ISIS(を称する連合体)は、シリア北部に自前の独立国家(自治地域)を作ることを目標にして動き、アルカイダの命令に従わなくなったので対立し、縁を切られた。ISISは創設直後の04年から昨年まで、アルカイダに忠誠を誓っていた。 (Islamic State in Iraq and the Levant From Wikipedia)

 前回の記事で、イランはシリア内戦を終わらせるため、シリア北部に陣取っているISISに出ていってもらおうとしており、ISISにイラン傘下のイラクのモスルをあげる代わりに、ISISにシリアから出ていってもらおうとしているのでないかと書いた。この仮説にはその後、私自身が疑問を持ち始めている。ISISはシリア北部を手放さず、むしろイランは、シリア北部をISISの領域であることを認め、残りの地域をアサド政権が統治することで、シリアを連邦型の国家として再編するつもりかもしれない。イランは最近、シリアの内戦を終わらせる和解案を作っている。イランが支援してきたアサドは大統領として残るが、その下の首相にはスンニ派が就任し、シリア国内の各派が何らかの発言力を持てるようにする案が報じられている。レバノン型の解決といえる。 ('Peacemaker' Iran moves to end Syria war) (Iran ready to help rebuild Syria: Minister)

 モスル陥落後、シリアに展開するISISが戦闘をやめているという報道がある。その一方でISISがイラクで獲得した武器をシリアに搬入しているとの指摘もある。私の上記の仮説を検証するには、まだ情報が錯綜している。 (Syria Islamist militants pause and reinforce from Iraq)

 イラクもシリアも、政権がイランの傘下にいる。イラクのマリキ政権と、シリアのアサド政権は、従来どおり国土の全部を自分が率いる国家としてずっと統合して維持したいと考えている。だがイランは、イラクやシリアの国家としての統合性を重視していない。イラク西部とシリア北部がISISを称するスンニ派の自治区もしくは国家となり、イラク北部がクルド人の自治区もしくは国家になっても、それらの自治区もしくは国家がイランの言うことを聞くなら、その方が良い。

 イラクやシリアの国家統合が維持されると、いずれイラクやシリアが安定して強さを取り戻した場合、ナショナリズムを使ってイランの影響力を排除しようとしかねない。そんな目に遭うぐらいなら、イランは、イラクやシリアが弱くて分裂している今のうちに、分裂している各派を個別にイランの影響下に入れ、分裂した状態で各国を傘下に入れておきたいはずだ。「ホフィントンポスト」が、こうした考え方の記事を出している。同記事は、イスラエルとイランを、アラブを弱体化する共通目的を持ったペルシャ・ユダヤ同盟として描いている。この記事は、今後の中東の中長期的な展開を示唆している。 (ISIS 'Achievements' in Iraq and Syria a Gift to the Iranian Negotiator?)

 イランは、イラクに協力してISISを潰すと表明しているが、本気かどうか疑わしい。11年の米軍撤退後、イランは、イラクのマリキ政権を支援する最大の勢力だ。マリキは、もともと米国が傀儡として置いた指導者で、自分の権力をできるだけ長く維持することだけに固執する人だが、そのような人物の方が米国にとって傀儡化しやすく、都合が良かった。米軍撤退後、マリキはイランにとって都合の良い無能さを持った傀儡になっている。 (US-Backed Maliki Gov't is Driving Iraq Into Civil War)

 イランは、米軍撤退後のイラクを自国が握っていることを隠している。イラクはいまだに米国の植民地だと世界中が思っている方が、イランにとって都合が良い。イランは、シーア派の宗教的なつながりを通じて、昔からイラクに隠然とした影響力を持っている(だから、イランがイラクにイスラム革命を輸出しようとした時、イラクのフセインは脅威を感じ、逆にイラクのナショナリズムを扇動しつつイランに侵攻し、イラン・イラク戦争を起こした。イランにとって、イラクのナショナリズムは危険なものだ)。イスラム世界で少数派のシーア派の盟主であるイランは、各国にいるシーア派と、古来の諜報網ともいうべき隠れた国際ネットワークを持つ(中国人、ユダヤ人が同種の国際網を持っている)。イランは少数派であるだけに、多数派を制御するために隠然とした策を好む。アングロサクソンのうち、英国は隠然網が好きだが、米国は何でも顕在化したがる(ウソを意図的に顕在化しがちだが)。

 シーア派はイスラム世界の全域で少数派で、多数派のスンニ派から弾圧されてきた。だからイランは、昔から隠然策を好み、それに長けてきた。シーア派の信仰そのものが、イスラム以前の信仰を、力尽くで征服され改宗させられたイスラム教の中(行間、解釈)に紛れ込ませるかたちになっている(だからスンニに弾圧される)。 (イラク日記・シーア派の聖地) (イランとアメリカのハルマゲドン)

 米軍撤退後、イラクを隠然と支配するイランは、マリキの権力欲を満たしてやりつつ、イラク軍の運営を握っていた。イランがモスルやキルクークの陥落を回避しようと思えば、事前にいくらでも対策できた。イラクの軍戦略を練ってきたイランが、モスルがISISに、キルクークがクルド人に奪われてもかまわないと考えていたからこそ、モスルやキルクークのイラク軍はまったく戦わず解散したのだろう。イラン軍幹部はNYタイムスに対し「ISISは強くない。イラン軍がイラクに進出すれば一気に潰せる。しかし、そんな必要はない」と言っている。イランはISISに対して本気で立ち向かっていない。 (As Sunni Militants Threaten Its Allies in Baghdad, Iran Weighs Options)

 ISISは今年1月、イラク中部のファルージャを陥落し、支配を開始した。イランはその直後から、イラク軍のファルージャ包囲を支援(指揮?)している。イラク政府は当時、ファルージャを包囲するがISISを壊滅させるつもりはなく、交渉すると言っていた。イラク軍が弱いからISISを壊滅させられないのだと報じられているが、私は違う見方をしている。イランは、イラク軍を弱い状態に置いて、ISISを倒せないようにしているのでないかと考えている。 (Iran General Offers Equipment, But No Troops, for Iraq's War) (Maliki says army won't attack Fallujah)

 ISISはモスルを陥落した後、バグダッドに向かっていると報じられている。米国もNATOも助けてくれないので、イラク政府はより強くイランに頼るしかない。イラン軍は2大隊をイラクに入れ(イラン軍のイラク駐留は数百年ぶり)、イラクのシーア派義勇軍をイラン軍が率いて、ファルージャなどバグダッドから近いところにいるISISと対峙する作戦を開始した。しかしイラン軍はISISを壊滅させず、対峙するだけだろう。スンニ派のファルージャと、シーア派のバグダッドの間に、事実上の国境線が引かれる。イラン軍は、その隠然国境線を監視・守備するために進駐する。

 前回の記事に書いたように、すでにクルド人は、自分らの自治区とISISの統治地域の間に、千キロにわたる隠然とした国境線を引き、クルド自治軍(ペシュメガ)がその隠然国境線を警備している。すでにイラクは3分割されている。しかし、この3分割はなかなか顕在化しない。米英発の分析の中には、すぐにでもイラクが3分割されるように書いているものがあるが、国際社会がクルド国家とISISを国家承認しない限り、3分割の顕在化は起こらない。残虐なテロ組織として描かれている限り、世界はISISを国家として承認しない。イラクは、イラン好みの隠然分裂国家であり続ける。ISISのせい(おかげ)で、シリアも似たような隠然分裂の状態になりそうだ。 (An abrupt awakening to the realities of a recast Middle East)

 モスルやキルクークからの敗走を機に、米軍が訓練した米国製のイラク軍は急速に解体している。代わりにバグダッドなどで編成されているのが、イランが訓練指揮するシーア派の民兵団だ。既存のイラク軍はもう解体しているが、今後も、既存の米国製イラク軍が、シーア派民兵の協力を受けながらISISと戦っている構図が報じられ続けるだろう。それはイラン好みの幻影だ。イラン自身、79年のイスラム革命後、米英が訓練したイラン国軍を形式的に残しつつ事実上廃止し、ホメイニら聖職者群が新設した革命防衛隊が実質的なイラン軍として機能している。イラン国軍が事実上消滅したのにずっと組織として残っている点がイラン的だ(軍の事実上の組織を見えにくいようにする策は、中国の孫子の兵法につながる)。

 米国はイランの敵であるはずなのに、米国のマスコミは、イランが発する隠然戦略に騙され続ける。ネオコンやタカ派など、米国の戦略を構築してきた人々は、イランを敵視しつつ強化してやっている。ネオコンのアハマド・チャラビはイランのスパイだった。03年から11年までの米国のイラク占領で、最も得をしたのは、対価を何も払わずにイラクを自国の傘下に入れたイランである。米イスラエルの上層部には「イランを利するだけだ」としてイラク侵攻に反対した人々もいたが、ほとんど無視された。アラブでは、米国の傀儡か、無謀で非合理なアルカイダ(米国を敵視しつつ実は傀儡)しか目立った存在がない。しかしイランは、国家的にも、諜報網的、つまり国際政治的・軍事的にも(米国に敵視されたおかげで)中東における大きな勢力に育っている。 (イランの台頭を容認するアメリカ)

 今回の事件でイラクは隠然と3分割されたが、イランはその3つともに対し、影響力を持っている。イラクの南半分のシーア派地域は明らかにイランの傘下だ。イラク中部のスンニ派地域では、ISISが表向きイラン(シーア派)を敵視しているが、ISISの実体が実務的な旧バース党勢力であるとしたら、彼らの目的はスンニ派地域の自治と発展であり、シーア派地域に侵攻して無益な戦争をすることでない。イラクのスンニ派は、イランが自治をくれるなら米国やマリキよりましだと考えるだろう。

 イラク北部のクルド人は、キルクークをもらったことで大喜びしている。クルド人も、自治をくれるならイランと対抗しようとは(少なくとも中短期的に)思わないだろう。クルド人はイラクのほか、イラン、トルコ、シリアに分裂して住んでおり、4カ国のクルド人地域を統合してクルド国家を作ることが夢だ。しかし、たとえばクルド人がキルクークの原油を海外輸出してクルド自治区の収入にすることをイランが認めるなら、イランはフセインよりもマリキよりも(マリキの上位にいた)米国よりもましな存在になり、イランのクルド人をけしかけて分離独立運動を煽ったりしないだろう。

 もし私の推察どおり、イランが今回ISISと話をつけた上でモスルが陥落したのであれば、イランはシリアでもISISと何らかの話をつけており、シリア内戦の終結と和解が近いことになる。そうなるとレバノンからシリア、イラクまでの、いわゆる「シーア派の三日月」地域におけるイランの覇権がぐんと強くなる。これは「新ペルシャ帝国」とも言うべきものだ。

 そのすぐ北にはトルコがいるが、トルコはすでに今年初めからイランと協調する国家戦略を打ち出し、敵対を避けている。イラクでのクルド人の独立を避けるため、トルコが北イラクに軍事侵攻する可能性を指摘した記事を見たが、イランがクルドと話をつけてキルクークを与えたのであれば、トルコが北イラクに侵攻するとイランと対立してしまう。トルコでは、プーチン的な長期政権をめざすイスラム主義のエルドアン首相が、反イスラム主義の従来エリート(軍、裁判所、官僚、マスコミなど)と対立し、国内が混乱している。北イラク侵攻は考えにくい。

 トルコは国内が混乱しているからこそ北イラクを侵攻しそうだと、従来の発想で考える人がいるかもしれないが、間違いだ。トルコの従来エリートはトルコ民族主義なので、国内のクルド人のクルド民族主義を同化しようと徹底弾圧した。しかしエルドアンはトルコ民族主義を超越したイスラム主義なので、クルド民族主義を敵視せず、クルド語の教育や放送、政党設立を認めた。トルコのクルド人は、エルドアンに懐柔されて喜んでいる。クルドを敵視しなくなったトルコは、北イラクに侵攻せず、イラクがイランの傘下に入ることを容認するだろう。

 新ペルシャ帝国の隠然とした出現は、サウジアラビアやイスラエルにとっても大きな問題だ。これらのことはあらためて書きたい。


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