エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

自分自身が元気に独立しているという感じ

2015-02-10 13:11:34 | アイデンティティの根源

 

 ウィークデイの自分と週末の自分がバラバラになりやすいのが、二王国説です。

 Young Man Luther 『青年ルター』のp181の第3パラグラフ。

 

 

 

 

 

 哲学者たちにはに哲学者になるための課題がこのようにあります。すなわち、横の関係で自分を確かにする道が、ヒエラルキーの秩序の中に留まる方法で、縦の関係を横の関係に理論的に繋ぎ止めることになれば、そのヒエラルキーの秩序が価値を得るだけではなくて、その形もできるのも、まさに教会を通しだ、という課題です。この課題を主張するためには、教義を独占することによって、その教義が創り出すあらゆる型通りの役割に、自分自身が元気よく独立しているという感じを、皆が共通して自分を確かにする道が確かに中心にある感じとの結びつきを損なうことなく、保証されなくてはなりません。その役割とは、お役人たちや聖職者たちの中心人物から、軍事的な辺境の植民地や防衛上の辺境の植民地に至るまで、すべての役割を含みます。ローマ教会は、宗教上、政治上、他に比べる組織がないほど、価値の教義(中央政府が、この教義を定式化し、守り、押し付けました)を、自分を確かにする「あらゆる」地上の道の排他的条件とすることに、成功した例はありません。

 

 

 

 

 縦の関係を横に関係に結びつける役割を果たしたのが、ローマ・カトリックだったわけですね。それはその意味で成功でしたが、その結びつきを固定化した点で、失敗でした。

 しかし、縦の関係と横の関係が結び付くときには、人々は、どなたでも、自分自身が元気に独立しているという感じを体験できる、ということは、何にもまして大事な点です。

 

 

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毎日が発見の連続。毎日が感謝の連続。

2015-02-10 11:36:09 | エリクソンの発達臨床心理

 

 マハトマ、といえば、ガンディですよね。でもね、まど・みちおさんの詩を読んでいると、この人こそ、「マハトマ」=大いなる魂、の名に値する人だと確信します。小さな世界に永遠を見ることができるからです。「一粒の砂に世界を見る /一輪の野百合に天国を見る」と詩にしたウィリアム・ブレイクと同様です。

 マハトマ・まど・みちおさんも、ブレイクやカーソンさん同様に、小さなもの、平凡なものに、宇宙を、奇跡を見つけ出す眼をお持ちです。研ぎ澄まされた五感、直感をもっているからでしょう。虫眼鏡を使えば、「不思議の国のアリスちゃん」たちに出会えるそうです。でもそれだけじゃぁない。小さなものへの、得も言われぬほど、慈しみが深いからこその、「不思議の国のアリスちゃん」たち。

 マハトマ・まど・みちおさん。特定の宗教を信じている訳じゃないそうです。それでもね、「自然の法則と言うものは、ものすごく大きく、愛に満ちているように思えます」。マハトマ・まど・みちおさんが言うだから、「そうですね」と言いたくなるくらい。

 また、毎日が発見の連続。「96年も生きとって、…ほとんど毎日のように、新発見に出合いますよ」。

 さらには、毎日が感謝の連続。「おひさま おはよ ありがとさん」。また「れんしゅう」という詩には、「ボクらがボクらじしんの死をむかえる日に あわてふためかないようにとあの やさしい天がそのれんしゅうをつづけて くださっているのだと気づかぬバカは まあこのよにはいないだろうということか」と。

 

 その、マハトマ・まど・みちおさん 今月28日、104才で亡くなってから1年になります。

 

 

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小さなものの世界にこそ、永遠はある

2015-02-10 07:19:41 | 間奏曲

 

 子どもと不思議を共にするためには、大人の私どもは、「自由」な心が必要です。

  『The Sense of Wonder 不思議を感じる心』から p76の冒頭。

 

 

 

 

 

 そこで、小さなものの世界があります、そして、それは意識してみることがめったにない世界です。子どもたちは、自分自身が小さく、大人に比べて、地面に近いからでしょう、小さく、目立たない世界に注意を向けるだけじゃなくて、その世界を喜びます。こういったことに大人が気付けば、私ども大人が、迂闊にも、パッとは見ても、細部に目を凝らしてこなかったために、いつもは見過ごしている美しいものを、子どもたちと分かち合うことは容易になります。自然の最も美しい手仕事は、小さなミニチュアのような世界にあります。それは、どなたでも、雪の結晶を虫眼鏡で覗いたひとなら、分かりますでしょ。

 

 

 

 

 小さなものの世界にこそ、永遠はある。子どもはうすうすそのことに気付いています。必要なのは、「ホントにそうだね」と言ってくれる、1人の大人です。あなたも、そんな大人になってくださいね。

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