神奈川県藤沢市の藤澤浮世絵館で、「小栗判官物語と遊行の縁」展を見る。
江戸時代には歌舞伎や浄瑠璃、また読本などを通じて大衆に流布されてゐたと云ふ小栗判官と照手姫の物語も、現代ではほとんど知られていない。
私も二十年ほど前に、木挽町の劇場で三代目の市川猿之助がお家藝として主演した「當世流小栗判官」を観たことで、辛うじて知ってゐるだけだ。
しかし江戸時代には、歌舞伎の人気狂言として何度も脚色されてゐた。
その様子を現在(いま)に傳へる役者絵が数点展示されてゐるなか、漁師浪七に扮した嵐璃寬に邂逅する。
制作は天保四年(1833年)とのことなので、たぶん二代目の嵐璃寛だらう。
この二代目は屋号が“伊丹屋”だったさうなので、「葉村屋!」と大向かふをかけられないのが残念だが、
「おやおや、こんなところで……」
と、つひ口許が綻ぶ。
小栗判官は傳説上の、つまり架空の人物のためか、いろいろな場所に現れては不思議な足跡をのこしてゐる。
旧川越街道を探訪してゐるときに出逢った「鬼鹿毛馬頭観世音」の言ひ傳へもそのひとつで、人間と馬との深ひ絆が、今も胸を打つ。