新・日記どす(DOS)

写真は「ビートルズ」のヘルプごっこ(笑)~音楽からB級スポット訪問記まで、幅広くいろんなことを…笑いをこめて…綴ります~

【BACK TO ROCK】…2018春…りとるびれっじで山口岩男さんのライブ第2部…その1

2018-08-26 07:24:50 | ライブ
【BACK TO ROCK】…

りとるびれっじでの山口岩男さんのライブ
…休憩挟んで

第2部…


まずはMCから

「さっきも何人かの人に言われましたけど「岩男さん痩せましたね」って、これ、40歳で会った人にはそういわれるけど、20代で会ってそれから20年来会っていない人には「岩男さん変わりませんね」って言われる…今は48キロ、衝撃の事実!40代前半の頃は88キロ!!Gパン、34インチ、今デビュー当時と同じ27インチ(拍手が客席から沸き起こる!)
その理由を聞かれると難しいんですけど、弟を亡くしてから落ち込んで、39歳くらいからパニック障害になって、それで心療内科に行って、抗うつ薬、精神安定剤がどんどん増えて、酒も呑んで、医者がくれる薬だけど、これがまたいっぱい出すんだ…どんどん増えて、依存になって、肝臓とか膵臓とか弱っちゃって…それで、代謝が落ちて太るわけ…また薬飲むと甘いものが欲しくなっちゃって、シロノワールとか…笑…大好きになっちゃって…で、2年間かけて文章書いてきて、実は2年越しなんですけど、このたび作家デビュー、自伝的な…4月13日に書店にジャーン!!」


「「うつ病」が僕のアイデンティティだった~薬物依存というドロ沼からの生還」


「薬物依存って田〇まさしさん系ではなく、医者からもらった薬なんだけどね…丸4年は完全なベジタリアン、今、多少は牛肉ぐらい食べてるけど…自分で畑をやる…無農薬野菜を作って…畑が忙しくて音楽ができない…笑…」


「おととしくらいから、全国の中学校、高校を廻っています…口から入るもので健康にもなるし身体も壊すよ!僕の体験きいてくれって!…講演…これ、講堂に何百人もいるんだけど、ファンが一人もいないからね…ものすごいプレッシャー…だって、悪そうなやつもいるわけじゃん、明らかに、俺こんなところにいたくねえ感バリバリの…そんな子を惹きつけていくわけだけど、こないだ徳之島、人口2万5千人くらいの小さな島…泉重千代さん、一番長生きした人がいたところ、自然分娩の5つ子ちゃんがいたところ、長寿で有名な島、暖かくて、昔ながらの食生活で、見事な自然で、こんなところに住んでたら本当にいい子に育つんだろうなと思ってて、去年の12月4日、そうジョンレノンの命日、徳之島の学校でいろんな話をして、薬物関係の本の話…これ、学校では問題あるかなと思ってあまりしないんだけど、この日は流れで、実はこういう経験して、医者が出す薬だけどいっぱい飲んじゃって、体重増えちゃって、なんて、終わってから控室で、けっこうヘビーな話しちゃったなと思ってたら、学校の先生が来て、
「実はこの生徒の中にいるんですよ!島に一軒しかない薬局に行って「ブロン錠」とか20本、一気飲みして、ヘロヘロになって倒れている薬物依存の子が…」
「えっー!!こんな島の高校生にそんな子がいるんだ…とそれは、ショックだった…今、そういう問題いっぱいあるわけ…薬物って言っても覚せい剤とかそういうものではなくて、薬局で売ってる薬とかを大量に飲んだりして…ショックを受けた帰り、飛行機が遅れて4時間くらい足止め食らって、昭和な感じのカフェで、ボーッとしてたんですよ…あ、その子と会えたらもう少し話がしたかったなって…」



「僕、山形、東北出身なんですけど、東北って「あまちゃん」とかで東北弁のイメージあるでしょう?吉幾三さんとか…でも、今の甥っ子、姪っ子は、東北弁しゃべりません!僕らが最後です!田舎に帰ると、親や友達と東北弁でしゃべるくらいで、急激に東北弁はなくなってきてます…寂しいなと思って、そんな思いで、徳之島から帰って作った歌があります…」




「今日は、新しい山口岩男の世界…20代の頃は、「ON THE ROAD AGAIN」…街を出ていくとかそんな歌だった…でも30過ぎて一時期歌えなくなった…だって街ももうでちゃったし…きっと尾崎豊くんも生きてたら♪盗んだバイクで~って、40,50になってたら歌いにくいよね…ずっと同じ内容の歌が歌えなくて…でも50過ぎると、どうでもよくなってくるんだけどさ…笑…で、なんか、あの子たちに、この歳の大人として伝えられることを歌にしていきたいなと思って、自分の中では新しい試みの歌作りになったんですけど…徳之島のあの子に、もし会ったらこういうことを伝えたい、命を大事にしようぜ!体に悪いもの入れるのやめようぜ!って、ことで、去年の暮れにかいた曲」




「島の少年」



50代の等身大の岩男さんの想いが
飾る言葉なんぞ必要とせず…感じた想いが
ストレートに伝わってくる歌


歌はフォークの匂い…
切々と想いが伝わってくる…



行ったことのない徳之島の風景が
…心に浮かぶ…

たぶん、心の中は、私が行ったことのある天草の海の…島の風景を手掛かりにしてると思うんだけど…
さらには…会ったことのない少年の姿も…心に浮かんでくるかのよう…



「僕は、大学を辞めて、プロを目指して、当時はフリーターなんて言葉がなかったもので「プータロー」って呼ばれてましたけど、エアコンの工事のバイトをして、3年間で千台くらいつけてますね…未だに街でエアコンのパイプが曲がってたりすると…実際になおしたこと3回くらいあります…笑…几帳面で…笑…高円寺、バンドマン、売れない漫画家などいっぱい住んでる街で住んでいたことがあって、1万8千円のアパート、その街に、デビューした頃のマネージャーが住んでいて、Facebookを通じて20何年ぶりかに、おととしに会って、カフェのオーナーになっていましたね…「SUBWAY」という曲をかいたのも…その街…
…で、今は湘南に住んでいて50過ぎてサーフィンを始めたりして、この間、あるレコード会社関係の人から、「岩男さん、海の近くに住んでいてサーフィンもやっていられて、素敵な50代のくらしでジャック・ジョンソンみたいな感じのアルバム作ってくださいよって言われて…「いいね!」おしゃれな感じで…」


と…ラップ調の曲を1小節歌うも…



「やりたいんだけどさあ…何度も試したけど、根がフォークですから…笑…俺、ケツメイシの音楽もやってたから…頑張ってみるも…そう、かっこいい曲作ってよ!って言われたんですけど、それからできた曲はフォークで…今年55歳だけど昭和30年代生まれは、ぎりぎり加川良さんとかが残っているんでいるんだね…去年かいた曲を…フォーク酒場で歌うような古臭い曲ですけど、まぎれのない新曲です…」


「煙突越しの空」









新曲なのに
まさに…1980年代にタイムスリップしたかのような感覚…
初めて聴いた曲なのに…
すんなりと心に沁みる!!
私自身、中、高校生を振り返ってみると
ロック少年!!???だったので
フォークは…さほど…ハマっていなかったはずなのに
すんなりと…心に染み入る!染み入る!!
懐かしさまで感じるこの曲…
情景が心に浮かび…その歌はしっとりと


そして歌詞の中の


♪うまくやれるさと呟いた~


この歌詞が心にいつまでも残った…
そうなのよ!!
私の人生、振り返ってみれば…


今度こそはうまくやれるさ
今度こそはうまくやれるさ
今度こそはうまくやれるさ


そう思って…気が付いたら50代…みたいな…苦笑




「フォークでしたね…笑…ロック小僧でもあったんだけど、年代的にNSPとか「とんぼちゃん」とか、そういうものもラジオで流れてたし…そのころ身体に入ったものは消えないね…」

そう語って


「真夜中のリバー・サイド」


曲の初めはハーモニカでしっとりと
そして躍動的なサウンドで畳みかける!!

いやあ、懐かしい!!ハートランドのあの時がよみがえる感じ…
アレンジは…あの頃のぶっ飛ばすロックというよりも…
50代の…今の岩男さんが…等身大で感じられる…そんなアレンジで…
これがまた…めちゃめちゃええ感じで…




「去年11月23日に「山口岩男ゴールデン☆ベスト」発売を記念してサックスも入ったフルバンドで25年ぶりくらいにやった…当時のメンバーだった関雅夫さんも参加してくれた…他のメンバーとも連絡がとれているので、来年の30周年には30年前のバンドメンバーでやりたいなって思ってます…」


(拍手喝采!!)


「音楽から退いた方も所在不明者…笑…もいるんですけど、消息はつかめているので…問題のある方はいらっしゃいません!!…当時は20代…ハートランドで、30年前はマンスリーでライブをやってた訳…僕も若かったし…ホテルいらないんじゃないかっていうくらいの飲み方してました…朝7時とかまで呑んでて、ホテルでシャワー浴びるだけ…みたいな…」



ここでその頃のメンバーの近況の話…を挟んで…


最後に一言

岩男さん

「すみません、話ばかりで…降りてきちゃうんでしょうね…きっと…笑」








この続きのレポは…また次回に…


長くなっているからね


お楽しみに~