問わず語りの...

流れに任せて

トウ!

2022-11-29 05:00:55 | 時代劇

 

 

トウと善児の違いはなにかというと。

 

 

 

善児には心がない。人を殺すことになんのためらいもない。

 

 

それが、預かった一幡に懐かれてしまい、愛しいという感情が蘇ってしまう。

 

善児が失敗した原因は、人の心が蘇ってしまったことにある。

 

 

トウはどうだろう?私が思うに、トウは最初から人の心を持っているように、私には思える。

 

 

善児の場合、人を殺すにためらいはなく、スーっと寄っていてあっさり殺しちゃう。

 

 

でもトウの場合、まずは一呼吸置いて、決意を固めてから向かっているように見える。

 

 

そのせいか、成功率が極端に少ないよね。善児が最後以外はすべて成功させているのに対し、トウはほとんどなし得ていない。

 

 

これは三谷さんの「優しさ」なのかな、なんてことを思いながら、トウのことを観ています。

 

 

政子が発作的に自害しようとしたときに、これを止めたのがトウだった。これには驚きもしたけど、なにか心震えるものを感じましたね。

 

 

子供たちのことを思い、自ら命を絶とうとする母親の姿に、政子の姿に、トウは感じるものがあったのでしょう。

 

 

トウには、人の心がある。

 

 

物語の終焉まであとわずか。トウがどのような活躍をするのか。おそらくはこちらの想像の遥か上を行く、重要な役割を果たすのではないかという気がする。

 

 

いずれにしろ、トウには

 

 

生き延びて欲しいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、実朝暗殺。

 

 

三谷さんは「優しい」と書いたけれど、一方でとても「鬼畜」な脚本を書くよねえ。

 

 

大竹しのぶ演じる歩き巫女が、実朝に「運命に逆らうな」と言うんです。実朝は公暁に襲われた時、その言葉を思い出して死を受け入れるわけですが、

 

 

この歩き巫女。すっかりボケてしまっていて、誰彼かまわず同じことを言って歩いているだけだった。だから

 

 

実朝のために発した言葉でもなんでもなかったわけです。

 

 

実朝は、そんな言葉に従う必要などなかった。

 

 

実朝は最後の最後まで、真面目で良い人過ぎた。そんな実朝の性格をついた、あまりに酷い、残酷な展開を書ける三谷幸喜って。

 

 

「鬼畜」だよねえ。

 

 

公暁の死の哀しさ。三浦義村の非情さ。

 

その義村と義時の、本音の読み合い、化かし合い。

 

 

そしてそして、劇中最大の悪役、源仲章の最期。

 

 

「寒いんだよ~!」と言いながら死んでいく哀れさね。己の身に起こっていることが理解できない、理解したくない。

 

もう少しで望みが叶う、一歩手前まで行った時点での、突然の凶事。それを受け入れられないまま死んでいく。

 

 

憎たらしい奴でしたが、その最期は哀れでした。

 

 

 

 

 

 

 

さて、もう12月です。残るは承久の変と、義時の最期のみ。

 

 

最後まで、楽しませてくれよ。

 

 

 

コメント (2)
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