ぼくらのありのまま記

ぼくらは
こんな大人になりました。

世界中にもっと美味しい食べ物があったとしても。

2015-11-27 22:10:10 | 唐桑日記
例えば誰かが亡くなった時に。
残された人たちは
どんなにつらい経験をしていても、
生きていかなきゃいきていかなきゃいけないし、
どうせ生きていくなら笑顔で生きていった方がいい。



今日はそんな話をした。
震災のニュースはほとんど
流れないし、もう4年も経ってるけれど、
今でもこの場所の事を
気にしてくれている人がいる。

今だからこそ、と来れた人もいる。
今日は気仙沼には来た事があるけれど、
つなかんは初めてのお客さんだった。

お鮨のリクエスト。
自分が意図しないところに
すごい感動してくれて。
へぇ、こんなところが
喜ぶんだっていう発見になりました。

僕がここにいる理由とか、
今までの仕事のこととか
色んな話をした。
普段よく聞かれる質問。
「なんで唐桑にいるの?」

その度になんでだろうなと
考えていて、いまいちちゃんとした
答えがなかった。


だから「うーん、なんとなく」と答えていた。

「なんでここにいるのか」
この唐桑がこれからどうなるのかが
結構楽しみだし、周りにも
そういう気持ちの仲間がいるし、
特に他にやりたたいこととか、
住みたい場所もないし。
特に不自由なこともないしなぁ。
まとめると「楽しいから」
ってことかもしれない。

いちよさんと働くの楽しいし、
それに、これから生きていくために
すんごい大切な経験になるんだろうな
っていうのはずっと思ってる。

きっとつなかんでいちよさんに出会う
お客さんもそういう気持ちになって。
また、いろんな人を紹介してくれるんだなー。
今月の連休に友だちに連れられて、
初めてつなかんにきたお客さんが
年末に5日間もつなかんの予約をしてくれた。

今度は家族で。
大切な人を連れてきたい。
そう思ってくれるのはすごく嬉しい。

つなかんは広告も一切だしていないし、
宿の検索サイトにもなにも掲載していない。
だからほとんどが紹介。

東京から5時間くらいかけて来てくれる。
それでも誰かに紹介してくれってことは
その時間かけても来る価値があるよって
ことだから、きっと
「すんごいいいから」って
言ってくれているはずで。
その期待に応えられるかいつも
ドキドキする。

東京の鮨屋で気に入ってくれたら
また来週きてくれるとか、
そういう距離じゃない。
また次に来てくれるのが
1年後とかだったりするから、
それまでつなぎとめるほどの
何かがないとってことだもんね。



でもいちよさんは、誰が来ても、
誰がきてもいつも通りな
オープンさと明るさで。
ほんとにすごい。

「一生懸命やればいいんだよ。
そりゃあ、世界中には美味しいものも
沢山あるし、うちの牡蠣より美味しい牡蠣
だってあるってことは私もちょっとは考えるよ。」

へー、いちよさんでもそう思うんだー。


「そうだよ。あ、今日はやっくんの
所の方がいいな、とか。
世界にはもっと美味しい牡蠣が
あったとしても、
でもうちの牡蠣が
美味しいっていうのは、
自信持って言えるし。
一生懸命つくってるんだから
それでいいんだよ。
その、一生懸命つくった牡蠣を
遠くまで食べに来てくれてるんだから。」


(そうそう、最近ようやく
傷つけずにむけるようになったよ。
あやこばぁに見せたい!)

そういう話をして。
僕はずーっと。今でもそうだけど、
「いやいや、僕よりも
美味しくお鮨握れる人沢山いますんで」
って気持ちが消えなくて。そんなことは
考えてもしょうがないっていうのも
ずっと思ってんだけど、でもやっぱり
そう考えてしまう時がよくあって。

そうだよねー。一生懸命やって、
しかもその料理を美味しいって
思ってくれる人がいるんだから
それで幸せだって思うようにしないとな。

今日はいちよさんと、お客さんから
すんごい勉強になりました。
考え方を変えるって難しいなぁ。






この前来た子どもは
ツリーハウスで友だちができて,
風船もらってた。その風船で遊んでる親子。


去年よりだいぶ大きくなりました。
「いちよさん、ごはん食べないんだよ」
と言ったら小さいおにぎり、
つくってあげてたんだった。
懐かしいなぁ。





「また会いたいなー」と
思えるお客さんが多いのも
ここにいる理由だなー。