北京五輪のスピードスケートで4つのメダルを獲得した高木美帆選手は、1000mの優勝後のコメントで「自分は(スピードの)『持続力』と『瞬発力』の両立を目指して練習を重ねてきた」と述べています。
最も得意としてきた1500mを強化する意味でも、3000m、1500m、1000m、500mと4つの距離にエントリー。全ては1500mで金メダルを取るためのエントリーでしたが、結果として1500mと500mで銀、1000mで金を獲ることに。
これらの事実は、『持続力』を伸ばすための鍛錬と、『瞬発力』を伸ばす鍛錬は異なるということを示すとともに、とはいえ、どちらもスピードを増すための鍛錬なので、鍛錬を続けていくと、『持続力』と『瞬発力』のバランスから来る『得意な距離』が変わっていくことも示したと思います。
このエピソードから思い浮かべるのは、競走馬のグランアレグリア。もともと2歳時にはマイルが適性距離であるという見立ての下、藤沢和雄調教師は、この馬の卓越したスピードの持続力を活かした、先行逃げ切りという戦法に特化。結果として、桜花賞を圧勝しました。しかし、牡馬との闘いである朝日杯FSとNHKマイルCでは、競合いに弱い点を突かれて敗北。最初の壁にぶつかりました。
その後、主戦のルメール騎手の提案により1200mのスプリント戦へ参加。その際、潜在的に持っていた瞬発力を伸ばす調教を強化します。その結果、阪神Cで見せた爆発的な瞬発力を、そのあとのレースでも次々発揮、高松宮記念では僅差2着、スプリンターズSでは最後方からの鬼脚でスプリントGⅠを圧勝します。まるで、高木美帆選手が、調整のために出た500mでオリンピック新を出したように。
スプリント戦に出ることで瞬発力強化を実現したグランアレグリアは、本職であるマイル戦でも、その強さが無敵状態になります。2020年の安田記念では、あのアーモンドアイやダノンプレミアムといった稀代の名マイラーを後方から差し切る勝利。しかも、アーモンドアイを上回る上りタイムで完勝。秋のマイルチャンピオンシップも2連覇を成し遂げます。
グランアレグリアの挑戦はまだまだ続きます。主戦のルメール騎手は、今度は2000mのチャンピオンディスタンスへの挑戦を提案します。それは、グランアレグリアの強さは『瞬発力』だけではなく、もともと顕在化させていたスピードの『持続力』についても、訓練によって、マイルよりも距離を延ばすことが可能だと考えたからです。
この挑戦は、2021年の天皇賞秋、エフフォーリアとコントレイルという歴史的な名馬2頭が居たことによって3着という結果に終わりましたが、普段の年の天皇賞秋だったら、ここでも輝かしい結果を残せる可能性を示しました。
スピードの『持続力』と『瞬発力』を兼ね備える存在は、希少な才能であることは間違いありませんが、一方で、その微妙なバランスによって、適性距離が変わっていくこと、さらには、その発展の可能性が無限であることを、スピードスケートの高木美帆選手、競馬のグランアレグリアという二人の天才によって教えてもらった気がいたします。
もし可能であれば、4年後のミラノ五輪で、高木美帆選手が、500mから1500mまでの三冠を達成するシーンを見たいと。そう想うのは、私の我儘でありますが、そう想わせるほど、高木美帆選手には無限の可能性を感じてしまいます。