打越通信

日記ふういろいろ

移行作業

2016-09-29 21:52:15 | パソコン
先週頭には新しいパソコンの一部が着いた。
翌日にはモニターも着き、しばらくダンボールのまま事務所の片隅に置いたままだった。
週の中に休みが入り、また細々した仕事が次から次へと入ってきてそれどころではなかった。
なにせ突然と色々なことが入ってきて次から次へと対応しなければならない。
今までの仕事はどちらかというと、どっかりと机に座りじっくりと構える仕事だったが、今はこまごまとした仕事を次から次へとしなければまわらないような仕事になった。
私だけでなく、周りの皆も仕事の本質は何なのだろうと思うくらい忙しくしている。
まあ、そういう社風というか文化なのだ。
携帯電話を常に耳にあて、誰と話をしているのか知らないが、次から次へと自分から仕事を作っているとしか思えない。
そんなわけで一週間以上もダンボールに閉じ込められていたパソコンを、やっとのことで引っ張り出した。
まずはサーバーに向ってアカウントの登録を行った。
今までのアカウントはそのまま残し、新しく登録していく。
コンピュータの管理はしないのでアカウントだけ登録する。
サーバーの登録はそれだけ、あとはパソコンを取り出してアカウントの登録とIPを割り当てる。
ドメインへの接続までは何のことは無い。
権限の設定やらオフィスの登録、プリンタドライバーのインストール、そしてさまざまなアプリケーションのインストールなどだ。
インストールするたびに色々な問題が出てくる。
たとえばウイルス対策ソフトだ。
サーバーからのインストールでIEからのダウンロードになる。
しかしIEのバージョンがIE10以下で無いとダウンロードできない。
当然マウントされたIEは11になる。
これを一度削除してIE10まで落としてダウンロードしなければならない。
このIEを削除したり再び最新のIEに戻すのに、一方ではFirefoxをダウンロードしながらそちらで作業することになる。
かなり時間がかかる。
その間にもWindowsUpdateが始まったら手のつけようがない。
一度でも失敗すればインストールの最初からやり直すことになりかねない。
おまけにそのほかの仕事をしながらとなると、どこまで進んだのか忘れかねない。
何度かそんな事があったり、間違ってオフィスを削除してしまったりと時間がかかる。
Windowsマウントタイプなのでオフィスだけの再インストール方法がわからない。
ネットで調べマイクロソフトのページから再インストールを探し出したりと何かと時間がかかった。
そんな作業が終わればお気に入りやデスクトップにメールや連絡帳の移行がある。
今週はそんなわけであっという間に過ぎてしまった。
ほんと、こんな作業ほどクラウドになればかなりの需要はあると思うのだがな。
誰かそんなサービスを初めて欲しいもんだ。

広島ウォーク3

2016-09-27 21:29:00 | 小旅行
さすが3日にわたって書いてくると、今まで書きっぱなしだったが読み返さなければならない。
さて、おもい腰を上げて、電車に乗ろうと思った。
せっかく買った一日乗車券もまだ1回しか乗っていない。
しかし大通りには電車が走っていない。
川の先に緑の多い、少し高い山が見えた。
雰囲気的に興味を感じたので地図を見ると比治山公園とある。
橋を渡り、川沿いの木陰を歩く。
木漏れ日が美しく輝いている歩道を歩く。
自転車(良く見るとレンタサイクルだった)に乗った白人のオジサンから、エキスキューズミイと声をかけられた。
何を言っているのか良くわからないが、妻が流暢な日本語で応えていた。
手で三角の形を作り、どうもどうもと言っていた。
今歩いてきた道のようなので、橋を指差し曲がる、あとは手を真っ直ぐにして、ストレートと教えた。
サンキューと言って走り出したのだが、持っていた地図を渡してあげれば良かったと後悔した。
地元の人と思ったのだろう、まさか博多からやって来た者だとは、外人さんには分らなかったのだろう。
綺麗な木陰の道を歩き電車通りに出た。
広島近代美術館の看板が出ていたのでいくことにした。
しかしこれがミスだった。



最初はだらだらの登り道だったが、途中から急な上り坂になった。
おまけに急な階段が待っていた。
10歩ほど歩き休む、再び歩き出すが脚に乳酸がたまって動けなくなる。
途中の公園で一休み、妻が
「二度と来ることは無いかもね」
その通り。



山のてっぺんに近代美術館はあった。
一通り展示物を見て外に出る。
近くにまんが図書館があるというので行ってみた。
こちらは家族連れで混み合っていた。
あとで知ったのだが、ここはかつて島だったようだ。
埋め立てで島がいつの間にか山になったという。
原爆の爆風もこの山を境に被害が分かれたそうだ。
ひとまず山を降り、路面電車に乗った。
乗った瞬間に眠りに入った。
着いた先は終点の広島港だった。
だだっ広い公園の反対側に船乗り場とターミナルビルがあった。



三階の展望所みたいなところに行き、港を出る船、入ってくる船をしばらく眺めた。
このあたりは宇品(うじな)という地名のようだ。



終点の広島電鉄の乗り場には色々な電車が止まっていた。



普通の電車より短いが5量編成になった車両もあった。
電車に乗り広島駅まで戻った。
新幹線の時間までまだ2時間もある。
駅周りをブラブラとして一軒の居酒屋に入った。



店内はカープの赤いユニフォームを着た客で混雑していた。
なにせ店員さんまでユニフォームを着ているので変な感じだ。
妻は時間内サービスとやらで生ビール2杯とチュウハイを頼んでいた。
店内にあるテレビでは豪栄道の全勝優勝の瞬間があっていた。
そのあとのニュースでは広島カープの今日の試合の様子が出ていた。



店内のカープファンが一斉にテレビに集中する。
妻と今回の広島について話をする。
突然、妻の目から涙が流れる。
笑いながらも何か感じるものがあったのだろう。
新幹線の待合室ではブラタモリの番組があっていた。
ちょうど終わりかけのようで広島電鉄の電車の前にタモリが立っていた。
帰りの新幹線、妻は私から取り上げたウォークマンを聴きながら、赤い顔をして気持ちよさそうに目を閉じていた。
アパートに戻り歩数計を見る。
17663歩、それほどでもなかったようだ。

広島ウォーク2

2016-09-26 21:32:20 | 小旅行
平和公園を出て広い広い通りに出た。
車道も広いが、歩道がそれより広くまるで道自体が公園のようになっている。
その道の回りには近代的な高層のビルが建ち並んでいる。
広い広い公園のような木陰にベンチがあったので市内の地図を広げる。
地図を見ていて後ろを振り向いてみた。
NHK広島放送局の目の前にいたのだ。
並木通りを探したら近くにいることを確認した。



広い広い歩道を歩いていると外国人が多いことに気づく。
駅もそうだったが、平和公園にも、そして街中にも多い。
どこそこの観光地と違い、アジア系の人たちではない。
妻の実家がある佐世保の街を思い出す。
米軍の基地があるのかな、ついついそんな事を考えた。
オバマ大統領の訪問の影響もあるのだろうが、やはり人類史上初めての出来事があった街だからなのだろう。
そんな事を考えながら歩いていくと雰囲気のある通りに出た。
大通りから左折してその通りを歩く。
奥の方から生バンドの音がする。



音がするほうに行ってみるとお好み村の看板が見えた。
広島ウォークのもう一つの目的だ。
とりあえず看板があるビルに入り2Fのボタンを押した。
エレベータのドアが開くと、そこはお好み屋さんの楽園だった。



ビルの中に屋台がひしめいている、そんな雰囲気だった。
どのお店も客が入っているが、人がいない場所も予約席の札が掛かっていた。
お店のおばちゃんに空いてますかと声をかけると、カウンタ席の端っこのほうに通された。
当然、広島風お好み焼きを、妻はあまり食欲が無いのか普通のお好み焼きを頼む。



目の前では一気に十枚近くのお好み焼き作りが始まった。
焼き終わった頃、集団の客(たぶん関西方面から)が一斉に店に入ってきた。
添乗員らしき人が、何号車の方は、こちらのお店などと声を上げていた。



その集団の人たちと同時に焼きあがったお好み焼きが出てきた。
一口食ってやはり本場の味は違う。
ソースなのか、そばなのか、よくみるととろろ昆布が入っていた。
本場のお好み焼きを頂いて、しばらく歩き、川の岸辺のベンチで休憩をした。
風が気持ち良く、川の眺めと橋を渡る路面電車の風景、そして高層のビル、素晴らしい眺めだった。
しばらく心地よい気分に浸った。
時計を見るとまだ帰りの電車の時間には十分過ぎる時間がある。
重い腰を上げて、さてさて何処に行こうかと考えた。

広島ウォーク1

2016-09-25 17:23:01 | 小旅行
広島駅に着くなり強烈な歓迎を受けた。
新幹線の中でも徳山や新岩国あたりからいわゆるカープ女子とやらが乗車してきたが、駅全体がまるでマツダスタジアムのような雰囲気だった。
店内放送はカープ応援歌がガンガン流れ、売り場に立つ店員さんは赤か白のユニフォーム姿だ。
在来線の駅舎に行く。



ここもまた行きかう人々はカープの赤いユニフォームを着ていて、駅前ではさらにカープグッズを売っていた。
今日も試合があるのだろうか、行きかう人々はぞろぞろとスタジアムに向っていた。
駅前にある広島電鉄の乗り場に向った。



一日乗車券を手に入れるためだ。
600円で広電乗り放題だから買ったほうがその都度精算するより便利だ。
コインで使用する日付を自分でこすって提示するようになっていた。
さっそく駅前から広電に乗り込んだ。
今日の目的の一番目の地へ行く。
電車の窓から見る市内の風景は割りと平坦で坂の無い街のようだ。
そして川があちらこちらに入り組んでいるように思う。
橋が多いそんな感想だった。
原爆ドーム前で電車を降りた。
公園らしい場所に多くの人が集まっていた。
どうも近くにある展望台の無料開放があっているようで長蛇の列だった。



ふと目を上げるとあの原爆ドームが目の前に現れた。
原爆投下から70年以上経った建物だ、風化も激しいのだろうが、現実の証人として建っていた。
写真やテレビでは何度となく見たが、実際こうして現物を見るとそのすごさがわかる。
案内板を見ると、爆心地だったため爆風が横からではなく、垂直方向に流れたため倒壊を免れたような事が書いてあった。



ドームの周りには外国人が多く見られた。
アジア系の人もいるのだろうがそうでは無い人々だ。
置かれた雑誌を輪を組むように熱心に読んでいた。
やはり世界中に知れたヒロシマの知名度なのだろう。
原爆ドームをあとにして平和記念公園に行って見た。
広々とした公園は綺麗に整備されていて、平和の鐘から入り、平和の灯を見ながら原爆死没者慰霊碑に向った。



慰霊碑からは平和の灯、原爆ドームが一列に並んでいた。
静かに手を合わせ、平和資料館に向う。
入口では同じ赤いTシャツを着た白人の青少年たちがいた。
ハイスクールたちのようで修学旅行のようなものだろう。
資料館を一通り見てまわった。
やはり重かった。



公園を出てしばらく川のほとりのベンチで休憩をする。
日差しは強いが爽やかな風が気持ちよかった。

博多ウォーク

2016-09-22 20:15:17 | 写真投稿
このところ、毎朝と晩にストレッチを始めた。
腰の痛みがとれない事と正座が出来ない事への対応のつもりだ。
狭いマンションの部屋にはベッドやソファーが置けない。
長い間の生活から一変して、一部屋は座敷スタイルの部屋になった。
座布団の生活になって正座が出来ないことに気づいた。
少しずつ筋を伸ばしながら時間はかかるが正座が出来るようになった。
硬くなった筋肉や筋を伸ばしていくと通常の歩行でも滑らかに歩けるような感覚になる。
秋分の日の朝、狭いマンションの足場とシートで囲まれた暗い部屋に入るのも気が滅入る。
妻を誘って散歩に出る。
出るといっても今住んでいるところは緑がある所ではない。



オフィスビルや高層のマンションが建ち並び、公園といっても半ブロックくらいしかない狭い所しかない。
クルマに乗ってちょっとした公園にでも出かければ良いのだけど、まだそういう所は知らない。
マンションを出て、行く先は博多駅か天神、あるいはキャナル方面となる。
博多駅方面は毎日の通勤で歩いているので天神方面に歩き出す。



大通りではなく、なるべき裏道を歩く。
天神の裏通りにも飲食店が建ち並んでいる。
やっぱり人が多いのだな、これだけの飲食店がちゃんと仕事として成り立っているのだからすごいものだ。
天神まで来ると見慣れた風景で面白味は無い。
天気もぐずついてきたので地下街に入る。
妻が腕を組んでくる。
「他の人が見たら私が介護してるように思われるよ」
などと減らず口を叩いている。



天神のビルの一角で一休み。
昼食を摂りたいのだが有名店には長蛇の列が並んでいる。
裏通りとはえらい違いだ。



まあ、散歩が目的なのであきらめてそのまま大博通りまで出た。
一眼レフカメラも福岡には持ってきたが、今のところ撮る対象が見つからない。



いつか博多の街を対象に印象に残った街の風景を撮りたいと思っている。
しかしなかなか印象に残る街の風景は見つからない。
そんなことを思っていると手を引かれた。
引越しの手続きのとき来た食堂だった。



チキンライスと言ってはみたが、メニューには無いらしく、オムライスになりますと返事が返ってきたのでそれにした。
妻は私が迷ったもう一つの方を頼んでいた。
食堂を出てどうしようか迷ったが、帰ることにした。
部屋に戻り歩数計を見ると12706歩だった。
博多ウォークなどと言葉は良いが、ただの徘徊じゃないのかな。

クジラ刺し

2016-09-19 22:38:43 | 日記ふう
台風16号の報道は数日前から見ている。
しかしなかなか速度が遅いようで、気象庁の台風情報を見ると時速10kmなどと私のジョギングクラスのスピードだった。
やっと速度が速くなったと思ったがそれでも25kmや35kmと遅い。
福岡は未明から大雨の注意報が出ていたが、何のことは無い、雨がパラパラ程度だった。
週末の休みもこの台風の影響で結局何も出来ず過ぎていく。
雨も上がり昼前からちょっとした買い物に出かけた。
福岡の町もずいぶんと道を覚えたが、まだまだナビの手助けがいる。
野間というところにモールがあるというので出かけてみた。
サンリブが入る小さなモールだった。
2階にダイソーがあり、妻が何か小物を数点買っていた。
南公園を越えて大名を抜け、天神を横切りキャナルに行って見た。
あまりファッションには興味が無いが、妻がジャケットを見つけた。
ジーパンはリーバイスの511が2本ある。
だいたいそればかり着ているのでそれに合うのではというので買った。
軽い食事をしていつものスーパーに食料品の買出しに行く。
鮮魚コーナーで鯨の刺身を売っていた。
値段を見ると300円前後だったので、ブリ(ヤズ)の刺身と一緒に買った。
アパートに帰り、財布代わりに使っている名刺入れを探すが無い事に気づいた。
部屋の中、クルマの中を探すが何処にも無い。
名刺入れの中には、免許書、保険証、銀行カードにクイックペイ、クレジットカードが2枚、それに現金が2万円ほど入っていた。
まあ現金はどうしようも無いが、そのほかのカード類が心配だ。
気持ちを落ち着かせ、昨日からの行動を詳細に思い出す。
土曜日は会社から先輩を連れて我が家で一杯飲んで先輩の家までクルマで送った。
そのあと味噌ラーメン屋でラーメン食って家に戻り眠りに着いた。
翌日はレンタルショップに行きCDを10枚ほど借りて、吉塚通りの定食屋で野菜炒め定食を食った。
そして今日の行動だった。
妻とそういう話をしながら、レンタルショップが怪しいと話が決まった。
さっそくレシートを出し連絡を入れる。
黒色の名刺入れ、それと中に入っているものを細かく伝えた。
しばらく待っていると、名前を聞かれた。
なんとあったのだ。
食うだけの刺身を冷蔵庫に入れ、あわてて店まで行く。
本人確認はこの顔だ。
渡された名刺入れから免許証を取り出して店員さんに確認してもらった。
カードと現金を確認したがすべてあった。
差出人を聞いたがわからないという。
博多の街と人が大好きになった瞬間だった。



クジラの刺身?
いつの間にか別の話になってしまったな。
博多は魚が新鮮で美味い、人も優しくてとても良い街だ。

台風の接近

2016-09-18 20:38:53 | 日記ふう
息子達夫婦が遊びに来るといった情報があったが、台風の影響で変更になったようだ。
福岡は雨だがそんなにまだ降っていない。
熊本は激しく降っているのだろうか。
せっかくの3連休といいたいところだが、月に一度の土曜出社とやらがあり、3連休になると決まって私に番がまわってくる。
まあ、しかたない。
休みといって特に出かける用事もなければ、人込を避けて何処に行くといっても行くことろも無い。
おまけに台風接近で何時大雨が降り出すかも知れない。
しかたなく市内にあるレンタルショップに出かける。
近くのモールにあるレンタルショップもクラシックのピアノ曲は数も少ないし、ほとんど借りた。
それでちょっと郊外にあるショップに行ってみた。
博多方面からは福岡空港の反対側にある志免町にある。
平地のど真ん中に空港があるので邪魔であるが迂回して行かなければならない。
駐車場に着くのだが、ここもクルマで一杯だった。
やっと屋上の一角に駐車スペースを見つける事ができた。
広い店内にレンタル、新書、中古本が並んでいる。



さっそくレンタルCDの場所に行き、クラシックを探す。
Jポップや洋楽などがずらりと並ぶ。
クラシックはその棚の一部しかない。
しかしそれはどのショップも同じで、クラシックやジャズなどは数が少ない。
ピアノ関係を探していると、他の店には無いCDがあった。
気にかけていたピアニストや作曲家のCDがある。
手当たり次第に籠に入れ自動貸出機で手続きをする。



精算まではなんとかなるのだが、今日も貸し出し解除の方法が上手くいかない。
この解除が上手くいかず何度も出口で警報が鳴り出す。
店員さんを呼んで解除の方法を教えてもらう。
というより解除をしてもらう。
せっかくの自動貸出機なのに、かえって手間がかかるのだ。
解除してもらい、店内の新本を見て回った。
Active Directoryに関する本があったので、しばらく読んだ。
書いてある内容はだいたいわかるが、一冊は欲しいと思って値段を見た。
まあ、ネットで調べれば良いか、とあきらめた。
さて今日はCDでも聞きながらゆっくりと過ごすことにする。
明日も台風の影響で雨だろう。
何をするかな・・・。

中洲屋台と中秋の名月

2016-09-14 21:24:32 | 日記ふう
娘(息子の嫁)が泊りがけで遊びに来た。
彼女も2年ほど前まで、2年半くらい博多暮らしをした事がある。
住んでいた場所も美野島の今のアパートのすぐ近くだった。
仕事がら休みは不定期で土日が休みとはかぎらない。
博多にいた頃は、天神の三越のなかにあるファッションブランドの店長をしていたようだ。
その手腕を買われ、今は熊本でユニクロ(ファーストリティーニング)関連のブランド店で働いている。
福岡にいる頃も仕事に追われ、なかなか遊びに出ることもなかったようで、今回はゆっくりとした感じで博多にやってきた。
仕事から帰ると妻と娘が少しくたびれた様子で向かえてくれた。
アパートで軽く食事をして、ドライブでも行こうかとアパートを出た。
博多駅周りをブラブラとドライブして、箱崎宮で放生会があっていることを思い出した。
しかし地元の人の話では、人が多くて近寄らないほうが無難だよ、と教えられていた。
じゃあ、と中洲の屋台はどうだろう、と話をすると即決で決まった。
キャナルシティーの近くのコインパーキングにクルマを入れる。
60分100円だからそんなに高くは無い。
キャナルから道路を渡り那珂川沿いの歩道に出る。
ついこの前、中洲ジャズフェスで来たところだ。
前回と違い平日でもあるしあの時ほどの人手は無い。
秋風が吹き半袖では少し寒いくらいの気候だ。
このところ台風の影響なのか曇りや雨の日が多かった。
しかし今日は晴れていて、中秋の名月近くの月が出ていた。
中洲の夜景と中秋の名月、なんとも贅沢な風景だった。



数ある屋台だが何処も賑わっているようだ。
中には小さな子供連れで来ている人も見られる。



川沿いの歩道では外国人らしき人たちが物珍しそうに眺めている。
博多に来て半年経つが駅前の屋台は入った事があるが中洲の屋台に入るのは初めてだった。
屋台に入るとそこは別の世界が待っている。
妻と娘はビールを、私はウーロン茶で乾杯だった。



入った屋台が串焼きの店だったようで、串の盛り合わせと天ぷらの盛り合わせを注文した。
妻も娘も興奮を隠せないようで2人でワイワイと騒いでいる。
串焼きもチーズを絡ませたりとなかなか凝った味付けだった。
もうこれだけでお腹一杯になる。
妻も娘もほろ酔い気分のようで、屋台を出てしばらく中洲をぶらついた。



川には夜間用の観覧船が出ていた。
数日前は屋形船だったが、こちらはビートのきいた音楽をガンガン鳴らした若者用のボートだった。
夜景に月、何枚も写真を撮った。
アパートから歩いてこれる場所にあるのにもったいないことだ。
春吉橋には変なパウォーマーいた。
「ピヨピヨちゃんがいる!」といって話しかけていた。
パウォーマーはピヨピヨしか話さなかったようだが、手にはしっかりとCD持って帰ってきた。



気持ちの良い夜風に吹かれながらブラブラと歩き、クルマを出してアパートに戻った。
その夜は川の字で3人ぐっすりと眠りに付いた。

秋夕の虹

2016-09-12 21:13:20 | 日記ふう
雨の一日だった。
金曜の夜、ちょっと遊びすぎたようで、次の土曜日は睡魔との闘いで辛かった。
これじゃいかんと体制を整えたつもりだったが、さすがに今日まで残ってしまったようだ。
週の区切りで先週中に機器選定を終わり、富士通とHPからの見積もりを評価した。
価格的には今月が決算だと言う富士通がかなりの値引きを入れて来た。
モニターをカットしてほぼ同じ構成にしたのだが、メモリーはHPのほうが16GB積んでいた。
最終的には私の評価を入れ稟議を書いた。
今までのサポートへの評価や機器のメーカーを統一したほうが良いのではないかというものだった。
稟議が降りるのに少なくても3日ぐらいかかるだろうと思っていたが、提出後1時間もしないうちに降りてきた。
これにはさすがビックリしたが、それではとさっそく発注の手続きを終えた。
これまでが先週までの流れだった。
納期までは10日前後あり、それまでにパソコンの入れ替えの準備をしなくてはならない。
3段階に分けた入れ替えではあるが、その前に複雑に入れ替えがあっているようで、今回入れ替える機種の中に比較的新しい機種もあり、またそのほかには古い機種もある。
入れ替えをしなければならない。
ユーザーアカウントの入れ替えとデータ移行、それに新しいパソコンの移行作業が待っている。
となりに座る女の子にパソコンのイロハから教えようとしたがどうも興味を示さない。
IPアドレスの振り方、ドメインの考え方など教えた、一応IPを振ってドメインへの接続までで終わってしまった。
どうもそこまでも大変だったようで、その先からは敬遠されてしまった。
事務的なことだけでなく、少しはパソコンの知識を持ったほうが彼女の為になると思ったがしょうがない。
今週は入れ替えの計画をし、来週は移行作業に入る。
この際、サーバーも設定を変えポリシーでの管理にしようか、しかし時間的に無理かな。
まあこのままでも何の問題も無いわけで、徒労に終わるかもしれない。
もう一つ退避に時間がかかりすぎている点も気になっている。
フルバックアップしているためNASへのバックアップが一晩では終わりきれていない。
LAN上へのトラフィック増加の問題もあるがフルバックアップは必要か、という疑問もある。
色々やりたいことはあるのだが、どこまでやったら良いのか判断が難しい。
なぜかというと誰も問題としてとらえていないのだ。
やってみて不都合だけが目立つことに成りかねない。
世の中にはこんな事がたくさんあるのだなと思う。

中洲ジャズフェスとおでん

2016-09-10 21:03:10 | 日記ふう
久しぶりに仲間が集まった。
先輩と後輩2人に妻も参加した。
博多駅の地下街にある居酒屋に集合となった。
後輩1人は下関からわざわざ新幹線に乗って来るという。
もう1人は地元博多からだった。
4人とも前務めたていた会社の同僚で、私と先輩はOBになる。
勤務地も職種も違った同僚だったが、なぜか気のあう仲間になった。
今日も私は早出だったので午後4時半には会社を引け、妻と駅で待ち合わせし居酒屋に向った。
先輩と最初は飲んでいたが割りと早めに下関の仲間がやってきた。
どうも直帰扱いにして早めの新幹線に乗ったようだ。
最後に博多勤務の後輩が来て、一通り飲み食いをしたあと
「中洲でジャズフェスティバルがあっている」
という話になった。
店を出てキャナル方面へ歩き出す。
キャナルの中を通りすぎ、那珂川沿いの歩道に出る。



その会場では人気バンドなのだろう、大勢の人を集めて盛り上がっていた。
会場は中洲周辺のいたるところにあるようで、しばらくその会場の雰囲気を味わって先を急いだ。
歩道上には博多で有名な屋台がずらりと並んでいる。
博多に来て初めて夜の中洲に来る。
夏も終わり、涼しい風が気持ちよく、空には秋の月が出ていた。



那珂川のほうも見ると屋形船が優雅に遊覧していた。
出会い橋付近も人影が多く、橋を渡ったところにも大きな会場があった。
こちらはギターとボーカルの割りと地味なバンドだったが懐かしいアメリカンポップな曲を歌っていた。
何曲か聴いたあと、先輩は明日の仕事の事があるというので帰っていった。
残された3名と妻とで近くの一杯飲み屋を求めて天神の裏道を歩く。
気の聞いた店が無ければ、我が家のアパートで飲もうと美野島方面を目指して歩く。



下関からの後輩が何か見つけたらしく指を差す。
面白いから入ってみることにした。
カウンター席は割りと人で埋まっていたが奥の座敷が空いているという。
細かく仕切られた部屋に通され、メニューを見る。
おでんが中心でそれでも値段は高くない。



それぞれにおでんを注文し落ち着いた雰囲気でそれぞれの話で盛り上がった。
後輩たちも最終電車が気になるようだ。
それでもお開きになることは無く、もう明日に時間が変わる寸前まで話は続く。
店を出て美野島まで歩いて帰った。
もうすでに最終電車は無い。
下関の後輩は我が家に泊まってもらうことにして、もう一人の後輩は夜のドライブと称してみんなで篠栗町の自宅まで送り届けた。
その後下関の後輩と延々と話が盛り上がった。
寝たのは午前3時過ぎ、アルコールなしでもさすが今日は一日眠かった。

音楽のある日々

2016-09-08 21:17:24 | 日記ふう
睡眠が上手くいかない。
夜が遅くなってしまい朝が辛くなってきた。
夜10時くらいから寝床に入るのだが、それからが長い。
テレビも面白い番組はあまりなく、本を読むにも読む元気が無い。
パソコンをつけ新聞を読むが新しい記事は無く昼間に読んだ記事ばかりが並ぶ。
そんな時、コンパクトプレイヤーを持ち出して音楽を聴く。
きっかけは、大雪の日に実家の事が気になって帰省し、帰りにオヤジのCDボックスから数枚のCDを持ち出した。
帰りのクルマの中で聞いたピアノ曲に引き込まれた。
それがホロビッツだった。
それからピアノ曲のCDをあさった。
ホロビッツを中心にショパンを聞いた。
同じショパンでもギーセキング、アシュケナージ、ルービンシュタイン、アルゲリッチ、ブーニンなどのピアニストたちだ。
クラシックは初心者なので、どのピアニストがどうだこうだという立場では無い。
ただ、それぞれの個性のようなものは少し分るようになった。
同じ曲でも、妻はホロビッツを笑い、ブーニンを好む。
次にベートーベンを聞き出した。
ベートーベンのピアノソナタというと3大ソナタ曲だ。
そこでも私はホロビッツが好きなのだが妻は笑う。
笑うけど個性的で面白いという。
ポリーニを聴き感動するが、妻は爪の音がうるさいなどと意見は分かれる。



どんなものかなと思って買ったウォークマンもそこそこの音がするし、周りの雑音を消すというイヤホーンもなかなか良い。
雑踏の中でもクリアな音が楽しめるのはなかなか重宝している。
飽きない音楽と思いクラシックを聴きだしたクラシック初心者だ。
無圧縮の曲なのでカードには10枚くらいのアルバムしか入らない。
最初に消えたのは徳永英明や夏川りみだった。
次に消えたのが中村紘子や辻井伸行。
気分転換に入れていたリーリトナーやハービーハンコックも消えつつあり、ジャズは先日同級生が渡したサックスのアルバムだけになった。
入れ替えは週に一度あるか無いか、毎日が楽しくてしょうがない。

雲の上の話

2016-09-07 21:24:40 | パソコン
福岡で仕事をすることでのメリットみたいなものも当然ある。
ネット社会になりパソコンの調達も地域に関係なく平等(という表現がいいのか)になりつつある。
しかし実際のところは現物を見て、または話を聞いて雰囲気をつかむところから始まる事が多い。
社内でもすっかり機器調達係りのような存在になりつつリ、以前のじっくりと考える仕事とは違ったことになっている。
どちらかというと機器(パソコン)などのハードにはほとんど興味がなかった。
興味が無いのでハードについての専門的な知識は素人並みだった。
しかしこの会社に入り、機器(パソコンだけではなく)調達の仕事が中心になっているのが現状なのだ。
そんな仕事をしていると落ち着いてソフトの開発など出来はしない。
そんな雰囲気の中ではあるが情報屋の訪問も無いわけでは無い。
飛び込みや人伝えに色々な業者がやってくる。
しかしそんな情報屋もほとんどがハードウェアの売込みが多い。
そんな中、ヒューレットパッカード(HP)主催のセミナーに出かけてみた。
会場にはHPの製品群が並び、最新のパソコンやタブレット(スマホ)が展示してあった。
そしてセミナーを聞いた。
どうも世に中はクラウドビジネスが盛んなようで、オフィス365を始めにクラウドを利用したリアルタイムな情報交換が当たり前になって来ていると言う。
少子化により油の乗った働き盛りは会社の概念を超え、情報をリアルタイムに利用して何種類もの仕事をこなす時代だという。
博多のようなコンパクト(スモール)な地域でもあと5年もしないうちに東京のような組織にならざる終えない。
などと煽っていた。
確かに最新のハードを使いオンラインストレージやオフィス365のようなツールを使えばそこそこの情報のやり取りは出来る。
その点は一理あると思うのだが、はたしてそうなのかと首をひねることの方が多い。
まあHP主体のセミナーであり協賛はマイクロソフトというのだからしょうがないといえばしょうがない。
私の概念が古いのかも知れないが、それを使うための基礎的な要素(というのか体質のようなモノ)ができていなければならないし、ルールを徹底しなければ統制が取れなくなり情報に振り回されそうな気がする。
セミナーを聞いてそういう話(雰囲気的なモノ)は一切なかった。
まあ、それはそれとして次期システムもイントラからWEBアプリケーションの世界へどういう風に移行すべきか本格的に考えなければならない。
そのための基礎的なところ(業務の本質的)を洗い出しにかかりたいと思っている。



※弁当は続いている。
 古いブログを再開させて、左のブックマークにある「昼飯の問題」を復活させた。
 食に関してはそちらでご覧あれ。

火事

2016-09-06 20:09:33 | 写真投稿
仕事を終えてJRの高架下をくぐる。
アパートから会社までは歩いて15~20分くらい、歩数計で往復5000歩程度の距離になる。
行き帰りはあいも変わらずピアノ曲が流れている。
高架下をくぐると博多消防署があり、今日はいきなりサイレンが鳴り出し、赤色灯が回りだした。
火事だなと思ってみていると私のアパートの方に一目散に走り出した。
アパートの近くの美野島商店街の細い路地に出た。
商店街の先のほう(百年橋通り近く)にさっきの消防車らしき車両が見えた。
警察が来て交通整理をしていた。



関係車両なのかを確認するため、火事の関係者なのかを聞いていた。
遠目なので何があっているのか分らないが火事のようだ。
この近くでは整形外科の病院が燃え数名の死傷者を出した火事があった。
古い家並みも多く、火事になると緊張が走る。

復活弁当

2016-09-05 21:28:11 | 食事
働き始めて2日か3日は外に食べに出た。
ビルの1階に入るうどん屋だったり、コンビニで買った弁当だったりした。
その後、先輩の奥さんがやっている弁当屋から毎日買うようになった。
440円の弁当だったが11枚綴りの回数券を4400円で買うと一個当たり400円という値段だった。
食材は野菜が中心で、あとは魚や煮しめなど、どちらかと言うと年配のカロリーを気にするにはお勧めの弁当だった。
うちの会社では先輩と私の二人だけが毎日頼んでいた。
数日前に「配達をやめます」という紙を受け取った。
弁当業界も競争が激しいようで博多駅周辺では数十社の弁当宅配業者が凌ぎを削っている。
昼食時期ともなると道に弁当売りの屋台が出るほどだ。
注文が少ない地域で1個2個の配達をしていては採算が合わないのだろう。
まあ、先輩への義理みたいなものもあったので付き合っていたが、私としてはちょうど良かった。



博多に出てきて一番最初に買ったのは弁当箱だった。
少し高かったが妻が真剣に選び決めたものだった。
熊本勤務から新幹線通勤になったとき弁当は消えてしまった。
その前は毎日のように弁当を作ってくれ、それを毎日写真にとってWEB上に並べて遊んでいたっけ。
あれからそうね、5,6年経ったのかな?いよいよ弁当が今日から復活した。
作ってくれた弁当をリックに詰め込んで会社に向った。
昼になり食堂で皆で弁当を広げる。
会社のほとんどの人が妻が(あるいは自分で)作った弁当を持ってきている。
和気あいあいとサラ弁タイムとなる。



妻が作ってくれた弁当をあけてみる。
可も不可も無い普通の弁当だった。
これが良いのだ。
隣の女の子は宅配されたピザを広げていた。



さすがに豪華でカロリーも高そうな昼飯にも負けてはいなかった。
「今日は綺麗だね」とか「今日は美人だね」と妻に言う。
言い方が少し難しいが上手くいけばこんな弁当が出てくるのだ。
5,6年ぶりの弁当をかみしめながら頂いた。
そして、明日から妻はますます美しい人となっていく。
はずだ・・・。