7月は3回の法事があることになっていた。
祖母の7回忌に祖母関係の叔父の3回忌、そして伯父の49日法要だ。
3連休に祖母の7回忌を身内だけで実家で行い、母も連れて自宅に戻り、眠りについたその時に病院から電話あった。
「容態が急変しています」
との内容だった。
時計を見ると午前2時22分だった。
それから10分ほどして、父の死亡が伝えられた。
母が近所の親戚に電話をしている。
息子を起こし、息子の運転で実家を目指した。
九州自動車道を走っていると白々と夜が明けてくる。
空には大きな虹が架かっていた。
病院につくと安置所に父が眠っていた。
義理の弟に父の兄妹の叔母夫婦が先に駆けつけてくれていた。
父の顔を見ると穏やかな顔をしていた。
叔父と弟と葬儀屋を検討し自宅に一番近い場所に連絡を入れた。
日程を考えると明日は友引になっている。
今日、仮通夜、明日、本通夜、明後日が告別式に決まった。
霊柩車が父を迎に来て、自宅に向かう。
久しぶりに自宅に帰って来た父を見て、なぜか胸がつまった。
葬儀会場の人が来て、通夜のやり方や仏壇の選択などの打ち合わせが続いた。
遺影も自宅から持ってきた正装した父の写真の中から少し微笑んだ写真を選んだ。
そして一番悩んだのが死亡掲載の広告を新聞に出すかどうかだった。
父のおくやみは告別式の当日しか掲載されないのだ。
今、記事掲載を決定すれば明日の朝刊に間に合う、しかし掲載料が目が飛び出すほど高いのだ。
弟が地元新聞社に電話し、校正のメールが私のケータイに送られてきた。
PDFで添付されていたのでケータイで初めてPDFの記事を確認した。
日にち、時間、場所、喪主の母の名前、長男の私の名前などを確認して、掲載をお願いした。
そうこうしていると仮通夜の時間になり、お坊さんが来て枕教が始まった。
その夜は、隣で用意された精進料理で近所の人や親戚関係でよる遅くまで賑わった。
ジロー夫婦も熊本打越から駆けつけてくれた。
祖母の7回忌に祖母関係の叔父の3回忌、そして伯父の49日法要だ。
3連休に祖母の7回忌を身内だけで実家で行い、母も連れて自宅に戻り、眠りについたその時に病院から電話あった。
「容態が急変しています」
との内容だった。
時計を見ると午前2時22分だった。
それから10分ほどして、父の死亡が伝えられた。
母が近所の親戚に電話をしている。
息子を起こし、息子の運転で実家を目指した。
九州自動車道を走っていると白々と夜が明けてくる。
空には大きな虹が架かっていた。
病院につくと安置所に父が眠っていた。
義理の弟に父の兄妹の叔母夫婦が先に駆けつけてくれていた。
父の顔を見ると穏やかな顔をしていた。
叔父と弟と葬儀屋を検討し自宅に一番近い場所に連絡を入れた。
日程を考えると明日は友引になっている。
今日、仮通夜、明日、本通夜、明後日が告別式に決まった。
霊柩車が父を迎に来て、自宅に向かう。
久しぶりに自宅に帰って来た父を見て、なぜか胸がつまった。
葬儀会場の人が来て、通夜のやり方や仏壇の選択などの打ち合わせが続いた。
遺影も自宅から持ってきた正装した父の写真の中から少し微笑んだ写真を選んだ。
そして一番悩んだのが死亡掲載の広告を新聞に出すかどうかだった。
父のおくやみは告別式の当日しか掲載されないのだ。
今、記事掲載を決定すれば明日の朝刊に間に合う、しかし掲載料が目が飛び出すほど高いのだ。
弟が地元新聞社に電話し、校正のメールが私のケータイに送られてきた。
PDFで添付されていたのでケータイで初めてPDFの記事を確認した。
日にち、時間、場所、喪主の母の名前、長男の私の名前などを確認して、掲載をお願いした。
そうこうしていると仮通夜の時間になり、お坊さんが来て枕教が始まった。
その夜は、隣で用意された精進料理で近所の人や親戚関係でよる遅くまで賑わった。
ジロー夫婦も熊本打越から駆けつけてくれた。