「去年だったかな、TVのトーク番組にあいつがゲストで出た時、『あなたが今一番やってみたいことは?』って云う質問にあいつ、『アルバイトとかやったことがないんで、そういうのをやってみたいですね』なんて、ノホホンとぬかしやがってさ…」
そう言えば、そんなことあったかも…。
「世界中の役者志望たちを敵に回す発言だぜ。あの連中がどんな思いして、あんなやりたくもない事をガマンしてやってるか、オマエにわかるかってんだ。もともとムシの好かないヤツだったけど、あの発言でますます嫌いになったよ…」
そこまで卑屈になるか…。
「ここにいれば、そのうちあいつに出くわして、ぶん殴ってやるチャンスでもあるかなって思ったけど…」
山内晴哉は自身に鼻で笑うと、「冗談だけどな」
だけどあなたは、期せずして宮嶋翔に傷を負わせた。
体と、心に…!
でも僕は山内晴哉に対して、怒りよりもむしろ、哀れさを覚えた。
僕には、現在(いま)の彼の惨めな姿が、見るに忍びなくなってきた。
「ジェラシー、ですね」
僕は、ぽつんと言った。
は?と僕を見る山内晴哉に、
「そしてコンプレックスですね、宮嶋翔に対する。たぶん、子役だった時から」
山内晴哉の表情が、みるみるうちに変わった。
僕は“フルボッコの刑”を覚悟した。
「気持ちはわかりますよ。彼は、あなたが演じるはずだった役を演じて、出世“してしまった”のですから」
僕は冷静に喋るように、気持ちをセーブしなければならなかった。
翔のあの涙を思い出したら、話すうちに激情に任せて、喚いてしまいそうだったから…。
でも、これだけは言っておこうと決めた。
「そんなに宮嶋翔が嫌いなら、彼と勝負して、負かしたらいいと思います。
運とかのせいにばかりにするんじゃなくて、
そこに逃げ込むんじゃなくて、
妬ましく思うそのエネルギーを、
自分が持てる技で、正々堂々と勝負を挑むことに、遣うべきだとおもいます」
山内晴哉に一瞬浮かんだ怒気が、消えていた。
ア然した表情だった。
そして、一言も発しなかった。
「…そうでなければ、もったいない、もったいなさすぎますよ、“HARUYA”さん」
山内晴哉は、HARUYAは、再び唇を噛むと、カーペットを睨んだ。
自分には無いものを人から見せつけられた時、ならば自分には何が出来るか、と模索し奮起する人は成功する人、ただジェラシーを感じる人は永遠に失敗し続ける人―と、前に翔が僕に話したことがあった。
妬むと云うのは、その道における実力も才能も、ひいてはおのれそのものにも魅力の無いことを、無意識のうちに認めている行為でしかない、と。
『そんなヤツは永遠に人からは認められないね。まずは自分が人を認める事から、話しは始まるんだから』
僕は山内晴哉が、それに当て嵌まる人物とは思いたくなかった。
かつてまわりが注目したほどの実力を持つヴォーカリストであったことは事実なのだ。
そして忘れられないのが、彼がいつか一人で、「さんさ時雨」を口ずさんでいたこと。
あの美しい旋律の民謡を、だからこそ難しくもあるあの民謡を、綺麗に唄っていたことは僕の耳がよく記憶している。
それは彼には、実力も、才能も、魅力も、すべてが本当に備わっているからなのではないか?
本当に何も無いヤツと云うのは、受け手の心にも、何も残らないものだ―
夢は、挫折したのではなく、“まだ”チャンスが巡って来ないだけだとしたら―?
僕は、山内晴哉の瞳(め)から宮嶋翔への激情が消えたように、親友の体と心を傷付けた張本人に対して、初めてその事実を知った時のような怒りは、もはや消えていた。
短い時間でも、僕は彼と“フリーター”と云う最低ランクの世界を共有したことで、彼のやる瀬なさが、少しは理解出来たからかもしれない。
。
しかし、僕はもうこれで、山内晴哉に会うことはないだろう。
そのほうがいい。
僕は、
「さようなら」
と頭を下げると、この場を立ち去った。
〈続〉
そう言えば、そんなことあったかも…。
「世界中の役者志望たちを敵に回す発言だぜ。あの連中がどんな思いして、あんなやりたくもない事をガマンしてやってるか、オマエにわかるかってんだ。もともとムシの好かないヤツだったけど、あの発言でますます嫌いになったよ…」
そこまで卑屈になるか…。
「ここにいれば、そのうちあいつに出くわして、ぶん殴ってやるチャンスでもあるかなって思ったけど…」
山内晴哉は自身に鼻で笑うと、「冗談だけどな」
だけどあなたは、期せずして宮嶋翔に傷を負わせた。
体と、心に…!
でも僕は山内晴哉に対して、怒りよりもむしろ、哀れさを覚えた。
僕には、現在(いま)の彼の惨めな姿が、見るに忍びなくなってきた。
「ジェラシー、ですね」
僕は、ぽつんと言った。
は?と僕を見る山内晴哉に、
「そしてコンプレックスですね、宮嶋翔に対する。たぶん、子役だった時から」
山内晴哉の表情が、みるみるうちに変わった。
僕は“フルボッコの刑”を覚悟した。
「気持ちはわかりますよ。彼は、あなたが演じるはずだった役を演じて、出世“してしまった”のですから」
僕は冷静に喋るように、気持ちをセーブしなければならなかった。
翔のあの涙を思い出したら、話すうちに激情に任せて、喚いてしまいそうだったから…。
でも、これだけは言っておこうと決めた。
「そんなに宮嶋翔が嫌いなら、彼と勝負して、負かしたらいいと思います。
運とかのせいにばかりにするんじゃなくて、
そこに逃げ込むんじゃなくて、
妬ましく思うそのエネルギーを、
自分が持てる技で、正々堂々と勝負を挑むことに、遣うべきだとおもいます」
山内晴哉に一瞬浮かんだ怒気が、消えていた。
ア然した表情だった。
そして、一言も発しなかった。
「…そうでなければ、もったいない、もったいなさすぎますよ、“HARUYA”さん」
山内晴哉は、HARUYAは、再び唇を噛むと、カーペットを睨んだ。
自分には無いものを人から見せつけられた時、ならば自分には何が出来るか、と模索し奮起する人は成功する人、ただジェラシーを感じる人は永遠に失敗し続ける人―と、前に翔が僕に話したことがあった。
妬むと云うのは、その道における実力も才能も、ひいてはおのれそのものにも魅力の無いことを、無意識のうちに認めている行為でしかない、と。
『そんなヤツは永遠に人からは認められないね。まずは自分が人を認める事から、話しは始まるんだから』
僕は山内晴哉が、それに当て嵌まる人物とは思いたくなかった。
かつてまわりが注目したほどの実力を持つヴォーカリストであったことは事実なのだ。
そして忘れられないのが、彼がいつか一人で、「さんさ時雨」を口ずさんでいたこと。
あの美しい旋律の民謡を、だからこそ難しくもあるあの民謡を、綺麗に唄っていたことは僕の耳がよく記憶している。
それは彼には、実力も、才能も、魅力も、すべてが本当に備わっているからなのではないか?
本当に何も無いヤツと云うのは、受け手の心にも、何も残らないものだ―
夢は、挫折したのではなく、“まだ”チャンスが巡って来ないだけだとしたら―?
僕は、山内晴哉の瞳(め)から宮嶋翔への激情が消えたように、親友の体と心を傷付けた張本人に対して、初めてその事実を知った時のような怒りは、もはや消えていた。
短い時間でも、僕は彼と“フリーター”と云う最低ランクの世界を共有したことで、彼のやる瀬なさが、少しは理解出来たからかもしれない。
。
しかし、僕はもうこれで、山内晴哉に会うことはないだろう。
そのほうがいい。
僕は、
「さようなら」
と頭を下げると、この場を立ち去った。
〈続〉