今大会の最優秀選手に選ばれたイニエスタ
2008年ユーロ、2010年W杯に続き、スペインを超えるチームは現れなかった。スペインが強すぎるのか。周囲が停滞しているのか。両者の比重は4対6。他国の停滞がやや大きかったと僕は見る。
打倒スペイン。その1番手と目されていたドイツが、準決勝でイタリアに敗れたことが今大会一番のハプニングだった。ドイツとイタリア。スペインにとってどちらが嫌な相手だったかと言えばドイツになる。イタリアよりドイツの方がスペインの穴を突きやすいサッカーをしていたからである。
スペインの3FWは、両サイドが中央に入り込む傾向がある。両サイドをサイドバック各1人でカバーすることになる。その背後を唯一最大の弱点にしていた。サイド攻撃を得意とするドイツに「期待」を寄せたくなる大きな理由だった。
大会前の下馬評でも、ドイツはスペインに迫っていた。本大会の初戦でスペインがイタリアに引き分けると、ドイツとスペインの関係は逆転。一躍ドイツは本命の座に祭り上げられた。だが、両雄の直接対戦は実現しなかった。イタリアにそれを阻まれてしまった。
必然、イタリアへの「期待」は高まった。グループリーグの第1戦でスペインに1-1で引き分けた実績も輪を掛けた。内容もあわやの期待を抱かせる、上々の出来だった。イタリアは世の中の声援を受けながらスペインとの決勝対決に臨むことになった。
一方で、準決勝から中2日で望むことになった、その試合間隔の短さが危惧された。これにワルシャワからキエフへの移動が加わる。イタリアサッカーが決勝で全開する姿は、そういう意味では想像しにくかった。
注目はイタリアの布陣にも集まった。
スペインの布陣は4-2-3-1と4-3-3の中間型だが、実際には前にも述べた通り、3FWの両サイドが真ん中に入る癖があるので、実際には、4-2-3-1をベースに布陣を言い換えると4-2-(1-2)-1になる。イタリアは第1戦でこれに3-5-2で対抗した。
この場合、両軍のサイドアタッカーの数は各1人ながら、その位置はイタリアの方が高いことになる。サイドの攻防で優位に立ったのはイタリア。それが第1戦でイタリアが善戦した一番の理由だった。
一方、準決勝でドイツに勝った布陣は、中盤ダイヤモンド型の4-4-2。決勝戦の3日前、イタリアは4-2-3-1のドイツに対して、スペイン戦とは異なる布陣で勝利を収めていた。
この試合でイタリアは、表記上2トップの一角を占めるカッサーノが、絶えず左右に流れてプレイした。相手のサイドバックの背後に流れ、中盤ダイヤモンド型の4-4-2という布陣的には不足しがちなサイド攻撃を補う役割を果たしていた。そしてそれが功を奏した。先制点を奪ったシーンなどはその典型的な例になる。
つまり、イタリアには選択肢が2つあったわけだ。ドイツ戦の流れ(中盤ダイヤモンド型の4-4-2)でいくか。初戦のスペイン戦(3-5-2)に立ち返るか。
一方スペインは、準決勝のポルトガル戦で3FWの両サイドが、あまり真ん中に入り込まないサッカーを見せた。文字通り4-2-3-1と4-3-3の中間型でプレイした。試合が進み、メンバーチェンジを行なうほど、その傾向を強めていった。
相手のポルトガルは強敵。サイドに穴を作りたくないとの思いが働いたからに他ならない。また、相手のポルトガルが、同様にサイドを固めてきたことも影響していた。3FWの左に位置していたC・ロナウドは、それまでは真ん中でプレイする傾向が強かった。その4-3-3の布陣の実際は、左の翼が短いサッカーだった。ところが、スペイン戦では一転、C・ロナウドは左のポジションを意識して守った。左右対称にこだわるバランス重視のサッカーをした。スペインもそれに従わざるを得なかったというべきだろうか。
この事実と、準決勝でドイツを倒した流れから、イタリアのプランデッリ監督は中盤ダイヤモンド型の4-4-2を選択した。3-5-2ではきついと判断したのだろう。
しかし、表記上では2トップの一角を占めるカッサーノは、決勝戦ではあまり左右に流れることができなかった。左右に流れるという行為には走力と体力が求められる。中2日、間もなく30歳を迎えるカッサーノに、これは酷な注文だった。前半終了とともに彼がベンチに下がった瞬間、イタリアの勝利は望みにくいものになっていた。
ユーロの問題は、準決勝の第2戦を戦うチームが、決勝で日程的に極端な不利を被る点にある。この点を僕は大会前から指摘してきたが、結果的にはその通りになってしまった恰好だ。というわけで、大会後の印象は正直、いまひとつ晴れないものがある。
だが、イタリアが中3日なら勝てただろうと言い切ることもできない。それでもスペイン優位は否めなかった。
むしろもう一度見たいのは、スペイン対ポルトガル戦だ。0-0、延長、PK。終盤、サイドを厚くしたスペインが、ほんのわずか優勢に見えた試合だが、ほぼがっぷり四つ。ポルトガルの善戦を讃えたくなる。グループリーグで敗れたドイツ戦(0-1)にしても内容は互角。今大会で最もよいサッカーをしていたチーム。僕の印象ではそうなる。
スペインの圧勝で幕を閉じたユーロ2012だが、実力的にはドイツ、ポルトガルもそれに遜色ないレベルにあった。「次回」が期待できるチームだ。だが、それに試合巧者ぶりを発揮したイタリアの4チーム以外は、どれもいまひとつという印象だった。2年前、4年前よりレベルを上げているチームは少なかった。例外はギリシャぐらいだった。
中でも酷かったのはイングランドだ。ベスト8という成績だけを見ればギリギリ合格だが、内容に目を向けると、他国のことながら心配になる。いい選手がいないのだ。プレミアリーグは現在、スペインリーグと欧州リーグランキングで激しい首位争いを演じているが、代表チームの戦いに目を向けると、その不健全さが際立つ。自国の選手がリーグのレベルアップに貢献しているスペインと、外国人に頼っているプレミア。両者には著しい開きがある。
フランスも右肩下がりを示している。スペイン戦での負けっぷりは、かつての王者の威厳をもはや感じることはできない情けないものだった。アフリカ系の選手で固める弊害を見た気がする。フランスとは何か。少なくともフランス人らしい洒落っ気を、プレイの中に見いだすことができないのだ。
負けっぷりという点で最も豪快だったのはオランダ。激戦のグループとはいえ、W杯準優勝チームの3連敗を予想した人はどれほどいただろうか。オランダらしいと言えばそれまでだが、新戦力が育っていないことも確か。過渡期を迎えている気がする。
フランスとオランダ。しかし両者には決定的な違いがある。それは現地を訪れた観戦者の数だ。オランダは今回も、ドイツ、イングランド、アイルランドとともに、多くの観戦者を現地に送り込んできたが、フランス人の姿は対照的にごく僅かしか見かけなかった。出場国の中で最も少なかったといっても言い過ぎではない。これは前回のスイス、オーストリア共催大会でも目立ったが、その右肩下がりぶりは今回、いっそう顕著になっていた。
その次に少なかったのはイタリア人。スタンドに応援団という集団を形成できない姿を見せられると、正直、優勝しそうなムードは湧いてこない。この準優勝で代表チーム人気は回復するだろうか。
スペインはかつてフランス、イタリア以下だった。強そうなメンバーを揃えているのに勝てない原因は、その観戦者の数を見れば即、納得できた。それが前回あたりから急に数を増やし、今回は、優勝に必然を感じるほど多くの観戦者をウクライナ、ポーランドに送り込んできた。このスペイン人の変身ぶりには驚くばかり。これは永久のものなのか、一時的なものなのか。
今大会の驚きを最後にもうひとつ。それはスタジアムの素晴らしさだ。どのスタジアムも急傾斜。見やすいのだ。モダンで快適。それがテレビでどれほど伝わったかは定かではないが、その場で繰り広げられているサッカーのレベルの高さ以上に驚かされた。ピッチの上の攻防を俯瞰で、 それこそ上から目線で眺めると、サッカーのゲーム性はより際立つ。この視点なしに、他の国が欧州の強者たちを倒すことは難しいのではないかと僕は思う。(スポルディーバ Web)