エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

(暴)力による支配

2013-09-30 02:11:20 | エリクソンの発達臨床心理

 

 脱儀式化の状況は、生きてる目的、方向性がハッキリしませんから、いわば、外からも内からも動かされやすく、踊らされやすい状況になります。たいていは「人間を上下2つに分けるウソ」の慣性、力は猛烈ですから、その力に飲み込まれているケースがほとんどであると言って過言ではないでしよう。この時、自分が踊らされているという自覚はないのが普通ですから、自分が何をしているのかにさえ、無自覚であることが多くなります。ましてや、その態度に、まさか「『下』のものはぶっ殺せ」というメッセージが含まれているなどとは、夢にも思っていないのです。

 

 

 

 

 多くの人にとっては、戦争の時には仕方がないたくさんな事件に典型的な、異常な出来事としか思えない実例を、本の最後になって、紹介するのは、いったい何の役に立つのか? と、この本を読んでくださる方は問うかもしれませんね。私はこの物語を「生きているのに死んでいる」こと(deadliness)の実例としてご紹介してきました「生きているのに死んでいる」ことが幅を利かせるようになるのは、大人のシナリオから、試合でのやり取りが失われる時なのです。なぜならば、これは、たとえばゴヤが残忍なエッチングで描いたような旧式な戦争ではなれば、荒れ狂う嵐のような軍隊がしでかした大量殺戮でもないのです。我が国の兵隊たちの言葉それ自身、この兵隊たちが、このような歴史的なパターンでは説明できないことを物語っていますし、また、兵隊としても、アメリカ人としても、そのそれぞれの自分を確かにする道(アイデンティティ)全てを裏切るものであることを、兵隊たちが気にしていることも、明らかにしています。このような悪夢を忘れるとしたら、それは「アメリカ人の夢」にとって悲しむべき兵役(儀式)だったことでしょう。

 

 

 

 

 

 やり取りが失われるときはいつでも、「生きているのに死んでいる」状態に人はなるのです。それは戦争の時だけではありません。むしろ、平時の時にそうなることの方がはるかに多いといわなくてはなりません。平時でも、やり取りが失われてしまえばいつでも、(暴)力による支配が幅を利かせるからです。

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見方 = 関わり方

2013-09-29 02:02:32 | エリクソンの発達臨床心理

 

 上から見る、「上から目線」な物の見方そのものが、1つの関わり方なのですね。その関わり方そのものに、「人間を上下2つに分けるウソ」がばっちり含まれます。それと同時に、その見方、その関わり方には、その見る相手、その関わる相手に対して、非常に否定的な投影を伴います。言葉を換えると、その相手は、這う物・ゴキブリ・自分たちに群がりそうな害虫のイメージが伴います。そして、その見方、その関わり方は、いつも何度でも、仕返し(倍返し)であり、結局は「ぶっ殺す」という破壊的な関わり方になります。また、その見方、関わり方が無言であっても、その態度そのものが、多くの言葉を宿しているのです。そのことを、エリクソンは、ベトナム戦争の最も残虐で、悪名高いソンミ村の虐殺事件を例話に、紹介してくれました。

 そんなはずはない、と感じる人も多分おられると思います。しかし、それは、その真実にまだ気付いておられないだけなのです。

 

 

 

 

 

 そして、実際問題、歴史を通して破滅的な脱儀式化の第一の結果は、子ども達(をぶっ殺すの)は見逃そうという本能的な衝動を失うことです。

 ハーシュが引用した最後の言葉、すなわち、「その人たちは、彼らが何のために死んでいくのか知りませんでしたし、男たちは自分たちが何のために彼らをぶっ殺しているのかを知りませんでした」は、全ての物語を含んでいます。その言葉の一つ一つの意味に注意すれば、それが分かります。

 もちろん、目立つ、忘れることができない事例がありましたが、それは、できる時には相手を見逃し救った場合でした。

 

 

 

 

 

 破滅的な脱儀式化は、ヴィジョンを喪失している状態です。今現在の日本のように、ハッキリした目的が分からなくなっている状況です。そこでは、「人間を上下2つに分けるウソ」しか信じられるものはありません。少しでも「上」になることが、唯一の「救い」です。しかし、その「救い」はいつどこででも、常に相対的です。自分よりも「上」の人が登場してしまえば、簡単に敗れる「救い」なのです。ですから、日常的な生き方の姿勢が、「上」がいれば、それを突き落す戦闘モードでしょう。つまり、日常が「戦争」になるわけです。

 ですから、実弾や地雷がなくても、そこが「戦場」です。日本では毎日1,000人が自殺を試み、100人の人が毎日実際に自死していること、それがアフガン戦争のアメリカ兵の戦死者よりもはるかに多いことが、まさに今の日本が「戦場」であることを物語っています。そこにあるのは「『下』の人間はぶっ殺せ」という関わり方であり、言葉です。

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よく見えない時には、人もゴキブリに見えてくる

2013-09-28 03:33:34 | エリクソンの発達臨床心理

 

 ベトナム戦争と、そこで実際に行われていたことが、儀式化の視点から語られていました。国家目的を失ったアメリカが、儀式化の目的も見失った結果、暴力で何とか秩序を維持しようとしたのが、ベトナム戦争であったことが分かります。

 

 

 

 

 

 そのシナリオは、上から見たように、すわなち、司令官搭乗機が孤を描く、とっても高いところにある雲から、あるいは、はるか彼方の戦略家たちの机上から、見たように、よく計画されているように、一見見えました。その航路は注意深く高官に割り当てられていましたし、司令官は600メートルの高さを旋回していましたし、低空飛行しているドアガンの射撃手は、援護射撃をしていました。最初の小隊が着陸機から発砲する一方で、別の中隊が避難路を抑えたのは、ヴェトコンが逃げるのを防ぐためでした。ただし、目に見える敵はまったく「いませんでした」し、言うほどの抵抗もありませんでした。隊員たちは、着陸地点から10メートル先までしか見えませんでしたし、様々な部隊も、互いの部隊は、見えませんでした。それで、敵はどこにでもいるように見えましたし、どこにもいないようでもありました。「部隊は準備完了」し、「ほとんど連鎖反応でした」。部隊はもはや(敵か否かを)区別する必要がなくなりました。「どこでもが標的になり」、「部隊は暴力の安直な行動パターンに陥っていました」。

 敵の兵隊だけではなく、這う物が自分たちの周りを取り囲んでいるように感じ始めたものもいましたし、それはすぐに、「コキブリがお前の体中にいる」かのように感じ出すものまで現れました。このようにして、全ての命令(儀式、秩序)に一番反することは(歩ける年の者は皆殺すこと)、自分たちに群がりそうな害虫のイメージ合わせることのように思われました。この中尉(彼について、部隊の1人が、「戦争ごっこをしている子ども」のようだったし、「自分を自分でないものにしようとしている子ども」のようだった)は次のように言いました」「ぶっ殺せ」と。誰もそっくりそのまま辿ることのできない事態が続いたけれども、440から500人もの人が根こそぎにされました。公式文書にはつぎのように特記されました。すなわち、「東洋人、ミライ第4村の住民、氏名年齢不詳(その文書は敢えて「年齢」には触れませんでした)」。

 

 

 

 

 

 このシナリオが上から物を見て書いているように思われる点で、この人が「人間を上下2つに分けるウソ」に囚われていることがハッキリとわかります。そして、このウソの最終形はいつでも、相手の人を、這う物・ゴキブリ・自分たちに群がりそうな害虫のイメージに変えてしまい、とどのつまりに、「ぶっ殺せ」という根こそぎになってしまうのです。

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#今のニッポン #日常生活の礼拝が失われる時、#暴力(#ウソとゴマカシ)が #幅を利かす

2013-09-27 04:30:08 | エリクソンの発達臨床心理

 

 人生にヴィジョン、すなわち、ハッキリした目的があれば、自分が自分の人生の主人公であり、自分の人生にはっきりした方向性を感じて、生きるに値する確かな価値があることに手応えを感じて生きていけます。しかし、ヴィジョンを見失い、何のために生きているのか分からなくなると、消極的で、困惑し、圧倒された感じが広がってしまいます。秋葉原事件のようなものは、消極的で、困惑し、圧倒された感じを感じながら、生きづらさに行き詰った激怒がハッキリした形で現れたものだと考えて大過ないでしょう。 Toys and reasons. P.161,第2パラグラフ。

 

 

 

 

 

 シーモア・ハーシュの見事な記事を読まなくてはなりません。その記事は、18~22才のアメリカ人 の、半分は黒人、半分は白人の1中隊が、ほとんどのものがまだ一度も見たことにない敵に対する最初の作戦で、遠方の1小村に降下させられたのは、敵の拠点と思われたその村で殺戮を行うためでした。隊長にとっても、それは困難な戦いに見えました。 隊長は、部隊の者たちに少なくとも2対1の割合で、数で勝ることを要求しましたが、同時に、自分の部隊の火力と、ヘリコプターと武装ヘリの乗組員の火力を信じていたのでした。もちろん、その時までに、ゲリラ戦術という共産主義者がやってくれる対抗的な礼拝を目の当たりにして、それまでの科学技術に頼った戦争の物流(兵たん)とプロ意識が大きく殺がれることになりました。というのも、「背後から狙い撃」たれることが常,になっていたからです。 そこで隊長は 「(作戦は)仕返しだ」と語り、自分の部隊の者たちに、自分たちの部隊が通過する時には、「誰も歩いてやしないし、育ってないし、匍匐前進もしてない」し、実際「生きているものなどいない」と熱く語っていたのです。この矛盾した命令は、1人の兵士が語ってくれたことですが、「人それぞれ、その時の気分で、バラバラに受けとめられてた」のです。まさに、命令(order 礼拝 秩序)なんぞ,1つもなかったのです。そして、現実に、そこで実際に起こったことと言えば、道理に外れた暴虐の限りでしたでしょ。いろんな軍事教練という、日常生活の礼拝を急速に喪失する時に現れる暴力的な症状は、一発ぶっ放すことによって、通過儀礼が執り行われることになっています。

 

 

 

 

 日常生活の礼拝が失われると、生きる目的も見失われるので、人々の行動がバラバラとなり、暴力が蔓延するのです。集団が目的を失うと、秩序を維持するものは、力(暴力,人をコントロールしようとする力)だけしか残っていないからです一発打つこと(実際に打つ場合もありますし,人事などで脅す,と言う場合もあります)は、日常生活の礼拝を喪った世界で執り行われる,力しか信じなくなった集団の通過儀礼になります。そこでは、やり取りは、仕返し(倍返し?)に変わってしまいます。信じられるのは、「人間を上下2つに分けるウソ」だけになるからです。

お役所仕事の世界もこれです

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「儀式化された戦争」の消滅と激怒と

2013-09-26 03:21:44 | エリクソンの発達臨床心理

 

 ヨーロッパの民族間、宗教間の憎悪を乗り越える「実験」であったアメリカが、科学技術の進展に伴い、人間が細分化して、しまいには国家目的を見失い、代わって政治スキャンダルにうつつを抜かすようになったのは、人間の傾向の一面を示すものではないでしょうか?

 

 

 

 

 私がこの国の起源を描き得たことが十分に描き出したのは、私が望んでいることですが、「共に見る」新たなヴィジョンがそれに参加するすべての(あるいは、ほとんどの)人に対して提供できることである、と申し上げてきたことです。すなわち、自分が自分の人生の主人公であり、選ばれているという感じであり、自分の人生に対して自覚的があり、自分の人生には方向付けがあるという感じと、自分の人生には生きるに値する価値があると確かな手応えがある感じです。しかし、もし、学識あるニュース解説の絶望的な声の相棒を臨床の歴史から、ひとつ単純な例を今や探すとなれば、ミライ虐殺に世界の注目を引き付けて、我が国の一部の若者に対する軍事的儀式化を完全に失うことになったことを示した、報道記事から少しばかりの引用をすれば足りるでしょう、と申し上げておきます。すなわち、失われた辺境に立ち、消極的で、困惑し、圧倒された感じが若者たちに広がったことです。それゆえに、多くの若者たちが馴染みのないパターンで1つの激怒に溢れています。この(ミライ虐殺の)出来事において(このベトナム戦争の多くの出来事と同様に)、私どもはわが兵隊さんたちを真っ昼間に見た悪夢の犠牲者に、実際にしてしまったのでした。

 

 

 

 

 

 当時のアメリカでは、ほぼライブだったベトナム戦争とソンミ村であったミライ虐殺も、今の日本では、リアルな感じを持つことは難しいかもしれませんね。しかし、ここでエリクソンが述べているのは、この事件に対するリアルな感じがつかめなくても、理解できることではないでしょうか?

 民主主義の価値観を守るつもりで、ベトナムという、アメリカから見れば辺境と思われるところまで出かけて行って行った戦争も、非武装の民間人を虐殺するという、民主主義とはおよそ相容れない結果をもたらして、軍事的儀式化の可能性を完全に失ってしまいました。「軍事的儀式化」については、5月3日に翻訳した「エリクソンが見た、戦争のもう一つの危険」の中に出てきましたね。本来の青年の儀式化に向かわずに、軍事的儀式化に流れる危険について、その中でエリクソンは警鐘を鳴らしていました。軍事的儀式化の可能性さえ失った若者に残ったのは、辺境を失った感じや元気がなくなった感じ、困惑し圧倒された感じと、馴染みのないパターンで激怒があふれた感じでした。

 これは何も、当時のアメリカに特殊なことではなく、今の日本にもバッチリ当てはまることではないですか?

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