ベネズエラのシリア人

 私が今年6月まで、総計6年石油関係のプロジェクトで駐在していたベネズエラには、シリア系ベネズエラ人が80万人も住む(by シリア領事館)。昼飯後の行きつけのコーヒーショップ、飲み屋などの経営者はシリア人で随分とお世話になった。彼らに話を聞くと、キリスト教徒だろうが、イスラム教徒だろうが、その全員がアサド政権支持だった。また、内戦の原因は石油にあるという。本当だろうか?

 そこで最近シリアから逃れてきた二人のシリア人にベネズエラ国内で取材し、その後シリア国境まで足を伸ばすことになった。

今日はシリア料理にするか、ベネズエラにて

船員から料理店経営

 Tarek Hakim(31):イスラム教徒。シリア現政府の牙城である港町ラタキア(Latakia)市出身である。レバノン船籍のコックとして、ブラジル、アルゼンチン、中国などに渡航経験があり、内戦開始時の2011年初めにシリアを逃れ、今はバレンシア市(Valencia)で「ラタキア」という出身地名を冠した小さなアラブ料理店を経営している。

アラブ料理店「ラタキア」にて筆者(右)

 「2010年に地中海、タルトゥース(Tartus)沖に大油田が見つかった。それがアラブの春の民衆運動に乗じた外国勢力の干渉の一番の理由さ。ぼくは政府支持さ。君らだって他の国、たとえば中国が攻めてきたら戦うだろう。内戦前は、キリスト教徒だろうがシーア派だろうがスンニー派だろうが、問題なく暮らしていた。ぼくの従兄は兵士でISに殺されたし(その後、兄も殺された)、逆にISに入って今はシリア人を殺している親友もいる。ここのチャビスタ(ベネズエラのチャべス派)だって、上に命じられれば勇んで人を殺す奴はいる。狂人はどこにでもいるんだ」

写真を拡大 シリア地図(iStock)

アメリカのビザを待つ

 もう一人はレオパルド(仮名40):キリスト教徒。アサド政権、ヌスラ戦線、ISが角逐するアレッポ(Aleppo)出身。政権側が幹線道路を把握した隙に妻、子供二人(13歳、4歳)とともに激戦地アレッポを脱出し、タルトゥース→ベイルート→アブダビ→ブラジルを経由し私が住んでいたプエルト・ラ・クルス(Puerto La Cruz)にひとまず落ち着いた。親戚のいるアメリカ移住のためのビザ取得を待つ。戦前はフランス系スーパーマーケット「カリフール」のITマネージャであり、また友人とともにネットカフェも経営していた。

 「戦争の原因はタルトゥース沖に発見されたガス油と、パイプラインさ。カタールが自国からシリア地中海側までガスパイプラインを引きたいって希望したけど、アサド大統領は断ったんだ。シリアは別のパイプライン、確かイランからイラクを経由するか、アレッポを経由してトルコからロシアに通じるパイプラインを計画していたと思う。だから産油国のカタールはヌスラ戦線を、サウジはISを支援しているし、イスラエルもテロの側だよ。刑務所のアルカイダ系のムスリム同胞団を大統領が釈放してしまったのがまずかった。彼らがまたテロ行為をはじめたんだ。戦前、経済は良かった。インターネットも解放され、大ショッピングセンターもでき、物価が周辺国のうちで一番安いから、アレッポにはツーリストが世界中から来ていたんだ」

 「アルジャジーラや欧米の報道は全く信じられない。戦争の初期に自由シリア軍が僕のいる家の前の区域にまでテレビクルーと一緒に侵入してきて、自由シリア軍の旗を掲げた。でもテレビクルーが去ると、ヌスラ戦線の旗を掲げて、人々を打擲し始めた。その後政府軍が来て、彼らは逃げた。夜のアルジャジーラ(カタール)と、アラビアテレビ(サウジアラビア)のニュースに自由シリア軍の国旗が映っていたよ」

 大っぴらにヤラセが行われているのである。自由シリア軍とは、存在するかしないかわからないアメリカのいう穏健な反体制派であり、ヌスラ戦線はアルカイダ系譜のテロ組織で、現在フリージャーナリストの安田純平氏を人質にとっている。

 私はことの真偽を確かめようと、この7月にカラカスからパリを経由してレバノンに飛び、国内が犯罪で沸騰するベネズエラよりはよほど安全だというシリアのタルトゥース(ロシア海軍基地がある)を目指した。

 

 

シリア大使と会見

 シリア大使館は首都のベイルートではなく、車で30分ほどのレバノンの防衛庁のあるYarzeh, Baabda Districtにあった。レバノン軍が厳重な警護にあたっていたが、シリアビザを求める人々の長蛇の列ができ、領事館を兼ねる大使館内はごったがえしていた。国境付近はヒズボラやレバノン正規軍がISを蹴散らし安全になったので、外国商人やシリア人と結婚している欧米人などがこの機会をとらえようとしていた。ビザ取得に3カ月前後かかるという。時間がない。とりあえずシリア行きは諦め、Ali Abdel Karim大使にインタビューする機会をえた。

シリア大使におしかけインタビュー

 「シリア内は、まれにみる悲惨で壮絶な戦いとなっています。多くの外国勢力が資金力にものを言わせ、シリアを内部から崩壊させようとしているのです。原因は2010年の大油田の発見とともに、イスラエルに近いとか地政学上重要な位置にあるからです。サウジアラビア発議のシリア非難国連決議などがありますが、それはテロ集団を利するものです。アメリカがいうような温和な反対勢力などなく、すべてテロリストで首を刎ねる人々です。海外に流されている、情報の7割は虚偽のものです。もし日本政府からの支援などあれば受けますが、チャリティのようなものはいりません」

 大使会見後、そのままダマスカス街道をシリア国境へと向かった。レバノンは岐阜県と同程度の面積の小さな国で2時間も走れば国境へ着く。畑ではシリア人の女性たちが働いている。男性よりも給与は安く、1日5ドル前後。シリアナンバーの車が多くなる。

女性は働き者

 途中、何カ所か難民キャンプを訪れ、話を聞いた。その中の一家は、反政府の牙城のひとつであるイドリブ(Idlib)出身であった。同市は肥沃な農地を持ち、アレッポとラタキアを結ぶ戦略上重要な都市。帰国後同市の産院が爆弾の被害にあったという報道をきいた。

難民キャンプ

難民キャンプの農民は帰還を待つ

 Zeid Al Kara(53)、妻Halimh(39):イスラム教徒。子供女子3名(9歳、7歳、4歳)。2012年レバノンへ逃れ難民となる。土地持ち農民で小麦を作っていた。

夫 「当時イドリブの反体制派はみなシリア人だったよ。でもアサド政府の戦闘機が爆弾をどんどん落としてきたんだ。子供が小さいので逃げることにしたのさ。国連から一人30ドル利用できるカードを支給されているよ。5人で月150ドルになるけど、十分じゃない。水は支給されているけど、ガスは自分で買っている。この土地は私有地だから年600ドル支払わなきゃいけない。全額は無理で借金が200ドルたまっている。働きたいけど、レバノンは小さい国だから、なかなか口はないね。それに畑で毒蛇に指が咬まれて、今も体が痛むときがあるんだ」

妻 「レバノンは物価が高いわ。シリアだったら同じ金額でパンならば、3つ買える。私たちは家に戻りたい。土地もあるし。政府なんてどこでもいいのよ。ちゃんと平和に暮らしていければ」

あの山越えればシリア

 ベイルートでは、やはりイドリブ出身で、ダマスカスの大学を中退したホテル勤務のシリア青年と懇意になったが、現政府には批判的だった。大まかなとらえ方だが、中産階級、起業家、知識階級はアサド政権支持で、農民や貧困層や学生の一部や、サウジアラビアのワッパーズ派のようなイスラム至上主義者が反対派に回っているといえる。そして反体制派とテロリストの境界は限りなく、曖昧である。

 

 

 

イスラエルのアメリカ企業はヨルダンに天然ガス輸出 総額100億ドル!

 帰国後、『Oil and Gas Journal』などにあたってみると、なるほど2010年に地中海沖で天然ガス田が発見されている。イスラエル沖、シリア沖の東地中海の推定埋蔵量は1兆750億m3。ちなみに、LNG化した天然ガスの輸入量は日本が世界最高で、年間1180億m3(2015年)、そのうちカタールからは202億m3輸入している。

シリア難民の子供「おじさん寄っていきなよ」

 シリアは内戦でガス田採掘の余裕はないし、さらに日本を含めた欧米の経済制裁中である。もしそのような制限がなければ、シリアは近隣国へガスを輸出できる可能性があったし、日本さえシリアから天然ガスを輸入する方策もあっただろうから、競争原理で輸入価格はさらに下がっていた。しかも中東のパワーポリティクスも激変する。それを嫌うのは何もカタールだけではない。

 結局、果実を得たのはイスラエルとアメリカ企業であった。。内戦のシリアを尻目にイスラエル沖では、米国企業Noble Energy社がガス田採掘を開始し、2013年には早々生産にこぎつけた。そして、この9月26日に、総額100億ドル(総計450億m3、15年間)の天然ガス輸出契約をヨルダンと結んだ(『THE JERUSALEM POST』)。イスラエル史上初のエネルギーの輸出となる。

 国内外のシリア難民は1170万人、死者は30万人を超えるという。