あすかパパの色んな話

日々の暮らしの中で思ったことを書き込んでいきます。
今までのように写真、競馬の予想、スポーツネタも続けていきます。

年度代表馬はウオッカ ダイワスカーレットは無冠

2009年01月06日 21時06分27秒 | 競馬の話題

安田記念で優勝したウオッカ(右)。鞍上は岩田康誠騎手=東京競馬場

日本中央競馬会(JRA)は6日、東京都内で「2008年度JRA賞」受賞馬選考委員会を開き、競走馬部門の年度代表馬に、安田記念と天皇賞・秋のGI2レースを制したウオッカを選出した。180票を集め、同じ4歳牝馬で有馬記念を勝った2位のダイワスカーレットに101票差をつけた。ウオッカは最優秀4歳以上牝馬にも選ばれた。

 競走馬部門のほかの受賞馬は次の通り。

 最優秀2歳牡馬 セイウンワンダー▽最優秀2歳牝馬 ブエナビスタ▽最優秀3歳牡馬 ディープスカイ▽最優秀3歳牝馬 リトルアマポーラ▽最優秀4歳以上牡馬 スクリーンヒーロー▽最優秀短距離馬 スリープレスナイト▽最優秀ダートホース カネヒキリ▽最優秀障害馬 キングジョイ(サンスポ)


ダイワスカーレットの無冠は納得行かないなぁ

篠原新体制が本格的にスタート/柔道

2009年01月06日 19時58分36秒 | 格闘技情報

全日本男子強化練習 篠原監督=北区・ナショナルトレーニングセンター

柔道の日本男子代表が6日、東京都北区のナショナルトレーニングセンターで今年最初の強化合宿を公開し、篠原信一監督率いる新体制で本格的に始動した。

 石井慧が抜け、人材育成が急務となった100キロ超級は棟田康幸(警視庁)と高井洋平(旭化成)が参加し、乱取りや寝技などで精力的に汗を流した。北京五輪66キロ級金メダルの内柴正人(旭化成)や嘉納杯東京国際を制した100キロ級の穴井隆将(天理大職)60キロ級の秋元希星(筑波大)らも熱心に練習した。

 今年から国際柔道連盟は2012年ロンドン五輪の出場権を懸けたランキング制度を導入。1-3月に欧州で開催される各種国際大会の成績がそのまま五輪につながる。それだけに非五輪イヤーとはいえ、選手にとっては緊張感が漂う年始となった。

 柔道着姿で目を光らせた篠原監督は「正月明けなのでまずは体力づくり。厳しくやっていく」と話した。

★内柴、気持ち新たに

内柴は所用で遅れて練習に参加したが、乱取りや打ち込みに集中して取り組んだ。北京五輪後の慌ただしさも一区切りし、「上手に柔道をやるのではなく、熱く、アグレッシブにやりたい」と気持ちを新たにした。

 今年からはランキング制度が導入され、ロンドン五輪に向けては継続的な活躍が必要となる。「奇跡では五輪に出場できない。地力で出られるように頑張る」と4年間を見据えた。(サンスポ)


女子日本代表が迎えるオールジャパン=オールジャパン第5日

2009年01月06日 19時37分16秒 | その他スポーツ情報
■プレーに精彩さを欠く最終予選組


準々決勝で対戦した大神雄子(JOMO、左)と小磯典子(アイシン・エィ・ダブリュ)。五輪予選後は乗り切れない時期もあったが、今大会には調子を合わせてきた。

ベスト4が出そろい佳境を迎えた天皇杯・皇后杯全日本総合バスケットボール選手権(オールジャパン)。準決勝を前に、女子ベスト4チームの主力である「日本代表選手」の戦いぶりにスポットを当ててみたい。

 北京五輪が開催された2008年。女子代表は6月にスペインで行われた五輪世界最終予選に出場したが、出場権を得ることはできなかった。
 その後、08年10月から女子日本リーグ(Wリーグ)が始まったが、ここまでの戦いぶりを見ると、最終予選に出場した選手たちのプレーに精彩のなさが目立つ。それは、最終予選に一度ピークを持ってきているためか、秋からのリーグ戦に、再度ピーキングの波を作れなかったことが原因のようだ。
 その証拠に、昨年ファイナルを戦い、五輪予選に多くの選手を輩出した富士通とJOMOに安定感が見られず、12月のリーグ中断時点で、トヨタ自動車に首位の座を奪われている。

■日本代表選手を襲った“バーンアウト”

最終予選による“バーンアウト”(燃え尽き症候群)に陥った筆頭は、序盤戦に自分のプレーができずに苦しんだ富士通の三谷藍(30歳)だ。
「最終予選で体も気持ちもエネルギーを使い切ってしまい、リーグに向けてどう調子を上げればいいのか分からなかった」

 同じく富士通の矢野良子(30歳)も、まだ本調子ではない。ただ彼女の場合は、過去に何度も代表との掛け持ちをしており「シーズンを通しながらマイペースに調子を上げていく」と、長期的な調整法を心がけている。

 今大会ベスト4入りはならなかったが、JOMOとの準々決勝で35得点と気を吐いたアイシン・エィ・ダブリュの大黒柱、小磯典子(34歳)も序盤戦は乗り切れなかった一人。
「全身全霊をかけて戦った最終予選は、ある意味、オリンピックに出たようなもの。バーンアウトは絶対に来るものなので、うまく付き合いながら調子を上げてきました」

 もっとも、富士通もアイシン・エィ・ダブリュも新戦力が台頭してチームの底上げ期でもあるため、チームの仕上がり自体が遅れている。そのため、彼女たちにとっても、今ひとつ乗り切れないシーズンになり、調整の難しさに輪をかけてしまった感はある。

■WNBAプレーヤー大神雄子に休みはない

今シーズンもっとも多忙を極めたのが大神雄子(26歳、JOMO)だ。五輪最終予選のあと、自身初となるWNBA(米国女子プロリーグ)に参戦。米国から帰国後、すぐに迎えたWリーグ開幕では、WNBAで控えに回っていたうっぷんを晴らすかのように大暴れした。しかし、最終予選、WNBA、Wリーグと1シーズンに3回ものピークを持ってくることは、いくら脂の乗っている26歳の大神といえど、容易なことではなかった。
 12月上旬、JOMOはトヨタ自動車に連敗。コートで指示を出す大神の体にキレはなかった。
「あの頃は自分でもどうしたんだと思うくらいの筋肉疲労があり、体と気持ちが落ち込みました。このままではいけないと思い、リーグが中断する期間を利用して、一度休んでから、ひたすら体作りをしてきました。準決勝以降にピークが来ると信じています」

■「完全燃焼」を求めるリーグ最年長、相澤優子


相澤優子(シャンソン化粧品)は五輪最終予選で敗れてなお、「完全燃焼したい」と気迫をみなぎらせている。

多くのベテラン選手が「燃え尽き症候群」に陥った一方で、日本代表の主将、相澤優子(35歳、シャンソン化粧品)だけは違っていた。実は相澤の場合、五輪最終予選が終了するまで、今シーズンの身の振り方を決めていなかった。
 これまでも幾度となく引退を匂わせてきたが、そのたびに「やっぱりバスケがしたい」という思いと素直に向き合い、現役続行を決意してきた。
 そんな彼女が「不完全燃焼に終わった」五輪最終予選後、続行を即決した。
「このままで終わりたくないから現役続行を申し出ました。今は自分が活躍したいからプレーを続けるのではなくて、自分が納得する形で現役を終わりたいんです」

 現在、成長著しい若手にスタメンの座を譲っているが、オールジャパンのようなビッグゲームでは、この人の活躍なしでは語れない。
「いつスタメンで出ろと言われても準備万端です」

■初優勝を狙うトヨタ自動車は大会目前でアクシデント

一方、五輪最終予選に出場しなかったからなのか、2007年のアジア予選出場組であるトヨタ自動車の両エース、榊原紀子(30歳)と池田麻美(27歳)の2人は、順調な仕上がりを見せていた。
 榊原は足に疲労骨折を抱えていたこともあり、日本代表を辞退して今オフには手術に踏み切ってコンディションを整えた。一方池田は、オフの間にスリーポイントラインまでシュートエリアを広げ、技術のパワーアップを図っていた。
 両エースの活躍もあり、トヨタ自動車は年内のリーグ戦を首位で終えている。

 しかし、アクシデントは突然起こった。12月14日、年内最終戦で池田がひざの靭帯(じんたい)を損傷してしまい、ここまでオールジャパンには1秒も出られない最悪な状態を迎えている。
 本人は「準決勝に出るつもりで調整したい」と話しているが、チョン・ヘイルヘッドコーチは「池田がいなければみんなでカバーしていくしかない」と顔を曇らせている。

■準決勝以降は若手の台頭がカギを握る

準決勝以降の戦いは、日本代表のベテラン選手たちにとっては、スタミナと気力の戦いになるだろう。それと同時に、こんな思いを抱かずにはいられない。

 もし、北京五輪に出場していたら、さらにハードなシーズンを迎えていた分けで、その時、日本代表選手の心身はどのようなピーキングを迎えていたのだろうか。
 五輪最終予選、五輪、そしてWリーグ。1年に3度のピークを持ってくるタフネスさが今の日本代表にないことは現状が証明している。若手選手の底上げは急務だろう。準決勝からは、ベテラン勢の活躍だけでは乗り切れない山場が待ち受けている。(スポーツナビ)

レース経過で振り返る箱根駅伝、激戦の優勝争いとエースの意地

2009年01月06日 19時21分05秒 | その他スポーツ情報

第85回箱根駅伝がスタート!この区間で早大1年の矢澤曜が、後半一気に抜け出し、区間賞を獲得

不祥事を乗り越えた東洋大の完全優勝で幕を閉じた第85回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)。大会前にレース展開を予想してもらった箱根駅伝観戦歴40年の出口庸介氏(全国陸上競技愛好会)と、陸上ライターの加藤康博氏に、予想的中か、それとも予想外の展開になったのか、レースを改めて各区間ごとに振り返ってもらった。

■1区:早大・矢澤と山梨学院大・松村が力を見せ付けた

1位:早大 2位:神大 3位:明大 4位:山梨学院大 5位:国士舘大
≪区間賞:矢澤曜(早大)1時間4分48秒≫

1区では、早大のルーキー、矢澤曜が後半一気に集団から抜け出し、区間賞の走りを見せた。また、山梨学院大の松村康平(4年)の区間4位も、順当な結果。今季の全日本大学駅伝の1区でも、揺さぶりをかけたレースが展開されたが、松村はそれに耐え切り、トップと25秒差の4位で通過した。松村は今回の箱根でも途中からペースアップに対応。これまでの経験から、成し得た業だと言えよう。
 一方、全日本で1区を担当した矢澤も、松村同様、揺さぶりを経験し、同大会で区間5位の結果を残している。それが箱根での区間賞につながったか。

 また、駒大は19位と出遅れた。続く2区でエース・宇賀地強(3年)が、区間6位の走りを見せ、チームを8位に押し上げたものの、1区でもう少し順位を上げていれば、最終的な結果は違っていたか。

■2区:山梨学院大のモグス、日大のダニエルの留学生対決

1位:山梨学院大 2位:日大 3位:中央学院大 4位:東農大 5位:中大
≪区間賞 M・モグス(山梨学院大)1時間6分4秒※区間新記録≫

2区は予想どおり、山梨学院大のメクボ・モグス(4年)、日大のギタウ・ダニエル(3年)の留学生対決となった。特に、日大のダニエルは22位でたすきを受け取り、20人抜きを見せたことから、もう少し1区で日大が前に出ていれば面白い展開になったに違いない。

 そのほかでは中央学院大の大エース・木原真佐人(4年)が、たくましい走りでトップ争いに食らい付き、2年連続日本人トップを記録。 
 また、予選会をトップで通過した東農大の外丸和輝(3年)は、14位で受けたたすきを一気に4位にまで押し上げた。中大の徳地悠一(4年)も伝統校のプライドにかけて積極的な走りを見せた。徳地の区間5位は、順当な結果と言えるだろう。

■3区:早大・竹澤、東海大・佐藤は別格の走り

1位:山梨学院大 2位:早大 3位:日大 4位:中央学院大 5位:東海大
≪区間賞 竹澤健介(早大) 1時間1分40秒 ※区間新記録 ≫

早大の竹澤健介(4年)と東海大の佐藤悠基(4年)が激突した3区。区間記録を更新した竹澤は、五輪選手ということもあり、ほかの選手とは違う走りを見せ付けた。また、学生長距離界のエース・佐藤もしかり。足の故障があったにもかかわらず、区間2位の快走でチームを18位から5位に押し上げた。

 さらにシード権確保は必至と言われた城西大のエース高橋優太(3年)も順位を上げることを期待されたが、本来の走りができず区間18位に沈んだ。高橋も実力は折り紙つきの選手だが、距離が20キロ以上になるともろいところがある。ここから城西大の3区以降の流れが悪くなったと考えられる。

■4区:早大・三田がルーキーながらも区間新

1位:早大 2位:山梨学院大 3位:明大 4位:日体大 5位:帝京大
≪区間賞 三田裕介(早大) 55分4秒 ※区間新記録≫

4区で区間記録を更新した早大・三田裕介(1年)は、額面どおり走っただろう。三田は、今季の出雲では区間5位、全日本では区間6位と、1年生の中で最も安定した走りを見せた選手。3つ目の箱根でもどの経験を生かして、結果を残した。今後1年の中で早大の核となる選手に違いない。

 一方、明大の松本昂大(3年)に関しては、エース区間を走る実力のある選手だけに、この区間の起用は仕上がりが悪かったか。しかし区間3位と、エースとしての意地を見せた。

 一方で、前回8位でシード権を獲得した帝京大は、エース馬場圭太(4年)が三田には及ばなかったものの、区間2位(区間新)の快走。前々回に関東学連選抜のメンバーとして箱根デビューしたが、帝京大として出場した前回は、大会直前にケガのため出場を断念している。今回の結果で、見事雪辱を果たした。
 また、日大はこの区間で10位に順位を落とすという、あまりに早い後退劇となった。

■5区:山上りは、順大の小野がリベンジを果たす

1位:東洋大 2位:早大 3位:日体大 4位:中央学院大 5位:山梨学院大
≪区間賞 柏原竜二(東洋大) 1時間17分18秒 ※区間新記録 ≫

東洋大の柏原竜二(1年)の活躍が目立った5区。今大会が初出場となった駒大の星創太(3年)は、平地の主要区間を担える実力者ではあるものの、この区間への起用は“サプライズ”と言える。しかし、大崩れする可能性が少ないと戦前予想していたように、星は区間7位の走り。チームが悪い状況のなかで、まずまずの結果を出した。

 順大は、前回大会同様、小野裕幸(4年)をこの区間に起用。前回、この区間で途中棄権をした小野だがリベンジを果たし、区間2位の好走を見せた。5区では過去に第72回大会(1996年)には、神大の高嶋康司(現東京電力駅伝部コーチ)と、山梨学院大の中村祐二の2人が途中棄権したが、翌年は2人とも違う区間に起用されている。つまり、途中棄権した区間に再度起用することがなかったことから、小野の起用は異例だったことが分かる。
 また日体大は、竹下正人(4年)が粘り強い走りで区間3位と頑張りを見せた。

■上位校の往路成績
1位:東洋大 5時間33分24秒
2位:早大 5時間33分46秒
3位:日体大 5時間35分07秒
4位:中央学院大 5時間35分45秒
5位:山梨学院大 5時間37分37秒 
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15位:駒大 5時間42分53秒

■6区:東洋大の大西一がまさかのエントリー変更


8区では東洋大8区の千葉優(右)がスパートをかけ、早大・中島賢士を突き放す

1位:早大 2位:東洋大 3位:中央学院大 4位:
日体大 5位:山梨学院大
≪区間賞 佐藤匠(大東大) 59分14秒≫

東洋大にとって山は鬼門。前回大会では大西一輝(4年)が同区間で区間18位とブレーキしていることもあり、山の5、6区を最重要視して強化してきた。当初エントリー発表されていたのは前回同様大西一だったが、けがをしていたこともあり、当日、富永光(2年)にエントリー変更。富永は今季の出雲、全日本も出場しておらず、箱根はもちろん初出場。まさに、東洋大の秘密兵器的な存在だったと言えよう。
 トップでスタートできたのが、心理的に大きかったのだろう。前回同区間で区間賞を獲得した早大の加藤創大(3年)に抜かれたものの、大差をつけられることなく2位でたすきをつないだ。
 一方で、今回も前回同様の走りが注目された早大の加藤は、前半突っ込み過ぎたのがたたったか。東洋大をとらえたものの、焦りが出て18秒差をつけるにとどまった。

 そのほかでは、“山の大東”が復活。昨年も同区間を走り、区間6位の成績を残した佐藤匠(4年)が、エントリー。往路で9位とシード圏内にいたことで、チームのいい流れを引き継ぎ、区間賞の走りを見せた。

■7区:早大は前半突っ込み焦りすぎたか

1位:早大 2位:東洋大 3位:日体大 4位:中央学院大 5位:山梨学院大
≪区間賞 飛坂篤恭(東洋大) 1時間5分1秒≫ 

早大のルーキー八木勇樹は、6区の加藤の流れを引き継いだ形となった。もう少し差がつけられればよかったか。焦りが見え、前半ハイペースで飛ばしてしまった。
 一方で、東洋大の飛坂篤恭(4年)は、楽な心理状態で走っていたに違いない。その結果、区間賞を獲得。東洋大にとって勝負は8、9、10区。7区ではつなぎの区間として、その力を温存していた。

 日本学生ハーフを制している実力者の明大・安田昌倫(3年)は、区間3位という結果となった。8区まで明大が復路でトップだっただけに、復路優勝を狙っていたに違いない。

■8区:東洋大、トップ早大の12秒差は射程圏内

1位:東洋大 2位:早大 3位:日体大 4位:明大 5位:中央学院大
≪区間賞 高林祐介(駒大) 1時間6分28秒≫

7区から8区へつないだ時点で、東洋大は早大との差を12秒にまで詰めた。東洋大の千葉優(2年)は、前半突っ込み気味だったが、7.8キロ地点で早大をとらえて並走した後、トップに躍り出る。約16キロ地点からの急な上り坂に自信を持っていた千葉は、そこでさらにリードを広げ、結局区間2位の走りで早大に45秒差をつけて9区にたすきをつないだ。

 駒大は全体的にいいところがなかったものの、この区間で高林祐介(3年)が、区間賞を獲得した。前のランナーとの差が離れていたが1人で押し切り、区間賞を獲得したのは評価に値する。

■9区:早大は高原を使えなかったことが誤算

1位:東洋大 2位:早大 3位:日体大 4位:中央学院大 5位:大東大
≪区間賞 中川剛(山梨学院大) 1時間11分6秒≫

東洋大の大津は、前回の箱根駅伝も経験し、今季全日本では安定した走りを見せている選手。一方、早大の朝日嗣也(4年)は、箱根初出場となった。最初の3キロは下り坂だが、朝日は1キロ2分43秒のやや早いペースで、東洋大を猛追。一方、東洋大の大津は、1キロ2分57秒と14秒遅いペースだ。「具体的に何キロで行こうとは考えていなかった。後ろから来るのは分かっていたが、どのくらいの差かは、佐藤(尚)監督代行が言っていたので分かっていた」とは、大津の弁だ。9キロ地点で大津が下り坂を利用してスピードアップ。おそらく、ここでペースを上げろという指示が飛んだのではないだろうか。13キロ以降から東洋大と早大の差は広がっていった。
 早大にとって、全日本で区間賞を獲得した高原聖典(3年)がこの区間で使えなかったことは誤算だったに違いない。

 また、城西大に関しては、8区で途中棄権となったが、この9区では主将の伊藤一行(4年)が区間賞よりも速いタイム(OP参加のため参考記録)でゴールする皮肉の結果となった。

■10区:学連選抜が2年続けてシード圏内に

1位:東洋大 2位:早大 3位:日体大 4位:大東大 5位:中央学院大
≪区間賞 永井大隆(日体大)1時間10分41秒≫

トップの東洋大から1分25秒遅れでたすきを受け取った早大の三戸格(4年)は、東洋大の高見諒(2年)を追いかけ、じわりじわりとその差を詰めていった。しかし、優勝を狙う走りではなかったと言える。残り3キロの馬場先門を過ぎてから追いかけ始めるようでは、勝負を仕掛けるのが遅かったのではないだろうか。
 一方、高見は淡々とした表情で、安定感のある走りを見せて、トップでゴール。東洋大は往路に続き、復路も優勝して、完全Vを果たした。

 また、シード権争いに絡んできた東農大は10区でブレーキしたのは大誤算だったに違いない。復路に4年生3人をつぎ込んできたが、思惑が外れた結果となった。
 また、学連選抜の佐野広明(麗沢大・3年)は、20キロ過ぎからシード圏内に食い込んできた。今年の予選会もまた1枠出場校が増えることになった。

 往路に関しては、区間新記録が2、3、4、5区と4区間出たのに対し、復路は1つも出なかった。結果として、コースが変更してから11年間でタイム的にはワースト3の結果。9区、10区の向かい風が強かったのが原因だろう。東洋大が安定した走りを見せたが、ハイレベルな戦いではなかったと言えよう。

 前回の覇者である駒大は、シード権を逃す総合13位に終わった。大八木弘明監督は、1、3、4区がずっと不安だったに違いない。3区に渡邉潤(2年)、4区に高橋徹(4年)と箱根経験のない選手を2人を並べ、その3人が結果を残せなかったことが大きく響いた。また、今回けがによりエントリーできなかった深津卓也(3年)を9区に起用できていたら、池田宗司(4年)を1区か、3区の往路に起用していたことが想定され、違った結果になっていたに違いない。

■上位校の総合成績
1位:東洋大 11時間9分14秒
2位:早大 11時間9分55秒
3位:日体大 11時間13分05秒
4位:大東大 11時間17分48秒
5位:中央学院大 11時間17分50秒  
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13位:駒大 11時間20分20秒
(スポーツナビ)

マガト監督、大久保「前から気になっていた」

2009年01月06日 12時12分48秒 | サッカー

ウォルフスブルクへの入団会見で、マガト監督(左)とユニホームを披露する大久保嘉人

サッカーのJリーグ1部(J1)神戸からドイツ1部リーグ、ウォルフスブルクへの移籍が決まった日本代表FW大久保嘉人(26)が5日、ウォルフスブルクで入団会見し「ここに来ることができてうれしい。期待に応えたい」と意気込んだ。契約期間は2011年の6月30日までで背番号は8。地元紙によると移籍金は200万ユーロ(約2億5400万円)という。新天地で同僚となる代表MF長谷部誠については「頼りになる」と話した。6日の練習から合流する予定。

 マガト監督は「数年前から気になっていた選手。能力を生かして攻撃的な選手として起用したい」と期待を寄せた。

 チームは8日からはスペインで合宿を行う予定で、28日にはドイツ協会カップ3回戦で2部のロストクと対戦する。

【大久保トーク】「成長したかった」


ウォルフスブルクへの入団会見でユニホームを着る大久保嘉人

大久保は長旅の疲れを感じさせずに厳しい表情で決意を語った。

 -入団の決め手は。

 「最初に話がきたときに行きたいと思った。冷静に考えると悩んだが。マガト監督に質問してみたかった。それが実現したのが後押しとなった」

 -チームの印象は。

 「一人一人がうまく、すごく面白いサッカーをするという印象がある」

 -起用法には。

 「監督が決めることだが、中盤からFWまで、DF以外ならどこでも大丈夫。自分もこの2年でプレーの幅が広がった」

 -スペイン時代の経験から反省は。

 「一番は言葉とコミュニケーションの問題。そこはしっかりやりたいと思っている」

 -W杯まであと1年半の時点で移籍するのは勇気がいるが。

 「前回はそれで(W杯ドイツ大会行きに)失敗したので悩んだ。自分のために成長したいという思いが強かった。日本にいたら自分は試合に出られたと思う。だが、それだけでは納得がいかなかった」(サンスポ)


おバカが紅白制圧!羞恥心47.8%で1位

2009年01月06日 06時46分41秒 | 音楽

視聴者を一番引きつけた羞恥心 with Pabo。ジブリコーナーでも大活躍だった=昨年12月31日、東京・渋谷のNHKホール

昨年大みそかの「第59回NHK紅白歌合戦」の歌手別視聴率が5日、明らかになり、フジテレビのクイズ番組から飛び出した混成ユニット「羞恥心 with Pabo」が47.8%で1位に輝いた。07年まで3年連続、計5度の首位を獲得したSMAP(42.8%)を抑える快挙。不景気で“巣ごもり”した視聴者は、にぎにぎしい“おバカタレント”でウサを晴らす、08年の世相を反映する結果となった。

2日で活動を休止した「羞恥心」が有終の美を飾った。

 ビデオリサーチ(関東地区調べ)が集計した紅白の毎分視聴率から、サンケイスポーツの独自調査で割り出した出場歌手別の視聴率が昨年のおバカブームを証明した。

 フジ系「クイズ!ヘキサゴンII」から生まれた羞恥心-は、同番組司会のフジの中村仁美アナウンサー(29)らと登場。中村アナがフジの目玉マークをプリントしたTシャツをアピールし、お笑いタレントら総勢20人が歌い踊り、紅白のステージを席巻した。

 羞恥心-の47.8%は、ここ数年“王者”に君臨したSMAPの42.8%を5ポイントも離し、3年ぶりに40%を超えた番組平均視聴率(第2部=42.1%)の立役者となった。

 また、第1部(午後7時20分~9時25分)の歌手別1位は、ユニット「藤岡藤巻と大橋のぞみ」で、こちらも、日本テレビ製作のアニメ映画「崖の上のポニョ」の同名主題歌という“民放キャラ”。午後7時56分に40.5%を記録。同ユニットは12月29日のリハーサルで昨年内での解散を発表、ラストステージで堂々の数字を獲得した。

 一方、初の大トリを飾った氷川きよし(31)は午後11時36分に46.5%、初出場のジェロ(27)が同9時37分に45.0%と高数字をたたき出し、演歌勢を牽引した。

 “民放キャラ”の大健闘について、NHK紅白の石原真チーフプロデューサー(51)は、「幅広い年代が楽しめた楽曲が、ポニョと羞恥心だったのでは。CDセールスとは別に、多くの人が口ずさめる昨年の国民的な曲。不景気の時代に、深層心理で明るい曲を求めていたのかも」と分析。さらに、「民放の宣伝効果もあり、とくにテリーさんの『スッキリ!!』(日テレ)で取り上げてもらったことは大きかった」と紅白応援隊の隊員を務めたテリー伊藤(59)に感謝した。

 今年、60回の節目を迎える紅白も、“おバカ”と“ポニョ”を超える人気キャラにかかっている、といえそうだ。(サンスポ)


楽天・岩隈、WBC球で初投げ!連覇へ集中

2009年01月06日 06時33分03秒 | 楽天情報

メジャー使用球で初投げを行った岩隈

昨季のパ・リーグMVPに輝いた楽天・岩隈久志投手(27)が5日、Kスタ宮城で始動した。キャッチボールでは3月開催のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の公式球を使用。日本代表の先発3本柱として期待される右腕が、連続世界一へ動き出した。

約50人の報道陣が見守る中、4年目の井野を相手に室内練習場でキャッチボール。09年の初投げで、岩隈が手にしていたのはWBCで使用される国際球だった。

 「気持ちよく投げられました。WBCを意識したボールです。ちょっと滑るかな、という感じはありますね」

 日本で普段使うボールとは感覚が違う国際球。その違和感を早くなくそうと昨年末から積極的に手にしており、始動でも当然のように選択した。「慣れていくしかないので。ずっと触っていると思います」。今後の自主トレや久米島キャンプにも持参し、肌身離さず右手になじませていくつもりだ。

 「早く(肩を)作らなければという気持ちもあるけど、特別なことをする必要はない。大事なのは集中力。期待に応えられるように、準備はしっかりしておかないと」

 松坂(レッドソックス)、ダルビッシュ(日本ハム)とともに日本代表の3本柱として名前が挙がる。まずは春季キャンプ初日となる2月1日のブルペン入りを目標に、調整ピッチを上げていく。(サンスポ)

【京都金杯】サポート2年半ぶり重賞制覇

2009年01月06日 06時30分20秒 | 競馬の話題

好位から堂々と抜け出したタマモサポートが約2年半ぶりの重賞V。2馬身差の完勝だった

 第47回京都金杯(5日、京都11R、GIII、4歳上オープン国際、ハンデ、芝・外1600メートル、1着本賞金4300万円=出走16頭)津村明秀騎乗、7番人気のタマモサポートが早め先頭から押し切り、約2年6カ月ぶりの重賞2勝目を飾った。年男の藤岡健一調教師、23歳の誕生日を迎えた津村騎手にとって縁起のいい勝利となった。タイム1分32秒9(良)はレースレコード。2着には3番人気のマルカシェンクが入り、1番人気のアドマイヤオーラは直線で伸びきれず4着だった。

正月競馬にふさわしいめでたい結末が待っていた。年男の藤岡健一調教師&誕生日を迎えた津村明秀騎手のタッグに導かれ、タマモサポートが新春の淀で高笑いだ。

 「以前と比べても、落ち着いていたし、チャンスはあると思っていました。最高の誕生日になりましたね」

 満面に笑顔を浮かべるジョッキーにとっても忘れられない23回目のバースデイとなった。

 充実ぶりを物語る内容だった。先行するコンゴウリキシオーとシンボリグランを見ながら、離れた3番手を追走。4角で差を詰めると、直線入り口で勝負に出る。一気に先頭に躍り出ると、そのまま押し切る態勢へ。猛追する人気馬たちを完封して、人馬ともに06年ラジオNIKKEI賞(GIII)以来、重賞2度目の美酒に酔った。

 「(追い出して)ハミをとってくれたし、これならと思いました。最後は誰もこないでくれと願っていました」。この1鞍のために京都で騎乗した津村も会心の勝利に目を細めた。

 元旦に48歳となった丑年生まれの藤岡健調教師も笑いが止まらない。「強かったですね。追ってからもしっかりしていたし、先が楽しみになったね。年男? 牛の帽子でもかぶってくればよかったな」とジョークを交えながら喜びを語った。

 昨年秋から本格的に参戦したマイル戦線で2連勝。次走の東京新聞杯(31日、東京、GIII、芝1600メートル)からGIを見据えていく。「大きなところにいきたい」と藤岡健師がいえば、「この1年、勢いに乗っていきたい」と津村も声を弾ませた。競馬の神様の正月らしい粋な計らいは春へつながっている。(サンスポ)

鹿島学園、史上初の“開幕戦・決勝での国立”へ

2009年01月06日 06時17分41秒 | コラム
<準々決勝 鹿島学園(茨城) 2-1 大津(熊本)>

■ロスタイムのFKでの決着


決勝ゴールを決め、スタンドのチームメートと喜びを分かち合う背番号10の小谷駿介

ロスタイム4分、スコアは1-1だった。166センチの小柄なFW忍穂井大樹の鋭いドリブルに、大津のDFは思わずファウルで止めてしまった。絶好の位置で鹿島学園(茨城)はFKを得た。この時、大津(熊本)の平岡和徳監督はGKの江藤大輔を下げ、PK戦要員として185センチと背の高い今井達也を送り出した。
 ボールをセットしたのはMF小谷駿介。「お前なら決められる」、「外してもかまわないぞ」。仲間たちは小谷に向かって温かくささやいた。

「僕は“学園”の10番を背負っている。学園の10番は佐々木竜太(鹿島)以外にも、有名でないかもしれないけれど杉下聖哉(尚美学園大)らいい先輩がいるんです」
 そんな小谷のプライドと仲間からの信頼がFKに宿った。今井が一歩も動けず、ボールを見送った。2-1。優勝候補・大津を、鹿島学園が破った。

 この日、押し気味に戦ったのは大津だった。シュートの数は8対4。後半に大津が放ったシュート4本に対し、鹿島学園はわずか1本にすぎなかったが、その1本が勝負を決めた。
「決めるところで決めなかったのが敗因ですね。やられちゃいけない時間でやられた。サッカーのセオリーです。まだまだ田舎者だということですね」(平岡監督)

 大津優勢の試合だったが、内容そのものは決して良くなかった。1回戦から3回戦まで、大津のトラップ技術とパスワークには観客席からため息が漏れていたが、この日はその精度が甘く、大味なロングボールが多くなってしまった。たまらず平岡監督もピッチに向かって、「蹴るな! つなげ、つなげ!」と指示を出したが、チームのパフォーマンスは改善されなかった。
「やっぱり(連戦の疲れで)足がきかなくなったんでしょうかねえ。両サイドでポイントを作るところも、当然相手は消してきた。2トップは体が重く、動けなさすぎた。スペースへの動き出しが遅かった」

■すでに始まっている大津の再チャレンジ

 一方、鹿島学園も目指すポゼッションサッカーがほとんどできなかった。忍穂井は言う。
「試合が終わって、さっきみんな反省していた。まだまだ駄目って。動きが足りない。パスのミスも多かった。うちは、蹴るのかつなぐのかあいまいになって。試合中も『どうする』って話していた。何かかみ合わなかった。完全に負け試合でした」
 共に今大会4戦目。両チームともパフォーマンスは上がらなかった。しかし、そんな試合は優勝への過程で多々あるものだ。こういう試合を制してこそ、チャンピオンになる資格は生まれる。勝負強さ、したたかさ、決定力不足。そこが大津に欠けていた部分かもしれない。

「よく頑張った」と平岡監督は3年生をたたえる。
「悔しさというより、彼らを賞賛し切りたいという気持ちの方が大きい。大津高校の伝統的なものを、全部塗り替えてくれた。夏のインターハイ3位、天皇杯の2回戦進出、今回のベスト8も力を合わせてきたし、非常によく頑張ってくれた」

 今回の高校選手権ではDF岩崎司、MF谷口彰悟、スーパーサブの藤崎裕太、澤田崇といった2年生のタレントが活躍した。藤本大主将は彼らに夢を託す。
「優勝できなかったのは残念。2年生は力的には僕らよりも上かもしれない。連係を高めて、今年のようなしっかりしたパスワークのサッカーを目指して頑張ってほしい」

 平岡監督の頭の中には、すでに来季の構想があるという。
「(ベスト4の壁は)すぐそこでしょ。僕が明日死んでしまうのであれば永遠のテーマですけど、またすぐに頑張りますから、ぜひ期待していただきたい。2年生は多くが180センチを超えてますし、各カテゴリーの代表に招集されているメンバーですので、鍛えがいはある。完成された人間は1人もいませんけど」
 大津の再チャレンジはすでに始まっている。

■4-3-3の采配が的中


鹿島学園は史上初となる“開幕戦・決勝での国立”を目指す

鹿島学園は3年前の第84回大会でベスト8に進出したが、今回はベスト4進出を決めた。今大会は準決勝が埼玉スタジアムのため、鈴木雅人監督は大津戦前のロッカールームで、「勝って国立へ行くぞ!」と言えなかったのが残念だと笑う。何はともあれ、3回戦後の抱負、「準々決勝では当たって砕けないようにしたい」は達成された。

 大津戦の前夜、鈴木監督は選手に「明日は4-4-2でなく、4-3-3で行くぞ」と告げた。選手は「ええっ!?」と驚いた。しかし鈴木監督は選手に、「3トップの裏を抜けて行け。そうすれば点は入る」と説明した。
 そして試合当日。鹿島学園の4-3-3に驚いたのは大津の方だった。2分、鹿島学園はスローインを起点とした攻撃から忍穂井が電光石火の先制ゴールを挙げた。

 大津の藤本主将は振り返る。
「失点シーンはボールサイドに人が寄りすぎて、逆サイドが開いてしまった。そこを中に走られてついていけなかった。うまく2対1の状況を作られて崩された。前半は左サイドの11番(三橋隼斗)に高さでやられ、そのこぼれ球を9番(忍穂井)に拾われた」
 ゴールを決めた忍穂井は、「案の定、点は取れた」と鈴木監督の采配(さいはい)通りの得点にしてやったり。このゴールによって、大津は「先制点を取られたというメンタルで、どんどん体力を消耗させられた」というほどのショックがあった。もしかすると、藤枝東に3回戦で勝ったという自信もかすんだかもしれない。

 鈴木監督の意図はもう1つあった。「前半耐えるために4-3-3にした。後半に勝負を仕掛けるつもりだった」と言う。おそらく高い位置で大津の両サイドバックを抑える腹積もりだったのだろう。いずれにしても意表を突いた4-3-3からあっさりと先制し、前半を1-1で終えたのも「想定内」(鈴木監督)だった。後半は勝負を仕掛けたつもりが、攻撃がかみ合わず前半以上に耐える展開になったが、「チームの雰囲気がよく、ノレた」(決勝ゴールの小谷)と、勝負運を引き寄せた。

■監督と選手それぞれのきずな

試合後、忍穂井はポツリと言った。
「僕、指導者になるんで、鈴木先生と同じ東海大学の教育学部に行ってコーチングを勉強するんです。サッカー(の現役)は高校で辞めます」
 忍穂井は小さいころ、高校サッカー選手権を見てその舞台にあこがれ、これまでの人生を選手権出場のために費やしてきたのだという。開幕戦で国立で試合をし、また決勝戦で国立へ戻るという夢は生まれたものの、ともかく選手権に出場するという夢はかなえられた。忍穂井の未来の夢は、今度は自分が高校の指導者になって、生徒を自分が経験した同じ舞台に立たせることだ。

 鈴木監督が忍穂井に与えた影響は大きい。
「監督はひとりひとりに温かい。こいつはこう、こいつはこうと熱心に指導してくれる。自分は2年までBチームだった。そこを監督が見てくれて、教えてくれて、しかも天然ボケもある。『お前はガッツがあるから、チェイシングをして飛び込め』と僕は言われた。選手の違った個性を見つけて伸ばしてくれる」

 こいつはこう。こいつはこう。センターバックとして大津の2トップ、黒木一輝、西田直斗を完封したDF杉下智哉の場合はどうだろう。
「先生には走りが甘いと言われた。きついと投げ出すタイプなんで、そこをキチンとしないといけないと先生に言われて、メンタルを鍛えられた。どんなときでも妥協せずやってきた。自分に克つ――これを頭に入れて練習している。
 兄(鹿島学園OBの聖哉)はうまくて、2年で駄目な時、『兄貴みたいになれないぞ』と先生に言われたのは印象的ですね。技術的には『お前は高さがあるので、自分の特徴を生かせ』と言われ、自主練習でもヘディングばかりやってました。今は勝っていくにつれて、自分にも自信がついてきている。しっかり守っていきたい。自分は自信がつくと強気でプレーでき、ミスを恐れない」
 ちなみに、杉下は兄と同じ尚美学園大に進学する。「今度は1年から試合に出られるようになって、兄と一緒にプレーする」と誓う。

 殊勲のゴールを挙げた小谷の場合。
「僕が言われたのは、『テクニックを十分に生かせ。絶対にボールを取られない。それを生かしてゲームを作れ。自分で決めれる選手になれ』ということです」

 その言葉通り、小谷はこの日、自分で勝負を決めた。小谷は「監督のこと、大好き」とまで言う。
「監督のことはとても一言じゃ言い表せない。厳しい中で温かみがある。一番プレーヤーのことを思っている。準決勝に勝てば、史上初の開幕戦と決勝戦の国立2回。いっぱい欲張ろうと。実力が劣っているとは思わない。監督を有名にしたいんです。すごい人。いい指導者。チームもそうだけど、あの人を全国に知らしめたい。革命を起こしてみんなに監督のことを知ってもらいたいんです」

 そのためにも、横パスを交えながらのゆっくりとしたパス回しでマークを1枚ずつはがしながら、相手を自陣に追い込む3回戦の情報科学(大分)戦の前半のような“学園のサッカー”の復活を、準決勝で期待したい。(スポーツナビ)

滝川第二、強豪復活の途上

2009年01月06日 06時10分44秒 | コラム
<準々決勝 滝川第二(兵庫) 2-6 鹿児島城西(鹿児島)>

■滝川第二を襲った監督交代のショック


相手選手と競り合う滝川第二の吉澤春風(右)。鹿児島城西戦は2-6の大敗を喫した

滝川第二(兵庫)と鹿児島城西(鹿児島)の準々決勝は、エース・大迫勇也の2ゴールと全得点に絡む活躍で、鹿児島城西が6-2で滝川第二を粉砕した。ただ、大敗したとはいえ、滝川第二にとっては、1年で高校選手権に戻って来たこと自体に非常に大きな意味があった。

 滝川第二は昨年度、全国大会から姿を消した。原因は黒田和生前監督の退任だった。2007年4月にヴィッセル神戸の育成部長に就任した黒田前監督は、兵庫県だけでなく全国にも名をとどろかせる名将。その影響力は絶大で、カリスマを失ったことはチームにとって大きな打撃だった。3年生GKの岡田真慶は、「退任の話を聞いたときはどうなるんやろうと不安でした。コーチは『大丈夫だから』と言ってくれるけれど、やるのは選手なので。楽しみよりも不安の方が大きかった」と当時を振り返る。

 不安は的中し、07年度の滝川第二はどん底を味わった。インターハイ(全国高校総体)は県予選で敗退し、関西プリンスリーグではAリーグで最下位。選手権予選でもベスト4で敗退した。「去年、結果が出ないときにはどうしたらいいのか打開策が見つけられずにいた。チームとして“こうやるんだ”というコンセプトもなかった。僕らも監督やコーチについていくだけだった」(岡田)

 周囲からは「監督が代わったからだ」と言われるようになり、栫裕保新監督への風当たりは強くなった。栫監督は「プレッシャーは感じないようにしていました」と言うが、黒田監督の後を次ぐプレッシャーは並大抵ではなかっただろう。

 鹿児島城西との試合1時間前、スタジアムの脇で1人タバコを吸う栫監督の姿があった。ウォーミングアップをする選手をコーチに任せ、入場ゲートにいる応援団にあいさつをした栫監督は、1人関係者の輪から離れてベンチに腰をかけ、静かに一服していた。「落ち着かないですね」と栫監督。声を大にしては言わないが、その姿からは名将の後を受けて強豪校を率いる重圧が感じられた。

■1年で全国大会返り咲きに成功

08年度、チームは変わった。栫監督はその理由をこう説明する。
「去年のチームの方が強かったんですよ。でも、あまり勝ちにこだわってこなかった自分がいて、負けても選手は成長するんだからという思いでやっていたんですが、真面目でよく努力した子たちに対して、この年代はダメな子だと言われて。一生懸命頑張ったのに、ダメな学年という評価が一番つらかった。それで、子供の評価をもらうにはやっぱり勝たないといけないのかなと。今年は勝たせてあげないといけないという思いが強かったんです。
 みんな同じ経験をさせてあげたかった。だから去年は一応全員公式戦に出してあげることができたんです。でも今年はトーナメントに出ていない子もいる。そのへんで勝ちにいったかなという思いはあります」

 選手たちも「他校に滝二はあかんと言われるのが一番悔しかった。見返そうという気持ちがあった」(岡田)と、自主的にミーティングを重ねて自分たちのサッカーについて語り合った。

 意識が変わった今年度は、インターハイで全国大会出場を果たし、関西プリンスリーグ2部でも優勝し、来年の1部昇格を決めた。今回の選手権でもベスト8に進出した。「負けたけど最後まであきらめないサッカーは見せられた。僕らの中ではいい試合だった。見ている人にも滝二は良かったと少しでも言ってもらえるようなサッカーができたと思う」(中西隆裕主将)と、最後まであきらめずに持ち味の攻撃サッカーを表現し、終盤に2得点を奪った。

■「黒田先生がいなくても滝二は滝二」


ベスト8に終わった滝川第二。来年度はひと回り大きくなった姿を見せてくれるはずだ

ブランクを1年に抑えて、全国でベスト8に進出したことの意味。それは伝統の継続である。スカウト活動をしない滝川第二には例年、「黒田監督の滝川第二でサッカーをしたい」という生徒が集まってきていた。裏を返せば、「黒田監督がいないならJクラブかほかの高校に行こう」という動きがあってもおかしくはない。だが、今回のベスト8はそういった動きにストップをかけ、「滝川第二に入れば選手権でプレーができる」と次世代に対して再認識させることになっただろう。

 ただし今大会の結果をもって、監督交代の影響を完全に乗り越えたというのはまだ早い。今後重要になるのは全国大会出場を続けること。今年の3年生は黒田監督が在任中に入学してきたが、新3年生となる今の2年生からは黒田監督の指導をまったく受けていない世代となる。
 だが、これについても明るいきざしはある。黒田前監督の退任を知った後も、滝川第二を志望して入学してきた2年生の矢野亮は話す。
「黒田先生がいなくても滝二は滝二。監督が代わっても自分たちが滝二に誇りを持って頑張っていったらもっといいチームになると思ったし、滝二として全国の舞台でテレビに映る活躍をしたかったから、そのまま入りたいと思った。(2年生は)みんな技術はいいものを持っているし、2年生だけでもいいパスサッカーができている」
 このように自分たちで新しい滝川第二を作っていこうという気持ちが選手にも芽生えている。

 主将の中西は言う。
「来年もいい選手がいるので、僕らのベスト8を超えて、僕らの記録を全部超えてほしい」
 黒田監督が築いた滝川第二は、生みの親がいなくてもひとり立ちすることができるのか――。その答えは、来年度のチームが示してくれるだろう。(スポーツナビ)