問わず語りの...

流れに任せて

映画『燃えよ剣』

2021-11-30 23:26:33 | 時代劇

 

 

※ネタバレ大いにあり。

 

 

今年のNHK大河ドラマの良いところは、長州を「テロリスト」として描いているところですね。

「勝てば官軍負ければ賊軍」という言葉はまさしくその通りで、彼ら長州は勝ったからこそ英雄になれたのであって、負けていれば逆賊の汚名を歴史に刻んだことでしょう。

私は明治維新を否定するつもりは毛頭ないです。歴史にたらればはないし、あの明治維新があってそれが現代にまで繋がり、我々はその現代に生かされている。色々思うところはあっても、結局これしかなかったのだろう。

ただ、だからといって、新政府側が絶対的善で、旧幕府側が絶対悪などということはあり得ない。どちらにも正義はあったし、旧幕側とて日本の将来を真剣に考えていた。

どちらも、日本のことを真剣に思っていたのだ。

そんな幕府にとって、テロリストたる長州は何としてでも抑え込まねばならぬ。テロに対抗するには、先鋭的な武闘派集団をもって当たる他はない。

そこで、「新撰組」が生まれた。

 

 

映画は新撰組副長・土方歳三(岡田准一)の激しく生きた生涯を描いていきます。農民の子として生まれたものの、武士に憧れ剣術を学ぶ。土方が身に着けた剣術流派は「天然理心流」。天然理心流はとにかく勝つことを目的とした田舎剣法。高邁な思想性も理屈もない喧嘩剣法でした。幕末の動乱期には、このような流派の方が断然役に立ちます。

土方は同門である近藤勇(鈴木亮平)や沖田総司(山田涼介)らとともに、剣術の腕一本で京の町にその名を轟かせていく。

 

正直、160分ちょっとで土方歳三の全生涯を描くのには無理がある。だからどうしてもダイジェストっぽくなってしまうのは仕方がないでしょう。それでも、抑えるべきところはしっかりと抑えているし、できる限り分かりやすく見せようという努力は感じる。

でもやはり、幕末は難しい。あの内容を完全に把握するには、ある程度幕末史、及び新撰組に通じていないと無理だろうなというのは、観ていて感じてしまった。

どこを抑えどこを削るか。映画は土方、近藤、沖田の3人を中心にして進み、他の登場人物は脇に追いやられた格好。まあ、映画というのはそういうものと言ってしまえばそれまでのことです。それでも芹沢鴨(伊藤英明)は割と掘り下げられている方かもしれませんが、やはりわかりやすい悪役として描かれています。

わかりやすいといえば徳川慶喜(山田裕貴)ね。わかりやすい、皆に嫌われる変人として描かれてます。まあ、短い時間の中ではああ描くことで、幕府の瓦解をわかりやすく描くということなんでしょうけど、今年のNHK大河を観てもわかる通り、慶喜公はただの変人ではない、大変優秀な方だったということは、近年大分浸透してきており、今更ああいう描き方はどうなのかと思ってしまった。原田監督って『日本のいちばん長い日』の東条英機の描き方も、そんな感じでしたね。そういうところが、イマイチ信頼できんのよ、この監督。

一方、会津藩主・松平容保公(尾上右近)のことは、清廉潔白で真っすぐな人物として、「わかりやすく」描かれていたのは良かったですねえ。出番そのものはそんなに多くないけれど。今年のNHK大河では、容保公はまるでいないかの如くの扱いでちょっと個人的に傷ついていたので(笑)こういう描かれ方は凄く嬉しかった。泣きそうになりましたもん、私(笑)この点は感謝しますよ、監督(笑)

 

近藤勇役の鈴木亮平、デカい!(笑)実際の近藤勇はあんなにデカくないのだけれど、イメージとしては合う感じ、かな。あの人の好さそうなところとか、近藤さんっぽいよな、とは思う。悪くないです。

驚いたのは沖田総司役の山田涼介。素直で可愛らしくて、それでいて冷酷で、土方歳三をこよなく慕っている沖田総司という男を見事に演じてましたね。この方ジャニーズ?今更ながらジャニーズは侮れんと思ってしまった。

そして土方歳三の岡田准一。乱暴者だが実は思慮深い。大人と子供が一人の人間の中に同居している、そんな土方歳三の静と動をうまく演じられていたんじゃないかな。はまり役かどうかはともかく、良かったと思います。

殺陣はねえ、やはり膂力に頼った力任せの叩きつける殺陣で、昔の時代劇スターさんの優雅かつ力強い殺陣には及ばない。迫力はあるし、これから岡田君の殺陣は益々需要が増していくのだろう。それが時代の流れとは言え、少し寂しいかな。

いや、岡田君の殺陣は悪くないですよ。あれはあれでアリだと思います。でもただ個人的には、昔のスターさんの殺陣の方が好きだなと、

思うだけ。

他の登場人物をちょこっと。山南敬助は土方らと対立する人物としてわかりやすく描かれ、切腹シーンに哀れさは感じられず、斎藤一に至ってはどこにいるのかわからない。ハジメ様ファンは不満かもね。

 

伊東甲子太郎などはちょっこと出てきてすぐ殺されて終わり。まあ、削ってもいいちゃいい話ではあるけれど、ちょっと可哀そうかな。

 

物語は、芹沢鴨暗殺や池田屋事変は割と丁寧に描かれるけれど、それ以降はダイジェスト度が増していく。鳥羽伏見の戦いは少しだけだし、会津戦争はほんとにちょこっとだけ。仙台へは地図上のみの移動で、蝦夷地での戦いもかなり端折って、最後は土方が新政府軍の参謀本部(?)へ突入して果てるところを描く。実際は土方歳三がどのような最期を迎えたのかわかっていないのだけど、映画としてはああいう華々しい散り方で良かったのだろうね。

 

この映画で一番気に入ったところ。それは慶喜公の伴をして江戸に逃げ帰らざるを得なかった松平容保公が、陣中において、京に置き去りにしてしまった藩士たちに謝っているシーンで、そこにたまたま土方が訪ねていくんです。藩主が藩士に詫びを入れるなど普通はありえぬことですが、容保公はそれをなさった。これはフィクションではなく史実なんです。まあ、その場に土方が訪ねていったというのはフィクションでしょうけどね。

で、容保公が土方に言うんです。自分は養子だった。だから、藩の家訓を守ることに必要以上に拘ってしまったのかもしれぬ、と。

土方はそれに応えることこそしなかったものの、土方は土方で農民の出であるが故に、武士以上に武士であることに拘った。武士の筋目を通すことに生涯をかけた。

そんな二人の思いが、なにかシンクロしたように思えて、涙が出そうになりましたね。

武士であることに拘り続けた土方と、幕府の藩屛であることに拘り続けた容保公と。二人の熱く激しくも哀しき思いが共感し合った、とても良いシーンだと、個人的には思っています。まあ、観た方のほとんどはそう感じていないでしょうけどね。いいんですよ、私だけで。

 

大満足というわけには行きませんでしたが、よく頑張った方ではないでしょうかね。歴史が好きな方、幕末に興味がある方、ジャニーズ好きの方(笑)、まあなんでもいいです。少しでも興味があったら、観ることをお勧めします。長州は完全テロリストとして描かれてますけどね。

それでもよろしければ、どうぞ。

 

 

 

 

 

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布団の中から出て偉い!

2021-11-29 15:29:40 | 日記

打首獄門同好会『布団の中から出たくない』

 

 

寒い~!

 

 

でも、温かい布団の中から出て、外の世界に向かっていくあなたは偉い!

これから心身ともに「寒い」時代に突入していきそうな世の中ですが、でも最後には、暖かい布団が待っていることを信じて、

どちらさまも

ごきげんよろしゅう。

 

この曲の歌詞、「一日」を「一生」に変えてみたら

ちょっと面白い、かも。

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北条政子の本当の名前は?

2021-11-28 13:18:58 | 時代劇

来年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、源頼朝亡き後の鎌倉幕府を、13人による合議制で支えた人々を描くドラマ、らしい。目の付け所は面白い、かも。

主人公は北条......誰?ああ、はいはい、北条義時ね、聞いたことある。これを小栗旬くんが演じると。

源頼朝に大泉洋さん。さすが三谷幸喜さん、大泉洋の使い方が面白い。

えーと、平清盛に松平健さん、ふむふむ。後白河法皇に西田敏行さんね。後白河法皇はなんといっても平幹二郎さんが素晴らしかったねえ。

藤原秀衡に田中泯さん!いいね!適当な大物俳優でお茶を濁さない姿勢は好感が持てます。出番はそんなに多くはないだろうけど、三谷さんが平泉をどう描くのか、藤原秀衡をどう描くのか、興味深いです。

源義経には菅田将暉くん、これもいいね。もしも来年、平泉で「春の藤原まつり」が滞りなく開催され、「源義経公東下り行列」に菅田くんが義経役で参加してくれたら、あのタッキー以来の大盛況となること間違いなしなんだけどなあ。どうだろうねえ......。

で、初期の鎌倉幕府を語るに欠かせない人物の一人、北条政子を演じるのは小池栄子さん。なるほどー。

 

ところで、「北条政子」って、これ

いわゆる「本名」ではありません。

日本では古来、偉い人の本名は基本的に公開されず、通称や、位階、官職などで呼ばれることが通例でした。長谷川平蔵の「平蔵」は通称であり、本名は「のぶため」ですが、誰も本名では呼ばない。ていうかそもそも、本名は世間一般には知られていなかった。

大岡越前守忠相など、現代の我々は当たり前のように「忠相」という本名を知っていますが、当時の人はほとんどが知らなかった。みなさん「越前様」と呼んでいた、というのが本当のようです。

まだ男性の場合は、公式記録に本名が記載されることはあったけれども、女性の場合はそういうケースは稀で、誰々の女(むすめ)だとか、そんな風にしか書かれない。記録が残っていないので本名が何だったのかわからない、というケースが多い。清少納言も紫式部も本名ではありませんからね、あれはいわばペンネームですから。

いわゆる「北条政子」さんは将軍の奥方でしたから、「御台所様」「御台様」と呼ばれており、頼朝の死後は出家したので「尼御台様」などと呼ばれていました。誰も「政子様」なんて呼んでない。

そもそもこの「北条政子」、これは朝廷より従三位の官位を賜ったときに、朝廷側の書状に書かれていた名だったようです。なんで「政子」と書かれたか?それは北条時政の子だったので、時政の「政」に「子」をくっつけて「政子」だという、極めて安直なものだったんです。

これに後世、「北条」の姓がくっつけられて、いかにも本名であるかのように伝えられてきたというのが真相のようです。

「北条政子」の本名はわからない。

これが真実。

さて、昔の日本は夫婦別姓だった?という論拠の一つとして、この「北条政子」や「日野富子」が挙げられるようですが、そもそも本名ではないので、論拠にはなり得ない。そもそも昔は

女性が氏、姓、苗字を名乗るという習慣自体がありません。苗字を名乗るのは男性のみ、女性は実家であれ婚家であれ、苗字を名乗ることはなかった。

ただ結婚は家族の一員になることであり、お嫁に来た女性は新たな家族の一員として迎え入れるというのが、日本古来の観念だったようですから、明治以降に「夫婦同姓」を法で定めたのは、日本古来の伝統的観念に則った、極めて自然なかたちだった。

日本は昔、夫婦別姓であったなどという事実はなかった。

 

これもまた、「歴史」の話です。時代劇を通して日本の歴史、伝統的観念を学び考える。

これもまた一興。

 

いやあ、時代劇って、勉強になるねえ。

 

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「日本国憲法」は「大日本帝国憲法」の改訂版です

2021-11-27 13:41:50 | 歴史、民俗

日本国憲法は、GHQの草案を基に、この草案を衆議院で改定し、枢密院でも改定案が出され、貴族院でさらに改定されて、最終的に決定されたもの、だそうです。細かいところ間違ってないかな?ともかく

GHQによって一方的に押し付けられたものではない。

とはいえ、GHQの草案にあった「戦争放棄」の条項は変えられなかった。ここは当時のアメリカ政府の方針で、ここだけは絶対に曲げられなかったようです。でも天皇に関する条項は比較的寛容的だったようですね。

結果、大日本帝国憲法における天皇と、日本国憲法における天皇は、そんなに大きな違いは、実はなかったりするようです。

 

戦前の日本は「立憲君主制」でしたから、君主である天皇の政治関与は自ずと制限されます。昭和天皇などは真面目な方でしたから、この立憲君主制の原則を守り、政治への直接関与は極力控えておられた。「戦前は天皇の独裁だった」などという方もおられるようですが、これは明らかな間違い、確かに現行憲法と違い、天皇が政治的発言をすることは、やろうと思えばできた。しかしそれでは本当に独裁になってしまう。だから

昭和天皇は極力控えておられた。信頼する閣僚たちの決定したことを、できるだけ承認するに留めておられた。

昭和天皇が直接政治に関与されたのは、たったの2度だけ、2.26事件の時と、

ポツダム宣言受諾の時、この2度だけです。

現行憲法においては、天皇は「象徴」とされ、まるでその地位が堕とされたかのように思う方もおられるようです。しかし事実は違うのではないでしょうか。

法律や条約などを発布、施行するには、天皇の承認が不可欠です。国会の開会は天皇の開会宣言がなければ開けない。法治国家たる日本が動いていくには、天皇無しには動けないようになっている。ただの儀式?でも

やはり、天皇無しにこの国が動かないことには変わりない。

戦前の天皇と、現在の天皇と、細かいところは違っていても、根本的な違いは、そこにはないのではないでしょうか。

事実上、天皇は今でも

「国家元首」

なのです。

うまく出来てます。

日本国憲法は、大日本帝国憲法の手続きに則ったかたちで、大日本帝国憲法を改定してできた憲法です。つまり、大日本帝国憲法と現行憲法との間には連続性、継続性があるということです。

つまり、天皇も変わらず連続している、初代、神武天皇より今上陛下に至るまで、

なんら断絶はない。

 

より詳しくお知りになりたい方は、こちらの本をお読みになることをお勧めします。

 

『天皇は本当にただの象徴に墜ちたのか』竹田恒泰著。

 

『天皇の国史』竹田恒泰著。

 

『なぜ女系天皇で日本は滅ぶのか』竹田恒泰、門田隆将共著。

 

べつに竹田恒泰さんの回し者ではありませんよ(笑)

 

私は政治の話と恋愛の話はいたしません。これはあくまで歴史の話です。歴史的「事実」の話です。

どうかご理解の程。

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世界で一番古い国「日本」

2021-11-25 15:20:24 | 歴史、民俗

よく「中国4千年の歴史」とかいいますが、これは正しくありません。

中国とは「中華人民共和国」のことですよね?中華人民共和国は第2次世界大戦後に出来た国です。つまりその歴史はおよそ70年くらいしかない。これは貶めているのではありません、単なる歴史的事実です。

さらに遡ってみても、殷とか周とか漢とか、隋とか唐とか、元とか明とか清とかいうように、国名が変わってきています。これはつまり王朝が次々と交代してきたということを示しているのであって、つまりは一つの国としての連続性はそこにはない。4000年も途切れることなく連綿と続いてきた歴史は

そこにはないのです。

しかも元はモンゴル人、清は満州人による王朝であって、同一民族による連続性もそこにはないのです。

これが「中国4000年」の歴史の正体です。重ねて言いますが、これは貶めているのではありません、単なる「事実」です。

では世界で最も古く、王朝交代もなく他民族による支配もない、国としての連続性が途切れることなく連綿と続いている国はどこか?はい、それが

「日本」なのです。

日本においても「政権」の交代は幾度となく繰り返されてきました。しかしそのすべての政権が頂点に戴いてきたのはなにか、はい、それは

「皇室」であり「天皇」ですね。

初代、神武天皇より今上陛下に至るまで、126代に亘って血統が途切れることなく、およそ2000年(所説あり)に亘って男系継承で続いてきた「王朝」は、世界広しといえども日本以外にはないのです。

世界で最も古い国、それが我が祖国「日本」なのです。

これは誇るべきことです。後世に伝えていくべきことです。

我々の代で、途切れさせるわけにはいかないのです。

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