<準々決勝 鹿島学園(茨城) 2-1 大津(熊本)>
■ロスタイムのFKでの決着
決勝ゴールを決め、スタンドのチームメートと喜びを分かち合う背番号10の小谷駿介
ロスタイム4分、スコアは1-1だった。166センチの小柄なFW忍穂井大樹の鋭いドリブルに、大津のDFは思わずファウルで止めてしまった。絶好の位置で鹿島学園(茨城)はFKを得た。この時、大津(熊本)の平岡和徳監督はGKの江藤大輔を下げ、PK戦要員として185センチと背の高い今井達也を送り出した。
ボールをセットしたのはMF小谷駿介。「お前なら決められる」、「外してもかまわないぞ」。仲間たちは小谷に向かって温かくささやいた。
「僕は“学園”の10番を背負っている。学園の10番は佐々木竜太(鹿島)以外にも、有名でないかもしれないけれど杉下聖哉(尚美学園大)らいい先輩がいるんです」
そんな小谷のプライドと仲間からの信頼がFKに宿った。今井が一歩も動けず、ボールを見送った。2-1。優勝候補・大津を、鹿島学園が破った。
この日、押し気味に戦ったのは大津だった。シュートの数は8対4。後半に大津が放ったシュート4本に対し、鹿島学園はわずか1本にすぎなかったが、その1本が勝負を決めた。
「決めるところで決めなかったのが敗因ですね。やられちゃいけない時間でやられた。サッカーのセオリーです。まだまだ田舎者だということですね」(平岡監督)
大津優勢の試合だったが、内容そのものは決して良くなかった。1回戦から3回戦まで、大津のトラップ技術とパスワークには観客席からため息が漏れていたが、この日はその精度が甘く、大味なロングボールが多くなってしまった。たまらず平岡監督もピッチに向かって、「蹴るな! つなげ、つなげ!」と指示を出したが、チームのパフォーマンスは改善されなかった。
「やっぱり(連戦の疲れで)足がきかなくなったんでしょうかねえ。両サイドでポイントを作るところも、当然相手は消してきた。2トップは体が重く、動けなさすぎた。スペースへの動き出しが遅かった」
■すでに始まっている大津の再チャレンジ
一方、鹿島学園も目指すポゼッションサッカーがほとんどできなかった。忍穂井は言う。
「試合が終わって、さっきみんな反省していた。まだまだ駄目って。動きが足りない。パスのミスも多かった。うちは、蹴るのかつなぐのかあいまいになって。試合中も『どうする』って話していた。何かかみ合わなかった。完全に負け試合でした」
共に今大会4戦目。両チームともパフォーマンスは上がらなかった。しかし、そんな試合は優勝への過程で多々あるものだ。こういう試合を制してこそ、チャンピオンになる資格は生まれる。勝負強さ、したたかさ、決定力不足。そこが大津に欠けていた部分かもしれない。
「よく頑張った」と平岡監督は3年生をたたえる。
「悔しさというより、彼らを賞賛し切りたいという気持ちの方が大きい。大津高校の伝統的なものを、全部塗り替えてくれた。夏のインターハイ3位、天皇杯の2回戦進出、今回のベスト8も力を合わせてきたし、非常によく頑張ってくれた」
今回の高校選手権ではDF岩崎司、MF谷口彰悟、スーパーサブの藤崎裕太、澤田崇といった2年生のタレントが活躍した。藤本大主将は彼らに夢を託す。
「優勝できなかったのは残念。2年生は力的には僕らよりも上かもしれない。連係を高めて、今年のようなしっかりしたパスワークのサッカーを目指して頑張ってほしい」
平岡監督の頭の中には、すでに来季の構想があるという。
「(ベスト4の壁は)すぐそこでしょ。僕が明日死んでしまうのであれば永遠のテーマですけど、またすぐに頑張りますから、ぜひ期待していただきたい。2年生は多くが180センチを超えてますし、各カテゴリーの代表に招集されているメンバーですので、鍛えがいはある。完成された人間は1人もいませんけど」
大津の再チャレンジはすでに始まっている。
■4-3-3の采配が的中
鹿島学園は史上初となる“開幕戦・決勝での国立”を目指す
鹿島学園は3年前の第84回大会でベスト8に進出したが、今回はベスト4進出を決めた。今大会は準決勝が埼玉スタジアムのため、鈴木雅人監督は大津戦前のロッカールームで、「勝って国立へ行くぞ!」と言えなかったのが残念だと笑う。何はともあれ、3回戦後の抱負、「準々決勝では当たって砕けないようにしたい」は達成された。
大津戦の前夜、鈴木監督は選手に「明日は4-4-2でなく、4-3-3で行くぞ」と告げた。選手は「ええっ!?」と驚いた。しかし鈴木監督は選手に、「3トップの裏を抜けて行け。そうすれば点は入る」と説明した。
そして試合当日。鹿島学園の4-3-3に驚いたのは大津の方だった。2分、鹿島学園はスローインを起点とした攻撃から忍穂井が電光石火の先制ゴールを挙げた。
大津の藤本主将は振り返る。
「失点シーンはボールサイドに人が寄りすぎて、逆サイドが開いてしまった。そこを中に走られてついていけなかった。うまく2対1の状況を作られて崩された。前半は左サイドの11番(三橋隼斗)に高さでやられ、そのこぼれ球を9番(忍穂井)に拾われた」
ゴールを決めた忍穂井は、「案の定、点は取れた」と鈴木監督の采配(さいはい)通りの得点にしてやったり。このゴールによって、大津は「先制点を取られたというメンタルで、どんどん体力を消耗させられた」というほどのショックがあった。もしかすると、藤枝東に3回戦で勝ったという自信もかすんだかもしれない。
鈴木監督の意図はもう1つあった。「前半耐えるために4-3-3にした。後半に勝負を仕掛けるつもりだった」と言う。おそらく高い位置で大津の両サイドバックを抑える腹積もりだったのだろう。いずれにしても意表を突いた4-3-3からあっさりと先制し、前半を1-1で終えたのも「想定内」(鈴木監督)だった。後半は勝負を仕掛けたつもりが、攻撃がかみ合わず前半以上に耐える展開になったが、「チームの雰囲気がよく、ノレた」(決勝ゴールの小谷)と、勝負運を引き寄せた。
■監督と選手それぞれのきずな
試合後、忍穂井はポツリと言った。
「僕、指導者になるんで、鈴木先生と同じ東海大学の教育学部に行ってコーチングを勉強するんです。サッカー(の現役)は高校で辞めます」
忍穂井は小さいころ、高校サッカー選手権を見てその舞台にあこがれ、これまでの人生を選手権出場のために費やしてきたのだという。開幕戦で国立で試合をし、また決勝戦で国立へ戻るという夢は生まれたものの、ともかく選手権に出場するという夢はかなえられた。忍穂井の未来の夢は、今度は自分が高校の指導者になって、生徒を自分が経験した同じ舞台に立たせることだ。
鈴木監督が忍穂井に与えた影響は大きい。
「監督はひとりひとりに温かい。こいつはこう、こいつはこうと熱心に指導してくれる。自分は2年までBチームだった。そこを監督が見てくれて、教えてくれて、しかも天然ボケもある。『お前はガッツがあるから、チェイシングをして飛び込め』と僕は言われた。選手の違った個性を見つけて伸ばしてくれる」
こいつはこう。こいつはこう。センターバックとして大津の2トップ、黒木一輝、西田直斗を完封したDF杉下智哉の場合はどうだろう。
「先生には走りが甘いと言われた。きついと投げ出すタイプなんで、そこをキチンとしないといけないと先生に言われて、メンタルを鍛えられた。どんなときでも妥協せずやってきた。自分に克つ――これを頭に入れて練習している。
兄(鹿島学園OBの聖哉)はうまくて、2年で駄目な時、『兄貴みたいになれないぞ』と先生に言われたのは印象的ですね。技術的には『お前は高さがあるので、自分の特徴を生かせ』と言われ、自主練習でもヘディングばかりやってました。今は勝っていくにつれて、自分にも自信がついてきている。しっかり守っていきたい。自分は自信がつくと強気でプレーでき、ミスを恐れない」
ちなみに、杉下は兄と同じ尚美学園大に進学する。「今度は1年から試合に出られるようになって、兄と一緒にプレーする」と誓う。
殊勲のゴールを挙げた小谷の場合。
「僕が言われたのは、『テクニックを十分に生かせ。絶対にボールを取られない。それを生かしてゲームを作れ。自分で決めれる選手になれ』ということです」
その言葉通り、小谷はこの日、自分で勝負を決めた。小谷は「監督のこと、大好き」とまで言う。
「監督のことはとても一言じゃ言い表せない。厳しい中で温かみがある。一番プレーヤーのことを思っている。準決勝に勝てば、史上初の開幕戦と決勝戦の国立2回。いっぱい欲張ろうと。実力が劣っているとは思わない。監督を有名にしたいんです。すごい人。いい指導者。チームもそうだけど、あの人を全国に知らしめたい。革命を起こしてみんなに監督のことを知ってもらいたいんです」
そのためにも、横パスを交えながらのゆっくりとしたパス回しでマークを1枚ずつはがしながら、相手を自陣に追い込む3回戦の情報科学(大分)戦の前半のような“学園のサッカー”の復活を、準決勝で期待したい。(スポーツナビ)
■ロスタイムのFKでの決着
決勝ゴールを決め、スタンドのチームメートと喜びを分かち合う背番号10の小谷駿介
ロスタイム4分、スコアは1-1だった。166センチの小柄なFW忍穂井大樹の鋭いドリブルに、大津のDFは思わずファウルで止めてしまった。絶好の位置で鹿島学園(茨城)はFKを得た。この時、大津(熊本)の平岡和徳監督はGKの江藤大輔を下げ、PK戦要員として185センチと背の高い今井達也を送り出した。
ボールをセットしたのはMF小谷駿介。「お前なら決められる」、「外してもかまわないぞ」。仲間たちは小谷に向かって温かくささやいた。
「僕は“学園”の10番を背負っている。学園の10番は佐々木竜太(鹿島)以外にも、有名でないかもしれないけれど杉下聖哉(尚美学園大)らいい先輩がいるんです」
そんな小谷のプライドと仲間からの信頼がFKに宿った。今井が一歩も動けず、ボールを見送った。2-1。優勝候補・大津を、鹿島学園が破った。
この日、押し気味に戦ったのは大津だった。シュートの数は8対4。後半に大津が放ったシュート4本に対し、鹿島学園はわずか1本にすぎなかったが、その1本が勝負を決めた。
「決めるところで決めなかったのが敗因ですね。やられちゃいけない時間でやられた。サッカーのセオリーです。まだまだ田舎者だということですね」(平岡監督)
大津優勢の試合だったが、内容そのものは決して良くなかった。1回戦から3回戦まで、大津のトラップ技術とパスワークには観客席からため息が漏れていたが、この日はその精度が甘く、大味なロングボールが多くなってしまった。たまらず平岡監督もピッチに向かって、「蹴るな! つなげ、つなげ!」と指示を出したが、チームのパフォーマンスは改善されなかった。
「やっぱり(連戦の疲れで)足がきかなくなったんでしょうかねえ。両サイドでポイントを作るところも、当然相手は消してきた。2トップは体が重く、動けなさすぎた。スペースへの動き出しが遅かった」
■すでに始まっている大津の再チャレンジ
一方、鹿島学園も目指すポゼッションサッカーがほとんどできなかった。忍穂井は言う。
「試合が終わって、さっきみんな反省していた。まだまだ駄目って。動きが足りない。パスのミスも多かった。うちは、蹴るのかつなぐのかあいまいになって。試合中も『どうする』って話していた。何かかみ合わなかった。完全に負け試合でした」
共に今大会4戦目。両チームともパフォーマンスは上がらなかった。しかし、そんな試合は優勝への過程で多々あるものだ。こういう試合を制してこそ、チャンピオンになる資格は生まれる。勝負強さ、したたかさ、決定力不足。そこが大津に欠けていた部分かもしれない。
「よく頑張った」と平岡監督は3年生をたたえる。
「悔しさというより、彼らを賞賛し切りたいという気持ちの方が大きい。大津高校の伝統的なものを、全部塗り替えてくれた。夏のインターハイ3位、天皇杯の2回戦進出、今回のベスト8も力を合わせてきたし、非常によく頑張ってくれた」
今回の高校選手権ではDF岩崎司、MF谷口彰悟、スーパーサブの藤崎裕太、澤田崇といった2年生のタレントが活躍した。藤本大主将は彼らに夢を託す。
「優勝できなかったのは残念。2年生は力的には僕らよりも上かもしれない。連係を高めて、今年のようなしっかりしたパスワークのサッカーを目指して頑張ってほしい」
平岡監督の頭の中には、すでに来季の構想があるという。
「(ベスト4の壁は)すぐそこでしょ。僕が明日死んでしまうのであれば永遠のテーマですけど、またすぐに頑張りますから、ぜひ期待していただきたい。2年生は多くが180センチを超えてますし、各カテゴリーの代表に招集されているメンバーですので、鍛えがいはある。完成された人間は1人もいませんけど」
大津の再チャレンジはすでに始まっている。
■4-3-3の采配が的中
鹿島学園は史上初となる“開幕戦・決勝での国立”を目指す
鹿島学園は3年前の第84回大会でベスト8に進出したが、今回はベスト4進出を決めた。今大会は準決勝が埼玉スタジアムのため、鈴木雅人監督は大津戦前のロッカールームで、「勝って国立へ行くぞ!」と言えなかったのが残念だと笑う。何はともあれ、3回戦後の抱負、「準々決勝では当たって砕けないようにしたい」は達成された。
大津戦の前夜、鈴木監督は選手に「明日は4-4-2でなく、4-3-3で行くぞ」と告げた。選手は「ええっ!?」と驚いた。しかし鈴木監督は選手に、「3トップの裏を抜けて行け。そうすれば点は入る」と説明した。
そして試合当日。鹿島学園の4-3-3に驚いたのは大津の方だった。2分、鹿島学園はスローインを起点とした攻撃から忍穂井が電光石火の先制ゴールを挙げた。
大津の藤本主将は振り返る。
「失点シーンはボールサイドに人が寄りすぎて、逆サイドが開いてしまった。そこを中に走られてついていけなかった。うまく2対1の状況を作られて崩された。前半は左サイドの11番(三橋隼斗)に高さでやられ、そのこぼれ球を9番(忍穂井)に拾われた」
ゴールを決めた忍穂井は、「案の定、点は取れた」と鈴木監督の采配(さいはい)通りの得点にしてやったり。このゴールによって、大津は「先制点を取られたというメンタルで、どんどん体力を消耗させられた」というほどのショックがあった。もしかすると、藤枝東に3回戦で勝ったという自信もかすんだかもしれない。
鈴木監督の意図はもう1つあった。「前半耐えるために4-3-3にした。後半に勝負を仕掛けるつもりだった」と言う。おそらく高い位置で大津の両サイドバックを抑える腹積もりだったのだろう。いずれにしても意表を突いた4-3-3からあっさりと先制し、前半を1-1で終えたのも「想定内」(鈴木監督)だった。後半は勝負を仕掛けたつもりが、攻撃がかみ合わず前半以上に耐える展開になったが、「チームの雰囲気がよく、ノレた」(決勝ゴールの小谷)と、勝負運を引き寄せた。
■監督と選手それぞれのきずな
試合後、忍穂井はポツリと言った。
「僕、指導者になるんで、鈴木先生と同じ東海大学の教育学部に行ってコーチングを勉強するんです。サッカー(の現役)は高校で辞めます」
忍穂井は小さいころ、高校サッカー選手権を見てその舞台にあこがれ、これまでの人生を選手権出場のために費やしてきたのだという。開幕戦で国立で試合をし、また決勝戦で国立へ戻るという夢は生まれたものの、ともかく選手権に出場するという夢はかなえられた。忍穂井の未来の夢は、今度は自分が高校の指導者になって、生徒を自分が経験した同じ舞台に立たせることだ。
鈴木監督が忍穂井に与えた影響は大きい。
「監督はひとりひとりに温かい。こいつはこう、こいつはこうと熱心に指導してくれる。自分は2年までBチームだった。そこを監督が見てくれて、教えてくれて、しかも天然ボケもある。『お前はガッツがあるから、チェイシングをして飛び込め』と僕は言われた。選手の違った個性を見つけて伸ばしてくれる」
こいつはこう。こいつはこう。センターバックとして大津の2トップ、黒木一輝、西田直斗を完封したDF杉下智哉の場合はどうだろう。
「先生には走りが甘いと言われた。きついと投げ出すタイプなんで、そこをキチンとしないといけないと先生に言われて、メンタルを鍛えられた。どんなときでも妥協せずやってきた。自分に克つ――これを頭に入れて練習している。
兄(鹿島学園OBの聖哉)はうまくて、2年で駄目な時、『兄貴みたいになれないぞ』と先生に言われたのは印象的ですね。技術的には『お前は高さがあるので、自分の特徴を生かせ』と言われ、自主練習でもヘディングばかりやってました。今は勝っていくにつれて、自分にも自信がついてきている。しっかり守っていきたい。自分は自信がつくと強気でプレーでき、ミスを恐れない」
ちなみに、杉下は兄と同じ尚美学園大に進学する。「今度は1年から試合に出られるようになって、兄と一緒にプレーする」と誓う。
殊勲のゴールを挙げた小谷の場合。
「僕が言われたのは、『テクニックを十分に生かせ。絶対にボールを取られない。それを生かしてゲームを作れ。自分で決めれる選手になれ』ということです」
その言葉通り、小谷はこの日、自分で勝負を決めた。小谷は「監督のこと、大好き」とまで言う。
「監督のことはとても一言じゃ言い表せない。厳しい中で温かみがある。一番プレーヤーのことを思っている。準決勝に勝てば、史上初の開幕戦と決勝戦の国立2回。いっぱい欲張ろうと。実力が劣っているとは思わない。監督を有名にしたいんです。すごい人。いい指導者。チームもそうだけど、あの人を全国に知らしめたい。革命を起こしてみんなに監督のことを知ってもらいたいんです」
そのためにも、横パスを交えながらのゆっくりとしたパス回しでマークを1枚ずつはがしながら、相手を自陣に追い込む3回戦の情報科学(大分)戦の前半のような“学園のサッカー”の復活を、準決勝で期待したい。(スポーツナビ)