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迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

陰陽―カゲヒナタ―26

2012-05-26 20:39:54 | 戯作
「去年だったかな、TVのトーク番組にあいつがゲストで出た時、『あなたが今一番やってみたいことは?』って云う質問にあいつ、『アルバイトとかやったことがないんで、そういうのをやってみたいですね』なんて、ノホホンとぬかしやがってさ…」

そう言えば、そんなことあったかも…。

「世界中の役者志望たちを敵に回す発言だぜ。あの連中がどんな思いして、あんなやりたくもない事をガマンしてやってるか、オマエにわかるかってんだ。もともとムシの好かないヤツだったけど、あの発言でますます嫌いになったよ…」

そこまで卑屈になるか…。

「ここにいれば、そのうちあいつに出くわして、ぶん殴ってやるチャンスでもあるかなって思ったけど…」

山内晴哉は自身に鼻で笑うと、「冗談だけどな」


だけどあなたは、期せずして宮嶋翔に傷を負わせた。

体と、心に…!


でも僕は山内晴哉に対して、怒りよりもむしろ、哀れさを覚えた。

僕には、現在(いま)の彼の惨めな姿が、見るに忍びなくなってきた。


「ジェラシー、ですね」

僕は、ぽつんと言った。

は?と僕を見る山内晴哉に、

「そしてコンプレックスですね、宮嶋翔に対する。たぶん、子役だった時から」

山内晴哉の表情が、みるみるうちに変わった。

僕は“フルボッコの刑”を覚悟した。

「気持ちはわかりますよ。彼は、あなたが演じるはずだった役を演じて、出世“してしまった”のですから」

僕は冷静に喋るように、気持ちをセーブしなければならなかった。

翔のあの涙を思い出したら、話すうちに激情に任せて、喚いてしまいそうだったから…。

でも、これだけは言っておこうと決めた。


「そんなに宮嶋翔が嫌いなら、彼と勝負して、負かしたらいいと思います。

運とかのせいにばかりにするんじゃなくて、

そこに逃げ込むんじゃなくて、

妬ましく思うそのエネルギーを、

自分が持てる技で、正々堂々と勝負を挑むことに、遣うべきだとおもいます」


山内晴哉に一瞬浮かんだ怒気が、消えていた。

ア然した表情だった。

そして、一言も発しなかった。


「…そうでなければ、もったいない、もったいなさすぎますよ、“HARUYA”さん」

山内晴哉は、HARUYAは、再び唇を噛むと、カーペットを睨んだ。


自分には無いものを人から見せつけられた時、ならば自分には何が出来るか、と模索し奮起する人は成功する人、ただジェラシーを感じる人は永遠に失敗し続ける人―と、前に翔が僕に話したことがあった。

妬むと云うのは、その道における実力も才能も、ひいてはおのれそのものにも魅力の無いことを、無意識のうちに認めている行為でしかない、と。


『そんなヤツは永遠に人からは認められないね。まずは自分が人を認める事から、話しは始まるんだから』

僕は山内晴哉が、それに当て嵌まる人物とは思いたくなかった。

かつてまわりが注目したほどの実力を持つヴォーカリストであったことは事実なのだ。

そして忘れられないのが、彼がいつか一人で、「さんさ時雨」を口ずさんでいたこと。

あの美しい旋律の民謡を、だからこそ難しくもあるあの民謡を、綺麗に唄っていたことは僕の耳がよく記憶している。

それは彼には、実力も、才能も、魅力も、すべてが本当に備わっているからなのではないか?

本当に何も無いヤツと云うのは、受け手の心にも、何も残らないものだ―

夢は、挫折したのではなく、“まだ”チャンスが巡って来ないだけだとしたら―?


僕は、山内晴哉の瞳(め)から宮嶋翔への激情が消えたように、親友の体と心を傷付けた張本人に対して、初めてその事実を知った時のような怒りは、もはや消えていた。


短い時間でも、僕は彼と“フリーター”と云う最低ランクの世界を共有したことで、彼のやる瀬なさが、少しは理解出来たからかもしれない。



しかし、僕はもうこれで、山内晴哉に会うことはないだろう。


そのほうがいい。


僕は、

「さようなら」

と頭を下げると、この場を立ち去った。






〈続〉
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