■バーレーン戦をめぐる3つの誤算
「チームの頭脳」中村俊はサイドでゲームを作りながら、何度もチャンスを演出。先制点の起点にもなった
日本代表、ワールドカップ(W杯)イヤー5試合目の相手は、あのバーレーンである。「あの」というのは、これまで嫌というほど対戦している、というニュアンスが含まれている。
岡田武史監督就任後だけを見ても、これで6試合目。過去5試合の戦績は日本の3勝2敗で5得点4失点。2点差以上で勝利したゲームは一度もなく、アウエーでは2度、0-1で敗れている。日本にとって、決してやりやすい相手ではない。そして何より、われわれメディアやファンにとってみれば「もう、いいでしょ」と思ってしまうくらい、この中東の島国には、いささかうんでしまっている。3年間で6度目の対戦。年に2回の勘定だ。これほど頻繁に戦っている相手は、もちろんほかにはいない。
そもそも大前提として、今回の試合は来年1月にカタールで開催されるアジアカップ予選であり、日本は今年1月のイエメンとのアウエー戦で(しかもほとんどBチームというべきメンバーで)勝利して本大会出場を決めている。つまり本来ならば、お気楽な消化試合となるはずだったのである。ゆえに、バックアッパーを試す場にしてもよかったし、逆にバーレーン戦の日程をずらして、ヨーロッパやアフリカの強豪とアウエー戦を組むことだって十分に可能だったのである(実際、中国はベトナムとの予選最終戦を延期して、ポルトガルとの親善試合を組むことに成功している)。なぜ、そうはならなかったのか。ここに、現在の日本代表を追い込んでいる誤算の連鎖を見てとることができるだろう。
第1の誤算は、チームのコンディショニングが指揮官の想定よりも遅れてしまったことだ。そのためベネズエラ戦と中国戦、2試合連続でスコアレスドローを演じることとなり、続く香港戦では3-0で勝利したものの、東アジア選手権のタイトルが懸かった韓国戦では1-3の逆転負けを喫してしまう。会場の国立競技場は、これまでにないブーイングに包まれ、岡田監督の去就をめぐる議論がファンやメディアの間で沸騰。すぐさま犬飼基昭会長が「(監督交代は)リスクが高すぎる」として岡田監督続投を宣言したものの、日本代表の行く末を案じるサポーター、ファン、メディア、そしてスポンサーから100パーセントの信任を得たわけでは決してなかった。これが第2の誤算である。
かくして、本来は「消化試合」となるはずだったバーレーン戦は、気が付けば「岡田監督の進退を懸けた一戦」へと昇華する。バックアッパーを試すこともできず、さりとて海外組を中心としたメンバーでヨーロッパやアフリカのチームと対戦することもままならない。「W杯ベスト4を目指す」日本は、この記念すべき本大会開幕100日前のFIFA(国際サッカー連盟)マッチデーで、バーレーンとの消化試合を「真剣勝負」することと相成った。これが第3の誤算である。
■「チームの頭脳」中村俊と「異端」本田の共存は可能か?
そんなわけで日本代表である。
上記の理由により、消化試合のバーレーン相手にまずい試合ができなくなった日本は、「これまで呼んだことのある海外組全員」(岡田監督)を招集。「時間の長短はあれ、どういうタイミングかは別として(全員を)使いたい」と指揮官が述べていることからも、彼らを主軸とした布陣となることは間違いないだろう。折りしも、今年4試合でずっとスタメンだった大久保嘉人と中村憲剛が、いずれも負傷のため招集されなかったことからも、中盤の構成ががらりと「ヨーロッパ風」に変わることは間違いない。そしておそらく、このバーレーン戦でのスタメンが、そのまま本大会でのコアメンバーの原型と見てよいはずだ。ここで、あらためてクローズアップされるのは「中村俊輔と本田圭佑の共存は可能か」という、これまで何度も繰り返されてきたテーマである。
中村俊は、言うまでもなくチームの攻撃の中心であり、頭脳である。岡田監督は就任当初から日本の10番ありきでチーム作りをしており、その固執ぶりは「俊輔という名のコンセプト」と命名したくなるくらいだ。その正確無比なロングキックやプレースキックは、貴重な得点源にもなっている。今季、移籍したエスパニョルでは出番を与えられず、このほど横浜F・マリノスへの復帰が決まった中村俊だが、それでも彼に寄せる岡田監督の信頼は決して揺らぐことはないだろう。
対する本田は、間違いなくこのチームの「異端」である。すなわち、自ら打開できるだけの強いフィジカルとメンタルを持ち、強引にゴールを目指すことを身上とする一方で、スピードと走力とコンビネーションには難がある。現在の日本代表選手の属性からすると、ことごとくその規格から逸脱している(だからこそ、ヨーロッパで十分活躍できるのだとも言えるのだが)。
言わずもがなではあるが、代表チームとは似たようなタイプの選手を11人並べればよいというものではない。むしろ、本田のような「異端」をいかにチームに融合させ、チームも個人も生かせるかを考えるべきであろう。ところが、実際のところ代表における本田の位置付けは、実質的には中村俊のサブ扱い(監督は否定しているが)。この「利き足が左」くらいしか共通点がない両雄が、最後にスタメンで並び立ったのは、08年6月22日以来。くしくも、これまたバーレーン戦であった(W杯アジア3次予選)。果たしてこの試合で、両者を共存しながらチームは機能していくのであろうか。岡田監督の手腕が問われるとすれば、まさにこの一点に尽きると言っても過言ではないだろう。
この日のスタメンは以下の通り。GK楢崎正剛。DFは右から内田篤人、中澤佑二、田中マルクス闘莉王、長友佑都。中盤は守備的な位置に遠藤保仁と長谷部誠、右に中村俊、左に松井大輔、トップ下に本田。そしてワントップに岡崎慎司。森本貴幸がベンチに回った以外、海外組は全員がスタメンに名を連ねることとなった。とりわけ、元名古屋グランパスの本田にとっては、会場が豊田スタジアムであることに何かしら期するものがあったはずだ。ここはひとつ、地元ファンの前での凱旋(がいせん)ゴールを期待したいところである。
■大きな意味を持つ(?)ロスタイムでの本田のゴール
「異端」本田(中央)は終了間際にゴールをマーク。積極的な姿勢が最後に実を結び、監督に期待に応えた
「言い訳なしで結果を出せ」――試合前、岡田監督は選手にこう語ったという。絶対に負けられない、この試合。日本が目指すべきは、コンセプトの徹底でもW杯のテストでもなく、とにかく目の前の相手に勝利することであった。もっとも、日本が必勝態勢で臨まなければならないのは、今に始まった話ではない。少なくとも東アジア選手権の3連戦は、ずっとこうした状況であった。ただ、今回の場合は「海外組との融合」という、新たな課題が加わっただけの話である。それでは、この試合でチームの融合は成ったのか。結論からいえば、融合うんぬん以前に「元のチームに戻った」と解釈するのが正しい。それは岡田監督の「昨年、一昨年、公式戦ではほとんど、このメンバーに近かった」という言葉が示す通りであろう。そしてその中心にいたのが、日本の10番であった。
この日の中村俊は、両サイドで何度も起点を作ったり、あるいは前線でタメを作りながら追い越してくる選手を生かしたり、さらには意表を突くタイミングで相手DFの裏に放り込んだり、何度も目の覚めるようなチャンスを演出。先制点を呼び込んだのも、まさにこうした彼の職人技によって生まれたものであった。前半36分、左サイドで中村俊が中に絞りながら本田からのパスを受け、アウトサイドから駆け上がる松井にスルーパス。これを松井がダイレクトでクロスを上げ、ファーサイドの岡崎がジャンプしながら頭で合わせてネットを揺さぶる。岡崎のゴールは昨年11月の香港戦以来、4試合ぶり(自身が出場した試合)。チームはもちろん、岡崎自身にとっても復調を予感させる貴重なゴールであった。
この日は、左MFの松井がたびたび中村俊との絶妙なコンビネーションを見せたり、長谷部も攻守にわたって貢献するなど、合流したばかりの海外組は「さすが」とうならせるようなプレーを随所に見せていた(岡崎のゴールの際、相手DFを引きつける動きを見せていたのも長谷部だった)。これに対し、トップ下で起用された本田、そして後半22分に松井に代わって投入された森本は、いずれも本来の持ち味を出し切ったとは言い難い。本田については、チーム最多の5本のシュートを放ったものの、特に前半は中盤でのコンビネーションで滞りを見せ、自身も窮屈さを感じていたのか、強引に前線まで攻め上がるシーンが何度か見られた(ゴールへの意欲そのものは、決して否定されるものではないが「スタートポジションの意識というのをテーマにしていた」という岡田監督には、やや否定的に映ったのかもしれない)。森本については、単純に与えられたプレー時間が短すぎた。岡田監督としては、悩んだ末に「計算が立つ」岡崎をスタメンに使ったのだろうが、この起用法については意見が分かれるところだろう。
そんな中、最後の最後で魅せたのが本田だった。「またしても1-0で終わるのか」と思われた後半ロスタイム。右サイドからの内田のクロスに、森本がニアでつぶれ役になり、最後は本田がダイビングヘッドで強引にボールを押し込んで追加点を挙げる。自ら「おいしいところ」という場面で生まれた本田のゴールは、本来の試合の流れの中で考えるならば、さして重要なものではなかった。それでも、この日の極めて特殊な状況にあっては、本田のゴールは名古屋のファンへの望外なプレゼントであり、さらには岡田監督の進退問題にも事実上ケリをつける祝砲でもあったのである。
■岡田監督から“余裕”を奪ったのは誰か?
「(海外組が)2日前に集まってやった試合にしては、そこそこかなと思っています。(中略)いろんな問題点はありますが、選手たちは最後まで点を取りにいって、2点目を取ってくれた。よく頑張ってくれたと思います」
試合後の会見に臨む指揮官の表情は、心なしか随分と穏やかなものに感じられた。少なくとも、アジアカップ予選の消化試合とは思えぬくらい、岡田監督の表情は安堵(あんど)感に満ちている。今さらながらに、この試合が持つ特異性を感じずにはいられなかった。
実のところ、この試合が不本意に終わった場合の“可能性”については、各方面から有象無象の情報を耳にしていた。結局、それらはいずれも“幻”となり、日本代表は岡田監督の指揮の下、南アフリカを目指すことは間違いないと見てよいだろう。それが結果として、日本サッカー界にとって功罪どちらの比重が大きくなるかは、今は誰も判別できない。だが少なくとも、この日の結果によって「南アは岡田で行く」という事実が(ほぼ)確定したことだけは、肯定派も否定派も認識すべきだろう。今後の議論は、まずそこから始まる。
このバーレーン戦について総括するならば、いわゆる「コンセプト」に拘泥することなく、あくまでもゴールを、そして結果を求める姿勢をチームとして前面に押し出していたことは評価してよいだろう。それから、海外組との融合(というより「原点回帰」)についても、ほぼ問題ないことがこのゲームから明らかになった。スペインから戻って来た中村俊についても、とりあえずW杯までは日本代表の「顔」となることは間違いなさそうだ(余談ながら、この試合を見て小笠原満男の代表復帰は難しくなったと、私は確信している)。もちろん、浮き彫りとなった課題もまた、少なくない。一番のテーマであった中村俊と本田の共存については、まだまだ時間が必要であることは明らかだし(それでも何度かいいコンビネーションはあった)、守備の連係については不安を覚える部分が少なくなかった。これらの問題については、本大会に臨む23名が決まって以降に持ち越される課題と割り切るしかないだろう。
だが、それ以上に私が不安に思うことは、岡田監督が「南アでの戦い」を勝ち取るために支払った代償の大きさ、である。W杯イヤーとなる今年に入ってから、指揮官は余裕のない戦いを強いられることで「バックアッパーの確保」というチーム作りの重要な要素を、ついに放棄せざるを得なかった。つまり「代えの効かない選手」を増産してしまったのが、今の代表なのである。昨年10月のトーゴ戦からスタメンを張っていた(1月6日のイエメン戦は除く)遠藤もそうだが、それ以上に心配なのが中澤と闘莉王のセンターバックコンビである。キャプテンの中澤は先日代表100試合を迎えたが、バックアッパーの岩政大樹はやっと2試合目を経験したばかり。岡田監督は、中澤と闘莉王が「不死身」だと思っているのだろうか。だが、思い出してほしい。2002年W杯では、森岡隆三と宮本恒靖という2人のセンターバックが相次いで負傷している。06年には、いったんは23人枠に選ばれた田中誠が負傷で辞退し、代わって選ばれた茂庭照幸は、初戦のオーストラリア戦で肉離れを起こした坪井慶介に代わって、いきなりW杯デビューを果たすこととなった。こうしたアクシデントが、南アで繰り返される可能性は十分に考えられよう。
結局のところW杯予選突破以降も、日本が余裕のない戦いを強いられたことが、チームとしての可能性を著しく狭めているのは間違いない。W杯は11人ではなく、23人(あるいは、それ以上)で戦う総力戦である。しかしながら今の日本は、11人プラス数名で戦うしかない状況だ。おそらく6月14日のカメルーン戦は、この日のスタメンとほとんど変わりない顔ぶれが並ぶはずだ。それくらい、今の日本にはオプション(=余裕)がない。だが、その責を岡田監督ひとりに求めるのは、いささかアンフェアだと思う。少なくとも彼は就任当初、寺田周平や高木和道といったセンターバックのバックアッパーを、スタメンとして起用している。にもかかわらず、結果を求められ続ける状況に追い込まれたからこそ、岡田監督は、中澤と闘莉王を起用し続けるしかなかったのだと思う。
そんな余裕のない戦いを強いたのは、いったい誰だったのか? 問題の根源は、むしろそこにあるように思えてならない。(スポーツナビ)