新・日記どす(DOS)

写真は「ビートルズ」のヘルプごっこ(笑)~音楽からB級スポット訪問記まで、幅広くいろんなことを…笑いをこめて…綴ります~

私のお腹廻りの緊急事態宣言の解除を願って熱田区史跡散策路の「宮の渡しコース」を踏破する…の巻

2023-07-25 05:01:51 | B級スポット

新型コロナウイルス感染症のせいで

効果があるのかないのかわかんないような中途半端な行動制限

マンボーとか緊急事態宣言を出して

不要不急の…とか言い出すから

小学生の頃から…先生の言うことは守る模範少年だったので、そのとおり…国のおっしゃるとおり、家でゴロゴロしてたら

私のお腹廻りが「マンボー」もとい「シボー」(脂肪)でいっぱいになって、国の緊急事態宣言は解除されても、私のお腹廻りの緊急事態宣言が全くもって解消されないのよ…

せめての抵抗をと…休日は家で雷様のようにゴロゴロせずに、特に予定のない1日でも1日1万歩を目標に、歩くことに決める!!

こうすることで、いつか…いつか…私のお腹廻りの緊急事態宣言が解消されることを願って

 

でも、なんか家の廻りを歩いててもね…

 

聚楽園の大仏様なんて行き飽きたし

 

 

ということで、今回歩いてみたのは、定期券区間内…の名鉄神宮前駅起点で…要はタダで行けちゃう名鉄神宮前駅を出発して歩く

 

熱田区史跡散策路ウォーキング第3弾

「宮の渡しコース」

を歩いてみようと

 

 

コースは…地下鉄神宮西駅発地下鉄伝馬町駅までの、全長2.6キロのコース…

地下鉄神宮西駅に行くのも地下鉄伝馬町駅へ行くにも地下鉄代がかかっちょうので、そこは、地下鉄神宮西駅や地下鉄伝馬町駅に行くまでは、名鉄神宮前駅から歩くことにして

ちょうど、このコースの逆回りにして名鉄神宮前駅から地下鉄伝馬町駅発…いろんな史跡を巡って、地下鉄神宮西駅経由、名鉄神宮前駅まで歩こうと…

要は全部で3.5キロくらいは歩いたんじゃないかな…

そんなウォーキング記をば…以下に…だらだらと

まずは、名鉄神宮前駅発、熱田神宮の外周を、地下鉄伝馬町駅へと向かいます…

 

 

 

と、その途中にあるのが

 

秋葉山円通寺

さてさて
秋葉山円通寺にきたなら…
こちらのお方にも
ご挨拶
をしとかなくちゃ!!

この寺の境内の左にある…

毘沙門天像…

これは…
そう…関ヶ原ウォーランドのコンクリート武士人形の作者…
そう…五色園のコンクリート親鸞聖人人形の作者…
さらに…春日井駅前の弘法大師人形の作者…


コンクリート作家…
浅野祥雲さんの作品なんですよ!!

さらには

香炉を持ち上げている2匹の鬼!!

これも
これも…もちろん…

浅野祥雲さんの作品!!

この毘沙門天像を眺めてると
目に留まるのが
毘沙門天に踏まれている邪鬼の実に切ない…表情!

踏みつけられて…
なんとも…悔しそうな顔してるのよ…

私がこれから
もし…踏みつけられるようなことがあったとしても

この邪鬼ほど…辛くは…悔しくはないはず…????


踏みつけられても
踏みつけられても
踏みつけられても
踏みつけられても


この邪鬼の表情を心に浮かべながら
たいしたことない!…って思って
がんばるぞ???

そう思って…秋葉山円通寺を後にして

地下鉄伝馬町駅へと

伝馬町の路地に入って

まず立ち寄ったのが

明治時代の歌舞伎の名優・中村宗十郎の出生地

歌舞伎役者の名跡のなかで最も権威のある市川団十郎と同等の待遇を受けていたそうなので、そうとう人気があったことでしょう…

そこは、中村宗十郎さんに関してはこの看板がポツンとあるだけで

熱田神宮境外末社「南楠社」「村社笹宮」が鎮座していました…

小振りの神明鳥居

 

境内は4社あり、東西に並び全てが南を向いて祀られていました…

 

鳥居の先には小さい狛犬が一対…狛犬ならぬ…細かい犬で…こま犬とも思ったことがいけなかったのでしょうか

めちゃ大きな口を開けて威嚇しているかのよう…

それにしても、口を開けすぎ…顎が外れないといいけど

顎が外れて、こまった…こまった…困犬にならないことを願いながら

素戔嗚尊を祀る天王社

 

秋葉社

天宇受賣命を祀る「笹社」

そして南楠社

「熱田神宮に奉納される神剣(草薙剣)を奉納された宮簀媛命が楠の木の下で御休憩された事より神木としてここに祀る」とあるけど…
その御神木の楠木は見当たりませんでした…

中村宗十郎が生まれた頃、ここに屋敷があっただろうから、もうその時点でなくなっていたのか、戦禍や空襲でなくなってしまったのか

 

さて伝馬町の路地を歩いて、国道1号線からちょいとずれた路地にあったのが

東海道道標

デイサービスのハコモノの手前の一角に

 

東海道と美濃路、佐屋路との分岐点の道標、熱田神宮までは2丁ほど離れた場所

1758年に建立されたものとのこと

 

さて、今の分岐点、国道1号線と国道19号線と国道247号線が交わる交差点の歩道橋を越え

 

 

 

 

その交差点のすぐそばにあるのが

円福寺

時宗のお寺で山号は亀井山

もともとは最澄が熱田神宮へ参詣の際に毘沙門天像を安置して始まった天台宗の寺であったが
14世紀前半の南北朝動乱期に足利一族とされる厳阿上人が時宗に深く帰依したため、円福寺は時宗の寺となったとのこと

足利尊氏も祈願所として堂宇を建立したらしく

室町幕府六代将軍の足利義教が富士遊覧のため下向した際、円福寺に3日間逗留し、連歌会を催したとのこと

残念ながら山門は閉ざされていました…

この山門の隙間から境内の写真を1枚

正面奥が本堂か…???

 

続いて立ち寄ったのが

景清社

平景清は平安時代末から鎌倉時代初期にかけての武将で本名は藤原景清

「悪七兵衛景清」と称された平家の侍大将

壇ノ浦の戦いによる平家滅亡後、つてを頼ってこの熱田の地に身を隠した…

この隠れ住んだ屋敷の跡地に建つ神社で…

景清が失明のおり、娘が遊里に身を売って父を看病したことから、

現在も眼病の神として信仰されているとのこと

私の眼も近眼と老眼で、「勤労感謝の日」ならぬ「近老感謝の日」みたいに…特に新聞を読むときなんぞ苦労してますので…これ以上、読みにくくならないように…二礼二拍手一礼…頼むよ!!平景清さま!!

ちなみに、景清神社は大府にもあるのよ…そこも平景清の屋敷跡だったそうで

まあ、逃げ隠れていたんだから…この愛知県内をウロウロしてたのかな…

ちなみに、大府の景清神社のブログも一緒にどうぞ!

知多四国巡礼…大府篇…常福寺と…お寺に縁の景清神社に行く…

 

続いては

赤本陣跡へと

 

ここは「あつた蓬莱軒」の駐車場

 

あつた蓬莱軒本店の壁には「蓬莱陣屋」という表示が…

あつた蓬莱軒本店の場所は、江戸時代・東海道宮宿の本陣があった場所だったんだな…知らんかった…

東海道最大の宿場町・宮宿には、勅使や大名、旗本らの公用の宿泊施設である本陣が二軒あり、赤本陣と白本陣と呼んで区別していた…本陣職を承った者は土地の有力者に限られ、代々世襲制、赤本陣は南部新五左衛門が務め、苗字帯刀を許されていたとか…

その赤本陣があった場所に、現在あつた蓬莱軒本店があるんだな

あつた蓬莱軒本店の甘い誘惑を断ち切って…そもそも、予約の方もいて、昼の2時過ぎなのに…1時間以上は待たされること必至ですので…

 

続いては、あつた蓬莱軒本店のすぐ近く…

宝勝院へと

西山浄土宗のお寺で山号は蓬寿山

熱田湊の常夜灯を、1654年から1891年まで管理してきたお寺だそうで

1952年、近所にあった高仙寺と合併した際、木造阿弥陀如来木造の胎内から、摺仏や写経が多数見つかったとか…

でも唐風の屋根が付いた山門の扉は閉ざされていました

山門のそばの塀には逆立ち姿の獅子の鬼瓦が…

路地からも拝めるお堂は『うすさま明王』の祠

石碑には「宝玉烏枢沙摩明王」と刻まれていて、烏枢沙摩明王とは、密教における明王の一尊であるよう

続いては、

西浜御殿跡へと

西浜御殿は、尾張藩二代藩主徳川光友が造営したもので、東西36間(約65m)、南北33間(約59m)に及ぶ豪壮なものであったといわれ、幕府高官や公家、大名の客館として使用されていたそうな

そこは今となっては、白鳥学区防災倉庫に…

 

市営神戸荘に…

市営神戸荘で寝泊まりすれば、ひょっとしたら大名になった夢がみられるかも???

路の向かいには「内田町神社」の祠がありました

ここは、市営神戸荘の前で熱田区神戸町なのに、神社の名前はお隣りの町名である「内田町」…ご祭神は何なのかも、よくわからなかったけど…二礼二拍手一礼をば

ちょいと疲れたので…上高地にでもいって休憩しようと???

上高地にでもいって休憩しようと???熱田にいながら上高地にでもいって休憩しようと???思ったら

上高地は休業??でした…

残念…モロ昭和の佇まい…寄りたかったな…

 

続いてはこの散策コースのメイン、「宮の渡し跡」へと

 

 

これについての詳しくは別途ブログを

リンクを貼っておきますのでよろしくです!

熱田区にある「宮の渡し公園」に行く…

 

続いては

聖徳寺

浄土宗西山禅林寺派のお寺で山号は亀腹山

名前の通り、聖徳太子像が祀られているお寺のようで

山門…今回の散策で…初めて山門が開かれていたこの光景に感激

山門をくぐると本堂が

この本堂の向かって右側に

太子堂

太子堂へ直接いける別の門も設けられていました…

聖徳寺は昔、漁師の網に引っかかった聖徳太子の像を、太子堂を建てお祀りしたのがお寺の始まりだそう

太子堂の左右にはお寺だけど、狛犬が

胸郭が盛り上がっていますな…口の開け方が微妙な珍しい感じがした阿形の狛犬

 

聖徳太子の像がうっすらとみえるような…みえないような…

これは身代わりの聖徳太子像…漁師の網に引っかかった聖徳太子の像はお厨子の中に入り、扉は閉ざされていて秘仏

めちゃ立派な…歴史を感じる石灯籠

 

さてさて、堀川近くの道路を歩くと

小さな祠がいっぱい…

軻具突智社

旅の安全を願ったのか、栄えていた宮宿ですので、火災保護を願ったのか、商売の繁盛を願ったのか、桑名でハマグリを食べたいと願ったのかわかりませんが…

神社があったのは、堀川への橋が架かっているその手前

そして、このコースの最後の目的地

大瀬子公園

ここは、江戸時代は、熱田魚市場として栄えていたようで

その跡地を示す看板

そして、これが熱田魚問屋モニュメント

 

 

 

跡は、地下鉄神宮西駅へと向かうだけ…

この熱田魚市場跡の廻りには、祠がいっぱい

熱田魚市場跡を示す案内板のあるところには

秋葉神社

こちらも秋葉社

狛犬

口開けすぎやろ!!そんなに口を開けてると、このご時世、カンセンしますよ!!

水天宮

 

大瀬子公園を横切って

 

堀川を眺める…

なんか、歩いてくると、ちょいと旅に出たような気分になれるこの光景

 

いやあ、この後の帰路も含めて

よく歩いた!よく歩いた!!

 

ラストには富士山の上で???

 

ばんざーい!!!

これで「まん延防止等重点措置」ならぬ…私のお腹の「ひまん防止等重点措置」が解消されればいいんだけど…