MLB日本開幕戦で、その存在感を改めて見せつけたイチロー
アスレチックスは29日の試合後、すぐに日本を発ったが、マリナーズは30日の午後、岐路に着く。午後1時ごろホテルを出発し、夕方のチャーター便でフェニックスへ向かう予定だ。
■十分に日本を楽しんだ選手たち
7泊8日の滞在。選手たちにはオフがなく、「もっと滞在したいのに」と、30日の試合後になって、名残惜しそうに話す選手が多かった。
「楽しかった」という声は、決して社交辞令ではない。
正遊撃手のブレンダン・ライアンは、滞在中の27日(米時間で自身30歳の誕生日となる26日)、六本木ヒルズでガールフレンドにプロポーズ。その夜、ホテルのバーでチームメートから祝福を受けた。
開幕戦で勝ち投手となったトム・ウィリヘルムセンは、皇居、原宿、渋谷を来日翌日に訪れ、阪神とアスレチックスの試合では、レフトスタンドで阪神ファンに混ざって応援をしていた。30日は、朝4時半に築地市場へ行き、そのあと、妊娠をしている奥さんのため、水天宮へ寄ってお守りを買い求めた。
ダスティン・アックリーは、初めて食べた“ヤキニク”が気に入り、「腹いっぱい食べた」と、うれしそうに語っていた。
選手それぞれが、十分に日本を楽しんだのである。
■川崎は念願のロースター入り
今回の開幕戦を特別な思いで迎えたイチローら日本人選手は、彼らと同じようには楽しめなかったと思うが、一瞬、一瞬を胸に刻んだ。
例えば、川崎宗則は、開幕前日に念願のロースター(登録選手)入りを決め、「マリナーズの川崎」となった。
川崎自身もこのときは、ロビー・トンプソンベンチコーチによれば、「目に涙を浮かべていた」そうで、目頭を熱くしている。
それを祝福するイチローの言葉も熱かった。
「ムネの人生で最大のチャレンジでしたからねぇ、まずそれを勝ち取ること。それを達成したわけですから、すごいことだと思います。12年やってきて、あの立場からそれを奪い取ることがいかに難しいかを、僕はたくさん見てきているので」
招待選手としての挑戦。何の保証もない中で、川崎はひたむきに前を向いた。悲壮感をいっさい見せずに。だからこそ逆にイチローは胸を打たれ、「追い詰められてる、切羽詰った雰囲気があるのはむしろ僕だった」とも言っている。
さらにこの一言。
「自分のことで誇らしく思うことなんてない。誇らしく思うことは、人のことでっていうことがたまにあるんですけど、その一番上にくることかもしれない」
最大級の賛辞と言っていい。
ただ、同じような考え方をすれば、開幕戦でのイチローの活躍は、多くのファンにとって、他人のことで、一番上にくる誇らしいことだったといえそうだ。
■イチローが見せた「大きなプレー」
東京ドームに詰めかけたファンだけではない。テレビの前では、一体どれだけ多くの子どもたちが、くぎ付けになっていたことか。
その前で、しかも、一番盛り上がっていた第1打席にヒットを放って、期待に応えたのである。イチローもその意義については、「小さいわけがない」と、静かに言った。
圧巻は延長11回の5打席目だ。1点を勝ち越してなおも1死一塁という場面で打席に入ると、アックリーが盗塁を決めたあと、巧みなバットコントロールでセンターに運び、駄目を押している。
この時、カウント1-1からの3球目にアックリーがスタートを切ったが、イチローは追い込まれるのを覚悟で見送った。彼にしてみれば、タイムリーを打ったことよりも、あの3球目を見逃したことの方が、「大きなプレーだった」という。
「ムネとも話してたんですけど、ああいうプレーができるかどうかで、得点能力が大きく変わってくるっていう話をしていたんです。まさにそのプレーですよね。ムネとそういう話をしていて、僕が振っていたら、ムネもげんなりするでしょう、幻滅するでしょう。ムネの顔がよぎりましたから(笑)」
■開幕戦4安打で「カッコがついたかな」(苦笑)
同じ回、無死二塁でバントを決め、勝ち越し点を呼び込んだチョーン・フィギンズも言っている。
「決して、記録に残らないプレー。でも、大きな意味を持った。ああいう野球を僕たちができれば、例えば、シーズンの後半、競った展開で必ず生きてくる」
イチローが珍しく自身を誇ったのも、そんな含みがあってのことだったのかもしれない。
さて、開幕戦で4安打を放ったことについてイチローは、「カッコがついたかな」と苦笑したが、そういう彼を何が支えていたのか。
おそらく、最初で最後の大舞台。昨年は、2割7分2厘という低打率に終わり、200安打に届かなかった。また、10年続けていたオールスターゲーム出場、ゴールドグラブの受賞も逃した。
多くは、加齢による衰えを指摘。イチローはもう、かつてのイチローではない、という見方も少なくなかった。
そんな中で迎えた、特別な開幕戦。凡打を繰り返せば、また、どんな声に晒されたか想像に難くない。
しかしイチローは、言葉ではなく、バットで反論。それを支えていたのは、強烈な意地であり、プライド――そんな見えない何かが、裏で見え隠れしていた。
開幕2戦目は無安打に終わったものの、守備ではファンを魅了。イチローは、見事に日本で、自らの存在感を改めて証明したのだった。(スポーツナビ)