
愛聴してゐるラジオ番組「ひるのいこい」で、1933年發表の“It’s Only a Paper Moon”が流れて、あっ! と耳をそばだてる。
この曲は私が好きな映画のひとつ「病院坂の首縊りの家」(昭和五十四年 東宝)で、山内小雪役の桜田淳子が米兵相手の野外ライヴのシーンで、吹き替へなしの生聲で歌ってゐる曲なのである。

當時はまだ二十歳。
映画ではおそろしいまでの美貌ぶりを魅せてゐる彼女が、件のライヴシーンではオリジナルに劣らぬ見事な歌唱力を聴かせ、本職の歌手としても面目躍如たるところを見せた名シーンだ。
後年の新興宗教云々は、ここでは別問題だ。
私はこの映画のなかの彼女に、
子どもの時に初めて逢ってから、
ずっと片想ひを續けてゐる。
“It’s Only a Paper Moon”とは、私にとっては“永遠に届かない”甘酸っぱい曲でもある……。